商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
現在の小王国郡は混乱の中にある、アンデットを率いた首魁はとある聖騎士によって倒されたという話が広がり、その後は帝国軍や周辺の国々が大規模な掃討作戦を行い、何とか脅威を排除することができた。
しかしアンデットが一匹残らず排除された訳ではない、残党とでも呼ぶべきものがチラホラと出没することがあり、小王国郡の一部地域ではまだ国土の開放も終わっていないのが現状である。
そんな残党の排除を請け負ったのが傭兵やこの地域に派遣された兵士たちであった、国土の完全開放を目標としてここ最近は走り回っているようだ。
一時期は大地を埋め尽くすほどの数であったアンデットも今は大量という言葉で収まるくらいにはなっており、軍隊を並べて戦わなくても問題ない状態である。
残りのアンデットは傭兵や現地に残した兵士たちが気長に処分するということだ、大勢の軍勢は大量の食料と資源を消費するので、ある程度の金だけ渡して傭兵を走らせる方が出費が抑えられるという大国の思惑もあるらしい。
なんであれ小王国郡の一部では今もアンデットと戦士たちの戦いが続いている、四人娘が運ぶ祝福を宿した武器類はそんな傭兵たちに売りつける商品であった。
キャラバンの荷台に積み込まれた武器にはシャルルが祝福の光を宿らせている、普通の武器よりもずっと価値のある物へと変化していということだ。
キャラバンは小王国郡の中心付近へと進んでいた、小国の集まりであったこの地域では周囲の大国と比較的近い国、例えばガレス王国などは外縁部に位置しておりそういった場所は比較的に治安は回復されている。
理由としては支援して庇護下にいれてくれる大国が近いからであり、中心に近づけば近づくほどにその影響力が弱まるのでアンデットも跋扈するという理由があるのだろう。
「ん……アンデットがいるね」
最初に、荒れた道を走るキャラバンに近づいてくるアンデットを認識したのは手綱を握るキャロルであった。
「お、ついに来たか、どの辺りだ?」
アンデットという単語に敏感に反応したのはシャルルである、彼女は荷台から顔を出してキャロルと並びながら遠くへと視線を送る。
「あそこ、一キロくらい先」
「よく見えるな」
「……目が良くなったから」
黄金を注ぎ込んだかのような輝きを持つキャロルの瞳は遠く離れた場所や対象であってもしっかりと認識できる、ある種の魔眼へと変貌しているのだろう。
それこそ、一キロ先で動く人型の何かがアンデットかそうでないか判断できる位には見えている。
エミリーが興味深そうな視線を向けているのは、魔術師らしい知的好奇心からだ、彼女たちにとっても珍しい瞳になっているのかもしれない。
「まだ距離がありますから今のうちに対処を決めておきましょうか。キャロル、数はどれくらいですか?」
「ん……ん~……十二体」
「それでしたらそこまで脅威ではありませんね、私の魔法で焼き払いましょうか、それで無理であってもシャルルがいてくれますし問題はないでしょう」
「おう、アイツラとはさんざんやりあったからな、任せてくれ」
アンデットに対して無敵とも言える聖騎士がいる以上はそこまで脅威には感じられないという認識で一致したようだ、相手は大地を埋め尽くすほどの数でもないことも余裕を感じられる要素の一つであった。
「ん……じゃあこのまま進むね」
手綱が振るわれると馬が二台の車両を引いて進み始める、ゆっくりとした速度でありアンデットたちに接近するまではまだ時間がかかるだろう。
その間に彼女たちはそれぞれが準備を整える、ただ大袈裟なものではなく僅かに緊張を高まらせる程度のものである。
「アンデットと戦うのは初めてだな、シャルル殿、何か助言はあるだろうか?」
「ミューは初めてなのか?」
「あぁ、私がいた故郷の森ではまず見かけることのない存在だった」
「んん~、色々あるけどやっぱり首を切り落とすのが一番だなぁ。エミリーみたいに魔法で焼き払えたり、ワタシみたいに祝福の力があれば別だけど、そうじゃないのならまずは首を落とすことかな」
「やはり半端な手傷を負わせるだけでは無意味か」
「そうだな、そもそもアイツらって痛みとか感じないし、傷とか無視して動く、躊躇無く襲い掛かって来るから狙うならまずは首だ……まぁそれでも倒せないんだけど、動きは封じられる」
それは一般的なアンデットの対処法であった、首を落として動けなくしてから神官による浄化を行い灰にするのだ。
或いは力技での対処だろうか、エミリーのように巨大で広範囲の魔術を使える人物を引っ張って来て一気に灰へと変える手段である、ただそんな存在はどこにでもいる訳ではない。
