商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
帝都に辿り着いておよそ半日、都合のよい旅籠が見つかるかと心配ではあったが、彼女たちのような旅人はこの地では珍しくもないので拠点はすぐに見つけることができたらしい。
さすがに紹介状が必要な大商人や貴族御用達の最高級宿は難しいが、庶民向けの宿はそれこそ帝都には星の数ほどはあろうかという規模なので苦労はしない。
大通りから僅かに外れた位置にある一階が酒場で二階が宿となっているどこにでもある形態の旅籠である、近くに馬を預かってくれる場所もあるのが決め手となった。
大部屋を四人で借りてそこを拠点とする、料金は道中で貯めた資金を金庫から解放して一か月分を前払いとしたらしい。
四人は帝都の賑わいと広さに驚くばかりである、右往左往しながら感心した声を上げる姿は完全におのぼりの田舎者であるが、この帝都では珍しい存在でもないだろう。
「宿は見つかりましたからさっそく行動しましょうか」
「あぁ、観光だな!!」
「違います!! まずはお酒の販売で纏まった資金を手に入れないと、観光はその後ですよ」
さっそく遊びに行こうとするシャルルの首根っこを掴んでエミリーが紹介状を取り出す、ミリアから貰った好事家の集まりが運営する酒座へ通じる物であった。
「ついでに荷台の保存食も売って、神殿なんかにも挨拶回りが必要です、遊ぶのは全て終わった後にしましょう」
始動したばかりのキャラバンなのでどこに行っても初見なので、顔と看板を覚えて貰う為にもまずは挨拶回りとなる、それが商人の基本であった。
「挨拶かぁ、帝国には知り合いがいるからそいつにも顔を見せなきゃな」
「シャルル殿は帝国に来るのは初めてなのでは?」
ミューの疑問にシャルルは頷きを返す。
「あぁ、ここに来るのは初めてだけど、ガレス王国での戦いで知り合いができてさ。そいつは帝国の近衛騎士なんだよ」
「それはまた、大層な身分の騎士ではないか……先の王国での縁といい、シャルル殿は顔が広いのだな」
「いやまぁ、一緒に戦った仲だからな、向こうも近衛騎士ではあるけどだいぶ気楽な奴だぞ」
せっかく帝国に来たのだからシャルルとしては挨拶したいのだろう、知らぬ仲でもないので会わない理由もない。
彼女は頭の中で虎のような耳と尻尾を持ち、まさにその様に戦うルールーの顔を思い返す。
ここが地元なのだから色々と面白い話やお勧めの場所や店なども教えて貰えるかもしれない、そう考えるとやはり挨拶はしておくべきだろう。
「ん……割り当てはどうする?」
「いつも通り手分けしましょうか」
挨拶回りをしながら必要なことを成す、キャラバンの基本であり全てだ。
エミリーとシャルルは大きな期待を背負った妖精の酒を持ってその売却に、キャロルとミューは神殿や商家への挨拶回りとなり、荷物を置いて宿を出ることになった。
ここで役に立つのが紹介状である、ガレス王国でアリーヤから受け取った皇族からの紹介状と信用状は、例え他国に嫁いだ存在の物であっても大きな存在感を持つ。
万人に開かれている神殿ならばともかく、この帝都を中心に活動する大商人や商家などは起ち上げたばかりのキャラバンが挨拶に向かったとしても門前払いが当然であるのだが、アリーヤからの紹介状があれば挨拶を行うこともできるだろう。
まだまだ若く未熟ですがこれからも宜しくお願いします、そんなことすらも言えないのが本来の彼女たちの立場であり、まずはそこを目指すのが歩き出したばかりの商人である、そう考えれば四人のキャラバンはとても恵まれているのかもしれない。
この帝都で絶対の看板と信頼とも言える皇族の紹介状を持っているなど、望外の状況であった。
「なぁエミリー、この酒はこのまま持っていくのか?」
「あぁ確かに……箱入りの方が雰囲気は出ますね、高級感も演出できますし」
