※この作品はR-18です。

商人と冒険者と娼婦   作:にやまな

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第八話 小王国郡横断 6

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある酒の話をしようと思う。

 

 

 

 ある男が嘘か誠か妖精の国から持ち帰って来た果実の種を植え、長い時間をかけて育てた果実の木から採れる美しい桃から作られたそれは、どうしようもないほどの毒であった。

 

 

 

 人を殺すようなものではない、苦しませるものでもない。

 

 

 

 しかしどこまでも上質な味わいと酩酊感を飲んだ者に与えて、それがあまりにも深く重たい為に味わった誰もが戻ってこれなくなるらしい。

 

 

 

 つまりその酒はあまりにも美味が過ぎたので、麻薬のように人の感覚を惑わせるものであったのだ。

 

 

 

 酒を造った本人もこれは拙いと思ったのだろう、酒そのものをそのまま提供するのではなく、既にある果実酒と桃から作った酒を混ぜ合わせることで、なんとか毒ではなくなったそうだ。

 

 

 

 別の酒で薄めることによってその酒は極めて美味な酒となったらしい、神すら酔わせるような劇薬ではなくなったということだ。

 

 

 

 一般にも売りに出されるようになればすぐに噂となり、この地域の名産品の一つとして親しまれていたらしい。

 

 

 

 あまり大量に生産できないという欠点はあったものの、だからこそ希少価値を生んだのか高価な商品として主に貴族や王族への贈呈品のような扱いや評価を受けていたのだろう。

 

 

 

 僅かに余った酒は、周辺の宿場町へと卸されてそこで他の酒と混ぜ合わされて売られていたそうだ。

 

 

 

 かなり薄まったであろうそれは、しかし多くの人気を集めたのだろう、そうでなければ妖精の酒ではないのだから。

 

 

 

 なんであれその酒は大いに人々の舌を楽しませて酔わせたということは間違いない、妖精の国から持ち帰った果実で作られたのだという嘘か本当かわからない噂話を酒宴の肴としながらだ。

 

 

 

 だが、それも今となってはどこにも存在しない、桃の木はアンデットの群れに呑まれて久しく、そんな酒があったのだと記憶している人すらも多くがこの地から離れてしまった。

 

 

 

 酒の製造を代々受け継いできたこの青年の一族にとって忸怩たる思いがあったことだろう、先祖代々の家業が途絶えただけでなく最大の財産であった桃の木も倒れてしまったのだから、あの嘆きも納得である。

 

 

 

 いっそこのまま身を投げてしまおうか、そんなことを考えている時にシャルルに声をかけられたという状況であったらしい。

 

 

 

 重要なのはその先だ、男は車両の中から出て来たキャロルを認識した瞬間に、生まれてからずっと身近にあった香りを感じ取ったそうだ。

 

 

 

 彼の鼻孔を擽ったのは桃の香り、今となっては妖精の国にしかないと思われる伝説の果実の残り香である。

 

 

 

 既に失ったと思われていた果実の香りがそこにある、彼が飛びついた理由がそれであった。

 

 

 

「理性を失って飛びかかってしまったことは謝罪する、だが決して邪な気持ちがあった訳ではない」

 

 

 

 男は縄でぐるぐる巻きにされた状態で芋虫のように転がりながらそう言った。

 

 

 

「うぅ~ん……事情はわかりましたけど、どうしてキャロルからその桃の香りがしたのかしら?」

 

 

 

「いや、彼女だけでなくそちらのエルフの女性からも同じ匂いがする、香しい桃のな」

 

 

 

 ミューは男からそう言われて鼻先に自分の手首を持ってきて香りを確かめてみるのだが、自分の体臭というのはわかりづらいものであるので、桃の香りと言われてもいまいちピンとこなかったようだ。

 

 

 

「ふうん、確かにキャロルはちょっと甘い匂いがするな。香水や石鹸って感じじゃなくて、果実の香りだ」

 

 

 

「ん……そう?」

 

 

 

 試しにとばかりにシャルルがキャロルの匂いを嗅いでみると、確かに果実の香りを感じ取ったらしい。

 

 

 

「おそらくだが、私とキャロル殿がその桃を食したことが理由の一つと思われるが」

 

 

 

 思い返すのは妖精の国で神獣たちの会合が行われた時に妖精女王から渡された桃である、おそろしい程に美味であったそれは香りも味も通常の果実とは一線を引くものであった。

 

 

 

 今でもハッキリと思い出せる、その匂いも味も魂に刻み込まれているのだから。

 

