商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
ブオンッ!! と大きな音を立てながら力強く振りぬかれるのは巨大な鉄塊であった、メイスと呼ぶにはあまりにも巨大で雑なそれは、柱のように太く重たいものである。
剣や槍とは異なりただ鋼の塊を固めて冷やしただけのようにも見えた、本当にただそれだけなので初見の者はそれが武器なのだと理解するのに時間がかかるだろう。
なにせ鉄塊だ、それ以上の言葉が出てこない。
ハンマーやメイスのような相手を叩き潰すわかりやすい形などしていない、大きな棒状の鉄塊としか表現できず、刃も無ければ突起もなかった。
一応、持ち手に近づくに連れて握りやすくなるように細くはなっているのだが、それとて大男の手首くらいの太さはあるだろう。
きっとこの鉄塊を作った鍛冶師は苦労したに違いない、武器とも呼べない鉄の塊を寄こせと言われたのだから頭を抱えた筈だ。
金棒やメイスを作れと言うのならまだわかる、用途だって推測できる、しかしここまで巨大な鉄塊を作れと言われれば正気かと疑ってしまうことは確実だ。
きっと鍛冶師も自棄になったのだろう、それか変な対抗心を燃やして持てるものなら持ってみろとでも思ったのかもしれない、鍛冶場にあったありったけの鉱石を溶かして鋼に変えて一つの棒状の塊とした。
そんな冗談と対抗心によって生まれた鉄塊を、ルールーという騎士は小枝のように振り回すのだから、彼女が帝国最強の騎士と呼ばれるのも自然なことであった。
とにかく巨大で重たい得物だ、鎧も鎖帷子も盾も意味をなさない、全力で振り回せば面白いように吹き飛ぶ。
それだけ重たいというのに振り回される速度は剣や槍よりも素早い、だからルールーという戦士は帝国最強なのだ。
「そりゃそりゃ!!」
軽い口調と、軽い動作で振り回される鉄塊はルールーの眼前にいた無数の悪魔をぺしゃんこにしていく、肉と骨を潰して絶命させるとそれで終わることもなく次々と叩き潰していく。
「おうおう、次から次へと、どうなっとんじゃこの辺は」
「明らかに接触が増えてきましたね、野生動物みたいなものかと思ってましたけど、もしかしたら法則性があるのかもしれません」
そんなルールーの戦いぶりを、二つの大きな盾に身を隠しながら見守っているのは同じく帝国三騎士に数えられるロビンフッドであった。
二メートルを超えるほどの巨漢でありながら、及び腰で両手に持った二つの大きな盾に隠れる姿は、頑強には見えても強そうには見えない。
全身を覆う鎧と鎖帷子に加えて厚手のマントを纏い、一切の隙間が無い様子と二つの盾を見れば、勇猛果敢な獅子と言うよりは堅牢な亀のような雰囲気を与える戦士である。
実際に彼は頑丈だ、どれくらい頑丈なのかと問われればルールーがその鉄塊で全力で殴っても防げるくらいには固い。
そんな二人に加えて周囲を囲む近衛騎士や守護騎士らもそれぞれがしっかりと鍛えた腕利きばかりである、大した力もない悪魔程度では揺さぶりにもならないまま殲滅されてしまうだろう。
実際にそうなった、ルールーが鉄塊を振り下ろすとそれを最後に低位の悪魔たちは全てが挽肉となってしまう。
「ひぇ~……ぐちゃぐちゃだ……うッ」
バラバラになった悪魔たちを見て気分を悪くしたのかロビンフッドは込み上げて来る嘔吐感と戦っているようだ。
「ど~にも妙じゃな」
「……ええっと、何がです?」
「この悪魔たちのことに決まっておろう、手前たちに襲い掛かって来たというよりは、何かから逃げ出していたかのようではないか、そうは見えんかったか?」
「いやぁ、僕は戦いに集中してたので……」
「お主は戦っておらんかっただろう、ずっと盾に隠れてビクビクしていたじゃろが」
呆れたようにそう言われて帝国最高の騎士は兜の中に隠れている視線を泳がせた。
ルールーとロビンフッドが率いる騎士たちは現在、帝国西部を中心に警邏任務に就いている。
この周辺地域で悪魔らしき存在の出没が相次いでいること、その掃討と調査を帝国皇帝ランポッサから命じられているのだ、今も警邏中に悪魔たちと接触した所であった。
「戦いも一方的なものであったしな」
「そりゃルールーさんが暴れまわるから」
「そうではない、そもそもあちらに戦う気が無かったと言いたいんじゃい、逃げる先に手前らがいて殺されたって感じでな……それに加えてこいつらも妙だ」
