商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
篝火の中で膨大な熱を宿した薪が砕けてパキッという軽い音を響かせる、それに釣られて思わずそちらに視線を向けてみると、赤い輝きの向こう側には艶やかな光景が広がっていた。
丁度、自分と対面する位置では篝火を挟んで複数の男女が交わり喘ぎ声を上げているのだ、地面にシートを引いてその上には美しい肢体と容姿を持つ娼婦がおり、微笑みだけで男を手玉にとってしまうような艶やかな雰囲気が伺える。
彼女は寝そべる男の上に跨って円を描くように腰を巧みに古い、さらに両手では彼女を挟むように立っている男の肉棒を握りしめて扱いていた。
味見でもするかのように亀頭へと舌を伸ばしており、そんな彼女の愛撫に男たちは翻弄されてばかりらしい。
よくみればその集団以外にもあちこちで喘ぎ声や肉と肉がぶつかり合う音が響いており、それらは星空を見上げることができる夜の中へと溶けていく。
「ん……こっちに集中する」
他の娼婦と仲間の男たちとの交わりに見惚れていると、そんな男の体の下で幼さの残る娼婦が首へと両手を伸ばして引き寄せてきた。
鮮やかな金髪と金色の瞳が特に目立つ、幼さと艶やかさを併せ持つ娼婦である、華奢な体ではあるが思わず喉を鳴らしてしまう程に色気を併せ持っている娼婦だ。
視線と興奮を引き戻されて男は激しく腰を振り始める、溺れるように、溶けあうように。
「あッ……あッ……んぁッ」
その度に相手は耳朶から脳を溶かすような喘ぎ声を聞かせてくれる、それがまた彼を酔わせていくのだろう。
星空の下、複数の男女が繰り広げる乱交は、星空の下で夜に広がっていく。
男たちは娼婦たちの胸元で揺れる聖印を見つめて、本当に良い縁を引き寄せられたと幸運を噛みしめた。
娼婦神の眷属とこうして交われるのだ、きっと商人仲間に自慢できるだろう。
彼らがこうして娼婦と戯れることができる状況を説明するには、およそ一時間前にさかのぼる必要がある。
とあるキャラバンが夕暮れ時の高原を緩やかに進んでいた、聖都での商いを終えて次の取引に向けて準備を整え、ようやく出発することができた集団である。
大きな軍馬が十匹、それぞれが二頭立てで並んで五つの大型車両を引いており、その規模からも中規模キャラバンといった雰囲気を出しており、それは間違ってはいないだろう。
商人として相応に経験を積み、多くの縁を結んでその数だけの商品を取り扱うことが出来ているのだ、扱う商品の数も運用する資金の量もまさに中堅所であった。
「しかし団長、聖都の状況には驚きましたね」
「あぁ、まさかあんな状態だったとはな、懇意にしていた農家もいたというのに……実に残念だ」
「元に戻れば良いんですけど」
「そこは彼らの努力に期待するしかないだろう、なぁに、来年にはきっと緑が芽吹いているさ」
そのキャラバンの団長は部下とそんな会話をしながら車両を走らせる、既に夕暮れ時でありじきに暗くなるのは間違いないだろう。
可能ならば暗くなる前に次の都市へ辿り着きたかったが、聖都を出国するのに手間がかかってしまったのでこればかりは仕方がない、今日は野宿で決定していた。
幸いにも雨の気配は遠い、風も穏やかなので問題は無いと考えている。
「まぁ聖都では面白い話も聞けたしな、小王国郡の再編成の噂はやはり本当だったか」
「儲けに繋がりますかね?」
「繋がるだろうさ、周辺の大国が余剰気味の国民を押し込むだろうからね、大量の人と物が集まるだろう。そこに上手いこと食い込んで縁を作れば、十年後にはそこの人たちは皆顔見知りの顧客になってくれる」
「十年ですか、そりゃ気が長い話ですね」