もっと確実なのは聖騎士を派遣して叩くことである、このキャラバンにはシャルルとエミリーがいるのでまずアンデットには後れを取らないだろう。
そもそもミューとキャロルの出番はないかもしれない、エミリーとシャルルがいれば数百体くらいのアンデットであっても対処はできてしまうのだから。
さすがに大地を埋め尽くすほどであれば難しいだろうが、相手は十二体である、何も問題はない。
驕りではなく公平な戦力分析と言えるだろう、それを証明するかのように実際にそうなった。
アンデットたちに接近するとまずは試しとばかりにエミリーが魔術を行使する、掌を合わせて器を作ると、祈りと共に鮮やかな光がそこに形作られる。
蝋燭に付いた火のように穏やかであり、どこか頼りないそれを救い上げるように視線の高さまで持ち上げると、エミリーは吹き消すように吐息をぶつけた。
しかし小さな灯はそれで消え去ることは無く、そのままふわりと舞い上がるように彼女の掌から離れてこちらへ近づいてくるアンデットたちへ向かい、そして静かに弾ける。
炎の魔術のように激しい熱をまき散らすことはなく、炎の壁も広がらない、肌を撫でるのは暖炉の熱のように穏やかなものであるが、たったそれだけでアンデットたちは灰になっていく。
爆発も熱波もない、春風のように穏やかなそれが広がり、彼らは浄化されたのだ。
「おぉ~……エミリーだけでどうにかなったな」
「数が少なかったので」
聖剣を構えてやる気を出していたシャルルは少しだけ不満そうにしていた。
「ん……楽でいい」
「危険は遠い方がキャラバンにとっては良いと思うが……やる気が空ぶってしまったな」
どうやらシャルルだけでなくミューも不満があるらしい、枝分かれした黄金の槍を構えていたのでその行く先を求めていたのだろう。
彼女は魔術師であると同時に戦士でもある、戦場で功を求めるのは自然なことであると言えた。
「まぁまぁ二人とも、この先幾らでも戦う機会はありますよ。小王国郡の中央に近寄れば近寄るほどアンデットの残党は多くなるでしょうから」
「大群じゃないとエミリーが全部片付けちゃいそうだけどな」
「シャルルはそんなにアンデットと戦いたいんですか?」
そんなエミリーの言葉にシャルルは何かを考え込む、そしてこんな言葉を返した。
「いや、別にそうでもないな……ただなんだろ、とりあえずアンデットはぶっ飛ばさなきゃならないって自然に考えてた」
どうやら彼女の中でアンデットという存在は不倶戴天の敵であり絶対に叩き潰さねばならない存在になっているようだ、天敵であると同時にある種のトラウマにもなっているのかもしれない。
見つければ灰にする、そのために必要な労力や出費の全てを無視できるくらいには特別な存在になっているのだろう。
「まぁこれから幾らでも機会はあるか、うじゃうじゃいるだろうからな。あッ、エミリー、今度はワタシにやらせてくれよ?」
「はいはい、わかりましたよ」
「その時は私も手伝おう、アンデットとの戦いも経験しておきたい」
「よし、じゃあ次があればミューと一緒に戦うよ。エミリーもキャロルもそれで良いだろ?」
「私は構いませんよ」
「ん……問題ない」
「いやぁ、楽しみだなぁ、アイツらと戦うのも久しぶりだしさ」
そんなことを言いながら聖剣で素振りを始める様子に、エミリーとキャロルは呆れたような視線を向けるのだった。
「シャルル、目的を忘れてはいけませんよ? 私たちはアンデットと戦う為でなく商いに来たんですからね」
「わかってるって、大丈夫大丈夫、ちょっとだけだから」
改めて車両に乗り込んで走り出す、少し前に滞在していた都市で手に入れた情報が印された地図を片手にキャラバンが向かう先は、小王国郡の中央付近の地域である。
まだ完全にアンデットを排除できていない土地であり、祝福の武器を宿した武器を売りつける傭兵や兵隊たちがいる場所であった。
そこはかつてこの地域に存在した城塞跡である、周辺の施設と同様にアンデットに呑まれて久しいが、あの戦いの際には大勢の兵士が立てこもり僅かにだが首なし騎士の進行を遅らせた城塞である。
既に城壁は破壊されて城塞としての機能は半減しているようだが、近づくにつれてそこも修復され始めていることがわかる、幾人もの大工と労働者が修復作業を行っているのだ。
彼らはこの土地を統治することになった周辺国から派遣されて、或いは転属を命じられた者たちだろう、人口過多の地域から国の命令で送られてきた人物である、現在の小王国郡ではありふれた存在と言えるだろう。
修復作業が行われている城塞を中心に、まだアンデットたちが蠢く地域へと遠征を繰り返すのだろう、ここはその為の前線基地のような場所なのかもしれない。
半壊して作り直されている大手門を潜り、車両は城塞の中へと入っていく、するといかにも傭兵といった風貌の人々の姿を発見することができた。
