商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
ロビンフッドとルールーが暴れまわった部屋にはロドリゲスだけが残されていた、苛立ちと恐怖を隠すかのように平静を装うとしているのだが、顔を真っ赤にして鼻息荒く肩を揺らす様子を見る限り、彼もまた感情を隠すのが苦手なようだ。
結局は苛立ちを抑えきれなかったのか腕を振るって執務机の上にあった書類や食器などを吹き飛ばす、そんな姿は暴れる猛牛にも思えた。
「はぁ、はぁ……クソッ、拙いぞ、帝国の騎士が近くにまで来てしまった、奴らめ何か感づいていると思うか?」
その言葉は独り言ではない、この部屋の中にいる誰かに縋るような問いかけであった。
しかしどこを見ても彼以外の姿は発見できない、メイドも従者も遠ざけられており彼だけがここにいる。
いや、ロドリゲスの言葉に答えるかのように、この地域の特産品でもある金細工の一部が蠢いて答えを返す。
自らの富を象徴して主張するかのように、この城のこの部屋には大量の金細工が飾られているのだが、その内の一つである大きな黄金の壺がぐにゃりと形を変えて徐々に人型へと変形していき、最後には髪も瞳も黄金に煌く存在へと進化してしまう。
姿形は人間に近い、どこか魔性を帯びた黄金の髪や瞳も人間のそれだ、溺れてしまいそうな魅力を放っているがそれでもまた異端には遠い。
しかしこめかみ付近から生える角が、その黄金の美女を悪魔の領域へと押し上げている。
魔性を宿した黄金の美女、パレスというなをエキドナより賜った黄金の悪魔がそこにいた。
「どうかしらねぇ、カマをかけているだけのようにも思えたけど」
「こちらから悪魔が流れてきていると奴らは言っていた、疑っているのだ」
「まぁ色々とあったものねぇ、何匹かは取り逃してしまったし、アレも半端なくせに無駄な抵抗するから時間もかかるのよ」
「さっさと掌握しろッ!! 貴様が有効に使えると言うから任せているのだぞ!? 本来ならば帝国との戦いに使うつもりであったのにだ!!」
「アレでもお母様の因子を受け継いだ魔王の一柱なんだから、そこまで容易くとはいかないの。おまけに貴方たちが妙な手を加えていたから変質してしまっている、おかげさまで手間がかかること、おわかり?」
溺れてしまいそうな色気を放つパレスは、吸い込まれそうな光を纏う黄金の瞳でロドリゲスを見つめると、ただそれだけの彼の激高を封じ込めてしまった。
魅了の呪いにかかってしまったかのように魂が逆らうことを許さないのだろう、その指先で弛んだ頬を撫でられればそれがもうトドメの一撃となってしまう。
「あ、あぁ、わかっているとも……無茶を言ったようだ、すまない許してくれ」
「ふふ、素直な子は好みよ……それじゃあご褒美を上げるわ」
黄金の悪魔であるパレスの認識では、先ほどのようにロドリゲスから強い感情を向けられること自体が本来ならば避けるべきことである、自分に屈服した存在が自分を敬ることもなく感情を大きくするなど反逆にも等しい行為だ。
だから彼女は彼に鼻薬を嗅がせるのだった、つまらない意地や誇りで逆らわれても面倒だと考えて。
「さぁ、好きに手にしなさい、これはもう貴方の物なのだから」
チャリチャリと、パレスの掌で金属が擦れるような軽い音が響く、ロドリゲスがそちらへ視線を向けてみると、眩い黄金の輝きを目にすることになる。
「お、おッ、おおおおおおおッ……なんと香しき黄金の輝きッ……はぁあああッ」
パレスの掌に現れた無数の輝く金貨を見たロドリゲスの反応は異常なほどに興奮が見て取れる、確かに金貨は価値のある物ではあるがそれでも正気を疑う程に反応が大きい。
瞳は欲望に淀み、唇の端からは涎が垂れて、股間は興奮したかのように膨らんでいる、もしかしたら中では射精しているのかもしれない。
ロドリゲスは恐れ敬うように金貨を跪いて受け取ると、欲望に染まり切った顔のままそれを眺めて遂にはそれは舌の上に乗せて飴玉のように転がした。
金貨を舐めるなど正気の沙汰ではないのだが、まさに今の彼は正気ではないのだろう
危険な薬物や麻薬に浸かり切ったかのような蕩けた思考で、彼にとって代えがたい価値のあるそれは甘露に等しいのだろう。
舌で舐り金貨を味わうロドリゲスに向けて、パレスは次々に掌から金貨を生み出して床に零していく。
チャリン、チャリンと床にぶつかって音を奏でる度に、ロドリゲスの肥え太った手が伸びてかき集めていった。
