商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
「なんだい、騒がしいと思ったら英雄様のお出ましかい」
神殿の奥から出迎えるように顔を出したのは神殿長のミリアであった、相変わらず少し曲がった腰と酒瓶が目立つ、そして酒焼けしたざらついた声色が特徴的な老人である。
「ミリア!! 暫くぶりだな!!」
「アンタも元気そうじゃないか、後ろの連中は仲間かい? 合流できたみたいでなによりだ」
「あぁ、でも全員と合流できた訳じゃないんだ、今はこいつらと旅の途中だよ」
「息災ならそれで良いさ。んで、何の用だい?」
「あぁ、少しの間、ここで世話になりたくてさ、部屋が余ってるなら貸してくれないかと思って」
「構わないよ、それくらいの人数を受け入れるくらいの余裕はある、好きな場所を使いな」
「ありがとう、世話になるよ」
感謝の言葉にミリアは笑って見せる、腰の曲がった老人とは思えないほどに活力に満ちた笑いであった。
「ありがとうございます、神殿長様。こちらがご寄進となります」
話はついたのでエミリーが一礼と共に僅かな寄付を贈ろうとするのだが、それをミリアは受け取ることはなかった。
「あぁいらないよ、そこの聖騎士にはこの国はさんざん世話になったからね。その仲間のアンタたちから細かく回収してたら神々から顰蹙を買っちまう、気にすることはないさ」
「そ、そうですか、ではお言葉に甘えさせていただきます」
そこでミリアは四人娘をそれぞれ見つめていき、最後にミューへ視線を向けて何かを考え込むかのように黙り込む。
しかし気の利いた言葉が思い浮かばなかったのだろう、そのまま何かを言うことなく四人を神殿の奥へと招き入れていくのだった。
「部屋は空いてる所なら好きに使いな、幸いにも食い物も仕事もある、困ることはないだろう」
「急に来たのに色々と悪いな」
「言っただろ、お前さんには返しきれないくらいの恩があるってね、気にすることはないよ。何か足りない物があるなら言いな、奥にいるから」
そう言ってミリアは神殿の奥に引っ込んでいくと、その少しだけ曲がった背中をミューだけがいつまでも見つめている。
「ミュー……どうしたの?」
「少し気になることが……いえ、大したことではないと思うのですが、少し既視感を覚えたもので」
「……あのミリアって人に?」
「はい、気のせいだとは思うんですが……」
彼女も内心を説明する上手い言葉が思い浮かばなかったのだろう、最終的には大した疑問ではないと納得して視線を逸らす。
「おそらく気のせいでしょう、もし私の知る人物であったとしても、生きている筈がありませんので」
「ん……そう」
キャロルも深く追求するつもりはなかったのか、その言葉に納得したらしい。
「二人とも部屋を決めましょう。何か希望はありますか?」
「私は特にこだわりはない、余った部屋で構わない」
「ん……私も」
旅に生きてるのだ、壁とベッドがあるだけで上等な環境である、そう考えればこの神殿にある部屋はどれも最高級の環境であると言えるだろう。
「部屋割りも終わったし王様の所に挨拶しに行ってくる、紹介状も貰いに行こう……皆はどうする?」
「ん……王族に挨拶とか気を遣うから」
「確かに、私たちはシャルルほど信頼はされていないでしょうから気を遣うでしょうね」
「見知らぬエルフを連れていかれてもあちらは対応に困るだろう」
「そっか、ならワタシだけで行ってくるよ」
「シャルル、しつこいようですがくれぐれも失礼の無いようにしてくださいね」
「何度も言われなくてもわかってるよ」
ガレス王国でやるべきことは多い、牧場や果実園の再建に必要な物資や大工を集めることに加えてこれからの旅に必要な貿易品なども揃える必要がある、キャラバンの出費は確実に大きくなるはずだ。
その為に必要な紹介状をこの国の王族から手に入れようという訳だ、心配はいらないと思うが全てはシャルル次第である。
彼女はこれから王宮に向かうので鏡の前で最低限の身なりを整える、エミリーに言われずともシャルルは整えるべき状況はしっかりと整える女だ。