「投資なんてそんなもんさ、長い時間をかける必要がある、重要なのは復興の初期から商いに参戦することだ、誰だって知らない奴よりもよく知っている人と取引を望むんだから……商いで最も大事なのは信頼、そして人との縁だ」
「その頃にはこのキャラバンも今より大きくなっていますかね」
「そうあってくれれば良いんだがなぁ……そこは運としか言いようがない」
商人として大成するには信頼も大事だが運だって必要になる、いや、寧ろ後者こそがここぞという時で試されると言っても良いだろう。
どれだけ才能があっても落ちぶれることだってあるのだ、こればかりは神の気まぐれと言うしかないのかもしれない。
だから商人たちは幸運を掴もうと努力する、神に祈りゲン担ぎをして徳を積むのだ、どうにかしてそれを引き寄せようと生きるのだ。
生み出した儲けを更に増やせるかは努力と運しだいであるのなら、商人たちはやはりそれを追い求めるものである。
「運ですかぁ、娼婦神の娘にでも会いたいもんですねぇ……団長は知っていますか?」
「有名な歌だろう? 若い商人が下界に下りて来た娼婦神の娘と出会い、手ほどきを受けながら大成していく話だ」
それは舞台や物語にもなっている有名な話であり、商人たちはその話があるので娼婦神の眷属に大きな憧れを抱くのだ。
聖印を持った娼婦に相手をしてもらえるのならば、それは商人仲間にも自慢できる出来事と言えるだろう。
商いをする者にとって、娼婦神の加護を持つ者は幸運を呼び寄せる象徴のようなものなのかもしれない。
もっとも、溺れて酔いしれてしまう商人も多いのだが、そこは自己責任である。
「我々もその歌のようにあやかりたいもんだが、なかなか機会に恵まれないからなぁ」
娼婦を抱くだけならば幾らでも機会はある、それだけの稼ぎを積み上げることのできるキャラバンであったが、聖印を持つ娼婦神の眷属に相手をして貰うのは簡単にとはいかない。
最高級娼婦という扱いなのでやはり予約が必要であり、その予約を入れる為には相応の時間も資金も必要であった。
その土地に根付いた者であれば時間をかければ問題の大部分が取り除けるのだが、彼らのように旅に生きる者には少し難しいだろう。
どこかに予約が空いていて紹介状もなく相手をしてくれる聖印を持った娼婦がいるのならば、ぜひとも幸運を授けて貰いたいのだが、そんな相手は簡単には見当たらない。
いつかは相手をして酔ってみたいものだ、そんなことを思いながら彼らは今日もキャラバンを走らせていく。
だがそろそろ完全に夜に包まれることになる、道なりに進んでいるとはいえ暗闇の中を進むのはさすがに危険である、なのでそろそろ野営の準備に入る必要があった。
「そろそろ野営の準備をするか、確か近くに川があった筈だ」
キャラバンの団長がそう宣言すると団員たちはそれぞれが準備に入る、連なる車両はそのまま皮の近くまで進んでいき野営の候補地を探すことになる。
川に近く、それでいて障害物や起伏の少ない平らな場所、旅に生きる者ならば誰だってそう言った場所を野営場所として選ぶだろう場所だ。
だからこそ、その空間に先客がいることは自然なことなのだろう。
まず最初に篝火の光を見つけて、その次のそれを囲む荷馬車と人の姿が目に入った。
「どうやら先客がいるようだな」
自分たちだってこの川が近くて起伏の少ない場所を選んだのだ、他のキャラバンだって当然ながら同じ場所を選ぶ、何も不思議なことではない。
近づいていくとあちらもキャラバンの接近に気が付いたのだろう、こちらに視線を向けて観察してくるのがわかった。
「女性のキャラバンか、珍しいな」
最初に篝火を囲む女性たちが頭を下げて来たので、お返しとばかりに彼らも頭を下げる。
