商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
祝福を宿した剣の売れ行きは好調であった、とてもという言葉が似合う位には売れ行きが良い。
最初は本物かどうか疑う視線もあったのだが、実際に間近で見て手に取って触ってみるとそこに込められた祝福の力を感じることができるのだ、有無を言わせない純粋な輝きを宿した刃は余計な疑いを払拭することができたらしい。
武器そのものはどこにでもある量産品でしかなく、それこそ兵士に持たせる程度の質でしかないようだが、そこに込められた輝きは本物である。
これからアンデットと長期に戦うことになるであろう傭兵たちにとって心強い武器になることは間違いないだろう。
値段は普通の武器を購入するよりは高めに設定されている、それこそただの武器を購入するだけならばぼったくりだと叫べる位には高い。
ただちゃんと付加価値が付いているのでそこまで不満は大きくなっていない、飛ぶように売れているのがその証拠と言えた。
挨拶に向かっていたシャルルとキャロルが艶々した顔で帰って来た頃には商品の大半が売れていた、まだ日も高く暗くもなっていない時刻である。
祝福の剣を売るのは宣伝目的でもあるので、今頃は傭兵たちの間で噂になっていることだろう、追加の注文を望む声もすぐに来るだろうとエミリーたちは考えていた。
城塞内部、その隅にある井戸の近くで天幕を広げて本日の総評を話し合っていた四人はそんな結論を出す。
「それでこれが市場権ですね」
「ん……一時的なものじゃなくて、永続的なものだって」
「この地域全体で使えるらしいぞ、これで今度来た時も大丈夫だ」
「それはまた大盤振る舞いですね、一体どうやって手に入れたんですか?」
「どスケベなおっさんだったからな」
「あぁ、なるほど」
天幕の内部でそんな会話を続ける彼女たちは、手元にある市場権を見つめながらこれからのことを考える。
「これがあれば定期的にこの地域によるのも良いのでは? 永続的なものなのだろう?」
ミューの言葉に全員が頷く。
「そうですね、この家紋の効力が無くなるまではそれも良いでしょう」
「それってあのオッサンの家が無くなったりとか代官が変わったりとかだろ、そんなことあんまり無いんじゃないか?」
「ん……滅多にない」
貴族の家はとてもしぶとい、戦争で大敗でもしない限りは存続が基本である、つまり彼女たちが持つ良質な契約書に印された家紋の力と信頼も同じくしぶとく続くのだ。
懸念すべきは代官の変更だろうか、家が潰れるよりはまだお国の事情でそうなる可能性は現実的である、しかしそうなった場合も一度結んだ契約書を軽く扱うのは統治者の信頼に関わるので無視される可能性は低いだろう。
つまり、彼女たちに与えられた権利書はこの地域で商いをする上で長期かつ高い信頼を得られるものなのだ、欲しいと思ってもなかなか手に入らないものである。
色仕掛けでこれが貰えるのならば安いものなのかもしれない、領主の信頼など本来ならば簡単には得られないのだから。
「商いの権利も貰えて、武具の売却も順調、これはなかなかの滑り出しですね」
「問題は今ある商品が売れたら次は何を車両に乗せるかだよな、また同じように武器を集めて祝福を付与するのか?」
「アンデットが出没するのはこの周辺地域の中央付近だと聞いている、ここからはその部分から遠ざかっていくことになるのだから、同じようには売れない可能性もあるだろう……完全にとは言わないが」
「そうですね、ミューさんの言う通り需要は薄くなるでしょう」
エミリーはそう言って権利書を丁寧に丸めて巻物にすると、専用の筒箱に入れて魔術的な封印を施すと、車両の金庫へとしまう。
「幸いにも資金は潤沢です、残りの武器が捌ければ更に余裕が生まれますから、それで必要物資を買い込みましょうか」
「ん……補給無しで一気に帝国まで行けるくらいに?」
「はい、可能ならばですけどね、ただこれはあくまで理想です。こんな状況ですから纏まった物資が手に入るとは限りませんし状況次第で幾つかの都市や国を経由することになるでしょう、物資もその時々で売ったり買ったりを繰り返すことも考えられます」
「ならとりあえず食料か……う~ん、纏まった数が手に入るかな、ここで。あったとしてもかなりふっかけられそうだけど」
「最低でも次の都市まで食いつなげる位には欲しいですね、小王国郡の中央から離れて周辺の国に近づけば近づくほど治安や補給は安定するでしょうから」
「ふむ、その場しのぎで物資を手に入れるのも何かで躓いた時に危険だ……どこかで安定した物資を手に入れる必要があるだろう、しかしこの地域でそんな安全な場所が存在するのか?」