大きな鉄塊で大地を掘り起こすかのようにぐちゃぐちゃになった悪魔たちをひっくり返すと、その肉片の中に奇妙な違和感があった。
「見ろ、この悪魔ども、体の一部が何故か金色になっとる」
「あぁ、ええっと……何でですかね?」
「それを確かめるのが手前らの仕事だろう……とりあえず西に行くぞ、こいつらは西側から来とったでな」
「ここから西と言うと……少し面倒ですね」
「問題無かろう、ぶん殴れば大抵の問題は解決する」
「いやいや、政治ってそこまで単純じゃありませんって……ここより西は所属が曖昧な地域ですから、表向きは帝国領ってことになってますけど」
貴族生まれ、貴族育ちであるロビンフッドはルールー以上に政治へ理解があるようだ、少なくともぶん殴ってそれで解決とはいかないことを理解しているらしい。
「手前はその辺はさっぱりだ、面倒事は任せるぞ」
「う~ん……まぁ、悪魔と戦うよりはマシか」
そんな心意気でよく帝国騎士が務まるものだと、ルールーは呆れたような表情を見せている。
「まぁ良い、拠点に戻って準備を進めるとするか」
彼女は政治を知らない、だから必要なことは全てロビンフッドに丸投げするつもりなのだろう。
警邏を行っていた騎士たちは馬に乗って自分たちが活動の中心としている拠点へと引き返していく、周囲を高い石壁で囲った砦でありそこまで広くはないが堅牢な作りとなっている。
元々は国境を監視する為に作られた場所ではあるが、帝国の領土が広まるに連れて軍隊の中継地点のような場所になっている砦であった。
「お疲れ様です、お二人とも」
砦の内部に入るとすぐに副官が敬礼と共に声をかけてくる、守護騎士団の副団長でありロビンフッドの部下の男である。
「僕らはもう少し西に向かうことになりました、準備をお願いします」
そんな命令に頷きを返すと同時に、副官の男はルールーにこんな報告を行う。
「ルールー卿、商人が貴女と面会したいと来訪しております、どうなされますか?」
「商人? いや、何も知らんが……まぁ会ってみるか」
砦の内部に広がる無数の天幕の一つで待機しているということで、さっそく向かってみるとそこにはルールーが思いもしなかった二人が待っていた。
「ん? おお!! シャルルにキャロルではないか!!? 何故こんな場所におる?」
「商いだよ、西部方面に縁を作っる為にな」
「ん……それに依頼を受けた」
「ほう、誰からじゃ?」
「アスラって人、酒神会の商人で、ルールーに酒と手紙を渡してくれって依頼されたんだ」
アスラという名前を聞かされてルールーの頭の中には舞台役者のような笑顔を見せる青年が思い浮かぶ、同時に酒と手紙がアスラ経由で皇帝からの労いの品であることを推測するのだった。
「あぁ、あのお方か……ほう、良い酒ではないか、この辺じゃ手に入らぬ物だからありがたい」
あのお方、という表現にキャロルとシャルルは僅かに違和感を覚えるが、ルールーが手紙を読みだしたので問いただすことはなかった。
「なんか皇帝陛下から労いの品を頼まれたって話だけど」
「らしいな、相変わらず筆まめなことだ……まぁそれが政治家の仕事なのだろうが」
「ん……片方はロビンフッドって人に贈り物」
二人が運んできた酒瓶は二つある、片方は既にルールーに渡されてもう片方はまだ箱の中に入っている状態である。
「ついでじゃ、あ奴を紹介しておこうか……ロビンッ!! ちょっとこっちに来んかッ!!」
そう言ってルールーは大声でロビンフッドを呼び出す、怒鳴りつけるかのような声量は砦全体に響き渡り、そのすぐ後にドシドシと大きな何かが近寄って来る気配が届く。
「はいはい、今度は何ですか? もうお酒はありませんからね」
天幕のカーテンを開いて姿を現したのは二メートルを超える筋骨隆々の大男である、だというのに発する声はどこか細くて頼りない、それがロビンフッドという男であった。
「お主に皇帝陛下から労いの品だ」
「へぇ、相変わらずマメな人ですね」
長期の任務に就いているとこういったことも多いのだろう、ロビンフッドはルールーと同じ評価をしている。
「それで、そちらの方々は……あ~、確かこちらの方はガレス王国で」
「おおそうとも、あの首なし騎士をぶった切った戦士だ」
ガレス王国でのシャルルの戦いを彼も知っていたのだろう、顔を見た瞬間に思い出したらしい、戦士ならば忘れられるような存在でもないということだ。