「お初にお目にかかるお嬢さん方、ご一緒してもよろしいだろうか?」
「はい、どうぞご自由に、よろしければ篝火もお使いください」
商人同士の挨拶を済ませて彼らはこの野営場所を共同で使うことになった、しかし彼女たちに配慮してか少し離れた位置に天幕が並べられていく。
川が近くにあるので水には困らない、食料は車両の中に大量に用意されている、火も借りれば問題はないだろう。
「団長ッ、ねぇ団長ッ、やばいっすよ、あの子たちめっちゃ美人ですッ!!」
「頼むから迷惑かけてくれるなよ」
「わかってますとも、でもちょっとお喋りするくらいなら問題ありませんよね」
「まぁこれも縁だからな」
商人なのだ、こうして見知らぬキャラバンと出会えば挨拶は欠かせない、もしかしたらどこかで商談を結ぶことになるかもしれないのだ、好印象を残しておけばその時に役に立つ。
「まだ若く車両の数も少ない、おそらく結成したばかりのキャラバンだろうからな、縁を結んでおこうか」
そう言ってキャラバンの団長は土産代わりに商品の一つである酒瓶を片手に篝火へと近づいていく、警戒されないようにヒラヒラと手を振りながら接近して酒瓶を差し出して穏やかに微笑んで見せた。
「やぁ、良ければこちらをどうぞ、お近づきの印にね」
「これはご丁寧にありがとうございます、皆さまもこちらをお食べ下さい」
渡された酒瓶の代わりに篝火の上で串焼きにされていた肉を差し出されたことで、商人の挨拶は終わりとなった。
「お嬢さん方はまだ結成間もないのかな?」
「えぇ、実は今回が初めての行商なんです。以前は他の大型キャラバンで修業中であったんですが、自分たちだけで行動するのにはまだ慣れていなくて、よろしければ皆さんの経験やお話を聞かせてくださいな」
キャラバンの代表と思われる法衣を纏った女性がそう伝えて来ると、お近づきになれると思ったからなのか、男たちが大いに喜んで見せる。
むさくるしい男だけで酒盛りするよりも、美しい女性と一緒の方が彼らにとって喜ぶべきことなのだろう。
キャラバンの団員たちは篝火に集まって思い思いに過ごす、彼女たちはそれぞれが喉を鳴らしてしまう程の美貌を持っており、若い団員を中心に鼻の下を伸ばしている者が多い。
なにより彼らが最も注目したのは、女性たちの首にぶら下がる聖印である、娼婦神の神殿が認めた者にしか持つことが許されず、本来ならば行商などはしないだろう。
偶にだが巡礼の旅に出て路銀稼ぎの為に娼婦業をする者もいるが、おそらくは彼女たちもそうなのだろうと男たちは考えている。
聖印を持つほどの娼婦がキャラバンを運営することも珍しいが、同様に珍しいと思うのは彼女たちの中に明らかに耳の長い人物がいることだろう。
それはエルフと呼ばれる種族の特徴である、あまり人の社会に関わることもなく姿を見かけることなどあまり無い存在なのだが、極稀に人の社会で生きる者がおり商人をしていれば見かける機会も皆無ではない。
キャラバンの団長である男は篝火の向こうで穏やかに話すエルフを見つめながら、珍しい出会いもあるものだと考え込む。
酒が入り、気分も盛り上がったのだろう、エルフの女性はキャラバンの荷馬車から竪琴を取り出して鮮やかに指で弾く。
周囲にいた少女たちもそれに合わせて歌いだした、付け焼刃のそれではなくしっかりと練習と訓練を繰り返した美しい歌であり、恥ずかしげもなく舞台役者のように堂々としたものである。
きっと慣れているのだろう、もしかしたら本当に舞台で働いていたのかもしれない。
「いやぁ、眼福ですねぇ」
一人の若い団員が鼻の下を伸ばしながらそんなことを呟く、彼の視線を楽し気に歌っている少女たちへと向けられており、右へ左へ揺れ動く聖印を追っていた。
