商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
「また無茶をしたものね」
帰ってきてからの第一声がそれだった。
そんなことを言われるのはなんとなく想像していたし、覚悟もしていたが、同じくらい褒められることを期待していたのでがっくりと三人はうなだれる。
「あなたたちの仕事はこの街からあの要塞への物資輸送だったはずでしょう?なんで軍と一緒にゴブリン退治なんかしてるのよ、そんな状況に巻き込まれてもあなたたちには関係ないの、要塞の奥に避難して軍に任せとけばいいじゃない」
「いやぁでも団長、数がかなり多くてさ門も破られて押されぎみだったし、それにオレらもそろそろゴブリン退治くらいはこなせるかなって……あはは」
「……余裕余裕」
「話を盛るのはおやめなさい。すいません団長、私は止めたのですが」
「おいエミリー!!お前だって途中からノリノリでゴブリン焼いてたじゃないか一人だけ逃げんなよ」
いつもの張り合いが始まろうとしたところ、このキャラバンの最高責任者である団長が手をたたいて場を収める。そしてため息を一つ吐いてからこう言った。
「ケガはないのね?」
「かすり傷もありません」
三人娘を代表してエミリーがそう報告すると団長はひとまず納得したようだ。
「わかった、まぁあなたたちも成長してるってことにしておきましょう」
その言葉にようやく空気が和らぎ褒められたと解釈した三人は笑みを浮かべる。団長の心配も自分たちを考えてのことなので心苦しかったのだ。それに頑張って成果を出したのだからこれくらいの言葉は貰いたかった。
「無事に帰ってきてくれたことだしこの話はこれで終わりにしましょう。次の仕事を頼みたいのだけどケガが無いのなら良いわよね?ちょっと急いでほしいのよ」
「急ぎですか?まだこの街に滞在するのでは……何か問題が?」
エミリーの疑問にキャラバンの団長は両手で身を固めてこう返答する。
「寒くなってきたでしょう?この地域の冬はとても深いのよ、想定よりも早く冬が来そうだから閉じ込められる前に次の街に行きたいの」
春風のキャラバンはそれなりの規模を有する集団だ。元々は街から街へ、国から国へと移り行き様々な商品を売り渡す商人の集まりであり、そんな商人が危険な世界を渡り歩くために身を寄せ合い協力したのが始まりである。
脅威は様々だ、不運に災害、狼に魔獣、混沌を好む魔術師に生者を憎むアンデット、文化や価値観の大きく異なるモンスターに亜人……そして人間。
「こんな世の中だ、せめて互いの背中を守ろうじゃないか、夜空を染め上げることは出来なくても手を取り合うくらいには暗闇をてらせるだろう」そんな言葉を残したのは誰かわからない、しかし危険と寄り添う者たちにとってはこの世の真理の一つ、それぞれが力を出し合い一つの生物となって旅をする、春風のキャラバンはそんな無数にある星の一欠けらだった。
団員の数は十二名、行商と興行を主に活動している。
行商は様々なものを売り歩く、生活必需品はもちろんのこと、嗜好品や燃料、動物や物資もだ。本に武器に毛皮にワインにハチミツに塩に砂糖、安く買って高く売る、ただそれだけだ。もちろん簡単なことではない、需要と供給のバランスをしっかりと把握する必要があるのだから。
当然ながら大損することもある、春風のキャラバンの団長も新米時代はよく失敗したらしいと言うのはキャラバンに属する娼婦の言葉だ。
これがひとつ、そしてもう片方の興行は一言で表すのなら娯楽の提供だろう。
春風のキャラバンが現在拠点としている街の中央広場には大きな天幕が張られていた、見上げるほど巨大なそれは数百人が一度に入れるだろうサイズだ。中にはドーナッツ状の観客席があり中央では訓練を積んだ団員たちが様々な催しを披露している。
鼻の長い巨大な生き物が玉に乗ってその上を危なげなく歩き、その鼻の上では人が逆立ちになり、さらにその足の裏に人が立つ。最上段にいる者はその状態で無数の球をジャグリングしながら笑みを絶やさない。とてつもないバランス感覚に見ていた観客は顎を落とす。
また別の出し物では魔術師が口から炎を吐き出したかと思えば、その炎が龍や鳥へと姿を変えて天井を美しく駆け巡っていた。それを見て今度は大きな歓声があがった。
そして演劇なども行われる、誰もが寝物語に聞かされるような英雄譚や、有名な王国の建国神話、聞いたことのないマイナーな物語もある。