 

 

「桃食っただけで桃の香りなんかするのかよ?」

 

 

 

 シャルルの尤もな疑問にミューもシャルルも気の利いた言葉は返せないのか、考え込むばかりである。

 

 

 

「まぁ、妖精の国にある果実なのですから、通常の果実とは異なって様々な影響があることも不思議ではないかもしれません。それほどの果実ならば体質や体臭に変化があってもおかしくはないでしょうから」

 

 

 

 エミリーは寧ろ疑問よりも納得の方が大きいらしい、そして妖精の国にある果実と聞いて知的好奇心が刺激されているようだ。

 

 

 

「ん……あの桃は美味しかった」

 

 

 

 キャロルはあの時に食した桃の味わいを思い出しているのか、遠くを眺めるかのような瞳でここではないどこかを思っている。

 

 

 

「その桃はもう手に入らないのだろうか!?」

 

 

 

 縄でぐるぐる巻きにされている男にとって重要なのはそこなのだろう、桃を食べたことがあるというキャロルとミューの言葉に真偽の有無を確かめることもなく目の前に垂らされた藁へと縋りつく。

 

 

 

 彼にとってそこにしか希望がないのだろう、全てを失ってしまった男にとって唯一の寄る辺ということだ。

 

 

 

「どうなんですか、キャロル?」

 

 

 

「ん……ん~……どうだろう、多分だけど大丈夫」

 

 

 

「本当か!? 手に入るんだな!? 譲ってはくれないだろうか!?」

 

 

 

 地面で芋虫のように跳ねる男はその状態でキャロルの足元へと転がっていき、縋るような視線で見上げて来る。

 

 

 

 そんな男をキャロルはどこか面白そうに眺めており、爪先で軽く突いて反応を楽しんでいた。

 

 

 

「桃は手に入ると思う……でも、どうするの?」

 

 

 

「また酒を造りたいんだ……私の一族の家業であり、私自身の全てだった、それにもう一度携わりたい」

 

 

 

「ふうん」

 

 

 

「……それに、寂しいじゃないか、あの酒をもう二度と飲めないなんて」

 

 

 

 絞り出すように漏れ出たその言葉が、彼の本音なのかもしれない。

 

 

 

「色んな人が楽しみにしてくれた、多くの人を喜ばしてきた、私たち一族の誇りだったんだ……だからもう一度、あの酒を造らなければならない、これは私の責務なんだろう。遠く先祖が手に入れたものを次へと託さねばならない」

 

 

 

 言っていることはまともで覚悟も伝わって来るのだが、縄でぐるぐる巻きの状態ではどうやっても恰好がつかなかった。

 

 

 

 四人娘はどうしたものかと顔を突き合わせ、芋虫状態の男から距離を取って会議を行う。

 

 

 

「ん……どうしようか?」

 

 

 

「そうですね、表裏のある言葉ではないでしょうし、私たちを騙すつもりも無いでしょう」

 

 

 

「まぁその場合、ワタシやエミリーはどうしようもないけどな。その桃とか、妖精との縁とかを持ってるのはキャロルとミューな訳だしさ」

 

 

 

 そこんとこどうなんだよ、と言いたげな視線を受けてミューとキャロルは考え込む。

 

 

 

「私ではなくキャロル殿次第だろう」

 

 

 

「桃は手に入ると思う……妖精に頼んだら」

 

 

 

「妖精っていうのはそんな気楽にお願いできる相手なのか?」

 

 

 

 その辺りの心配はあまりしていない、キャロルの半分は妖精女王で出来ているのだから、彼の領域に進むのにそれ以上の証明など必要はないだろう。

 

 

 

「あの方の望む果実を手に入れられて、そこに危険もないのなら問題はないと言えるでしょう」

 

 

 

「……なら問題は」

 

 

 

「はい、どう契約を結ぶかですね」

 

 

 

 キャラバンを運営する者としては重要なのはそこである、この商談をいかに利益に繋げるかが大事なのだ。

 

 

 

「妖精の国から持ってきた果実で作られた酒か……もともとこの周辺地域の特産品になっていたのだから、人気はあるのだろうな」

 

 

 

 ミューはキャロルが持っていた酒瓶を受け取って同じように匂いを嗅いだ、封をされているのでハッキリと感じ取れはしないのだが、僅かにだが鼻孔を爽やかな桃の香りが擽って来る。

 

 

 

「うむ、良い香りだ……私も飲んでみたいものだ」

 

 

 

