商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
とりあえずの方針としてキャロルとシャルルの姉妹は荷馬車を率いて帝国西部方面へと商いに赴くことになり、エミリーとミューの二人は帝都でエヴァからの依頼と各種雑事を受け持つことになった。
モデルの仕事が無ければ四人全員で行動していたのだろうが、行商も帝都での仕事も比べられない位に重要なのでどちらも取ることにしたのだろう。
各地へ足を延ばして顔と名前を覚えてもらうことも、経済の中心である帝都で活動して縁を結ぶことも、商いを行うのならどうしたって必要になる。
どちらも必要ならばどちらもこなせばいい、幸いなことにどの仕事も数を揃えなければならないような業務ではない、なので彼女たちは二人一組になって行動しているのだ。
エミリーとミューは銀行で要求されるであろう様々な書類の製作をルールーの屋敷で行っており、行商担当の姉妹は帝都の商人組合へと顔を出す。
多くの富と情報が集まる場所であり商人の互助会なのだ、やはりと言うべきか帝都の大通りに神殿と見間違うばかりの大きな店を構えている、入口に置かれているのは帝国で富と幸運を集めるとされている兎の守護像であり行き交う人々を見送っていた。
誰が言いだしたのかわからないが、この兎の石像に触れると幸運にあやかれるらしい、その為か兎の石像の一部は数え切れない人々に撫でられてつるりと研磨されている。
これから西部へ行商に向かうシャルルとキャロルも幸運にあやかろうと思ったのか、つるつるになっている兎の守護像を撫でまわしてから組合の扉を開く。
大きな店構えが与える印象そのままに、建物の内部は広大であり清潔そのものだ、二人と同様に商いに携わる様々な者たちが賑わいを高めているのがよくわかる。
知人と話し合って情報交換するもの、美人な受付を口説こうとしている男、掲示板に張り付けられた注意喚起や相場情報を真剣に見つめる老人、店を出る前に商売神の聖印に口づけをする女性、どれも商人なのだろう。
老若男女問わず、この場にいるのは商売神の眷属であった。
「こんちわ~、西部方面の相場が知りたいんだけど」
「あぁ、貴女たちは確か……夏風のキャラバンね、今日はあの法衣の子じゃないのね」
「エミリーは別の用事があってさ、今日はワタシとキャロルで来たんだ」
シャルルとキャロルは組合の受付へと向かってそこにいた組合員へと声をかける、帝国の組合に加入してから色々と世話になった人物なので互いに顔見知りであった。
「西部方面の相場ね、ちょっと待ってて」
「あと、儲け話なんかあれば知りたいな」
「そんなものが簡単に手に入ったら誰もが大金持ちよ」
「そりゃそうだ」
組合の受付嬢は背後の本棚から幾つかの書類を取り出して机の上に置いて広げて見せる。
「この辺が今月の相場かしらねぇ、西部方面は北部よりずっと食料生産が安定しているからあまり値崩れはしないのよ、大規模な農耕地帯もあるから麦も芋も相場通りね」
「ん……需要は?」
「特殊な商品でも捌けるような伝手や縁が無いのなら趣向品一択よ。お酒でしょ、お砂糖でしょ、胡椒でしょ、紙に塩に……まぁその辺は西部でなくてもいいんだけど持っていくとするのなら鉄板の商品ね」
「じゃあ逆にあっちで何を仕入れたら良いかな?」
「それならやっぱり絹かしら、西部方面は染物なんかも盛んで帝都で人気があるの。後は……今の情勢だと金なんかも需要は大きわね、西部には大きな金山もあって流通が太いの、金細工なんかの工芸品も沢山あってあちら方面に行くのなら買って損は無いと思うわ」
「金の需要が大きいって……あぁ、新しい通貨が作られるからか」
「そうね、旧通貨を鋳つぶして金を抽出しているらしいけど、必要分まで届くには全然足りないって噂だし、大量の旧通貨が持ち込まれたりしない限りは暫く金の需要が高まる、つまり西部の金流通だって高まるでしょう」
組合の受付嬢は掲示板を指さす。
「実際に金の輸送を求める声は大きくなって来ているわ、帝都に帰って来る時に少しでもいいから持ってくることを組合としても推奨しているの」
「……了解」
そんな話をしてから二人は組合を後にした。
「持ってくのは麦や芋よりも酒とかの方が良いみたいだな」
「ん……食料需要はないみたい」
「でっかい農耕地帯があるって話だし、食い物には困らないんだろ」
「……砂糖とか、胡椒、調味料なら帝都で揃えられる」
「酒神会で珍しい酒でも揃えたらそれも持って行こうか」
「ん……それで荷台は一杯になると思う」
商いをしている者は荷台の隙間をとにかく気にする傾向がある、同時にいつまでたっても捌けない呪いの品を嫌う傾向もあった、この二人も例にもれず荷馬車の性能を限界まで使って商品で満たしたいらしい。
