商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
帝国は巨大な国家であると私は思う、神と対話したとされる初代皇帝が武力を背景に小国から徐々に国土を拡大していき、何代にも渡って拡張路線を国家戦略として取り続けて来たのだからそれも当然である。
その過程で様々な国家や地域を取り込みそれを力へと変えて来た国なので、だからなのか帝国文化と呼ばれるものは数多の文化の複合体と言えるだろう。
人種も種族も言葉も歴史も混ざり合い、敵対と協力と融和と差別と排斥と妥協をこねくり回すこと幾星霜、今では大陸最高峰の国家であることを否定できる者はおそらくいない、私自身もそうだ。
広大な国土を維持する制度と法を敷き、膨大な国民を食わせる為に畑と道を作り続ける、帝国とはそうやって拡大してきた国家であった。
周辺にある他の国とは異なり法治国家を自称しており、法を皇帝の上に置くという国家運営をしており貴族が最も暮らしにくい国であると吟遊詩人が歌うほどである。
有名なのはどこまでも広がる芋と小麦の大地だろうか、帝国ならばどこであっても見る光景でありそれは今も拡大中であった、とある季節になると風に揺れ動きどこまでも広がる小麦畑が黄金の海を作るらしい。
それが帝国郊外で良く見る光景だ、そして帝都に近づけば近づくほどに石造りの建築物が目立ち始めて、帝都にまで辿り着けばそこは白亜の街並みが広がる美しい都市が民を出迎える。
帝国とは石材を積み上げて生まれた国家であるということだ、ただそれだけではなく随所に美しい彫刻が彫り込まれており何でもない建物であってもどこか芸術的な印象を与えることもあった。
石造りの家の屋根には今にも動き出しそうな動物の彫像を守り神として置くことが帝国文化らしい、元はどこかの部族の習慣であったらしいが長い時間をかけて帝国全土に広がったのだろう。
だからなのか帝国の建物の上には必ずと言って良いほどに彫像が乗っている、あちらにもこちらにも鳥や魚や犬などの彫像が存在しているのであった。
そんな文化も芸術的な側面に貢献しているのだろう、帝国が芸術分野への理解が深いことも関係しているのかもしれない。
そしてそれは国家が豊かな象徴でもあった、芸術的文化というのは人々の余裕があるからこそ発展して磨かれるものである、今日明日の生活に悩む者とは縁遠い分野と言えるだろう、私が惹かれたのもそこが理由の一つであった。
彫刻だけでなく絵画や音楽にも造詣が深い、更には演劇にも力が入っており、舞台で働く者ならば一度で良いから帝国大劇場に立ってみたいと思う筈だ。
それが帝国という国だ、小麦と芋と数多の石材が骨組みとなり、膨大な資源と民が肉となり、長い歴史と洗練された文化が形作る国家。
我が人生において無数の冒険を繰り返して様々な国を訪れたが、老後は帝国で芋でも作りながら暮らそうと思うくらいには穏やかなものである。
親戚を呼ぶのも良いだろう、帝国は移住者にも寛容だ、無論法を守るという大前提を尊重できる者にはだが――。
この手記を読んだ諸君らも一度は訪れると良い、ここは文化と芸術が花開く土地である。
あぁ、麗しき帝国よ、広大な小麦と芋の大地よ、花の都よ永遠なれ。
とあるトレジャーハンターの手記より一部抜粋。
帝国の中枢、帝都のど真ん中にある帝城、その中でも最も警備の厳重な空間はやはり皇族専用の区画だろう。
皇族を除けば一部の官僚や文官、騎士しか立ち入ることを許されず、もし許可なく侵入すれば基本的に絞首台へと送られるそんな場所の一部に皇帝の執務室はある。
巨大な、巨大に過ぎる国家のまさに心臓だ、そこに集められる情報もやはり膨大なものとなっていた。
「皇帝陛下、開拓地の進歩状況となります」
ドサッという重たさを感じさせる音と共に辞書のように分厚い紙の束が執務室の机に置かれると、その部屋の主は視線を正面に向けたままゆっくりと手を伸ばす。
帝国皇帝ランポッサは忙しい、今日もまた忙しい、もはやこれが日常である、執務室の大きな机の上に置かれた書類は山となっており、たった今も増えたばかりである。
彼は新たに置かれた書類に親指を引っ掛けてパラパラと中身を確認していく、雑に流し読みしているように見えて視線は忙しそうに高速で右往左往しており、しっかりと内容を把握しているらしい。
「少し工事に遅れがあるな、理由は?」
「それはこちらの書類に理由が描かれております、守護騎士団団長であるロビンフッド様からの報告です」
