商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
帝国での生活は順調であると言えた、纏まった数の資金が手に入ったことに加えて、エヴァからは定期的に絵のモデルになって欲しいと声をかけられるようになったからだ。
彼女としてもたった一度で四人娘に感じた美術的価値を描くつもりも無かったのだろう、最初は四人全員であったが、それが終わると個別に描くことにしたらしい。
エヴァ曰く、乱交風景も良し、そして純粋な美人画も良し、とのことだ。
なので四人娘は個別でモデルの仕事をこなしている、彼女たちも暇ではないのでいつもと言う訳ではないが、予定に空きがあれば美術商へと顔を出す。
それは裸婦画もそうではあるが、綺麗なドレスや高価な服装を用意されて畏まった装いでモデルとなることもあった。
キャロルなどはフリルがこれでもかと付けられたドレスを身に纏ってモデルとなり、ミューなどは何故か男装させられたりなどエヴァの要求はとても細かい。
エミリーは裸像のモデルにするために体の片を図られ、シャルルなどは別に雇った男娼と交わる光景を見せたり、なかなかに忙しい日々が過ぎていく。
ただ彼女たちは絵のモデルだけが仕事ではない、帝国で商売をする為の様々な雑事があった。
紹介状で挨拶回りは済ませていたので、次は組合関係への挨拶だ。
組合はわかりやすく言えば同業者の互助会である、商人なら商人、傭兵なら傭兵といった感じに横の繋がりを作って助け合う場所である。
四人娘が世話になるのは商人組合だ、そこに入ったからといってそれで大儲けできることなどありえないのだが、縁は力であり機会であることは揺るがない、帝国の商人組合へ顔を出して幾枚かの銀貨を払って組合員となれば、大手を振って帝国で商売ができるだろう。
こうして商売に必要な諸々の手続きを済ませると、次はいよいよ交易である。
帝国は広大なので必ずしも物の価値が一律ではない、最北の地域にある特産品を最南の地域へ持っていけば高値で売れたりするのだ、帝国の商人たちは帝都を中心に物を転がして儲けるのが基本であった。
四人娘もまた同様である、帝都を拠点として東西南北へ足を延ばして稼ぐことにしたらしい、組合で相場などを教えて貰いながら慎重に行動すれば大損をすることはないだろうと考えたのだろう。
帝都から宿場町、そこから地方都市を経由して更に遠ざかり、国境近くまで進んで開拓地などに顔を出して、荷台を一杯にしてからまた帝都へと帰って来る、その繰り返しだ。
そして今度は別の方角へと物を運ぶ、北から南へ、西から東へと。
どの方角に行っても必ず帝都を経由するので、その時にエヴァから依頼があれば絵のモデルを引き受けて、友誼を結んだアスラなどの商人たちとも予定が合えば語らう。
そんなことを続けること数カ月、完全完璧とはいかないものの、帝国での商売や生活も安定が見えて来た頃に、四人娘にこんな情報が飛び込んで来た。
「うん? 新通貨への移行?」
最初にその情報を拾ってきたのはシャルルである、エヴァからの依頼で帝都の流行とされているドレスを着て美人画の仕事を受けていた彼女は、それを終えて拠点としているルールーの屋敷まで向かう道中にそんなことが描かれた看板を発見したらしい。
大通りの目立つ場所に立てられた看板には新通貨への移行すると確かに書かれており、シャルルと同様に帝都の住民が驚いたような顔でそれを眺めている光景が広がっていた。
シャルルには政治がわからない、なので何故そんなことをする必要があるのかさっぱりわからなかった、なので彼女はその場で深く考え込むよりも知ってそうな相手へ聞くことにした。
帝都の一等地にあるルールーの屋敷には自分たちの馬車がある、つまり仲間たちは帝都に帰ってきているということだ。
玄関から大広間へ向かい、そこから四人に割り当てられた客間へと向かうと、エミリーとミューとキャロルが寛いでいた。
「ん……お帰り」
「おう、ただいま、そっちも帰って来てたんだな。北の方はどうだった?」
「麦が僅かですけど相場より値上がりしてましたね、南から持ってきた麦が少しだけ高く売れました」
そんな報告をしてくれたのはエミリーである、隣ではミューがうんうんと頷いていた。
どうやら彼女たちは別行動をしていたらしい、単純にシャルルにモデルの仕事が舞い込んだ為に他の三人は交易品を転がしていたのだろう。
「こっちはこっちで辺に疲れたよ、着慣れてないドレスでずっと椅子に座ってたんだ……なんか肩がこった」