エミリーから預かった軍資金があるので物を揃えるのは問題ないだろう、これらは銀行で両替するのではなく商品に変えてしまう資金である。
そして商品を資金に変える時は可能な限り新通貨で行うのだ、これもまたある種の両替なのかもしれない。
ただ地方都市では帝都ほど新通貨は流通していないことが予想される、どうなるかは実際に行ってみないとわからないだろう。
二人は西部方面へ足を延ばす為に必要な商品を揃える為に、紹介状によって挨拶回りを行えた大店や商家へと顔を出して物を揃えていく、砂糖や胡椒などが中心であり組合で貰ったアドバイスに従って食料などは持って行かない、自分たちで消費する程度しか揃えなかった。
抱えきれない程のサイズの大樽の蓋を開けてみると中には砂糖がこれでもかと入っており、その隣にある大樽には胡椒が入っている、塩が入った樽もあり、同じものが幾つか揃えられていてこれらを荷馬車へ乗せると荷台は八割ほどが埋まった。
胡椒に砂糖に塩、どれも需要の大きい商品と言えるだろう、これだけの数を揃えるだけでかなりの財産となるのは間違いない、エミリーから受け取ったキャラバンの運営資金は全てが無くなってしまったほどである。
軽くなった革袋に若干の寂しさを感じながらも、荷台はしっかりと重たくなったのでそれ以上の頼もしさが胸にある、しっかり金貨に代わってくれよと祈りを込めながら次にシャルルとキャロルが向かったのは酒神会であった。
酒瓶を中心にとぐろを巻く大蛇の守護像が出迎えるその大店は、扉を開いた瞬間に僅かにだが酒の香りが漂ってくるような場所である。
酒関連の売り買いだけでなく、製造や復興などにも力を注いでいるこの店は、無類の酒好きたちが作った組織とされている、最初はただ好事家の集まりでしかなかったのだがいつしか帝都でも指折りの商会として存在感を放つようになったらしい。
古今東西、あらゆる酒が集まるこの場所ならば良い商品が見つかるだろうと二人は考えて、その判断は決して間違っていないと思われた、幸いにもこの商会には縁を結んだ相手もいるので話も通しやすい。
受付で面会を願い出ると、あちらも快く応じてくれた。
「やぁやぁお久しぶりじゃないか、夏風のキャラバン御一行方、あまり会いに来てくれないものだから忘れられたんじゃないかと思っていた所だよ」
顔を出したのは羽飾りの帽子が特徴的なアスラである、相変わらず舞台役者のような笑顔を見せつけて来る、それをうさんくさいと思うのか好意的に思うのかは人によって分かれるだろう。
「用も無いのに話すような間柄でもないだろ」
「ん……確かに」
「いやいやそれはとても悲しい発言だとも、美しい女性と語らいたい、その人の記憶の中で生きられるような男になりたいと考えるのは当然だろう? 君たちが夜眠る前に思い出すのが僕でありたい、男ならばそう思うものさ、ははッ!!」
「あぁ、そう……ん~……ええっと、ワタシら西部方面に行ってみることになってさ、荷台の空いてるスペースに珍しい酒でも入れようかと思っているんだ」
「なるほど、因みにどれくらい空いているんだい?」
「ん……酒樽二つ分」
キャロルが二本の指を立てて見せつける、その情報を受け取ってアスラは大仰に頷くと、二人は商会の地下へと案内された。
ひやりとした冷気が少しだけ漂う地下空間は店構えと同じで広大だ、数え切れないほどの酒樽が棚に並べられておりほんの僅かにだが酒の匂いが漂う。
「おぉ~……全部お酒?」
「いかにも、どれもこれも酒だとも、ここにある全てがね。今は製法も途絶えた酒もあって帝国広と言えどここにしかない逸品もある」
「そういう酒はやっぱり高いのか?」
「勿論だとも、コップ一杯でざっと金貨数百枚は覚悟したほうが良い、樽一つだと領地と爵位を売り払わないといけないかもしれないね」
「うへぇ、なんかお伽噺みたいだ」
「その認識は間違いではないかな、かつてその酒はとある国を滅ぼしているからね」
「ん……どういうこと?」
国を滅ぼした酒と聞かされて姉妹は首を傾げる、アスラの言葉を上手く噛み砕けなかったのだろう。
そんな二人を見て彼はまさに舞台役者のように情緒を込めて歌いだす、そこだけ見れば容姿も相まってまさに役者である。
「昔、昔ある所に、それはそれは栄えた国がありましたとさ、見渡す限りのブドウ畑に揺れる麦畑、そこで作られる酒は何と煌びやかで甘美なものであろうか、老若男女を等しく魅了して……あぁなんということだろうか、ついには噂を聞きつけた神々すら地上に降り立って舌鼓を打つではないか」
どこかの酒場で吟遊詩人が歌っているかのようだ、しかしここは酒宴の場ではなく薄暗い地下空間であった。
「神すら酔わせるとされたその酒の噂は大陸中へと駆け巡り価値を高めていく、黄金のように、或いは呪いのように……しかし何ということだろうか、誰も彼もが賢く冷静に生きられる訳ではない、とある欲深な王様は愚かなことにその甘露を求めてしまったのだ、その底なしの胃に収める為に」
