商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
シャルルとエミリーが妖精の酒を売却する為に交渉している頃、帝都の商人や商家への挨拶回りを任されたキャロルとミューもまた己に与えられた仕事を全うしていた。
まずは万人に開かれている神殿へと挨拶を行い心ばかりの寄付を贈る、特に娼婦神の神殿は世話になることも多い上に娼婦業をしている者ならば必ず世話になる場所なので少しだけ大目に寄付を行う。
そうやって各神殿へと新人キャラバンとして挨拶を終えると、二人が次に向かったのは帝都を中心に活動する大商人や大店への挨拶となる。
始動したばかりで大した実績や信頼を集めていない者が挨拶に向かったとしても、基本的には門を跨ぐことなど出来ないまま追い返されるのだが、彼女たちには切り札であるアリーヤからの信頼状と紹介状があった。
この帝都では皇族という看板と信頼ほど力のある物はない、例え偽物だと疑われても無視することができないのだ。
結果的にキャロルとミューは本来ならば会えないような大商人や大店の主へと挨拶を行うことができて、まだまだ未熟ですがこれから宜しくお願いしますと心ばかりの賄賂と共に伝えることができたらしい。
それが出来ない商人も多いのだ、アリーヤからの推薦を持つ彼女たちは幸運であると言えるだろう。
そんなこんなでこの帝都で活動するにあたって必要な縁を結んでいく二人はとても順調であった、やはり皇族の信頼は絶大でありそれがあれば話は簡単に進んでいく、莫大な賄賂を要求されることもなければ内心はどうであれ丁寧に対応もされる、なので挨拶回りは大きな問題も無く次々と終わらせることができたらしい。
「……次はあそこ」
「アレは、美術商ですか?」
帝都は広いので店も多く商人も多い、また取り扱う品物も多く田舎町ではまず見ないような商いもある。
美術品などもどちらかと言えば少数派の趣味や商いに分類されるのかもしれない、芸術は豊かな地域でしか磨かれることは無い上に金を出すのも大半が富裕層である、金回りの良い商人や貴族などが主な客なので、貧しい地域では美術商などはまず流行らない。
当たり前のように美術商があり、それを当然のものと受け入れている帝都がそれだけ余裕とゆとりのある土地ということの証明のようなものだ。
帝都はこういった店が多い、それだけ金を出す客も多いということなのだろう。
「あれが帝都の……流行りみたい」
「私は芸術的な評価をどうこう言えるほど豊かな者ではないのですが……あれが流行りですか」
帝都に美術商は多い、ただ全てが似たような商品を並べている訳ではなく、経営者の色が出ているのか傾向の違いがあるようだ。
二人が挨拶に向かった大通りに面した美術商の傾向は、おそらくだが性方面の芸術を押しているのだろう。
店先に並んだ大鷲の守護像と共に並んでいるのは見芽麗しい男女の裸像である、それ以外にも裸婦画などが商品として扱われているのがよくわかる。
なかなかに精巧な作品たちである、今にも動き出しそうなという表現がよく似合う。
公共良俗に反しているのではとミューとしては思わなくもないが、まだ人間の社会を勉強中な彼女はこうも大通りに堂々と店を構えられているとそういうものなのかと納得してしまいそうになった。
キャロルはというと、特に恥ずかしがることも違和感を持つこともなく店の中へと入っていくと、興味深そうに美しい裸婦像や絵を眺めながら「おぉ~」と小さな感心の声をあげている。
意外にもこういった店に理解と興味がある様子に、ミューは自分の価値観がずれているのだと思ってしまった。
大店の中に入ると、どこに視線をやっても裸が待ち構えている赴きに僅かに恥ずかしさが込み上げているようだが、隣を歩くキャロルが堂々としているので余計に羞恥が強まってしまう。
店の中にいる他の客たちもキャロルと同様に恥ずかしがっている様子はない、これもまた一つの文化や芸術だと理解しているからだろう。
「なるほど……人の世は広いな」
こんな形で知ることになるとは、里を出たばかりに頃は考えもしなかったらしい、今思えば遠くまで来たものだとミューは少しだけ成長するのだった。
「……これなんか凄く良い」
店の中をキョロキョロと見渡していたキャロルが指さしたのは壁に飾られた裸婦画である、二人の男女が交わる姿を描いたもので行為の最中に揺れ動く筋肉や脂肪や流れる汗なども精巧に描かれており確かに高い技術がそこにあることがわかる。
芸術の良し悪しがわからないミューであっても、思わず視線が引っ張られてしまうくらいに良い作品であると言えるだろう。
羞恥心を持て余すのではなく、これもまた一つの芸術なのだという理解のもとで店を観察すれば、また異なる評価が出て来たようだ。
「ん……凄く高い」
「確かに、この一枚だけでかなりの値段が付いていますね」
男女が交わる絵の下には値札が付いており、そこには一般人ではまず払うのを躊躇するくらいの値が記されていた。
