商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
商印の製作とキャラバンの名前を決めることになって数日、この要塞での生活にも徐々に慣れ始めた彼女たちであったが、目的地は帝国であるのでいつまでもここに滞在する訳にもいかず、また理由も存在しない。
最低でも小王国郡中央部を突っ切ってガレス王国までキャラバンを進められる物資を集める必要があったのだが、城塞に集う商人たちと交渉して相場よりも少し高いものの何とか集めることができたらしい。
祝福を宿した武器を売って代わりに旅に必要な物資を整えたということだ、それでも彼女たちの通帳は黒字を記録しているのでキャラバンを運営する身としては嬉しい限りである。
キャラバンは城塞を離れてその行先をガレス王国へと定めたようだ、緩やかな速度で進んでいき、時折現れるアンデットたちを蹴散らしながら順風満帆な旅路であった。
対アンデットにおいて謎のやる気を出しているシャルルや、経験を積みたいという理由でミューが積極的に現れるゾンビを排除してくれるのだ、次々とアンデットが現れること以外は順調な行程である。
「本当にアンデットが多いのだな、この地域は」
「これでも一時期よりだいぶマシになったんだけどなぁ」
「シャルル殿はアンデットの魔王と戦ったのだったか、その時は酷かったのだろう?」
「そりゃうじゃうじゃ湧いて出たさ、大地を埋め尽くす位にな」
「このアンデットはその残党ということか」
無数に枝分かれした黄金の槍が鮮やかな軌跡を描きながら流麗に振るわれる、するとキャラバンに立ち塞がったゾンビたちの首が何の抵抗も出来ないまま落とされた。
それに合わせるようにシャルルの聖剣も振るわれる、同じく鮮やかな軌跡を描いたそれはアンデットを切り裂いた瞬間にボロボロと灰に変えて消滅させるのだった。
ついでとばかりに彼女の聖剣はミューによって頭と胴体が離されて動きが鈍ったアンデットを刺していく、やはりその度に一瞬で灰へと変わって消えてしまう。
大きな困難もなく二十体ほどのゾンビを処理した二人は背後にあるキャラバンへと戻っていく、そちらにも大きな損害もなく順当な勝利と言えるだろう。
「二人ともお疲れ様です」
「ん……お疲れ」
「大した相手じゃないよ、数も少ないからさ」
「あぁ、戦士として良い経験を得られた」
二人が車両の荷台に乗り込むと、手綱を握っていたエミリーが馬を走らせてキャラバンは緩やかに進みだす、あの要塞を出てからずっとその繰り返しである。
やはりアンデットとの遭遇が多い、わかってはいたことだがなかなか車両は軽快に進めないようだ。
「しかし、こうもアンデットと戦うことになるとはな、完全にこの地域を開放するまでにどれだけの時間がかかることやら」
「まぁその辺りはワタシらが考えることじゃないさ、あの城塞の人も大量の兵士や傭兵を揃えてたから、解放するつもりはあるんだろ」
シャルルの言う通りそれは彼女たちには関係が無い話だ、広範囲を徘徊するアンデットの掃討などは個人がどうこうできる問題ではない、大量の人を集めて隅から隅まで掃除できるだけの組織力が物を言う状況である、こればかりはどうしようもない。
彼女たちにできるのは、せめて遭遇したアンデットを処理するくらいだろう、それを大人数の軍勢で行うのは統治者の仕事であった。
「そうですね、放置していても百害しかないんですから、どこの国も必死になってアンデットの排除に力をいれるでしょう、じきに平和になりますよ」
「だと良いんだけどな」
シャルルは小王国郡に知り合いもいるのでその状況をこの中で最も望んでいるのかもしれない、積極的にアンデットを排除しに行くのはそんな思いもあってのことだろう。
「ん……こんな感じでどう?」
揺れる車両の荷台でそんな会話を続けていると、キャロルが手元にある象牙を持ち上げて隣にいたミューに見せた。
この象牙は要塞にいた商人から食料と一緒に買い取った物である、それほど大きな象牙ではなく高価な商品という訳でもない、ただ商印を作る為に丁度良かったので今はキャロルの手元にあるらしい。
彫刻刀を片手に、ミューが描いた不死鳥の絵を手先の器用なキャロルが象牙に彫り込むのだ、なかなか上手くできたという自覚があるのか、彼女は自慢するように見せつけている。
