商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
ガレス王国での補給や契約は順調であった、神殿の部屋を借りて住居を確保すること数日、娼婦業に精を出しながら資金を稼ぎつつ、この場所で必要な契約を結んでいく。
具体的には大工の手配である、伝手も縁もない状態では本来は難しいものなのだが、王から渡された信用状があればほぼ全ての問題が一挙に解決することになる。
しかし信用状があると言っても料金がタダになる訳ではない、牧場の再建に必要な数の大工衆と物資の確保に必要な資金は金庫から捻出する必要があるのだが、予想通り彼女たちのキャラバンは資金難となった。
今日明日の食事すら困窮するほど追い込まれている訳ではなく借金がある訳でもない、食べていくだけならば娼婦業だけで十分である、しかしキャラバンにとって未来の投資であっても金庫が空になるのはあまり歓迎できることではない。
契約を結び、物資を調達して、それらがひと段落した頃に、問題となったのはキャラバンの荷台にある唯一の商品である妖精の酒の扱いである。
今となっては希少で金さえあれば手に入ると言った物でもない、冗談抜きで最後の酒になるかもしれない酒であるのだ、なかなか扱いの難しいものであった。
フィーリンが欲しているという情報を仲間に伝えたのだが、お茶会以降に動きが無いことから財布の紐をアリーヤに握られてしまったのだろう。
そうなると酒の卸先が無くなってしまう、物が物だけにそこらへんで雑に売る訳にもいかずに、四人娘は神殿で顔を突き合わせて悩んでいた。
「フィーリンが買い取ってくれたら話が早かったんだけどなぁ」
「王族なのですから様々な都合がありますよ、押し売りする訳にもいきませんから仕方がないと諦めましょう」
「ん……別の客を探す」
「しかし我々にはその当てがないのが困り物であるな」
結局はミューの言葉に行き着いてしまう、始動したばかりの商人が必ず直面する問題でもある、商人はその伝手や縁を長い時間をかけて培っていくものなので、こればかりはどうしようもない。
彼女たちが信用状や信頼状を手に入れたように、同じことをこれからも繰り返していくことになるだろう、それは商人にとって物を運ぶことと同じくらいに重要なことであった。
「いっそ帝国に行くまで保管しておくか、運転資金は別に稼げばいいさ」
「あちらにも伝手はありませんが……うぅん、シャルルが手に入れた信用状が役に立てば良いんですけど」
「まぁなるようになるさ、何だかんだで聖都からここまで大きな問題もなく来れたんだ、始動したばかりのキャラバンなら及第点だって」
「ん……牧場と果実園が再建できればもっと楽できる」
「いっそ暫くこの国で暮らすというのはどうだろうか? 急ぐ旅でもないのならば地道に資金を稼ぐのも悪くはないと私は思うのだが」
「ワタシはミューの方針でも良いと思うけど……あぁ、せっかく荷馬車があるんだから埃を被らせておくのも勿体ないか、馬だっていつまでも預けとく訳にもいかないし」
「でも荷馬車を一杯にするほどの資金はありませんからねぇ」
どうしようか? 誰もがそんな視線で互いを眺めていると、彼女たちが会議をしている部屋の扉を叩く音が届いた。
声をかけると神殿の廊下から顔を出したのは神殿長のミリアであった、相変わらず酒瓶を片手にしながら仕事をしているらしい。
「ミリア、どうしたんだよ?」
「いんやぁ、ちょいと酒の匂いを感じてね」
鼻の良い老婆である、実際に四人の中間地点には妖精の酒があった。
「あぁ、どうりでね、懐かしい匂いがすると思ったよ」
ミリアは部屋の中に入って来ると四人娘の中心に置かれていた酒瓶を持ち上げて光にかざす。
「こいつはアンタらの商品か……他にも手に入るのかい?」
「果実園の再建が済んだら早くても数年後にはな……でも伝手が無くてさ、どうすれば良いかって悩んでたんだよ」
「なんだい、それなら私が用意してやるよ」
「ミリアがか?」
「コイツはお気に入りの酒でね、よく発注して飲んでたんだがあのアンデットの一件でもう手に入らないかと思っていたんだが……変な縁があるもんだね」
「手に入るとしても数年後だぞ」
