商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
「妖精の酒を手放せたのは良かったな、それも損することなくきっちり金貨も手に入ったし」
上機嫌にそんなことを言ったのはシャルルである、酒神会での商談を終えて彼女たちは妖精の酒を手放す代わりに金貨五百枚を手にしたのである、どんな堅物であろうと頬の一つくらいは緩むような大金である。
ずっしりとした重さのある皮袋から五百枚を取り出して、その内の二百枚を四等分してそれぞれの財布に配られることになったのだ、それが彼女たちへの報酬となる。
残りの三百枚は主にキャラバンの運転費用となるだろう、それだけでも十分な額ではあるが彼女たちには追加の資金調達案があった。
案というよりは依頼と言った方が良いだろう、絵のモデルという商人には少しばかり縁遠い仕事である。
基本的に芸術と言う分野、それも絵画などは庶民には遠い文化であると言えるだろう、作る者も人生に余裕のある人物であり、買う側もまた同様だ。
そういった物を求める人種は常に一定の余裕がある存在であることが大半だ、成功した商人や貴族など富裕層が多い。
そしてそれは四人娘にとっても少しばかり遠い分野である、もしかしたらどこかで美術品などを商品として扱うこともいつかはあるのかもしれないが、関わるとしてもその程度のものだろうと彼女たちは考えていたのかもしれない。
だが思わぬ形で関わることになってしまった、しかし報酬が良いので断ることもできずにその気もない。
「そんで次は絵のモデルだろ? そこでも結構稼げそうだから暫くは遊んで暮らせそうだな」
「ん……帝都は観光できる場所が沢山あるから大変」
財布をどれだけ太らせても足りないとキャロルは考えているようだ。
「絵のモデルと聞くと、有名な娼婦などに声がかかるものだとは聞きますが、後は貴族の方々が節目や記念日に描いたりするのが基本でしょうか?」
「風景画や宗教画などもあるとは聞きますが……今回は裸婦画、私には経験が無いので上手くできるかどうか自信が持てないな、エミリー殿たちはどうだろうか?」
「私たちも大差はありませんよ、何をどうすれば良いのかさっぱりです」
「難しく考える必要はないんじゃないか? ようは裸になってじっとしてれば良いんだろ」
「ん……きっと簡単」
「そういう……ものなのだろうか?」
「どうなんでしょうね?」
モデルの仕事など勝手がわからない、ここにいる全員がだ、しかし引き受けると決めた以上は半端なこともできないのでそこは依頼者としっかり相談する必要があるだろう。
人通りの多い帝都の商業区画のど真ん中にあるというのに、裸婦画や男女の裸像を隠すことも無く堂々と並べる美術商を前にして僅かな緊張が生まれるが、それでも四人は意を決して入店していく。
「おぉ、なんて言うか……おっさんが好きそうな場所だな」
大量の卑猥な美術品を眺めてシャルルが言った第一声がそれである、他の三人も気持ちはわからなくはないと思ったのか否定はしなかった。
ただその発言は間違いである、美術商の店内は男性ばかりではなく女性層も存在するからだ。
裸婦画裸像と言っても女性の物ばかりではない、半分は男性の物である、渋い男からまだ幼さの残る少年まで様々であり、売っているということは需要があるということだろう。
中には同性の絡みを表現した物もあり、かなりの値段が付いている商品もある。
買うことも商品として取り扱うこともないので、自分たちには遠い世界だと驚いている四人の前に、この場所の店主である女性から声がかけられた。
「やぁ、キャロルにミューじゃないか、ここに来たということは契約成立ということで構わないのかな?」
「ん……その為に来た」
「それは上々、後ろの二人はお仲間かね? ふむ……」
エヴァはキャロルとミューにそうしたように、シャルルとエミリーの周囲をゆっくりと歩いて回る、足から頭までしっかりと観察していき特に臀部や胸などは凝視していく。
それが終わるとエヴァは両手で顔を覆い隠して震えながら天を仰いだ。
「う、美しいッ……良いぞッ、創作意欲がグッと湧き出て来た!!」
どうやら彼女からは高評価を得られたようだ、モデルとして合格ということだろう。
「あぁ、紹介がまだだったね。私はエヴァ、しがない美術商さ……いや、ここは天才芸術家と敢えて言っておこうか」