「あぁ、良いですね、とてもお上手ですよキャロル殿」
掌サイズの象牙の底は平らにされており、そこに彫り込まれたヘステアの姿はとても勇ましさが溢れている、エミリーが描いたデフォルメ全開の絵とは大きな差があった。
「むぅ、確かにカッコいいですけど、私が描いた絵の面影がありません」
手綱を握って馬を操るエミリーにも見せるとそんな反応が返って来る、しかし反対意見はないようなのでキャラバンの商印はこれで決まりとなったようだ。
インクを付けて試しに契約書に押してみると、刻み込まれた通りの勇ましい不死鳥の姿が印された、なかなかの出来であるとキャロルは大きく頷く。
手先が器用なので以外にも芸術的な才能があるのかもしれない、本人もまんざらではなさそうである。
「ピピピッ!!」
試しにとばかりに鳥籠の中で寛いでいたヘステアに見せつけると、こちらは嬉しそうな鳴き声を上げた。
商印はこれで完成だ、しかるべき時に使えばこのキャラバンの利益や契約や信頼の証明にもなるだろう。
象牙で出来た商印を荷台にあるキャラバン共有の金庫へ治めて、キャロルは一仕事終えたとばかりにその場で横になった。
「次の目的地まで……まだかかる?」
「そうですね、順調に進めばガレス王国までもう数日と言った所でしょうか」
エミリーは地図に視線を落としながらそう答える。
「アンデットが徘徊してるからな、絡まれたらもっと時間がかかるだろうけど」
そしてシャルルはその隣で車両の前方を警戒しながらそう付け加えた。
ミューは主に後方の警戒をしているのか、車両の後ろに腰を下ろして背後を観測しているらしい。
「中央部から離れれば離れるほどアンデットも少なくなりますから、そう頻繁にとはならないと思いますよ」
要塞から出発して既に数日、最初の頃は数も頻度も多かったアンデットたちの襲撃ではあるが、確かにエミリーの言う通り少しづつだが見かけることが減っている、治安が回復しているということだろう。
ガレス王国の首都にまで辿り着くにはまだ時間がかかるだろうが、その領土の端位までならもう少しである、そこまで行けば兵士の警邏なども行われているので、更にアンデットと戦う機会も減るだろう。
道も同様である、長く放置された国道はボロボロの有様で車両を大いに揺らすのだが、ガレス王国の領地まで行けばそこから先はスルスルと進める筈だ。
廃棄された農村や牧場が広がる廃れたこの地域と異なり、ちゃんとした社会や国家が運営されているのならば、物資の補給も容易いだろう。
今も彼女たちのキャラバンが進む道の左右には、宿場町の残骸が広がりかつての賑わいの名残を見せていた。
商店も旅籠も娼館も飯屋も、全てがアンデットに呑まれてしまったので残るのは残骸だけである、一抹の寂しさを感じさせる光景だが今の小王国郡ではとてもありふれた光景なのだろう。
「ん? あれって人か?」
そんな生命の営みの名残を眺めていたシャルルが、その瞳でまだ熱を宿している人の姿を見つける。
こんな場所には似つかわしくないと言えばまさにそうだろう、何もかもが崩壊してしまっているのだから、人が当たり前のように暮らすのは難しい。
最初は復興に携わる人物なのかと思ったのだが、たった一人で宿場町の端で家の残骸に腰を下ろしていてはその可能性も低いだろう。
年齢は青年と言った雰囲気だ、疲れたように遠くを眺めている姿は宿場町と同様に寂れており、このまま消え去るかどこかの崖にでも飛び込みそうな雰囲気もある。
道なりの進んでいくとその男性とすれ違うことになるだろう、そのまま放置するという選択肢もあったのだが、袖すり合うのも多少の縁とばかりにシャルルは声をかけた。
「なぁアンタ、こんな場所でしかも一人で何やっているんだ?」
「……うん? いや、何をと言われてもな」
男性はそこで言葉を区切り、深く重たい溜息を吐いてから後頭部をガリガリと掻き毟る。
「う~む……まぁ、過日を懐かしんでいた」
「この辺に住んでたのか?」
「いや、出身地は少し離れた村だ……ここには良く酒を卸していた」
よく見ると瓦礫に座り込む彼の手には酒瓶が握られている、封は切られておらず新品の様子であった、どうやら酒を飲みながら自暴自棄になって昔を懐かしんでいた訳ではないらしい。