王都に着いたばかりなのでまだ風呂に入っていない、長旅で汗の匂いもするので神殿で風呂を借りると、清潔な服に着替えて髪も結い上げる。
最後に口うるさいエミリーのチェックを受けてからシャルルは王宮へと向かった。
大勢の日雇い労働者が忙しそうに動き回る王都はまさに復興真っ只中だ、神殿と王城以外は殆どが焼け落ちてしまったので、かつての賑わいを取り戻すには長い労働が必要だろう。
ただガレス王国はまだマシである、王族と社会と国民が生き残り、復興を支えてくれる帝国と言う存在もあるのだ、展望は他の場所よりずっと晴れている。
良いことだとシャルルは考える、働く王都の住民もかつての悲劇を思い出している暇もないかのように忙しそうにしていた。
シャルルは真っすぐ王城の正門に向かうとそこで出入りを管理している近衛兵の声をかける、すると顔を確認された瞬間に大袈裟なほどの敬礼を返されて少しだけ居心地を悪くした。
根が庶民だからなのか過度に敬られることに慣れていないのだろう、王城の中に案内されてフィーリンがやって来るまでに待機している間もメイドに傅かれるという状況である、シャルルとしては苦笑いものの状況だろう。
そんな居心地の悪い客室で待つことおよそ十分、扉が開いてガレス王国の王であるフィーリンと妃であるアリーヤが姿を現した。
「あぁ二人とも、久しぶ……大丈夫か?」
挨拶よりも気遣いの言葉が優先されるくらいには、今の二人はやつれていた見えた。
フィーリンもアリーヤも明らかに疲労が濃い、アリーヤの方は化粧で多少はごまかしているがそれでも目元が暗い、フィーリンは更に酷い有様で頬がこけているようにも見える。
何日も寝不足が続いてその上で長い労働をこなしたかのようだ、あまりにも疲労が濃い。
「問題ない……あぁ、何も問題はないとも。シャルル、よく来てくれた、息災でなによりだ」
アリーヤのそんな言葉も何の説得力もない。
「なんだか来るタイミングが悪かったかな?」
「そんなことはないよ、シャルル殿。我々もサボる理由ができて良かったと思っているからね」
フィーリンも濃い隈を残しながらそんなことを言った。
「二人とも忙しそうだな」
因みに客室から見える廊下には大勢の文官や秘書が両手に大量の資料や報告書を抱えた状態で待機している、その誰もが二人のように疲れ切った顔をしていた。
「復興もそうだが国際会議で決まった空白地帯の分譲や運用なども重なってね、帝国との兼ね合いや共同統治もある……なかなかに忙しい時間が続いているよ」
王様の仕事などシャルルにはわからない、察することすらもできない領分だ、ただ物語に出て来るような悠々自適で豪華絢爛な生活が送れるようなことなど無いのだろうことはわかる。
国家という巨大な共同体を運営するのだ、少なくともシャルルは自分には無理だと思った。
だがフィーリンは濃い隈を作りながらも笑って出迎えてくれた、サボる時間ができたという言葉に嘘はないのだろう。
「暇で何もやることがない王よりはまだマシなのかもしれない、忙しすぎるのも考え物だがね……それにシャルル殿を出迎える以上の用事は無いさ」
「あんまり持ち上げられると居心地が悪いんだけどな……」
「そうもいかないさ、我々の立場だとね」
フィーリンは小国と言えどそれでも王である、そんな人物に持ち上げられることに小市民の感覚で生きているシャルルはむず痒いものを感じるのかもしれない。
「まぁなんであれ、よく来てくれた。貴女を歓迎させてくれ」
その言葉と共に周囲に待機していたメイドたちがテキパキと準備を進めていく、果実水と焼き菓子が用意されて茶会の場が整った。
「こうしてゆっくりお茶を飲むのもいつぶりだろ……」
差し出された果実水を僅かに飲んでからその味わいと香りを噛みしめるようにしながら、この国の王はしみじみとそう愚痴る。
やはり忙しいのだろう、復興もそうだが空白地帯の一部を帝国と共同で運営することになったのだ、多忙を極めているのは間違いない。
昔はシャルルも貴族や王様は紙にサインするだけの楽な仕事なのではと思っていたのだが、目の前にいる王と妃はそんな優雅さとは無縁の様子である。