「要点を読み上げたまえ」
皇帝付きの秘書官が今度は別の書類を差し出すのだが、皇帝ランポッサは勘弁してくれとばかりに眉を顰めて突き返してそう言った。
彼の前にはやはり別の書類があり、あまりにも忙しい様子である。
「要点を申し上げますと、ここ最近は悪魔の出没が相次いでおります、それほど強力な個体ではなく知能も低く、そこまで大きな脅威ではないのですが……まぁ、頻繁に現れると作業も中断いたします」
「ロビンはなんと言っている?」
「報告書には現有戦力で対処は可能と……えぇ~、はい、遠回しにですがそう書かれております」
その報告を聞いてランポッサは国際会議で話し合われて共有した情報を頭の中で整理していく。
「悪魔の出没事態は帝国に限った話ではないそうだ、各地で目撃例がある……雑兵程度の存在だがな」
自らの臣下、ルールーからも似たような報告が上がっていた、魔王の蠢動に合わせて影にひっそりと隠れていた下級悪魔がここぞとばかりに暴れているのではないかと。
訓練を積んだ兵士や騎士ならば問題なく対処できる程度の存在である、巨大な力を振るう魔王と比べるまでもないが、それとて束になれば面倒な存在であった。
「警邏を増やすのはどうでしょうか?」
「手が足りんが……ふむ、近衛騎士を幾らかロビンの応援に向かわせるか、そろそろルールーが暴れたそうにしていたのでな」
「あの方は……その、やりすぎることが多いのですが」
「鬱憤を溜められて帝城で暴れられるよりはだいぶマシだ」
ガサガサと執務室の上を漁って皇帝は一枚の書類を取り出す、そこに命令を書き込むと皇帝だけが使うことのできる帝印を押して命令書を作る。
「ルールーにはこれを渡しておけ」
それで仕事が終わることなどあり得ない、執務机で山となる書類の全てが皇帝の確認と帝印が必要なものであるからだ、これでも削れるだけ削って文官や秘書官に分けられているのだが、やはりランポッサへの負担はそれでも大きい。
皇帝の死因で最も多いのは過労死だと笑い話になるくらいには、帝国では当たり前の光景でもあるらしい。
新しい書類を引っ張り出して書かれている内容に視線を走らせていくと、執務室の扉が開かれて別の秘書官が新しい書類の束を追加してくる。
「外交部からの報告になります」
「ご苦労、そこに置いておけ」
山と積まれた書類の上に秘書官は崩れないように慎重な手つきで書類を置いた。
「国際会議ではある程度の情報共有もできたが、同盟とまではいかなかったな」
「どこの国も事情がありますから」
「わかっているとも、つまらん見栄であるとも思うがな」
だが魔王が暴れまわる現在の情勢で、その対処以上に重要なことなどそうありはしないだろうと彼は考えているようだ。
同時に各国の都合で簡単に同盟を結ぶことはできない側面も指導者として一定の理解も示しており、痒い箇所に手が届かないようなもどかしさを感じているのだろう。
考えなければならないことは当然ながら多い、広大な国土と民を治めるために思考を巡らせるだけではない、帝国と距離が近いガレス王国のような傘下の国との関係やその調整、積み上げられた書類にはそれらを印す無数の数字が並んでいる、それら全てを確認して次へ促すのが彼の仕事であった。
どれもこれも重要な案件である、そしてこの帝国の法で帝印を使用できるのは皇帝ただ一人であり、帝印が無ければその書類をどこに持って行っても効力を発揮しないのである、それはつまり国家の停滞を意味している。
皇帝とは帝印を押すための装置だと受け入れるのが、皇帝になった者の最初の仕事であった。
今日も彼は書類を確認して内容を精査する、優秀な文官と秘書官たちが事前に確認しているがそれでも最終的に彼の確認が必要だ、疎かにはできない。
そして確認してから問題がないと判断した案件には帝印を押す、まだテコ入れが必要だと判断した物には改善案を提示して突き返す、その繰り返しを幾度も続けていく。
だから帝城の執務室はいつだってバンッ、バンッ、という帝印を勢いよく押す音が響くことになる、今日も明日も明後日もだ。
きっとそれは彼が死ぬその日まで続くことになるのだろう、かつての皇帝たちがそうであったように。
初夏の風が目立つ季節となった、夏風のキャラバンと歩を合わせるかのように春は終わりを告げて、暖かさが際立つ時期が近づいている。
ガレス王国に暫く滞在していた四人娘は、娼婦業で貯めた資金で車両の荷台を埋めれるだけの物資と商品を購入すると、挨拶回りを終えてから帝国へと出発していた。