「こっちがシャルル、そんでキャロルだ、今は商人として働いておってな、帝都では手前の屋敷におる」
簡単な紹介にロビンフッドは背筋を立てて美しい敬礼を返す、それを受けてシャルルとキャロルも椅子から立ち上がって一礼を行った。
「ほれ、皇帝陛下からの手紙と酒だ」
この二人に依頼物を渡した段階でシャルルとキャロルの仕事は終わったと言っても良い、ここに来るまでに荷台の商品は殆どが捌けたので財布は丸々と太っている、後は金を購入して帝都に変えるだけとなっている。
ただ問題として彼女たちには金を購入できる伝手が無い、いや、買おうと思えばどこかの地方都市や鉱山都市で買えるのだが、それなりの量を購入したいので信頼と実績のある大店などと取引したいのだろう。
今は金の流通が太くなってきているこの地域でそういった相手や大店を探している状況で、聞き込みを行ってルールーたちが近くにいることを知って会いに来たという状況であった。
加えて、ルールーたちに聞きたいことをあった。
「なぁルールー、実はここに来る前に変な悪魔と戦ったんだけどさ」
さっそくとばかりに酒瓶のコルクを素手で引き抜いてラッパ飲みをしようとしているルールーにそんなことを尋ねると、猛獣のような瞳が僅かに細められてしまう。
「それはあれだ、大して強くも無い蝙蝠みたいな悪魔のことじゃろ?」
「そうそう、キャロルが倒したんだけどさ」
「ん~……いろんな所に出没しとるみたいでな、その内の一体だろう。こやつが率いる守護騎士団がそれらの駆除を引き受けておる」
酒瓶をラッパ飲みしながらロビンフッドに視線を向けると、彼は大きな体を恐怖でビクッと反応させる。
「ええっと、どの辺りで接触しましたか?」
「ん……ここから東に進んで、最寄りの都市の近く」
「因みにどの方角から来たとかわかりますかね?」
「多分……西側から、断言はできない」
「やっぱり西ですか、そういう傾向が多いとは思ってましたけど……うぅん」
大きな体に反する線の細い声で唸るロビンフッドと、悪魔の姿を思い出して僅かに苛立ちを見せるルールーの様子に、シャルルとキャロルは視線を重ねた。
「まぁワタシらの仕事はもう終わったからさ、なんか色々面倒事も多いみたいだけど、頑張ってくれよ」
「ん」
「なんじゃなんじゃ薄情な奴らじゃのう、ここは手伝ってくれる所であろうが」
「ワタシらがか?」
「今後どうなるかわからんからの、戦力は多い方が良い。こやつもそう思っておる、な?」
「ここで自分に振るんですね……そりゃ確かにこの人に手伝って貰えるのなら滅茶苦茶楽に……いえ、頼りになりますけど」
「だろう? 仮に悪魔の大群が出て来ても恐れるに足らん、何もかも一捻りにできようて」
つまりこの二人はシャルルとキャロルを、主に前者を傭兵として雇いたいと考えているようだ。
春風のキャラバンは傭兵業もやっているので別に雇われることは何も問題は無い、ただルールーとロビンフッドという帝国でも指折りの実力者が他所の戦力を頼る状況というのがそもそも想像に難い。
そこに二人が率いる騎士団だって随伴するのだから、戦力的には魔王でも引っ張って来なければ自分たちは不要なくらいの安心感と強さを持った面子である。
そんな帝国最高位の戦力であるルールーとロビンフッドが自分たちを雇おうというのだ、相手はどんな化け物なのかと疑ってしまうのも当然であった。
「実は手前らも何もわかっておらんのだ、どうにも雑魚がうじゃうじゃと沸いておるらしい、真相を確かめる為にも西へ行こうと考えておってな……連中はどうもあっち方面から来ておるらしいでの」
「そんでワタシらを雇うってのか」
「念には念をって奴でな、状況次第では暇になるかもしれんが、その場合でも報酬は払おう……責任者のこやつがな」
「また僕に振るんですか……まぁ構いませんけど」
「キャロル、どうする?」
「ん……別にどっちでも」
キャロルから反対意見はでなかった、そしてシャルルにも断る理由はない。
「ならルールーたちに雇われるとするか、どうせもう少し西に進むつもりだったしな」
「なんじゃ、何か用があったのか?」
「金が欲しくてさ、ある程度纏まった量を帝都まで持って帰りたいんだ」
「なら丁度良いではないか、もう幾つか山を越えればそこらじゅうで金細工が見れるようになる……待ち受けるのは戦いに富、カカッ、実に良いな」
ルールーのそんな言葉で二人の行先も決定するのだった。