これならば馬車に揺られて帝国北部に足を延ばしていたほうが楽だったかもしれないとシャルルは思う。
「今度はエミリーとミューだってよ、予定が空けば顔を出して欲しいそうだ」
「わかりました、ではシャルルは荷馬車の方をお願いしますね、次は西へ向かいますので」
シャルルとしてフリフリのドレスを着るよりは、そちらのほうがずっと気が楽である。
「あぁ、そうだ、さっき大通りで気になる看板があってさ……なんか、新しい通貨ができるから両替しろって話があるみたいなんだ」
「両替? それに新しい通貨ですか?」
「うん、何でそんなことするのかわからないからエミリーに聞いてみようと思ってさ」
自分にはわからない疑問だったので博識なエミリーに尋ねてみたのだが、どうやら彼女にも理由はハッキリとわからないらしい。
「う~ん、帝国通貨の信頼は大陸でも一番ですからわざわざ交換する必要など無いとは思いますが……」
「でも大通りの目立つ所にそうするって看板があったぞ」
「確か以前に帝国通貨が製造されたのは何代か前の皇帝が結婚した時に記念として作られたと聞きます、今私たちが持っている通貨の大半がその頃に作られたものと変わっていません、新しい通貨を生産するタイミングは色々な状況や流れを仕切り直しにしたい時なので、そういう慶事があったと考えるべきですが……う~ん」
そこでエミリーは深く考え込んで唸る、帝国に来てから仕入れた情報の中に大々的に通貨の変更を行うような慶事が無いのだ。
これが例えば現皇帝が結婚したとか、子供が生まれたとかならば、わかりやすいので悩む必要はないのだが、それらしい情報は無い。
ならば考えるべきは慶事ではない、それ以外の理由で新しい通貨を製造する理由があると判断すべきだろう。
そしてそれならばエミリーには一つだけ心当たりがあった。
「以前にアスラさんが仰られていた偽造通貨関連ではないでしょうか、それの流通が増えることを嫌って新しい通貨にしてしまいたいという考えなのでは?」
「今ある通貨は交換して偽物ごと全部回収するってことかよ、そりゃ大変だ」
「そんな所だと思います、まぁ実際はどうなのかハッキリとわかりませんけどね」
「思うに、我々にとって重要なのは何故と問うのではなく、今後どうするかなのでは?」
エミリーとシャルルの会話を黙って聞いていたミューがそんなことを言った、確かに一般庶民でしかない彼女たちにとって高度な政治判断を疑問に思うよりも先に、これからの生活のことを優先すべきであった。
「確かにな、ミューの言う通りだ、今あるワタシらが持ってる帝国通貨も全部交換するってことだよな」
「ん……期限とか、交換比率は?」
「看板には暫くの間は古い通貨も使えるって書かれてたぞ、比率は五分五分とも書いてた」
つまり今ある金貨を交換したとしても損することは無いということだ、手間はかかるがそれならばと考える者は多いだろう、実際に彼女たちもそう考えている。
「でも偽物の金貨を全部回収したって、また新しい偽物が出て来るんじゃないか? 次の金貨がどんな形かわからないけど、要はデザインが変わるだけなんだしさ」
「仮に偽物がまた出て来たとしても、しっかり目を光らせて流通を管理しますよ。不審な流れがあればすぐに調査が入るでしょうから」
そうでなければわざわざ新しい通貨を作った意味が無いだろうとエミリーは言った。
「ふうん、そういうもんか」
自分の中にあった疑問が解消されたのかシャルルは納得したように頷く。
「エミリー殿、金貨の交換はどのように行うのだろうか?」
「おそらくは帝国銀行でしょうね、そこに持って行って手続きすればいいかと」
「……早めの方が良いと思う」
「そうですね、絶対に混むでしょうから……後、考えるべきは、今後の取引では可能な限り新通貨で行うことでしょうか」
旧通貨も暫くは使えるということだが、手に入れる度に交換していては凄まじい手間がかかってしまうだろう、その度に帝国銀行に顔を出すのはとても面倒だった。
今後の商いで気を付けるべきことだろう、しかし帝都から離れて地方へ行けば行くほどに旧通貨への移行率は下がると思われるので、完全に新通貨だけで商いができる訳ではない。
なかなかに面倒である、きっとその認識は彼女たちだけでなく帝国に住む多くの者に共通したものだろう。
「私とミューさんはエヴァさんの依頼を受けてあちらに顔を出しますので、暫くは帝都に拘束されることになるでしょうから両替はこちらで引き受けます」
「ん……宜しく」
「それならワタシとキャロルは西だな、あっちの方はまだ行ってないし」
「……荷物はどうする?」