金持ちの貴族や商人しか買い手がいないだろう値段であり、そしてここはそういう店である。
「この絵だけ値段が突出している思えますが、何か理由があるのでしょうか?」
「ん……書いた人が有名人とか」
「あぁ、なるほど、そういうことでも値が上がるのですね」
キャロルの推測にミューは納得するのだが、そんな説明を更に補足するかのように二人に声がかかった。
「おおむねそこの少女の説明通り、それに加えてモデルとなった相手が有名な舞台男優と娼婦神の神殿で働く最高級娼婦であることも値段が高い理由なのだよ」
声がした方向へと振り返ると、店の奥から姿を現したのは気品のある女であった、身に纏う衣服は上等そのものであり髪はよく手入れされているのか艶やかだ、そして単純に容姿が麗しいというだけでなくどこか上位者の風格を感じさせる雰囲気を放っている。
人の上に立ち、他者を従えることに慣れた貴族といった風格であり、美しくはあるが向かい合う相手を委縮させるような女であった。
「どちらも己の存在を芸術品の領域まで高めた者たちだ、男の方は七つの声と演技力を持ち、舞台を開けば帝都中の女たちが黄色い声を上げて席を埋める。女の方はこ帝国で最も稼いでいる娼婦だろうな、男たちが競い合って彼女と枕を共にしたいと金を出して値段が跳ね上がっている、一晩で商家が傾くほどの金貨が必要らしい」
そんな帝都でも有名な男女が交わっている絵なので、更に値段が高くなっているのだろう。
「貴殿は?」
「そう警戒してくれるな美しいエルフの戦士よ、私はこの店の……まぁ、実質的な経営者さ」
見知らぬ他人に声をかけられてミューは自然とキャロルを庇うような位置取りとなったが、それに不快感を示すこともなく女は穏やかに笑って見せる。
「エヴァと呼んでくれ、その絵の作者でもある」
その名前を聞いてキャロルはミューを押しのけて前に出る、事前に調べていたのでわかったことだがこの人物こそが挨拶に伺う相手だったのだ。
「……こんにちは、挨拶に来ました」
「ふむん? 見ない顔だと思ったがどこかのキャラバンから来たということかい?」
「ん……紹介状もあります」
懐から取り出したのは効果抜群の紹介状である、他国に嫁いだとは言え皇族であるアリーヤから受けとったそれはこの帝都での挨拶回りでとても役にたっていた。
その切り札とも言うべき紹介状をエヴァが受け取って中に書かれていた内容に視線を走らせると「ふむん」と特徴的な呟きを零す。
「……まだまだ未熟ですが、宜しくお願いします」
杓子定規なキャロルのセリフに女店主は頷きを返す、どうやら挨拶を受け取ってもらえたようだ。
「良き縁が結べるとよいな……まぁ、そんな話はどうでも良いんだ、私が君たちの声をかけたのは別の理由からだよ、少し興味があってね」
するとエヴァはキャロルとミューの周囲を歩いて観察していく、正面から側面に移動して背中を眺めて、また正面へと戻って来る。
次に彼女の視線は足元から腰や胸へと移動して、最後には見つめ合う形になった。
この人は何がしたいのだろうかと二人が思う中で、彼女はわなわなと体を震わしながら絞り出すようにこんなことを言うのだった。
「……う、美しいッ」
エヴァはずいぶんと鼻息が荒い、頬を赤らめて肩を震わせる姿は最初の気品を感じさせる印象を台無しにした挙句、思わず一歩引いてしまうくらいに危険な雰囲気へと変わってしまう。
「良い、良いぞッ!! 創作意欲が湧いてくる!! 君たちの名は? 年齢は? セックスはどのような体位を好む? これまでの経験人数は?」
「キャロル殿お下がりください、この女は危険です」
「ん……ちょっと変」
ミューから言わせればちょっとどころではない、完全に変態である。
「おっと、失礼……つい我を忘れてしまったらしい。なかなか出会い難い対象を前にしたものだから興奮してしまった」
落ち着こうとしているのか大きな深呼吸を繰り返す、そして初対面の気品ある雰囲気を取り戻すと咳ばらいをしてから話題を広げていく。
「私が二人に声をかけたのはビビッと来たからなんだ」
「……ビビっと?」
「創作意欲が湧いたのさ、ぜひモデルにしたいと思うくらいにね……美しく鮮やかな金髪に黄金の瞳も目を引くが容姿も良い、運命神に祈ってもこんな出会いは二度と無いと思える位には衝撃を受けたのだよ」
次にエヴァの視線はミューへと向けられる。
「そして君も同様だ、そちらの少女と同様になんとも鮮やかな金髪と瞳をしているね、体つきも容姿もキリっとしてこちらも簡単には出会えない……ふむん、少し雰囲気が似ているが姉妹なのかな? まぁエルフと人間が姉妹というのも妙な話だが」
キャロルとミューの雰囲気が似ているのは、同じ力を起源としているが故だろう。
「まぁ何を言いたいのかと説明するのならば、君たちの一目ぼれしたのでモデルとなってくれないかと声をかけたんだ」
「モデル? それは、こういった絵の?」
「あぁ、裸婦画のね、裸婦像でも良い……どうだろうか?」