その姿は餌を求めて床を泳いでいるかのようにも見える、あまりにも醜悪な姿を見下ろすパレスは満足そうに鼻を鳴らすのだった。
自分の力で他者を屈服させることに快楽を感じているのだろう、悪魔らしいと言えば悪魔らしい性癖である。
「おほおおおお……我が黄金郷はここにあったのだ」
涎を垂らして股間を熱くしながら床に散らばった黄金をかき集めて悦に浸るロドリゲスは、やはり危険な麻薬に脳を蕩けさせたかのように正気を失っているかのようだ。
黄金と言う毒に身も心も犯され屈服した、哀れな人間である。
「帝国の騎士は貴方が排除しなさいな、その金貨を使えば手駒は増やせるでしょうしね……私はあの魔王を本格的に手に入れるから、おわかりかしら?」
「は、はい、勿論でございます、必ずや貴女様のお力になりましょう」
「良い子ね、ちゃんと働いたらまたご褒美を上げるから期待するといいわ」
「は、はひィィ、お任せくださいッ」
零れ落ちた魔性の金貨を舐めまわしながらそうこたえるロドリゲスに、パレスは大きく頷いて踵を返す。
彼女は彼女でやるべきことは多い、帝国の騎士が来たので慌てたロドリゲスにこの部屋に呼ばれたのであって、本来ならばやるべきことがあるのだ。
部屋を出て廊下へ、そして城の中を進みながら外へと出る。
その間、すれ違ったメイドや城で働く従者たちはパレスを気に留めることもない、それが当然のように振る舞い日常のように扱っているのだ。
或いは見知らぬ誰かが城内を好きに出歩いていることに違和感を持っている者も最初はいたのかもしれないが、魔性の黄金に魅せられて今では完全な傀儡となってしまっているのだろう。
人の社会に溶け込み馴染む、それは他の魔王にはできない生き方と言えるのかもしれない。
ただ帝国の騎士がこの場に何らかの疑いを持ってやってきた状況は、パレスにとって心中穏やかではいられない筈だ、それを証明するかのように僅かに早歩きになっている。
城を出て、都市の人通りに紛れ、門番を黄金の魅力で落とし、彼女が向かう先はこの地方に広がる幾つもの鉱山の一つであった。
最西部地域は特に鉱物資源の豊富な地域であり、産出される金銀銅は富の源泉となっている、それが原因でかつて大きな戦争が起こった程であり、半世紀が過ぎた今でもこの周辺地域は大量の地下資源が採掘されている。
帝国だけに留まらず、周辺国家にまで金を輸出しているのだからその資源の膨大さを物語っていた。
だからなのか最西部地域ではとにかく鉱山が多い、中には何百年にも渡って掘り返された場所もあり、山々が形を変えるほどに人の手が入っている。
パレスが人の足と変わらない速度で向かったのは、この地域ではありふれた鉱山の一つであった。
途中で乗せてもらった商人の馬車に最寄りの町まで送ってもらい、そこから徒歩で険しい山道を進むこと数日、今となっては人も住まなくなった廃鉱山へと辿り着く。
かつてはゴールドラッシュに賑わったであろう鉱山町であった名残だけを残して、廃墟が山間に広がるような場所である。
こういった廃墟郡はこの地域では珍しくは無い、きっとこの場所に住んでいた者たちも今は別の場所でできた鉱山町で働いているのだろう、例えこの場所から資源が出なくなったとしても別の場所を掘ればまた富が湧き出て来る、ここはそういう地域であった。
そんなありふれた廃墟に黄金の悪魔が一人でいるのはあまりにも不釣り合いであるが、彼女があるく度に足元には見せびらかすかのように黄金の光が広がっており、その特徴的な黄金の足跡は幾つも残されている。
おそらくこの人に忘れられた廃墟に来るのは初めてのことではないのだろう、幾つもの足跡が残されていた。
「ぎぎゃあああッ!!」
「あぁ、また一匹逃げてるじゃない」
ただこの廃墟に人はいないが悪魔はいるらしい、何かから逃げ出すように低級悪魔が姿を現すと、パレスと鉢合わせになってギョッとした顔を見せるのだが、そんな低級悪魔はパレスの額にある三つ目の瞳に見つめられた瞬間に動きを止めた。
妖しい光を宿す三つ目の瞳がそのまま悪魔を見つめること数秒、皺だらけで紫色の肌が薄氷を踏むかのような音を立てて完全に黄金と化してしまう。
そしてゴトッと重たい音を立てながらその場に落ちる、僅かな震えすらも止めて黄金の彫像となってしまうのだった。
「あれでも魔王は魔王ってことかしらね、無駄に粘るんだから」