「桃の木が幾つも並んでいてな、毎年ある時期になると果実の香りが山に広がって、その桃から作られる酒はこの辺の名物にもなっていたよ」
「その酒のことか?」
「あぁ、こいつはその残りでな……アンデットが押し寄せて来たなんて話を聞いて、慌てて荷物を纏めて逃げ出したんだが、持って行けたのはこれだけだった……大事な商品で、今となっちゃ唯一の財産さ」
男は持っていた酒瓶を視線の高さまで持ち上げて太陽の光を当てる、そのまま僅かに揺らして中には行っていた液体を眺めていると、そのままガックリと力を抜いて項垂れる。
随分と思いつめた様子である、故郷が無くなったのだから当然と言うべきだろう。
「なぁアンタら、商人だろ? こいつを買っちゃくれないか?」
「その酒をか? 別に構わないけど幾ら欲しいんだよ?」
「そうだな……うぅむ」
男は酒瓶を揺らしながら考え込む、別に決まった額を欲している訳ではないらしい。
「ん……そのお酒、見せて」
そんな男に荷台から顔を出したキャロルが声をかける、車両の中でこれまで黙って話を聞いていたというのに、突然興味を向けたようだ。
キャロルは男から酒瓶を受け取ってスンスンと鼻を鳴らす、封がされているので普通なら匂いが外に漏れることはないのだが、彼女の鋭い嗅覚は中に入っている酒の香りをしっかりと嗅ぎ取っているのだろう。
そしてキャロルはクルリと酒瓶を回して張られていたラベルを確認してから、こんなことを尋ねるのだった。
「妖精のお酒……なんでそんな名前なの?」
「それはあれだよ、ウチのご先祖様が妖精の国から持ち帰った果実で出来ているからさ……あぁ、いや、本当かどうかは知らないんだけどな」
「……ふぅん」
彼の言葉に納得したのかどうかはわからないが、キャロルは曖昧な返事をしてから酒瓶を返す。
「キャロル、何か気になるのですか?」
エミリーがキャロルの様子を気にしてかそんなことを尋ねると、頷きが帰って来た。
「ん……このお酒って、もう手に入らない?」
「難しいな、桃の木もこの宿場町と同じさ、全て呑まれて倒れてしまったよ」
「……桃があればまた作れる?」
「物があればな、だがご覧の有様さ」
そこで男は地面を舐めるように下げられていた視線をキャロルへと移し、先ほどの彼女と同じようにスンスンと鼻を鳴らして見せる。
そこからの反応は劇的でいっそ大袈裟なほどに激しい物であった、死んだと思っていた家族が生きていたことを知ったような、朝起きたら空が青ではなく赤かったかのような、とにかく信じられないものを見たかのような反応を見せたのだ。
「うおおおおおおおおおおッ!!」
今にも死にそうな雰囲気を放っていた男は目を血走らせて立ち上がると、自らを省みることなく両手を広げてキャロルへと突っ込んで来る。
「変態だったか」
呆れたような呟きを漏らしたのはシャルルだ、彼女の手は腰の聖剣へと伸びておりいつでも抜ける形にされていた、エミリーも背後に陽炎を立ち上らせており炎で迎撃を行おうとしているのだろう。
しかし二人の出番はない、その前に黄金の槍が前に出たからである。
「許さん」
小さく短い一言にありったけの怒気を込めたミューが、槍の石突で飛びかかって来た男のみぞおちを突きキャロルへの接触を阻む。
「うごッ!?」
鋭い槍先ではなかったとしても急所を突かれれば十分な痛痒である、男はゴロゴロと転がって激痛ののたうち回り、最後には意識を失って力なく横たわってしまう。
「で、こいつはどうするんだ?」
「放置で構わない、不躾にもキャロル殿を襲うなどとッ!!」
「落ち着いてくださいミューさん、あちらの様子もおかしい上に事情もわかりませんから」
最初は故郷を失って沈んでいた青年といった雰囲気である程度は理性的にも見えたので、この急変の理由がわからない。
地面に転がった男性を四人で見下ろしながらどうしたものかと悩む彼女たちは、一先ず道のど真ん中に放置するのも悪いと考えて、介抱する為に姿勢を整えさせるのだった。
面倒な相手を拾ってしまったのかもしれない、四人の心中にはそんな思いが去来したことだろう。
地面に転がった酒瓶を拾い上げたキャロルは、またも鼻を鳴らしてその香りを楽しんでいた。
「ん……あの桃の香りだ」