酒の売却担当となったエミリーとシャルルは酒瓶を片手にそのまま持っていくことに悩んでいるらしい、問題ないと言ってしまえばそれまでなのだが商品なのだから例え無駄であっても形くらいは整えたいと考えているのだろう。
だからなのか宿から出た二人が向かったのは酒の販売元ではなく大通りに面した露店市であった。
様々な者が行き交う露店市には大量の商品が並んでいる、眺めているだけでも飽きることの無い賑わいの中で二人が手にしたのは木工の箱だ、特別に珍しい物でもなくそれこそ屑箱やゴミ箱に使われていても不思議ではないくらいの箱でしかない。
材質は桐だろうか、作られたばかりの物で木目が黄ばんでいない、新品同然の色合いでありもしかしたら大工見習が練習用に作って小遣い稼ぎに僅かな駄賃で露店に流したのかもしれない。
どういう経緯で露店市に並んでいたかはこのさいどうでも良い、新しく美しい木目であることが重要である。
二人はその木箱の中に同じく露店市で購入した上質な紙を丸めて詰め込んでいき、それをクッション替わりにして妖精の酒を梱包する、蓋を閉じれば贈呈用の形は整えられただろう。
細かな気遣いであり必ずしも必要な処置ではないが、こういった行為も積み重ねれば信頼となり、好意的に思われるだろうという下心もあってのことである。
酒を売りつける相手も素っ裸の酒瓶を渡されるよりは、こういった一見無駄な気遣いで包んだ酒瓶の方が評価がしやすいのかもしれない、なんであれこういった気遣いも春風のキャラバンから学んだものであった。
妖精の酒が入った木箱を片手に商品として最低限の形を整えた二人は、今度は互いに向かい合って自分たちの身だしなみに注意を向ける。
特におかしな所もなく、宿から出る前に庭の井戸を借りて水浴びも済ませている、これは最終確認だ。
お互いに問題が無いとわかると頷き合い、エミリーとシャルルはミリアからの紹介状を持って帝都の街並みを進んでいくのだった。
向かう先はこの帝都にある好事家の集まりである、ミリア曰く妖しい集団ではなく酒類の売り買いを行っている問屋の繋がりらしい。
酒好きが集まってああだこうだ言い合う酔っ払いの集団が、いつの間にか大層な看板を掲げて酒の売却網を築いていたということだ。
単純に酒の売り買いだけでなく品評なども行っており、新しい酒の紹介や宣伝などもしているそうだ、彼らから良い評価を得られたのならばその酒は一気に知名度を集められて価値が高まったりもするのだろう。
それくらいの知名度と信頼がある集団ということである、それこそ帝都の大通りに立派な看板と店を構えられる程度には稼ぎもあるようだ。
「おぉ~、ここかぁ」
「ここも立派な建物ですねぇ、何も知らなければ神殿と思ったかもしれません」
ググッとエミリーとシャルルの頭が仰け反る、帝都は二階建て三階建ての建物が珍しくないのだが、この店もまた大きい。
エミリーの言う通り何も知らなければ神殿と思ってしまうのも不思議ではない、それほどに立派な建物であった。
「なんか入口に大きな蛇の石像が置かれてるけど、あれはなんだ?」
「きっと屋根の上にも置かれていますよ、帝国ではああいった石像を飾っておくと邪悪な力を家に入らせず遠ざけると考えられているんです、守護像と呼ぶそうですけど」
「そう言えば帝国じゃあこういうのがどの家の屋根にも飾られてるな、ガレス王国でもチラホラ見たよ。でも何で蛇なんだ? 守り神的な奴ならもっと格好いいのがいっぱいいるだろうに」
シャルルの素朴な疑問に、答えを返したのはエミリーではなく別の人物であった。
「それは、帝国では蛇が酒好きと考えられているからさ」
目的地である好事家の集まりの拠点の門前で話していた二人は、声のする方向に振り返ると羽の飾りを付けた帽子を被った青年が笑顔で立っていた。
「お初に美しいお嬢さんがた、ここは酒神会の活動拠点さ。どのようなご用件かな? あぁ、僕は妖しい者ではなくてね……まぁここの面子の一人さ、名をアスラと言う」
「アスラ様、ですか……お初にお目にかかります、我々は夏風のキャラバン、帝都に来たばかりの新人商人です」