誰も彼もが体に傷を残し人相が悪く、傭兵と言うよりは山賊と呼んだ方が正しいとさえ思えるほどに殺伐とした雰囲気を持つ者が多い。
ただ傭兵とはそういうものだ、時と場合で実際に賊まがいのことをすることもあるのだろう、実際にやっていた傭兵も多い筈だ、そして雇われた時だけはしっかりと働きそれ以外の時は基本的に略奪で生活する。
勿論、全ての傭兵がそうではないだろうが、傭兵と言えばそんなイメージを持つ位には一般的な認識とされているようだ。
そんな傭兵たちとどう商いをしていくのか、それを見分ける要素の一つとして彼らが掲げているエンブレムが挙げられるだろう。
「ん……契約神のエンブレムがあった」
「あぁ、良かった、まともそうな方々がいそうですね」
城塞内部にある住居区画には様々な傭兵集団が存在していた、彼らの為に与えられたであろう集合住宅、おそらくは元々は兵舎であった場所にはそれぞれの所属を明確にするエンブレムが掲げられている。
そのエンブレムは店にとっての看板のようなものである、名刺代わりでもあり有名な物となれば挨拶すら不要となるくらいの存在感だって放つことができる。
それらのエンブレムと並んで特に目立つのが契約神のエンブレムであり聖印だ、それを掲げるということは、掲げることを神殿から許されているということは、つまりそれだけ契約に対して真摯であるということの証拠でもあるのだ。
そうでなければ契約神の聖印は掲げられず、もし神殿に無断で使用していることが露見すればすぐさま神殿騎士が派遣されて見せしめにされてしまう。
なのでそれを持つということは神殿からの信頼があるということであり、それだけの実績を積み上げた組織であるということであった。
商いをするというのならやはりそういった集団とするべきだろう、賊と見分けがつかない相手よりはずっと話が通しやすいのだ。
「でも、こういう時に伝手が無いと困るよな、いきなり声かけてもなんだこいつらってなるしさ」
「以前のキャラバンではどうなされていたのだ?」
春風のキャラバンで働いていた時のことをエミリーとシャルルとキャロルは思い出す。
「春風のキャラバンは大手だったのでそこまで苦労はしなかったですね、伝手も縁も多かったので苦労も少なかったような……信頼もありましたからとても商いがやりやすかったのは間違いありません」
「そうか、始動したばかりのこのキャラバンだとその辺は難しそうだな。相手が国や神殿のような公的な存在ならばともかく、傭兵相手だと難しいか」
「私たちも契約神や商売神の聖印などがあればまた話が違うんですけどね」
ミューの言う通り相手が神殿や大店等であればまだ話が簡単である、不特定多数を相手にすることを前提としているからだ。
「ん……紹介状でもあればまた違うけど」
「ふむ、では発想を変えて売り込むのではなく、彼らの方から買わせる方向へ誘導するのはどうだろうか?」
ミューのそんな提案に、深く考え込むのはエミリーである。
「露店を開くと言うことですね」
彼女が視線を向けた先にあったのは城塞内部で開かれている露店市であった、同じように傭兵相手に需要があると踏んだのか幾組かのキャラバンが商品を広げていた。
酒であったり食料であったり武器であったりと物は様々である、それらの商品を傭兵たちや復興作業を行っている男たちが冷やかしているのがわかる。
「その場合、商品がバラけてしまいますね、できれば纏めて売りたいんですが……うぅ~ん」
「……剣だけ露店で売ったら?」
「キャロル、それはどういう意味ですか?」
「ん……意味はそのまま、剣だけ露店で売る。きっと評判になるから、噂が広がればどこかの傭兵団が追加で売ってくれって言ってくる、その時に槍を纏めて売れば良い」
それならば紹介状も無しで大手の傭兵団に売りつけられるだろうと言う考えだ、こちらから売りつけるのではなく向こうから頼んで来るので足元を見られることもない、それがキャロルの考えなのだろう。
「なるほど、それなら確かに」
車両の荷台に乗っているのは主に二つ、祝福を宿した剣と槍の束である、傭兵たちが多いこの場所ではどちらも引く手は多いと確信できる品であった。
「ではそうしましょう、上納金を幾らか包む必要があるでしょうけど、必要経費と考えましょうか」
金を払う相手は露店市を取り仕切っている相手である、そういった存在に金を払って露店を開くことを認めてもらう寸法である。
無視しても構わないがその場合はどうしたって顰蹙を買ってしまうだろう、そして物騒な連中が店前をうろつくことになるので、そうなるくらいなら最初から払っておいた方がマシであった。
挨拶は重要である、それは春風のキャラバンで学んだことの一つと言えるだろう。
新しい土地に赴いたら、そしてそこで商売をするというのならば、まずは挨拶である。