「構いやしないよ、もう一度飲めるんならね……さて、ちょっと待ってな、紹介状を用意してやろう」
そう言って老婆は曲がった腰をとは思えないほどに軽やかに部屋の外へと出ると数分後に足早に戻って来る、手には上質な紙を持っておりそれを四人に見せつけてニヤリと笑った。
「ほら持っていきな、酒を売りさばきたいなら何かの役に立つだろうさ」
「えぇっと……帝国、品評……酒神会……なんだこれ?」
聞きなれず読みなれない単語にシャルルはこれはなんだと聞き返す。
「そいつはわかりやすく言うなら酒好きの集まりさ、色んな奴らが色んな酒を持ち寄って売ったり買ったり品定めしたりする……まぁ、好事家の集まりだ。別に妖しい集団でもなくて酒の流通なんかにも顔が利く、そいつを売りさばきたいんならこの紹介状と一緒に持っていくと良い」
「へぇ、ここに持っていったら高く売れるかな?」
「さてね、その辺は神にでも祈ると良い……まぁそいつを用意した代わりと言ってはなんだが、妖精の酒が手に入るようになったらこっちにも卸しな」
シャルルが振り返って仲間たちに視線を送ると、特に反対意見も無かったからなのか頷きだけが帰って来る。
「皆良いってさ、手に入ったら定期的に寄るよ」
「それで良いさ」
ミリアは機嫌よく部屋を出ていく、封された筈の酒瓶から僅かに漏れる匂いを感じ取ってこの場まで来たらしい、要件はどうやら本当にそれだけだったようだ。
「何だかんだで色々な紹介状や信用状が手に入るよな、ワタシらのキャラバンは調子が良いんじゃないか?」
「そうですね、良い傾向だと思いますよ。キャラバンの運営は商品の運搬だけでなくどれだけの伝手や縁を結べるかも重要ですから」
「我々は簡単に手に入れているが……本来ならばそう簡単なものでも無いのだろうな」
「ん……シャル姉に感謝」
この国で手に入った様々な伝手の多くがシャルルとの縁があってのことだ、それが無ければもしかした一つも入手できなかった可能性もある、信頼とは簡単に作れるようなものではなく本来は長い時間もかかるものであった。
それこそ何年も真摯に商いをしてから要求するものでありそれが基本である、だからこそシャルルにはキャラバンの誰もが感謝しているのだろう。
彼女たちはこれで妖精の酒を売りさばける目途もついた、目指すべき場所が明確になったということだ。
「もう少しだけ資金を集めたら、それで帝国までの物資を用意して進みましょうか」
軽くなった金庫は心細くあるがそれを貯める為の目玉商品を売れる予定も出来たので、彼女たちのキャラバンはガレス王国に留まる理由が無くなった、エミリーの言う通りもう僅かに資金的余裕が出来たら帝国へ向かうべきだろう。
「だな、荷台も空にできないから色々運ぼう」
「ん……私、帝国って行ったことない」
「そこは私も同様ですね、キャロル殿もそうだったんですか」
「春風のキャラバンの商圏からも外れてたからなぁ」
「帝都は憧れの大都会って感じですよね、帝国は魔術研究が盛んで魔術学会もあるそうで……一度で良いからそんな場所に立ってみたいものです」
憧れがあるのかエミリーは夢想してまだ見ぬ帝都に思いをはせている。
「……帝国大劇場とかも有名?」
「人も物も店も多いみたいだから飽きないだろうさ」
「賑やかそうな場所だと言うことは伝わって来る、まぁ森に引きこもっていた私からしてみればどこに行っても大都会ではあるんだが……このガレス王国ですら人が多くて目を回しそうだというのに」
「だったら帝都に辿り着いたらもっとミューは驚くかもな、もの凄い大きいらしいから」
「楽しみですね、ちょっとした観光にもなりますよ」
「ん……初めてだから楽しみ」
「目的地も卸先も決まったのでちょっとずつ準備を始めましょうか、私は契約の最終調整に向かいます」
「なら私は物資の発注を行っておこう」
「……私も手伝う」
「こっちは挨拶回りかな、世話になった奴らに帝国に行くことを報告してくるよ」
まだ運転資金は心許ないが今から準備することに問題は無い、直前になって慌てるよりはずっと良いだろう。
慌ただしく動き出す四人はそれぞれの責任を全うする為に王都の伝手を頼っていく、その中でエミリーが向かったのは王都で働く大工衆の集まりであった。