「なるほど、どうりで見たことがない筈だ、帝都が幾ら広いとはいえこれほど美しいお嬢さんならば噂の一つ聞かない訳がないからね」
よく舌の回る男である、キラッと輝く白い歯を笑顔と共に見せつける動作はどこか舞台役者を思わせる。
身に纏う服装や羽の付いた帽子といい、身なりがしっかりしていながら遊びの要素も取り入れた要素は一目で裕福なのだろうというのがわかる、どこかの大商人の息子か、もしかしたら貴族の子弟ということも考えられた。
「貴女方の出会えた幸運を更に噛みしめる為にも僕が案内しようじゃないか、門前で佇んでいた所を見るとここに要件があるんだろう?」
「えぇ、ここは酒類の販売に太い伝手と影響があると聞きましたので、ただ始めて来た場所でしたから少し戸惑ってしまったんです」
「わからなくはないとも、あの蛇の石像はなかなかに恐ろしい見た目だ、私も始めて来た時はなかなかに恐怖を感じたものだよ、ただ慣れるとこれはこれで可愛らしい物だと思うものなのさ」
アスラは笑いながら大きな蛇の石像を撫でると、その手は次に扉へと伸ばされていく。
「ようこそ酒神会へ、ここは帝国はおろか国外の酒も集まる場所さ、その道に関わる者ならばなかなかに有意義な場所だよ」
神殿にも負けない程に立派な趣の建物の内部は、大店の内部のように無数の商品棚が並んでいた、そこに飾られる全てが酒類である。
「古今東西あらゆる酒がここで扱われている、中には今は製造が途絶えてしまった酒なんかもあってね、我々は単純な売り買いだけでなくそういった酒の収集や再製造なんかもやっているのさ」
彼は立ち並ぶ商品棚とそこに飾られた酒類の豊富さを自慢するようにそう説明しながらエミリーとシャルルを店内の奥へと案内していく。
最終的に案内されたのは上質なソファーと机が置かれた応接室であった、こういった大店には付き物の商談場ということだろう。
部屋に入り柔らかなソファーに腰を沈めると、すぐに従業員らしき女性が白磁のティーカップに入ったお茶を差し出して来た。
「さてと、夏風のキャラバン御一行方、さっそく商談に入ろうじゃないか……そちらの木箱の中身を売りたいのかな?」
アスラの視線がシャルルが小脇に抱える木箱へと向けられる、それに応じるように彼女は妖精の酒が入った木箱を机の上へと置いて見せる。
「ほほう、なるほど妖精の酒か……これはまた希少な物を持ってきたものだ」
彼は箱へと手を伸ばして蓋を開き、中に収められていた酒瓶を見つめて感嘆したように声を漏らす。
「例のアンデット騒ぎ以降、市場に出回ることが無くなった酒だね……ちょっと失礼」
そう言って彼は酒瓶を慎重に持ち上げると、ラベルの確認をしながら光にかざして色合いを確かめたり、封じられているにも関わらず閉じ込めきれない僅かに漏れ出る香りなどを調べていく。
「……驚いた、本物っぽいね」
「この酒を造ってる人から直接売って貰ったものなので、そこは間違いありません」
「そうなのかい? 大地を埋め尽くすほどとされるアンデットとの戦いがあったのによく無事だったものだ」
「ワタシらが再建に金を出したんだ、そいつはついでに貰って来た」
「だとしたら素晴らしい、この酒は帝国でも人気があってね、もう飲めないかもしれないと涙を流す者も多かったんだ。もともとそれなりに高い値段が付いていたんだが供給が途絶えたおかげで残った在庫の値段は天井知らずに上がっていく、色々な意味で噂の酒だ」
「我々はこの酒を売りたいと考えております、因みにこちらは紹介状です」
「ん? あぁなるほど、ミリア殿からの紹介だったのか……かのご老人はここの常連でもあるから納得だね」
紹介状を出して中身を確認した瞬間にアスラの表情が僅かに和らぐ、ミリアの顔を思い出したのかもしれない。
見ず知らずの相手よりも、共通の知人からの紹介であれば警戒や猜疑心も薄まるものである、紹介状の効果は抜群であった。
「ふむ、ではお二人はこの酒を売ると言うことでよろしいだろうか?」
「はい、その為にここに来ましたので」