「シャルル、旅の様子を聞かせてくれないか? 仲間との合流はできたのか?」
対してアリーヤは疲れた様子は見せない――いや、化粧で誤魔化しているだけで疲れてはいるのだが、旦那ほど猫背にもなっていなければ死んだ目もしていない、気合で妃たれと振る舞っているようだ。
「あぁ、全員じゃないけど何とかな、今はそいつらと一緒にキャラバンを動かしてるんだ」
「ほう、それは良いな、こうした生活を続けていると自由が得難い物と感じてしまうものでな、羨ましいとさえ思うよ」
「確かに、王様とか妃様って窮屈そうだよな」
「そう言ってくれるな、誰かがやらねばならぬことだ。そして誰かにやらせるくらいならば我々がやった方が効率的と言うだけの話さ」
果実水を一口飲んでアリーヤはそんな愚痴を零す、やれやれと肩をすくめる姿を見てシャルルは笑って見せる。
「でも二人の頑張りが王都を賑やかにしてるんだろうな、前は焼野原だったのに大勢の人や物が集まってるじゃないか」
「そうでなければ困るよ」
「確かに、本当に困るね」
「おかげでこっちも商売ができそうだ……あッ、そうだ!! 私がここに来たのは紹介状をくれないかと思ってさ」
「うん? 紹介状かい?」
「あぁ、王様さえ良ければ用意して貰えないかなって、そもそもワタシらは――」
そこでシャルルはガレス王国に来る前に出会った男のことを話す、妖精の酒とそこに投資する話もだ、酒蔵と牧場の再建に必要な物資の調達と大工との伝手を得る為にフィーリンというこの国最大の看板による信頼が欲しいと。
それがあれば彼女たちのキャラバンは色々と捗ることは間違いない、牧場の再建もそうだが今後この国で商いをする時にも大いに助かるだろう。
「――てな訳で紹介状が欲しいんだけど、ダメかな?」
「勿論構わないよ」
「頼んでおいてなんだけど良いのか? あっさり決めちゃってさ」
「別にシャルル殿は悪用するつもりもないんだろう? 貴女には返しきれない程の恩もあるんだ、紹介状の一枚二枚は大した問題ではないよ。せっかくだから信用状も贈ろうか、この辺りで商いをするのなら色々と便利だからね」
「そうだな、せっかくだから帝国での信用状も用意しよう、皇帝の妹の名でな」
「そこまでは要求してないぞ」
「遠慮せずに持っていくと良い、どうせあちらで必要になるのだからな」
すると二人は側に控えていた秘書官から上質な紙を受け取ると、高い教育を受けたことがわかる流麗な文字を書き記し最後に判を押す。
ガレス王国の王と、その妃であり帝国皇帝の妹という立場の二人から渡されるのは、その名前と押印であり、そこに込められた信頼である。
当然ながら悪用などできない、した所でシャルルに何の得もなく、へたしなくても絞首台へ直行だ。
信用状とはただの紙切れではない、ましてそれが王に連なるものからの信用であれば凄まじい重みが伴うだろう。
だからこそそれを求める者は多いのだ、本来は簡単には手に入らないものである、この二人もシャルルだからこそ筆を走らせたのだ。
この者、及びこの者が所属する集団への信頼と信用を我が名を持って証明する、そんなことが描かれた書類を二枚受け取ってシャルルは頭を下げた。
どれだけ大金を積んだとしてもこの二枚の信用状は手に入れられるものではない、それこそ魔王を討った英雄でもなければまず渡されることはないのだ。
「二人ともありがとうな、大事にするよ、それに悪用もしないからさ」
悪用すればシャルルたちが絞首台に送られるだけでなく、これを渡した二人の名誉や信頼も傷つくのだ、どれだけ浅慮な人間であっても雑には扱わないだろう。
「そこの心配はしていない、まぁ上手く扱えば良いさ」
アリーヤからの信頼の証でもあるということだ、これがあれば帝国でかなり自由に商いができることは間違いない、あちらの商人がこれを勝ち取ろうと血眼になるものなのだから、その価値は凄まじい。
これ一枚があれば帝国のどこであろうと高い信頼が得られるのだ、そしてフィーリンから受け取った書類も同様である、物資の調達も大工への伝手もこれ一枚で全て解決であった。
「次は帝国に行くつもりだからその時にでも頼りにさせてもらうよ。王様から貰ったのはすぐに必要になるな」