ミューの指南も尤もである、大地を埋め尽くすほどのアンデットに呑まれて久しいこの地域に安全かつ確実に物を手に入れられる場所は少ない、その日その日を食べていくことが限界なのだから他人に食料を売れるような余裕などない。
あったとしても高く売られることだろう、需要と供給の差があまりにもかけ離れているのでその溝がそのまま価格差へと変わっているのだ。
「あッ、それならガレス王国にでも寄るのはどうだ?」
「そこはシャルルがお世話になっていた国でしたね、物資があるのですか?」
「そりゃ他の場所よりはあるだろ、ギリギリでアンデットを弾き返せたし、国はなんとか健在だ。帝国にも比較的近いし、最終目標が帝国なんだから結局は寄ることになるだろうしさ」
加えてシャルルはガレス王国の代表とその妃との間に縁がある、他所の国で補給するよりはずっと話が通しやすいだろう、あの国で聖騎士の歌を知らない者など存在しないのだから。
「ではそちらを目指しましょうか、残った武器を売った資金でそこまで辿り着く為の物資を集めましょう」
そんな方針が天幕の中で話し合われていると、彼女たちは自分たちの拠点に近づいてくる気配に気が付いて緊張を高めた。
シャルルとミューが手元にある剣と槍を握り、キャロルが黄金の弓をいつでも弾けるように構える、そしてエミリーが緊張した面持ちで天幕のカーテンを開いて外へと顔を出すのだった。
「あぁ、急な来訪失礼した、別に強盗という訳ではない。こちらのキャラバンで祝福を付与した武器を多く扱っていると噂になっていたので話をしたいと思ってね」
天幕の近くに現れたのはいかにも傭兵と言った皮鎧を身に纏った人相の悪い男であった、幾つかの戦場を超えた証であるかのように顔には傷跡が残り、子供が泣きだしてしまいそうな迫力を持っている。
しかしそんないかつい容姿に反して物腰や口調はとても穏やかなものであった、エミリーを見た瞬間に胸に手を当てて僅かに頭を下げた所を見ると礼儀作法も一通り教わっているのだろう。
「商談ですね、勿論大歓迎でございます。ええっと、そちらの所属は――」
エミリーの視線が男の瞳から胸元へと移ろう、皮鎧に張り付けられたエンブレムは彼女たちが事前に目を付けていた大手の傭兵団の証であった。
信頼と実績をもって契約神の聖印を勝ち取った集団の一員ということだ、まさに狙いをつけていた客である。
エミリーは男性が見惚れるような可愛らしくも妖艶な笑顔を心の底から浮かべて、礼儀正しく礼を返す。
自分たちが思い浮かべた形に結果が伴っている、商人にとって笑顔が止まらない瞬間なのだろう。
「祝福を付与された武器はまだ持っているだろうか? 可能ならば纏まった数が欲しいんだが」
「はい勿論、槍ですが纏まった数があります」
「それは良かった、可能ならば全てを売っていただきたいが……そちらの予定は?」
「ご安心ください、お客様が一番早く来られましたから」
エミリーの背後にある天幕の中から残っていた三人も顔を出す、女性だけのキャラバンに傭兵は少しだけ驚いたかのような顔をしたのだが、すぐに表情を戻して後を付いていく。
案内されたのは彼女たちが所有する荷馬車である、その荷台には縄で括られて一纏めにされた槍が乗せられていた。
どこにでもある量産品といった印象しかないが、その穂先は淡く輝き神聖な光を宿している、不浄の存在を焼き払う力を宿しているのだ。
一目見ただけでわかる、それが特別な武器なのだと。
四人娘の手で車両から降ろされた槍の束は幾つも纏められているので丸太のように太い、四十本ほどの数はあるだろうか。
同じように纏められていた剣の束は既に市場でバラバラに売り払われている、それぞれ個別に対応して時には値下げ交渉に加えてごねる客も多く、ミューに首根っこを捕まれて放り出される相手もいたのだが、今回の客はそこまで心配する必要はないだろう。
契約神の聖印は、そこまで軽い物ではない。
逆上して殴りかかって来るような傭兵団に与えられることはないということだ、そこは彼女たちも安心していた。
「ご予算の方はどうなりますか?」
「潤沢だ、ここの代官は金払いが良いのでね……まぁそうしなければ自分の身を守れないという事情があるんだろうが、おかげでこうして足を運べた」
「因みに槍一つのお値段はこちらとなります」
丁寧に研磨された艶のある爪先が懐から取り出したそろばんを弾き、記された値段を客の男性へと見せつける。
「……」
傭兵の男は顎に手を当てて深く考え込む、可もなく不可もなくといった様子であった。
「誤魔化しても仕方がないので格好は付けない、できればもう少し安くしてくれるとありがたいのだが」