旅の途中でこうして出会って一時の宴会に興じることなど商人をしていれば何度か経験があるだろう、しかし誰もが目を引く容姿をしている美しい女性たちとこうして楽しめることなど頻繁には起こらないだろう。
本当に娼婦神の娘と出会って大成した商人の歌をなぞるかのようである、キャラバンの団長は歌の内容を思い出して今の状況と重ね合わせているようだ。
鮮やかな金髪を持つ幼さの残る少女にお酌されながら、彼はほろ酔い気分で自分たちの商売を語っていた。
何が売れてどんな物に需要があるのか、これまでで最高の売り上げは何だったのか、赴く先のほんの僅かな方言の違いを上手く使い分けるなど、様々なことを語りだす。
周囲を見渡せば似たように自分たちの商売を語る団員たちがいた、誰も彼もが美しい女性にお酌を受けて口が軽くなっているのだろう。
一応は、商売敵という立場の両者なのだが、笑顔と共に酒を進められれば男は嫌とは言えないのだろう。
「さぁさぁ、どうぞどうぞ、グイッといってください」
法衣を纏った知的な雰囲気を持つ少女が空になったグラスに酒を注ぎ込めば、やはり自然と口へと運んでしまう。
「ん……大店の紹介状とか欲しいな」
「え、いや、それはさすがに……」
金髪の幼い容姿の少女もまた酒を進めて男を酔わせている。
「ワタシらこれから帝国方面に向かうんだけど、あっちは何が売れるかな?」
その隣ではキャラバンの護衛役らしき少女の姿もある、気安い口調でおしとやかな雰囲気はないがそれでも彼女は美しい。
「あ~……確か帝国じゃあこの時期に美酒の品評会があるらしいから、珍しい酒でも持っていけば話題になるんじゃないかな」
まだ若く幼さの残る女性たちではあるが、それでもキャラバンを運営する立場にあるので、少しでも儲け話に繋げたいのだろう、雑談しながらもしっかりと聞きたいことは尋ねてくる。
そんなやりとりを男たちは思いのほか楽しんでいるようだ、やはり女と酒の効果は大きいということである。
酒が入れば男の口など南京錠でもしなければ閉じていることなどできない程に緩くなるものだ、あることないことを盛に盛って話題に翼や尾ひれを生やすことも容易い。
彼女たちはそんな男たちに嫌な顔一つしないまま酒を進めるのだ、それがまた彼らの口を軽くする。
しかし嫌な気分にはならない、男を導くことに慣れているからだろう、本当に娼婦神の娘と話しているかのような気分となっていた。
酔いも回り、自制の柵も低くなり、そして隣には美しい娼婦がいる、そんな状況を若い団員が耐えられる筈もなく、一人の男がこんなことを大声で叫んでしまった。
「お嬢さん、どうか一晩の夢を見させてください!!」
そう言ったのはキャラバンの中ではまだ若い男である、酔っ払い始めたからこその不躾な言葉であり、あまり褒められた言葉でもなく、上司としては叱らなければならない状況と言えるだろう。
彼女たちは聖印を持っている娼婦神の眷属ではあるが、この場では娼婦として働いている訳でもないので、そういった要求は非難されても仕方がないものである。
だからキャラバンの団長である男は若い団員へ拳骨を落とす為に腰を上げようとするのだが、篝火を囲む少女たちの反応を見て少しだけ躊躇する。
褒められるような要求ではなく、気分を害されても仕方がないと思う、しかし少女たちは男たちが思っていた以上に寛容であったのか、怒るのではなく悩むような表情を見せたのだ。
つまり、交渉次第ではこの場で娼婦として働いても問題ないと言うことである。
そんな思惑を証明するかのように、一人の少女が酔っ払いたちにこんなことを言うのだった。
「ん……高いよ?」
そんな彼女の胸元では、男たちの憧れの的である聖印が静かに揺れていた。