「シャルル殿が所属しているキャラバンが投資している牧場の再建に必要なのだったか……妖精の酒は贈呈品として貰ったことがあるよ、それに皇帝陛下が即位した時に送ったこともあるな」
「へぇ、そうなのか」
「今となっては希少な酒だ、資金があれば手に入る物でもないだろう、しかるべき所に持っていけば大きな利益となると思うが……うぅん、こちらで買い取りたいくらいだな」
「王様が? 自分で飲むのか?」
「いや、私は甘味の方が好みだから酒は嗜む程度だよ……先の戦いで皇帝陛下には色々とご負担をかけてしまったからね、妖精の酒があるのなら返礼として届けたいと思っただけなんだ」
「う~ん、一本だけあるから売っても良いけど……他の仲間がなんて言うかな」
「そうなのかい? 問題が無いようなら私が買い取ろう、明日は給料日だから都合も良い」
「……王様って給料制なんだな、そこがビックリだ」
「その辺は帝国に倣っているんだよ、お金の管理を一括した方が楽なんだ、主に文官がね」
「帝国の皇帝も給料制なのかよ……なんかワタシが思ってたのと違う」
大きな衝撃を感じた様子のシャルルを見て、アリーヤは笑顔を浮かべてこう言った。
「シャルル、そう難しく考える必要はないさ。皇帝も王も役職の一つでしかない。その役職に応じた給金が税から払われるんだ、騎士や兵士、文官や官僚と同じようにな。君が所属しているキャラバンだってそうだろう? 国家とはつまり巨大なキャラバンなんだ……帝国はその辺りをしつこいくらいに明文化していてね、どの役職にどれだけの給料が支払われるか決まっている、当然ながら皇帝もそこは変わらない」
つまり皇帝はキャラバンで例えるのなら団長ということだ、そう考えると給料制度の枠組みに入っていることもわからなくはない。
「何代か前の皇帝がそれはもう金使いの荒い男であったらしい、好き勝手に金貨を引き出すからおかげで財政が傾いてしまう程にな、それ以来皇帝はずっと給料制だ」
一国の代表がそれで良いのかとシャルルは思うが、自分にはわからない利点もあるのだろうと納得するしかない。
「だから帝国の影響が大きいこのガレス王国もそれに倣っている、この男も同様だ」
アリーヤが隣にいるフィーリンへと視線を送ると、彼は少しだけ気まずそうに顔を背ける、財布の紐を妻に握られている旦那のような光景であった。
いや、まさにその状況そのものなのだろう、アリーヤは言外に無駄遣いは許さんと主張しているのかもしれない。
「い、いや、私の給料で払うのだから問題はないんじゃないかな。何も国庫に手を付けようと言う訳じゃないんだから」
「あぁ何も問題は無いとも、ただ国民はどう思うだろうな? 復興もようやく軌道に乗ってこれから色々と物入りだというのに……まだ生活に余裕だって生まれていないのに王が趣向品に手を出すなどいらぬ不安を与えてしまう」
「自分で楽しむ訳じゃないんだけどな……皇帝陛下への返礼品だよ?」
「兄上もきっと同意見だ、そうに違いない」
「い、いや、そこは聞いてみないことにはわからないんじゃ……」
相変わらず妻に強く出れないようだ、それがこの二人の夫婦関係であることはもうわかっているのでシャルルは何も言わない、また始まったとばかりに苦笑いを浮かべるだけであった。
「その辺は二人でしっかりと相談してくれ、別に誰に売るか決まった訳じゃないからさ」
シャルルとしては得難い紹介状や信用状を貰ったのでタダで譲っても構わないのだが、あの酒瓶はキャラバンに唯一の商品となっているので、彼女の一存ではどうにもできない物である。
高値で売れるのならそれに越したことは無い、今後の為にはそうあることがキャラバンとしては正しいだろう。
ガレス王国で何よりも必要だった紹介状も手に入れられたので、物資の調達も大工への依頼もこれで楽になるのは間違いない。
一仕事終えたシャルルは、夫婦のやり取りを肴にしながら果実水を飲む。
立場も身分も違う相手だが、こうしてお茶会を開けるような気安い関係になれたことを幸運に思い、そして楽しんでもいるようだ。
キャラバンの仲間と過ごすのとはまた異なる、彼女の有意義な時間であった。