そして戦争が起こり幾つかの国が滅びたらしい、その酒の製法はその時に途絶えてしまったそうだ。
「その歌は実際にあったことなのか?」
「あったそうだよ……事実かどうかは、さて、当時を知るエルフでもいれば話が聞けるかもしれないね」
「酒一つに大袈裟な話だな」
「確かにね、しかし君たちが持ち込んで来た妖精の酒だって似たような物なんだよ? もし完全に生産が途絶えてしまっていたのなら、きっと残った在庫を巡って血が流れていただろうからね、あれはそういうものだよ」
だとしたらますます手放して良かったとシャルルとキャロルは思った、争いの種にしかならない商品を転がしたいとは思わないのだろう、例え上手くやれば大金を手に入れられるとしてもだ、彼女たちはそこまでスリルを求めてはいない。
「極まった美しさが一つの魔術となるのならば、極まった美味が呪いとなっても不思議ではない。たかが酒一つ、されどそれが大きな何かを齎すこともあるのさ」
どこか楽しそうにそんなことを話すアスラは、棚の中に並べている酒樽の中の一つをポンポンと叩く。
「まぁその話は横に置いておこう、君たちに必要なのはこの辺だろうね。帝国東部で作られた葡萄酒だ、熟成期間はそこそこ、お値段もそこそこ、けれど場末の酒場で振る舞われるような物でもない、西部への流通も細いから歓迎されると思うよ」
「ん……それは呪いの酒とかではない?」
「あぁ、呪いの酒でも魔術の酒でもなければ妖精の酒でもない、なんだったら薬にも届かない、ほんの少しだけ高価な普通の酒だ、だからこそ扱いやすいだろう」
「ならそれを持ってくとするよ、ありがとうな」
革袋の底に残っていた金貨を全て支払って酒樽を二つ購入すると、それで荷台の空白は完全に埋まることになった。
「それと西部方面へ行くのならこれを持って行って貰いたい」
商品を買ったのでさっそく荷馬車を走らせようとする姉妹に、アスラが手渡したのは二本の酒瓶と手紙である、瓶の中には琥珀色の液体が揺れており淀みのないそれは高価な酒であることがわかった。
「手紙は知人へ渡してほしい……風の噂によると君たちは今、近衛騎士のルールー卿の所で世話になっていると聞いている、ならば顔見知りだろうから話が通しやすいだろう、手紙と酒は彼女への贈り物だ、ついでにロビンフッド卿への酒もある」
「そりゃまぁ、西へ行くからそこにいるんなら渡すのは良いけどさ……何でアンタがルールーに贈り物をするんだよ? あれでも近衛騎士で結構な立場にある奴だぞ」
普通の商人や商会主が関わる相手ではない、帝国でもかなりの地位を持つ相手なのだ、シャルルはそこを疑問に思ったらしい。
少なくとも気軽に会えるような相手ではないと考えた段階で、なら自分たちはどうなんだと気が付き説得力を失ってしまったようだ。
「あぁ、それはね、皇帝陛下からの依頼なんだ。帝国を支えてくれる忠臣への労いをしたいと言われて何か送ろうかと丁度考えていた時に君たちが来たんだ」
「いや、近衛騎士よりも皇帝の方がずっと会いづらいだろ……どんな交友関係なんだよ」
「なぁに、この帝都でそれなりの店を構えていれば話をする機会くらいはあるものさ」
そういうものだろうかとキャロルとシャルルは視線を重ねて首を傾げる、確かにこの酒神会は帝都の一等地に立つ大きな商会ではあるが、だからといって皇帝と知り合いになれるとは思えなかったのだろう。
「それで、どうだろうか?」
「ん……別に構わない」
「そうだな、どうせ西に行くんだし、ルールーもそっち方面にいるのなら渡してくるよ、知らない仲でもないからな」
「感謝するよ、君たちの旅路に幸福があらんことも祈るとしよう」
渡された二つの酒瓶と手紙を受け取ってそれらは厳重に保管する、自分たちで扱う商品ではなく他人の物なので雑には扱えないからだ。
商人をしていればこういった贈り物を預かることもある、だからそういう時は過剰なほどに丁寧に扱うこと、そんな教育を受けたことを忘れていなかった。
なのでこれらは荷台にある金庫の中で良いだろう、壊してしまえば自分たちへの信頼と信用も壊れるのでそれくらいしなければならない。
二人はアスラに見送られて酒神会を後にすると、みっちりと荷台が商品で埋まった様子を見て頷き合い、手綱を握って走らせる。
「二人で旅するのって思えば初めてじゃないか?」
「ん……そうかも」
「偶にはこんなのも良いかもな、エミリーとミューには悪いけど」
「……大丈夫、あっちはあっちで、楽しくやってるから」
「そうか?」
「……多分」
「まぁあの二人は頭が良いし、何かあっても大丈夫だろ」
「ん」
荷馬車が馬に引かれて緩やかに走り出す、大通りを抜けて帝都の端まで進むと、そこから彼女たちが目指すのは帝国西部である。
いつもと異なり二人での旅となるが、不安や恐れはないようだ。