「宜しくお願いします、エヴァさん。私たちは絵のモデルを上手くできるほど経験は無いのでご迷惑をかけることもあるかもしれませんが、引き受けた仕事は全力を尽くします」
「うむ、期待しておこう」
「なぁなぁ、絵のモデルってどうすれば良いんだ?」
「当然の疑問だね、まぁそこまで固くなる必要はないとも、付いて来たまえ」
依頼主であり美術家でもあるエヴァに従って四人はアトリエの奥まで案内される、ごちゃごちゃと商品が並べられた店内とは異なり工房はスッキリしたものであり芸術活動に必要な様々な物が綺麗に並べられていた。
作り替えの裸婦像や完成した裸婦画などがあり、そういった方面の作品ばかりではなく美しく研磨された宝石であったり、金細工や銀細工などもあり中には手芸やぬいぐるみなども存在している、手当たり次第といった雰囲気だ。
尤も、全てにおいて共通しているのはそれら全てが思わず視線を奪ってしまうほどに洗練されていることだろうか。
帝都の大通りという商売をするのならば間違いなく一等地である場所に店を構えられるのだから、エヴァは芸術家として類まれな才能を持っているということなのだろう。
「モデルとはどうすれば良いのか、なかなかに難しい質問であり疑問だ、天才と呼ばれる私自身も上手い助言ができないくらいに永遠のテーマである」
シャルルは軽い気持ちで尋ねただけなのだが、エヴァは思っていた以上に深刻に考えている。
「最高の作品が存在しないように最高のモデルなど存在しないのかもしれないな……いや、或いはそれでもなお追い求めることこそが真理なのやもしれない」
顎に手を当てて深く考え込みながらブツブツと呟き自分の世界に没入するエヴァを見て、四人娘はこの人は大丈夫なのかと不安になってそれぞれが視線を重ね合わせている。
「あ、あの、エヴァさん?」
「ふむん、失礼したね……まずは場を整えるとしようじゃないか」
「ん……裸になるだけじゃないの?」
「勿論だとも、一糸まとわぬ生まれたままの姿も良いが、ただそれだけでは意味が無い。美しさとは、可憐さとは、磨いてこそ輝くのだからね、原石はしっかりと整えてこそだ、そんな訳でまずは――」
エヴァはパチッと指を鳴らして合図を送ると、工房の奥から侍女らしき者たちが姿を現す。
なぜただの美術商に侍女が付いているのか疑問に思いながらも、四人娘はアトリエの奥に連れ込まれてまずは風呂に押し込まれることになった。
そこからは洗濯物のように体や髪をもみくちゃにされながら丁寧に洗われると、石鹸や香油などを使って普段よりずっと高級な仕上がりを作っているのだ。
風呂からあがるとすぐに水気を拭き取って髪に櫛を通す、四人娘はそういったことを面倒くさがらずに毎日しっかりと整えているのだが、それでもなお徹底的に櫛で撫でる。
王侯貴族が扱うようなきめ細やかな泡で全身を包まれた彼女たちは何とも艶やかである、癖毛一つ許さないとばかりに梳かされた髪が整えば次は化粧であった。
四人それぞれに侍女たちが化粧を施していく、統一されたものではなく四人の雰囲気や容姿に合わせて調整されたものなのだろう。
絵のモデルになるだけだというのに、こんな舞台役者みたいな準備をしなければならないのかと困惑しているようだが、エヴァから言わせれば当たり前のことであり前提条件だ。
美しい物を磨いてより際立たせる、それは極めて原始的な芸術なのだから。
「絵のモデルにこのような準備が必要なのだろうか?」
ミューの疑問に当然だとばかりにエヴァは頷いて見せる。
「必要だとも、舞台役者がそうであるように役作りと言うのはとても重要なものなんだ、たかが化粧ではあるがされど化粧だ、あると無いでは大きく異なる……ふむ」
風呂と化粧を終えた四人をゆっくりと周回するように眺めていくエヴァは、最後に大きく頷いて合格と伝えた。
「良いぞ、これは良い、こんな興奮は久しぶりだッ……ふッうぅぅッ、漲ってきたぁぁああッ!!」
顔を赤らめて我慢できないとばかりに自らの頭を掻きむしる姿はせっかくの美人が台無しであった、動揺することもなくすぐさま侍女が元の美しさを整えている辺り、珍しいことでもないのかもしれない。
「よくぞこれだけの素材が四人も揃ってくれたなッ、神に感謝したいッ、私は心の底から感謝したいともッ!!」
「は、はぁ」
エミリーとしては曖昧な返事しか返せないだろう。
「芸術家ってみんなこうなのか?」
「ん……たぶん」
「そうなのですか?……そうなのか」