会場中の視線を釘付けにする美しいエルフが登場すると、リュートを奏でながらその美声で観客を魅了する。
本当に様々な出し物が催され、そのどれもが観客に大きな驚きを与えてくれるのだ。外の世界、外国からやってきて様々な物や芸を披露してくれる彼女たちは娯楽に飢えた日常を変えていく。
ちょっとくらい財布の紐が緩んでしまうのも仕方ないだろう。
昼はそうやって客を招き、そして夜は美女たちが一夜の夢を見せようと男たちを迎え入れる。
少しくらい財布が軽くなるのも仕方ないだろう。
冬が近い、それは生きる者にとって大きな問題だろう。冬に備えるその為に半年以上もの時間をかけるのも当たり前であり、準備を怠れば待っているのは凍死だ。冬の始まりに別れた友人が春には死んでいたなんて話はどこに旅しようとも溢れており。特にこの地域の長く厳しい冬は怪物と称されるらしい。
今年もまた怪物がやって来る、それも早足で、ならばなおのこと準備が必要だ。
「塩にワイン、保存食……やっぱりどれも高騰していますね」
買い集めた物資を荷車に乗せてエミリーはそう愚痴る、どれも平均より高かったのだ。考えることはみんな同じということだろう、まだ余裕があると考えていたのに急に怪物の足音が聞こえたので慌てて準備しなければならず、その結果いらぬ出費が重なった。
「水はそこら辺の雪を沸かすか、魔術師がいると燃料要らずだしな」
荷馬車を引くのはシャルルだ、エミリーとしても必要ならばそうするつもりだが、だからといって燃料がいらない訳ではない。
「それは私に何かあったらキャラバンが全滅しますね。それにこんな状況です、燃料の薪や炭は高騰しているでしょう、多めに確保すれば周辺の街や村に売れるのでは」
だからこそ燃料は重要だろう、自分たちが生きる為にも、そして稼ぐためにも。
「……それなら大丈夫、確保した」
喜ばしい報告をしたのはキャロルだった、彼女の後ろにはキャラバンの荷馬車が並び、多くの燃料が乗せられている。
「……しかも定価」
「本当に?どうやって手に入れましたの?」
「ん……うちの娼館がお気に入り」
「あぁ、あのロリコンの金持ちかぁ」
「そうですか、まぁ予算が浮いたのは喜ばしいわね」
必要経費だけでなく団員への給料だって必要だろう、余裕はあればあるだけ喜ばしい。まぁ予算のやりくりに頭を悩ませるのは彼女たちではなく団長である、三人にできるのは僅かに負担を減らすことくらいでしかない。
「怪物が早足で来なければもっと余裕が生まれたのに、どうして今年に限って早まったのかしら、私たちが街を出てからゆっくりくればいいのに」
「あ~何だったかな……たしか客から聞いた話だと雪の魔物がどうたらこうたら言ってたような、ええっと……」
「……秋を終わらせる獣、妖精の一種」
「あぁそれだそれ、そいつが北の方で暴れているらしい」
「強力な妖精なのかしら?」
「らしいぞ、そいつが現れると冬が長く険しくなるってよ。突然現れて雪を降らして、力尽きるまで暴れまわって死ぬらしい」
「最後には死んでしまうのね」
「自滅でな、でも存在は消えなくて長い時間をかけて大地の力を吸い取ってまた復活するんだと」
「……火山の力を吸収して蘇る不死鳥に似てる」
「親戚みたいなもんなんじゃね?」
そしてシャルルがキャラバンの簡易倉庫に物資を積み込みながらこんなことを提案した。
「でさ、そんな強くて珍しい妖精を捕まえて売りさばけば一気に大金持ちになれるんじゃないかなって思うわけだ」
「夢物語ですわねぇ……ドラゴンの卵が同じ大きさの宝石と交換されたとか、ユニコーンを捕まえてその角から万能薬を作ったとか話はよく耳にしますけど、どれも命が幾つあっても足りません」
ユニコーンが生息されるとするのは人の手が届かない世界の果てとされ、そこにたどり着くことすら難しいだろう。おまけにユニコーンの生態はその多くが謎に包まれており接触することはおろか視界に捉えることすら難しい。
ドラゴンに関してはユニコーンより難しいかもしれない。まずとても強いので手が出せない、いったいどうすれば空を飛び炎を吐き出す巨大な怪物に勝てるのだろうか、国家を支える騎士団ですら手が出せないのにまだまだ未熟な少女たちがどうこうできる相手ではない、まさに夢物語だった。
「いやぁキャラバンに雇われて稼ぐのもいいけどさ、やっぱりドカンと稼げたら嬉しいじゃんか、大金持ちになったら毎日腹いっぱい好きなだけ食べられるし。そんででっかいお屋敷建ててお貴族様みたいな生活するんだ」