復興需要に預かる為か元々ガレス王国で働いていた大工だけでなく帝国からも大勢の大工や技術者がこの王都にやって来ている、彼女が接触したのはそんな出向組の顔役である。
因みに客としてエミリーを買ったこともあるので話が通しやすく、大口の契約も結んだので弟子の一人に案内を頼めばあっさりと話すことができた。
「お疲れ様です、今日は契約の最終更新に参りました」
「ああ、例の牧場と酒蔵の再建だったな、こっちでもある程度は纏めたから確認してくれ」
大工衆が王都で活動する為に作られた簡素な家の中に案内されて親方と顔を合わすと、さっそくとばかりに設計図が渡される、例の牧場と果実園と酒蔵の再建に必要な発注書も同時に提示された。
「……はい、これで問題はありません。資材も揃っているみたいですね、大工衆側はどうでしょうか?」
「そりゃこっちは何の妨げもないさ、金は受け取ったし物資も集めた、後は雇い主の嬢ちゃんが許可を出せばすぐにでも取り掛かろう」
「因みに完成するまでにどれくらいの時間がかかりそうですか?」
「その辺はどうだろうな……一年はかからないだろうが、まぁそれなりの規模の牧場と酒蔵だ、家に牛舎にその他もろもろ、きっちり仕上げるなら最低半年は必要だろう。こっちもこの王国での仕事もあるからそこにだけかかりきりって訳にもいかないんだ」
「半年ですか、わかりました、ではそれで進めてください」
「あいよ、そんじゃあぼちぼち人をやるとするかね」
渡された契約書や発注書、計画書などを注意深く読み取ってエミリーは最終的に問題は無いと判断したようだ、半年と言う期間もそれほど遅いとは思わなかったらしい。
寧ろ王都での仕事もあることを考えればかなり急かした期間である、大工でも建築家でもないのでエミリーの口から文句は出なかったのだろう。
差し出された契約書に互いの所属を証明する印と名前を刻めば、ここに契約は完全に結ばれることになる、契約神の力が僅かに込められたそれは強制力があり簡単に破ることはできない縁となるのだ。
誰だって神に顰蹙を向けられたくない、ましてそれがつまらない理由なら尚更だ、だから僅かな力しか込められていなかったとしても契約を結んだのならそれを尊重する、どんな愚かな者であってもそこは変わらないだろう。
ましてや信頼が第一の商人と職人である、つまらないミスはしないだろうとお互いが思っているので、この契約が破られることなどまずありえない。
大工の顔役である男はそこに己の名を書いて印を残すと、それをクルリと翻してエミリーの前に置く。
エミリーもまたそこに己の名前を書き込み、間違いがないか最終確認を行ってから、キャロルが象牙を削って作り上げたキャラバンの商印を押した。
名前の上に不滅を象徴する不死鳥の絵が印された、鮮やかなヘステアの姿である。
「うん? こいつは不死鳥かい? こりゃ縁起が良いな」
「はい、これが私たちのキャラバンの看板になります」
どうやらこの商印は傍から見ても良い物であるらしい、自分たちの象徴が評価されて悪い気になる筈もなく、彼女は笑顔でそう答えた。
「ふぅん、名前はなんて言うんだい?」
「名前? あぁ、キャラバンの名ですか?」
言われて初めてエミリーは自分たちのキャラバンが無名であることに気が付いた、商印があればそれが証明と看板になるので不要と言ってしまえばそれまでだが、キャラバンを呼称もあった方が良いだろう。
商印をそのまま持ってくるなら不死鳥のキャラバンだろうかと思い浮かぶのだが、少し仰々しい上に名前負けしている印象もあったので頭の中ですぐに却下されてしまう。
仲間と相談してみるべきであり、エミリーとしてもそうするべきだろうと思ったのだが、羽ペンを片手に悩む彼女の横顔を柔らかな風が撫でる。
花の匂いを乗せた春風ではない、少し生暖かいそれは初夏の気配を混ぜていた。
あぁ、もうすぐ夏なのだな、とエミリーが思った瞬間に彼女が持つ羽ペンは契約書の上を走っており、名前と商印の隣にキャラバンの名前が書き記されていく。
春風のキャラバンに属していた自分たちが率いるキャラバンなのだから、これ以上に相応しい名前は無いだろうと思ったのだろう。
契約書にはこう記されていた、ただ簡単に夏風のキャラバンと。
季節はもうすぐ夏である。