「その辺は組合で相場情報でも集めてみよう」
こういう時に組合に名を連ねる意味が出て来る、帝国中の物流情報が集まっているのでどんな荷物に需要があるのかよくわかるのだ。
信用しすぎても駄目だが、参考になるのは間違いない。
「ではそういう方針で行きましょうか」
「うむ、私とエミリー殿が帝都で諸々の手続きや仕事をこなしておこう」
「ワタシとキャロルは西部地域だな、そんで帝都を経由して次は東側だ」
「ん……儲ける」
ざっくりとした方針が固まったことで、四人はまず各々の財布を取り出してキャラバンの運転資金と統一する。
エヴァからの報酬に加えて妖精の酒を売ったことによる収入、加えてここ最近の行商で得た資金はそれなりの数となり重量となる。
これら全てを新しい通貨へ交換する必要があるので、一つの革袋に統一してエミリーに預けることになった。
銅貨に銀貨、小金貨に中金貨、そして帝国金貨が混ざり合って様々な輝きを内包した革袋はなかなかに重たい、そんな輝きの中にある一枚を拾い上げてエミリーは瞳の前に持って来る。
そしてむむむと視線を鋭くして観察すると、手に取った金貨から妙な違和感を感じることができた。
「この金貨は……おそらく偽造通貨ですね」
そんな説明に残りの三人の視線も鋭くなっていく。
「……ふむ、確かにそうだと言われてみると、妙な違和感を感じるな」
同意したのは同じ魔術師の瞳を持つミューである、彼女の瞳も言われなければわからない程度の些細な違和感を認識したようだ。
「そうか? ワタシは全然わからないけど」
「ん……私はわかる」
「え? わかんないのはワタシだけかよ」
シャルルは違和感を認識できていないがキャロルは認識できている、ある種の魔眼のようになっている黄金の瞳のなせる技だろう。
この場で唯一、普通の視界しか持たないシャルルだけが置いてけぼりとなっているが、本来は彼女の方が多数派であった。
そもそも違和感と言っても極めて些細なものである、エミリーたちであっても偽物があるという前提が無ければ気づかない程に薄い違和感なので、シャルルがわからないのも当然だ。
「これってどこから手にはいったんだっけか?」
「どこかはわかりませんね、小金貨ですから商いをしていれば必ず使うことになりますし、どこかでおつりで受け取ることも十分考えられますよ」
エミリーが摘まみあげる小さな金貨を全員で見つめながら、どうしたものかと考え込む。
この金貨の厄介な所は、偽物ではあるが限りなく本物に近いという点である、金の含有量やデザイン、重さなども本物の金貨と大差がないことだ。
違いは無い、エミリーのような魔術師の瞳であっても僅かな違和感程度の差異しかないのだから、これが偽物であると気が付く者など限られてしまう。
「この偽造通貨を銀行に持って行ったとして、しっかり交換されるのだろうか?」
ミューのそんな疑問に彼女たちは考え込む。
「まぁ、この金貨を回収するのが目的なのですから、ちゃんと交換してくれるのでは? 偽物と言っても本物と大差が無いとのことですし」
「あのアスラって人に聞いてみるか、わざわざ教えてくれたんだからどうすれば良いか答えてくれるだろ」
「そうですね、ここで悩むよりも詳しい人に聞いた方が良いでしょう」
キャロルとシャルルは西部方面に足を延ばす方針の為に組合へ情報収集へ行くつもりであるので、そのついでに酒神会へと顔を出して尋ねればいいと考えた。
ミューとエミリーはモデルの仕事に加えて銀行での交換業務を受け持つようだ、加えてせっかくなので帝国での資金繰りを想定して口座の開設なども行いたいと思っているらしい。
実際に世話になるかどうかわからないが、口座があれば融資なども受けられるので、キャラバンを運営するのなら作っておいた方が良いだろう。
もしかしたら将来、キャラバンを拡大する時に必要な資金を帝国銀行から借りることも考えられるのだから。
ただ現状では無理だ、実績も功績も薄いので大きな資金を借りれるだけの信用がない、あくまでそんな未来が来ればいいという願望込みの口座作りであった。
なんであれ彼女たちの帝国での生活は順調である、大損をして借金地獄に陥る商人も多い中、しっかりと生活できているだけまだマシなのだろう。
帝都を中心に各方面に足を延ばしており、各地で縁を作ることも忘れていない、経験や教育がしっかりと生きているということだ。
もっと生活に余裕ができたら春風のキャラバンを探す為に情報収集を行っても良いのかもしれない、そんなことを考えながら彼女たちは今日を過ごすのだった。