「……シャル姉はすぐに転落すると思う……うん、そしてまた路地裏生活に逆戻り」
「ふふ、そうね、誰かがシャルルの財布の紐を握っておかないと簡単に散財しそうよね」
「ぐぬぬ……今にみてろよ、オレがその妖精を捕まえても分け前はやんないからな」
「ほらほら、夢ばっかり語ってないで仕事を終わらせましょう。広場の天幕を解体しないとね、魔獣の世話もあいさつ回りも物資の補給もまだ残ってるんだから」
ただまぁ、もしそんな妖精を見かけることがあったなら、挑戦はしてみても良いのかもしれない。シャルルほどではないが、エミリーもキャロルも夢くらいみるものだ。
「おーい三人ともこっち手伝ってくれないか!」
そんなことを考えていると声をかけられる、呼ばれて顔を出してみればキャラバンの一員である獣人の女性が巨大な魔獣に付いた鎖を引っ張っていたが上手くいっていないようだ、長い耳に長い鼻を持つこの魔獣は団員からは「ダーボ」と呼ばれ親しまれている。
公演での活躍はもちろんのこと、普段の移動中もその巨体と怪力を生かしてキャラバンを引っ張ってくれる頼もしい存在であり、ある意味このキャラバンの生命線でもあるのだ。
そんなダーボが地面に座り込んで微動だにしない、必死に鎖を引っ張られるが彼からしてみればなんの意味もなかった。少し首を捻れば簡単に獣人の団員はすっころぶ、ここまでくればもはや巨大な岩のようなものだろう。
「普段はあんなに聞き分けが良いのにどうしちまったんだよ、体調悪いのか?」
「なんだか眠たそうに見えるわね」
「……冬眠?」
「あぁ……間違いじゃないかも、ダーボはあんまり寒さに強い訳じゃないからさ、寒くなるとこうやって動かなくなる。蓄えた栄養をちょっとだけ消費しながら冬を越すんだ、こうなる前に動きたかったんだが」
「マジかよやべーじゃん。どうすんだよ、ダーボじゃなきゃ引っ張れないくらいの物資があるんだけど」
「いや、こういう時に備えて準備はしてあるんだよ。魔法の力が宿ったダーボ専用の毛皮があってさ、そいつを着させれば寒くてもゆっくり動いてくれる……あぁもう、ダーボを動かすんじゃなくてそっちを持ってくるか」
「私たちが持ってきますから、ここでダーボを見ていてあげてください」
「すまない、任せるよ。毛皮は中央車両にあるはず、詳しい位置はロー姉さんが知ってるはずだ。重たいから注意して運べよ」
中央車両とはこの春風のキャラバンの言ってしまえば本社のようなものだ。とてつもなく巨大な馬車とでも表現すべきか、あるいは車輪の付いた屋敷とでも表すべきか、どちらにせよ巨大であることには変わらない。
高さは立ち上がった時のダーボよりさらに高い、そんな巨大な本社を彼は軽々と引っ張ってくれるのだ、しかも他の荷馬車をけん引しながらなのでさらに重たいので人力ではどう頑張っても難しいだろう、やはりダーボの力は必要不可欠だ。
中央車両は二階建てであり、下層は主に受け付け兼倉庫であり、上層は主に団員の仕事場だ。キャラバンの団長のオフィスもそこにある。
三人は目的の人物にはすぐ会えた、二階への螺旋階段の途中で発見することができた。
「あらぁ三人とも団長に御用かしら?」
「いえ、探していたのはローレライさんです、実はダーボの毛皮を探していまして」
ローレライと呼ばれた女性はエルフの女だった。少女と言っていい三人と違い、成熟した大人だけが放てる妖艶な雰囲気をまといながら穏やかにほほ笑む。団員としての仕事は主に団長の補佐であり実質このキャラバンの副団長といっていいだろう。
それ以外にも心臓を鷲掴みにするかのような美声を駆使した歌唱力で公演に立つこともあり、また夜の仕事では娼婦としても活躍している。このキャラバンの中でも団長に続く古株であり、一番の年長者だ。
「あぁあれねぇ、そういえば急に寒くなってきたわよね」
毎年の恒例行事なのだろう、ローレライは穏やかにほほ笑むと三人を一下層の奥にある倉庫の一つに案内してくれた。
「あそこの奥にある赤い毛皮がそうよ」
「……カーペット?」
「ふふふ、ダーボの為の毛皮だものあれくらいの大きさは必要よ」
引っ張り出してくるりと巻き上げると、やはり重たい。三人で分担してようやく持ち上げることができる。
「あぁ、やっぱり力持ちね、鍛えてるだけはあるわ」
「おいエミリー……手を抜いてないだろうな」