「こちらとしても妖精の酒は嬉しい商品になるのでとてもありがたい提案だ、ただ幾つか問題がある」
「問題ですか?」
「さっきも言ったように天井知らずに値段が上がっていてね、ぶっちゃけると一括で支払えないかもしれない」
それだけ値段が上がっているということだ、今となっては幻の酒と言っても間違いではないのだから不思議なことでもないだろう。
「新しく妖精の酒が供給されるとしても早くて数年、へたすれば十数年はかかるだろう、それまでは今ある在庫を転がすしかない……数が減ることはあっても増えることは無い訳だ、さてさて困ったことになった、喉から手が出るほどに欲しがる者が多くてね」
両肩をすくめるようなわざとらしい動作とともにそんなことを愚痴られてしまった。
「この酒がここにある、ただそれだけで面倒な輩が押し寄せて来る可能性もある訳だ、それこそ血が流れるかもしれない」
そんな馬鹿な、珍しくて希少な酒とはいえそれだけで血が流れるわけがない、そんな言葉が口から出かけるのだが、アスラは冗談を言っている雰囲気はないので引っ込んでしまった。
「ならばこれは……結構な大金が動く商談ということさ」
シャルルは首を右に、そしてエミリーは首を左に曲げて二人は見つめ合う。
酒を売りに来ただけなのに思った以上に面倒なことになってしまったので困惑しているようだ、彼女たちの見積もりではそれなりの値段で売れれば御の字であったのだが、その予想は既に崩れてしまっている。
「値段が天井知らずということですが、仮に我々がこの酒を売却した場合はどれくらいの値が付くのでしょうか?」
「そこはハッキリと明言できないね、まあ少なくてもこれくらいは最低でも用意できると思う」
アスラがそこで自らの掌を前に出す、五本の指がそこにはあった。
「金貨五十枚くらいか?」
「いや、五百枚だよ」
当然ながらそれは酒瓶一つに付く値段ではない、シャルルが予想した五十枚でも高い方である。
「高いと思っただろ? でも酒に限らず希少で人気な物にはいくら出しても構わないという人は案外多い、何でもない落書きに見えてもそれが有名な画家の作品ならとんでもない値段が付くことだってある、この酒だって似たようなもんだろう……その中に本当にその商品に価値を見出しているのがどれだけいるのかわからないけどさ」
アスラの瞳が妖精の酒に向かって僅かに細められると、そこには憐れみが宿っていることがわかる。
「値段が高騰している理由の一つが転売目的に金を出す連中が多くてね、彼らは酒の良し悪しではなくどれだけ高く売れるかで求めるから余計に高くなっているんだ」
やれやれと言いたげな動作で肩をすくめるて見せる。
「まぁ長くなったが、結論を言うとこの酒は大層な値段で売れるだろう……こちらもちょっと金策に走らないといけない位にはね」
「ではこの場で買い取りは難しいんですね」
「せっかく持ってきたのにな」
「いやいや、君たちがあまり値段に執着しないのならこの場で払えるよ、例えば金貨二百枚とかね」
「でも金貨で五百枚くらいの値段は付いてもおかしくないんだろ?」
「あぁ、それでも控えめな価値さ」
「だってさ、エミリー、どうする?」
「う~ん……金貨二百枚でも結構な儲けになるので、それはそれで良いんですけど」
「あくまでこの場で買い取るならって話だけどね、もう少し時間が……こちらも色々と物入りで苦しい所だけど、そうだね、一カ月も頂けるならきっちり用意できるだろう」
確かに儲けることに強い執着は無い、金貨五百枚で売れるであろう酒が二百枚まで値を下げられたとしても、それはそれで良しと思えるくらいには彼女たちはゆとりがあった。
ただはいそうですかと受け入れるにはあまりにも大きな差額である、ここは仲間にも相談すべきだろう。
一旦、この話を持ち帰って別行動をしているキャロルとミューにも話を通して判断を決めるべきだと考えて、二人はその場を後にする。
思っていたよりも面倒なことになってしまったと、彼女たちは思うのだった。