人間の社会を勉強中であるミューはそういうものなのだと納得するしかないようだ、彼女の中で芸術家は情緒不安定な変人という図式ができあがっているのかもしれない。
「よし、とりあえず君たちはそこに腰かけたまえ」
指し示されたのは工房の中にある大きな天蓋付きのベッドである、おそらくは彼女の私物ではなく芸術活動に必要な舞台装置のようなものなのだろう、個人で使うにはあまりにも大きすぎた。
そこに腰かけた四人の正面に椅子を持ってきてエヴァが腰を下ろす、それに合わせるように侍女が設置したのは真っ白なキャンパスである。
「楽にしてくれ、まずは四人の普通を知りたい。緊張する必要も無ければ辺に格好つける必要も無い、君たちを見せてくれ」
「普段通りって言われてもな……」
困惑した様子のシャルルにエヴァは微笑みを見せた。
「あぁ、じっと姿勢を固定する必要もないよ、それは後々個別に描かせてもらうからね、まずは君たちのざっくりとした雰囲気を確認したい」
「……具体的には?」
ざっくりとした要求を上手く噛み砕けなかったのだろう、キャロルが首を傾けている。
「ふむ、言葉にするのは難しいな……ではせっかく美しいモデルが四人もいるんだ、肌を重ねてくれ」
「それは、あれか? ワタシらで色々やれってことだよな?」
「あぁ、もっと細かく言えば中途半端なものではなくしっかりがっつりと情欲に溺れて欲しい、それこそが私の求めている光景だ」
「絵のモデルって姿勢を保ってじっとしてる訳じゃないんだな」
「美人画や人物画ならばそれでいいだろう、勿論それも後で描かせて貰うつもりだが、今は四人全員での絡みが見たい」
彼女が描こうとしているのは美しい人物が椅子に座って身動ぎ一つしない絵ではなく、行為の一部分のようだ。
だがことが始まってしまえば途中で止めることはできない、だからエヴァは雰囲気を見て感じて四人の容姿を理解して、想像と自分が見た光景を上手く合わせてそれを絵にしようというのだろう。
思えばキャロルとミューが見た男女の交わりを描いた絵も、行為の真っ只中であったのだが、ずっとあの姿勢のままじっとしていた訳でもないだろう、きっとエヴァは近くで観察しながら最終的にああいった形に収めたのだ。
なので厳しく姿勢や角度などを決める必要も無ければ、そのまま長い時間をずっと動かないこともない、交わりを見せれば後はエヴァが上手く補完するのだろう。
「そんな訳でね……さぁヤリまくるんだッ!!」
カッ!! と瞼を大きく開いて興奮で充血した瞳を見せつけて来る依頼主に、僅かばかりの恐怖を感じ始めた四人は、苦笑いを浮かべそうになるのを堪えながらそれでも報酬を貰う以上は真摯に仕事に向き合うのだった。
色々と言いたいことはあるが、肌を重ねること自体は慣れているし嫌悪感もない、それこそ四人での乱交も珍しいことではないのだから今更緊張も何もない。
エミリーなどは普段とは趣の異なる交わりになるのではと、既に期待と興奮に目を輝かせてもいる、切り替えの早い女であった。
「ふふふ、良いですね、こういうのもッ!!」
そして誰よりもやる気を漲らせているのもエミリーである。
「まぁ良いけどさ、報酬も貰う訳だし……娼婦業の一環って考えたら、まぁこういうのもありえるのか」
体で稼ぐという意味では確かにそうなのだろう、実際にエヴァが依頼を行うのは娼婦神の眷属たちばかりである。
「人に観察されながらか……今更ではあるが」
ミューは少しだけ躊躇があるらしい、確かに今更ではあるのだがまだそこまで羞恥を捨て切れていないのだ。
「ん……いつも通り楽しもう」
「ほう、そんな発言が出るということはつまり君たちは常日頃からそういう関係ということだね? それもまた良しッ」
キャロルの発言を拾い上げたエヴァは更に興奮を溢れさせてしまう。
やはりじっと観察されながらだと動き辛いのか僅かに体が硬いように思えるのだが、そんな中であってもエミリーだけはあまりない状況に興奮気味である。
四人一緒に客の男たちに囲まれて交わることもあり、四人だけで楽しむこともあったのだ、彼女からしてみればまさに今更だろう。
とても良い笑顔を見せながらベッドの上で手招きするエミリーの様子に、他の三人は僅かに呆れたような表情を見せるのだが、何だかんだで彼女たちも応じるのだから一方的な関係でもないということだ。
こうして彼女たちはエヴァに観察されながら交わることになる、これもまた娼婦業の一つと言えるのだろう。