王国と帝国は地理的にとても近くにあるので国境を超えることはそこまで時間はかからないのだが、目的地である帝都に辿り着くのはそこから長い時間がかかる。
それは帝国が巨大であるからこそだ、多くの都市と地域に分かれており野を超え山を越える場合だってあった。
ただ急ぐ旅ではない、のんびりと帝国領を進みながら四人は緩やかに帝都へと近づいていた。
立ち寄った村や地方都市でどこに持って行っても需要のある保存食を中心に売り買いを行い、物足りない分は娼婦業を行いながら補い帝都を目指す。
地方都市といってもそこは帝国である、ガレス王国の王都より広い場所を多く人も多い、保存食の売却に困るようなこともなく旅路は順調であった。
ガレス王国との国境付近はどこにでもある開拓村が広がるばかりであったが、帝都に近づくに連れて小麦と芋畑が広がるようになり、更に近づけば石材の都市が広がるようになっていく。
キャラバンの車両が走る道はどこに行っても広く他の車両とすれ違っても問題は無く、要所要所を石畳にしているのでぬかるみに車輪を捕らわれることもない。
そうやっていつもより揺れの少ない旅路を進むこと幾日、ようやく帝都の端っこが見えて来る。
「……おぉ~」
感心するような、驚くような声を上げたのはキャロルであった。
四人の前に広がるのはそれはもう広大な石材を積み上げた都市である、長い歴史の中で度々拡張と拡大を繰り返した帝都はとにかく広い。
「ほぅ……都市壁はないのだな」
次に声をあげたのはミューだ、彼女は感心よりも疑問が先に出たようだ。
「帝都は都市の全てを壁で覆うことはしていないそうですよ、あまりにも大きすぎるからだそうです」
手綱を握って馬を操るエミリーもまた帝都の街並みに感心している様子である。
「まだ帝都ができたばかりの頃はそこまで大きくなかったので都市壁があったそうですが、拡大の速度に追いつけなくなったのか、途中から放棄されたとか」
彼女たちが見ているのはまだ帝都の端っこである、中央部まで行くとその頃の名残も残っているだろう。
「検問とかも無いんだな、ここに来るまで立ち寄った地方都市ではやってたけど」
都市壁も無いので人の出入りを管理する出入り口もない、当然ながらそこで荷物や人相を改める守備兵もいないので、やろうと思えば帝都に入り放題であった。
シャルルは検問の行列待ちが無いことに違和感を感じているらしい、ここに来るまでは当たり前にあったものなので仕方がないだろう。
「これだと犯罪者とか入りたい放題じゃないか?」
「そこはどうなんでしょうね、都市の中で対応するのでは? 帝都ともなると警邏兵も多いでしょうから」
壁が無いのであらゆる人々を受け入れる、正邪も全てだ、それに対処する為の人員も豊富なのかもしれない、それを証明するかのように統一された鎧を身に纏った兵士が警邏をしている姿を発見することができる。
後ろ暗い者や脛に傷を持つ者は、あの鎧姿を見ると回れ右をするということだ、どこの国や都市であっても警邏をする者は必ずいるのだが、この帝都はそれがとにかく多いといった印象だ。
彼らはその鎧姿を晒すことで治安の維持を行い、必要があれば腰にぶら下がる剣を抜く権利も持っている、加えて妖しい者を発見するとすぐさま声をかけて荷物を改めるのだろう。
四人娘のように恥じる部分など何もないと開き直れる者にとっては、この帝都は過ごしやすいと言えるのかもしれない。
「なぁエミリー、これからどうするんだ?」
「一先ず宿の確保でしょうか? どこか都合の良い旅籠を見つけて腰を落ち着けたら、妖精の酒を売却いたしましょう」
「ん……観光したい」
「そうですね、商いも大事ですけどせっかく帝都に来たんですから色々見てまわりましょう」
「楽しみだな、闘技場とかもあるらしいぞ」
「シャル姉……参加するの?
「それも良いかもな……あぁでも、そういうのにも紹介状とか必要なのかな」
「私は魔術学会を見てみたいですね、あそこの図書館は膨大な魔術書があるそうですから」
「それは私も興味があるな、しかし部外者が回覧できるのだろうか?」
「一般にも開放されている部分もあるそうですよ、ある程度の料金は取られるでしょうけど」
ああだこうだと話し合いながらキャラバンは帝都の中心部へと進んでいく、広大で賑やかな街並みはありとあらゆる者を飲み込んでいく、彼女たちもその一部でしかなかった。