「失礼ですよシャルル、私だって頑張ってます」
「……一番力のあるシャル姉が一番頑張るべき」
そんなわけでシャルルが毛皮の束を持ち上げてエミリーとキャロルが補助に加わる。
「教えてくれてあんがとロー姉、そういやロー姉こそ団長になにか用事があったんじゃないのか?」
「それは終わったから大丈夫よ、リンダとアンジェリーナがキャラバンを抜けることになってね、その相談と今後について話してたの」
「えっ……あのお二人キャラバンを抜けられるのですか?」
「……寿退社?」
「金持ちの男でも釣り上げたな、間違いない」
「そうね大体そんな感じよぉ、アンジーはこの周辺で大きな影響力のある商人の後妻にねぇ……前の奥様が子宝に恵まれずにずいぶん前に亡くなってね、それでこの街に来るたびにその人があの子を指名してたのよ。以前から身請けしたいって話が出てきてね……まぁ、身元もしっかりしている人ですし、資産も大きいから問題ないとは思っているの」
「へぇ、団長はなんて言ってるんだよ?」
「当人同士が納得しているのなら良いんじゃないかって、少し寂しそうだったけどね」
「……アランは?」
「あの子は昔から自立心が高かったから、今回の仕事で出た給金とチップで目標金額が貯まったらしくてね、これを機会に独立するみたい。大きな馬と荷馬車を買ってたわ」
キャラバンを卒業するということだ、それ自体は珍しいことではない。春風のキャラバンの初期メンバーは団長とローレライだけであり、それ以外の団員は様々な理由で抜け、あるいは雇われているのが現状だ。
季節が移り替われば人もまた流れていく、当たり前のことだった。
「じゃあ新しい奴を雇うのか?つまりオレらもついに新米卒業ってことだな」
「それなんだけどねぇ、うちに入団したいって人がいればいいんだけどなかなか……でもあの二人がぬけた穴も埋めなきゃならない、かといって無理やり連れていくことも出来るわけがないし悩みどころよね」
「……奴隷でも買う?」
「予算がねぇ」
そこでローレライは三人を見つめて大きく頷きこんな提案をしてきた。
「なんだったら三人があの二人の穴埋めする?今の契約は確かキャラバンの護衛と雑用よね?」
契約更新ということだろう、そうすれば仕事も増えるが基本給も間違いなく増える。特に魅力的なのが春風のキャラバンの契約ではチップを売り上げとして納める必要がない。そのまま財布にいれてもいいのだ。
「三人ともまだ幼さが抜けきってないけど、そういうのが好きってお客さんも多いのよ。ただ本格的な契約になると今までみたいにお小遣い稼ぎに気が向いたらっていうのは難しいかもしれないわ」
「あぁ……オレはまあ別にどっちでもいいなあ」
「……シャル姉と同じく」
「えぇ!ちょっと二人とも軽く考えすぎなのでは!?」
あまりにも短絡的な回答を出したシャルルとキャロルに激しく驚くエミリー。この姉妹は容姿も性格も全然違うのにこういうところだけは似ているらしい。
「いいですかお二人とも、正式に契約更新すれば仕事としてやる必要があります。私たちにはキャラバンの護衛という仕事もあるんですからね、両立できるんですか?」
「う~んどうだろうなぁ、今までみたいにはいかないか……でも給料は間違いなく増えるぜ」
「それはそうでしょうが、もう少ししっかりと考えるべきです。シャルルもキャロルもお小遣い稼ぎの延長だと思ってるのでは?娼婦という職業は想像より大変だと私は思います」
「そうねぇ、エミリーの言う通り簡単な仕事ではないことは確かね」
そこでローレライはこう言って場を纏めるのだった。
「私も団長も決して強制はしないし急がせもしないからね、なんだったら正式な契約を結ばないまま気が向いた時だけってことでも凄く助かるし……まぁ検討しておいてちょうだい」
ここでの話はそれで終わりだ。
色々と考えなければならないこともあるが、最優先すべきはダーボの再起動だ。重たい毛皮を中央車両から外に出して丸くなって微動だにしないダーボの下へ届ける。待ってましたとばかりに彼は立ち上がりその毛皮を受け入れてくれる。
「さっきまで岩みたいだったのに現金な奴だ」
「きっとこれが温かいって覚えているんですよ」
「……ダーボ賢い」
四人がかりでダーボを着替えさせていると、ふと空から白い粒が舞い降りた。
「まずいな……急ごう」
凍てつく冬はもう目前だった。
小説家になろうで連載中の物をこちらにも掲載します。