暴力と恫喝に訴えないだけまだ理性的な反応と言えるだろう、ミューも市場での経験でそこを警戒していたようだが、傭兵の反応に少しだけ槍を握る力が緩んだらしい。
「では私たちが勉強させていただきましょう」
「要求しといてこんなことを言うのもアレだが、構わないのかい?」
「こんな情勢ですからがめつく稼いでも余計な恨みや嫉妬を買うだけですよ、少しだけの配慮で互いにいい気分になれるのなら、それは素敵なことだと私は思います」
大きく損をしなければそれで良い、そんな考えでキャラバンを経営している彼女たちには余裕とゆとりがある、それ故の発言だろう。
「なるほど、堂々と臆面もなくそう言われてしまうと反応に困るな、値下げ交渉をしている私が強欲に思えてしまう」
「ふふ、あまりお気になさらず、我々は気楽にキャラバンの運営をしているだけですから」
「ならばその言葉に甘えさせてもらおうか、しかしそれだけではこちらも悪い。なのでこちらを渡しておこうか」
そう言って男が取り出したのは傭兵団のエンブレムである、胸に飾って所属を現す物ではなく名刺のように相手に渡す為の印だろう。
「もしどこかで機会があれば使ってくれ、これがあれば我々の傭兵団が一度だけだがタダで仕事を引き受けてくれる」
「それはとてもありがたいですね、縁があれば使わせてもらいます」
代わりとばかりにエミリーは自分たちが運営しているキャラバンのエンブレムを贈ろうと考えたのだが、よくよく考えてみれば発足したばかりの彼女たちは所属を明確にするエンブレムが存在しないことに気が付く。
春風のキャラバンにはしっかりあって看板や名刺としての役割を果たしていた、しかし自分たちにはそれがない。
逡巡した結果、エミリーは契約書を取り出してそこに自分の名前を書き記し、その隣に少しデフォルメされた不死鳥の絵を描く。
それを相手のエンブレムと交換して契約は結ばれることになるのだった。
こういった自己紹介や名刺交換はキャラバンを運営するのならこれから幾らでも増えていくだろう、挨拶と同じであり円滑に商いを行うにはどれだけの伝手を結べるかも重要である。
大手のキャラバンの倉庫には溢れるほどのエンブレムが詰まっているものだ、実際に春風のキャラバンはそうなっていた。
槍の束を傭兵の男に私、代わりに重みのある巾着を受け取って商談はそれで終わりとなったのだが、エミリーは遠ざかっていく男の背中から視線を外して深く考え込む。
聖都から逃げるようにキャラバンが走り出したのだから足りない物が多いことに気が付いたのだろう、彼女は仲間たちに振り返りこんなことを提案した。
「私たちのキャラバンで使う商印を作りませんか? 無いと色々と不便だと今になって気が付いたのですが」
「あぁ、そう言えばその辺は何も考えてなかったな」
「ん……慌てて飛び出したから」
「聖印のような物か、確かにこれから商いをしていくのなら様々な契約を結ぶだろうから必要となるだろうな」
寧ろこういった印はキャラバンを実際に動かすよりも前に作る物である、土壇場で無いでは話にならないのだから。
「実は先ほどの方に名刺代わりにお渡しした契約書に簡単にですが商印を書いたんです、こんな感じなんですけど」
エミリーは懐から取り出した手帳に先ほどの契約書に書いたデフォルメされた不死鳥を描く。
「一度契約書に印してしまったので、問題が無いようならこの印を基本にして細部を固めていこうと考えているんですが……どうしますか?」
シャルル、キャロル、ミューの三人は特に不満は無いらしい、何かしらの拘りがある訳ではなく既にエミリーが使用しているというのならわざわざ変更する必要性も感じないのだろう。
「ヘステア殿が商印のモデルなのか。うむ、良いのではないか、不死鳥がこのキャラバンの象徴となるのならば縁起も良い」
「はい、不滅の象徴ですから」
「……でも、絵はへたくそ。エミリーには絵心が無い」
「確かにな、もっとカッコいい感じに書いてくれよ」
「な、良いじゃないですか!? こういうのも可愛らしくて」
どうやら不満があるとすればエミリーの絵心の方らしい、丸っこく書かれた不死鳥は確かに勇ましさは感じられないものである。
「ではシャルルかキャロルが絵を描いてくれますか? そこまで言うのならさぞ綺麗に描いてくれるんですよね」
「ん……やってみる」
「ワタシにそんなことできる筈がないだろ」
こうして彼女たちのキャラバンの商印が作られることになった。
残念なことにシャルルとキャロルに絵心はなく、最終的にミューがヘステアを観察しながら美しい商印の絵を描きあげることになったようだ。