 以前に食べた桃の味わいを思い出し、それで作った酒だというのならミューも大いに興味があるらしい。

 

 

 

「とりあえず契約書を作りましょうか、内容は生産したお酒の売り上げの一部を収めるとかでしょうか?」

 

 

 

「なんだ、普通に桃を高値で売りつけるだけじゃないんだな」

 

 

 

「シャルル、それだと利益は一時的な物にしかなりませんよ」

 

 

 

「長く搾り取るってことか」

 

 

 

「その表現は少し語弊がありますね、末永い関係を築くということです」

 

 

 

「それに彼は我々に提供できる利益も持っていないだろう、見た所財産らしき物は何も所持していない、酒造りの知識以外はな」

 

 

 

「ん……お酒を造って、優先して売ってもらっても良い」

 

 

 

「それも長い目で見る必要があるでしょうけどね、私はあまりお酒造りに詳しくはないのですが、相応の手間がかかるものでしょうから」

 

 

 

 エミリーの言う通り簡単にとはいかないだろう、桃を渡してそれで終わりとはいかない筈だ、必要なのは果実一つだけでなく長い時間と機材や資金が必要となるのは間違いないだろう。

 

 

 

 今日明日にすぐに利益となる訳ではない、ならばこれは単純な契約ではなく投資の話にもなってくる。

 

 

 

 そして話を纏めるようにエミリーは人差し指を立てて他の三人にこう言った。

 

 

 

「問題なのはどれだけ入れ込むかということです、言い方を変えれば幾ら彼に投資するかですね」

 

 

 

「エミリー殿、それは売り上げの一部を回収するだけでは足りないということか?」

 

 

 

「考えてもみてください、今この地域の現状で以前のようにお酒造りが捗るとは思えません、桃を提供してそれで終わりとした場合は、きっと販売が軌道に乗るまで長い時間がかかるでしょう。それならばいっそ家から機材に加えて土地や販路の面倒すら見た方がずっと回収が早くなります……まぁ、失敗したら大損する訳ですけど」

 

 

 

「ふむ、私は桃の提供と細い契約だけで十分だと思うのだが……生活や生産の何もかもを面倒を見たとして、それだけ投じる資金も大きくなるということだろう、急がさずとも長い目で付き合いを続けていけばいいのでは?」

 

 

 

「因みにですけど、ミューさんの言う長い目というのはどれくらいの期間を差しているのでしょうか?」

 

 

 

「百年ほどだが……それくらいならばこの地域も復興して酒造りも順調に差配できるだろう」

 

 

 

「それだとあの人や私たちは死んでしまいますよ」

 

 

 

「なに? いや、そうか……そうだったな、そういうものか」

 

 

 

 時間に対する考え方に大きな差があると理解したのだろう、長命である彼女にとって物事は数十年、或いは数百年という期間で区切る物なのだが、それは人の社会では合わないと気が付いたようだ。

 

 

 

 百年と言う時間はミューにとって人生の一部であっても、普通の人間からしてみれば下手すれば人生の二回分であっても不思議ではない。

 

 

 

「すまない、わかってはいたつもりだがやはり勉強不足だったようだ、もう少し人の社会を学んでから発言すべきだった」

 

 

 

「いえいえ、別に責めている訳ではありませんから」

 

 

 

 自分と他の三人との間にあるギャップを理解したのかミューは申し訳なさそうに頭を下げる。

 

 

 

「どれだけあの方に投資するかですね、こればかりはキャラバン全体の都合や考えもありますから、慎重に進めたいんですけど」

 

 

 

 四人の瞳が縄で括られて芋虫のように這いずる男へ向けられる、どうしたって格好がつかない様子ではあるが、彼の瞳には強い意思が宿っているようにも見えた。

 

 

 

「う~ん、これってそこまで悩む必要があるか?」

 

 

 

「ん……どういう意味?」

 

 

 

「だってほら、ワタシらは別に儲ける為に行動してる訳じゃないだろ……いや、まぁ、儲けられるんならそれで嬉しいけど、目的はキャラバンとの合流だろ。つまり最悪でもその日暮らしの金さえあれば良い訳じゃん、ならパーッと資金を溶かしても問題ない」

 

 

 

「回収できなければ大損となるんですけど」

 

 

 

 尤もなエミリーの意見にシャルルは呑気にこう返す。

 

 

 

「借金がある訳じゃないから、そうなっても財布が平べったくなるだけだ。そもそもどれだけ投資するとかどれだけ面倒見るとか考えても、どれだけ儲けられるかなんて商売神にしかわかんないって」