どうといわれても、そんなことを言いたげな表情をしてしまったミューは隣にいたキャロルへと意見を求める。
「ん……ん~……まぁ、報酬次第?」
キャロルは積極的ではないにせよ、それで報酬が貰えるならという態度であった。
「おぉ、素晴らしい!! 報酬なら任せてくれ、気前のいい後援者がいるのでそいつの財布を当てにできる」
「……仲間とも相談したい」
「構わないよ、もしかしたらそのお仲間も娼婦神の聖印を持っているのかな?」
エヴァの注意はキャロルの首にぶら下がっている聖印へと向けられている、娼婦として最高級の格を証明するそれは、絵のモデルにする上で重要な要素なのかもしれない。
無名の娼婦をモデルにするよりも、聖印を持った娼婦の方が人気がでるのは間違いないだろう。
「ん……持ってる」
「実に素晴らしい、その者たちも連れて来てくれ。勿論報酬はそれぞれに払おうじゃないか……私の後援者がね」
何を想像したのかはわからないが、顔を興奮で赤く染めて身もだえるエヴァに二人は呆れたような視線を向けてしまった。
芸術家というのは普通の人間とは感性がズレているとはよく聞くが、まさにその通りだと思ったのかもしれない。
「キャロル殿、本当によろしいのですか?」
「……引き受けるって決まった訳じゃない、相談して決める……ミューは嫌?」
「帝都での活動資金を手に入れる手段の一つとして考えても良いと思いますが……その、引き受けた場合は我々の裸体が帝都の大通りに晒されることになりますよ」
「ん……宣伝になって良いと思う」
キャロルはそんな状況になっても問題はないらしい、寧ろ娼婦として箔が付くとでも思っているのかもしれない。
確かに娼婦業を生業とする者にとってはある種の宣伝になるだろう、羞恥に目を瞑れば自らの体や容姿が芸術として評価され残されることは前向きなことなのだと開き直れる。
そこで開き直れるのがキャロルであり、羞恥を脱ぎ捨てられないのがまだ娼婦業に慣れ切っていないミューということだ。
「……因みに、どれくらい貰える?」
仲間と相談するにしてもどれくらいの報酬が貰えるかといった情報を持って帰る必要がある、裸婦画のモデルを引き受けても良いと思えるくらいの値を付けて貰えなければキャロルとしても困ってしまう。
そもそも彼女にはこういった状況でどれくらいの報酬が貰えるのかといった相場がわからなかった、初めての経験なのでそれも当然である。
単純に客の男と一夜を共にする程度の報酬では、そもそも受ける必要はないだろう。
「ふむん? そうだね、普段は娼婦神の神殿で暇をしている娼婦をモデルにしたりするんだが、その場合は金貨十五枚前後だろうか……まぁあそこの神官はどれも粒ぞろいだから報酬も高くなる」
「ん……聖印を持ってるとちょっと高い?」
「そうだとも、それは最高級娼婦の証明のようなものだから、つまり裸婦画や裸婦像のモデルとしても最高の素材ということだ、相応に値段は高くなる。娼婦業をする時だって持っている者と持っていない者とでは信頼も貰えるチップだって異なるだろう? 絵のモデルも同様だ……まぁ、少し奮発して一人に対して金貨二十枚は用意しようじゃないか」
なかなかの大金だ、一度で簡単に稼ぐことが難しい収入であった。
絵のモデルを引き受けるだけでそれだけ貰えるのならば、美味しい仕事だと思う位には太っ腹な報酬の提示である。
「……わかった、仲間と相談してからだけど、前向きに考える」
「そうしてくれたまえ」
エヴァは一度店の奥へ引っ込むと、その手に上質な紙で作られた契約書を持ってきてキャロルへと手渡す。
「契約書だ、その気があるのなら必要事項を書き込んでこのアトリエに顔を出して欲しい。時間はいつでも構わないよ、私は大抵この店で芸術活動に勤しんでいるのでね」
「ん……わかった」
「うむ、この出会いを運命神に感謝するとしよう」
そうして彼女たちの商談は終わった、思わぬ形で大金が転がって来るかもしれない状況を掴んだことは幸運と言えるだろう。
裸婦画のモデルなど帝都以外ではまず見かけない仕事である、そういった分野に力とお金を注げて商売として成り立たせることができるのはそれだけ余裕があるということだ。
依頼主であるエヴァは少し――いや、かなり変な女性ではあるのだが、こうして大通りに面した一等地に店を構えられるくらいには成功している人物である、報酬もしっかり払われる筈だ、契約神の力が込められた契約書を提示してきたのでそこは信頼できた。
予想外の儲け話にキャロルは少しだけ機嫌をよくした、妖精の酒がどれだけで売れたのかは彼女にはわからないが、帝都での活動資金は多くて困ることもない。
加えて、彼女はそういった方面の芸術にも一定の理解があるのか、裸婦画のモデルにもなかなかに前向きである。
エミリーやシャルルはどう思うだろうかとミューは考えて、なんだかんだであの二人も稼げるのなら喜んで肌を晒しそうだと納得するのだった。
なんであれ良い土産話を持って帰れることができたのだ、帝都での挨拶回りは成功と言っても問題ないだろう。