 

 

 

 つまりどれだけ悩んでも幾ら儲かるかなんてわからないのだから、余裕がある内に突き進めと言うのが彼女の意見なのだろう。

 

 

 

 或いは彼女たちのキャラバンに返済義務のある借金などがあれば、もっと慎重に資金繰りを考えて堅実に稼ごうと考えたのかもしれないが、幸いにもこのキャラバンにそんな物はない。

 

 

 

 だからこその意見だろう、悩むくらいなら前に進む、実にシャルルらしい考えだった。

 

 

 

「なるほど、シャルル殿の言うことも一理ある」

 

 

 

 どうやらミューは前向きな判断をしたいようだ。

 

 

 

「キャロルはどうですか?」

 

 

 

「どっちでも良い……あ、でも、あのお酒は飲んでみたい」

 

 

 

「三人とも前向きな意見なら、私も反対はしません……ただ、全てはあの方次第ですけど」

 

 

 

 そこでエミリーはキャラバンを代表して寝そべる男に近づいていき、体を拘束していた縄を解く。

 

 

 

「ええっと、会議の結果、我々のキャラバンは貴方に投資することになりました」

 

 

 

「ほ、本当か!? あの桃を与えてくれるのか!?」

 

 

 

 キャロルが問題ないと頷くのを確認してからエミリーは契約書を取り出す。

 

 

 

「提供しましょう、果実だけでなく貴方が必要とする家や機材などに必要な資金も用意できます。ですがその為にはまず細かな展望が必要になりますね」

 

 

 

「て、展望?」

 

 

 

「はい、まず貴方にどれだけの経済力があり、酒造によってどれだけの収入が見込めるか、一年の返済額がどれだけ用意できるのか、それを調べなければなりません。まず果実園の規模を知りたいのですが、ご実家まで案内できますか?」

 

 

 

「あ、あぁ……それは、構わないが、桃は?」

 

 

 

 戸惑うような視線はキャロルへ、そしてミューに向けられる。

 

 

 

「ご安心ください、ちゃんと用意いたしますので」

 

 

 

 一先ず男の案内を受けてキャラバンは崩壊した宿場町から離れていく、そこまで離れた位置ではなくほんの数十分で男の拠点へと辿り着く。

 

 

 

 どこにでもある農園と牧場、そして家といった雰囲気ではあるそこは、そのどれもがボロボロの状態である、かつてあった筈の営みは崩壊しており彼の自慢でもあった桃の木も今は崩れてしまっていた。

 

 

 

「中規模農園といった大きさですね、酒造だけでなく牧場の経営もなされていたと」

 

 

 

 ふむふむと頷きながらエミリーは手帳にペンを走らせていく、そんな様子を隣で眺めている男はどこか釈然としない様子ではあるが、必要なことだと言い聞かせるように説明を続けていく。

 

 

 

 まるで融資を持ち掛ける為に商人と話しているようだと男が考えた時点で、まさにその状況そのものだと納得もしていた。

 

 

 

 女性だけの集団なのでイマイチ実感が持てなかったのかもしれない、しかし理解してしまえば彼としても気合が入る。

 

 

 

 これは商人からどれだけの資金や物資を投資して貰えるかと言う商談であり説明なのだ、ならば雑には済ませられないと彼は緩んだ服の胸元を締め直した。

 

 

 

「因みに以前はどれだけの収入があったんですか? 貴方だけで経営していた訳でもありませんよね? 仮にここを再建したとして働き手の当てはあるんでしょうか?」

 

 

 

「親族で経営していた、今はガレス王国で日雇いの仕事をしている。酒造もそうだが羊や牛も育てていて、収入に関しては――」

 

 

 

 それからもエミリーの質問や内偵は進んでいく、傍から見ればかなり事細かく聞いており荒探しをしているようにも見える、本人もしつこいという自覚はあるのだがそれでも彼女は雑に済ませられないのだろう。

 

 

 

 それもこれもキャラバンの為である、例え明確に利益が見通せずとも可能な限り上手く着地させたいと考えていた、彼女はそういう性格なのだ。

 

 

 

 少し離れた位置で難しい話には興味が無いとばかりにキャロルたちは寛いでいる、その傍らには半透明の羽を生やした妖精たちが舞い踊っており、興味深そうにシャルルとミューが眺めている。

 

 

 

 僅かにだが風に乗って桃の香りが吹き抜けたかと思えば、いつの間にかキャロルの掌には瑞々しい桃が握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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