よく見渡せばこの廃墟のあちらこちらに黄金の彫像が幾つもあることがわかる、どれもこれも何かから逃げるような、そしてそれを阻まれて驚いたかのような雰囲気のまま、黄金になってしまっていた。
それら黄金の彫像に目もくれないままパレスは廃墟の奥にある鉱山へと足を延ばす、もう金がとれなくなって久しいこの場所はやはり人の気配がないまま長年放置されており、幾つかある入口は崩壊していたりと荒廃した様子が伺える。
トロッコが走っていたであろう鉄道は錆が目立ち、坑道の陥没を防ぐ為の木製の骨組みも腐ってしまっているので、色々な場所が土に埋もれてしまっているのだ。
次はどこが崩壊してもおかしくない様子の坑道をパレスは臆することなく進んでいき、薄暗い暗闇へと身を沈めていく。
こんな光の差さない暗闇であっても黄金の光を宿す彼女が進めば、それだけでランタンを持ったかのような光が広がった。
そして足元には見せつけるかのように黄金の足跡が残される、都市にいる間は悪魔であることが露見しないように気を使っていただろう、この場所ではこれでもかと言わんばかりに足跡が残されている。
いつ崩れてもおかしくはない坑道を進むこと数十分、ようやく彼女は目的としていた場所へと辿り着く。
蜘蛛の巣のように掘られた広い坑道の最奥、大きく開けた空間にそれはいた。
「相変わらず醜いこと……敗者の末路はこうも哀れなのね」
縦と横に空間が広がり、すり鉢状になったその場所ではパレス以外の悪魔がいた、ただ悪魔らしい悪魔ではなくどこか無生物を思わせるような姿をした存在である。
彼女は坑道からすり鉢状になった地下空間を見下ろし、その先にいる悪魔をを見つめながら憐れむような視線を向けていた。
そこにいたのは樹木のような悪魔であった、全身がどす黒く染められて心臓のように脈打っており、姿形こそは枝葉の伸びる樹木のようにも見えるのだが、自然にあるそれとは大きく異なりかなり異質な雰囲気を持っている。
例えるならば、脈打つ筋肉で作った樹木らしき何かだろうか、きっとその悪魔を見れば多くの者がそんな表現をするだろう。
今となっては人の気配が無くなった廃坑道の奥でそんな肉の樹木が存在しているなど誰も思わない、隠し場所としてはうってつけであった。
この悪魔、樹木の悪魔はかつては魔王と呼ばれていた、まだ勇者が存在していた時代なので大昔の存在であった。
その当時は今とは比べものにならないほどに悪魔が栄えていた時代であり、魔王と呼ばれる存在も数多く存在していた、この樹木の悪魔はこの時代まで生き残ったその内の一柱なのだろう。
多くの魔王が勇者やその仲間たちに討たれて滅んだり封印されたりした中、この樹木の悪魔が生き残れたのは、既にまともな意思や力が残されていなかったことが大きい。
そう、この魔王は既に滅びているのだ、正確には権能を失ってただそこにあるだけの装置と化してしまっている。
明確な意思を持って誰かや何かを脅かすこともない、悪意を振りかざして文明を崩す訳でもない、ただそこにいて僅かに残った権能で力の滴を絞り出すだけの装置なのだ。
生きているとは言えないだろう、意思も力も無くそこにあるだけ、まさに樹木である。
かつては大いに猛威を振るったであろう魔王も、勇者か或いはその仲間によって受けた傷により魂が罅割れ、こうして今に至る。
脅威と呼ぶには程遠い存在へと落ちてしまったのだから、この時代になるまで生き延びていられたのだろう、言ってしまえば今この場にいるのは魔王の搾りかすとでも呼称すべき弱者であった、完全にして全盛期の力を持つこの時代の魔王であるパレスからしてみれば、確かに哀れな存在なのだろう。
勇者とその仲間に負けて、癒えぬ傷を残され意思と力を奪われた存在、パレスからしてみればまさに哀れの一言であった。
「まぁ、それでもまだ利用価値はあるけれどね」
そんな悪魔をこんな人気の無い廃坑道で飼う理由は一つ、彼女にとって利益になるからだ。
どれだけ腐って傷ついても魔王は魔王、たとえまともに戦うことができなくなったとしても、そこだけは変わらない。
「つまらない抵抗を繰り返さないで、さっさと堕ちなさい」
すり鉢状になった広大な空間の中心にいる肉樹木の悪魔は大量の黄金に沈んでいる、ドロドロに溶解した黄金の海にその体を沈めているのだ。
まるで黄金の風呂に浸かっているかの様子である、或いは黄金の海に捕食されていると言うべきだろうか。
なんであれまともな状態ではない、ただ抵抗らしい抵抗も見当たらない。
樹木の悪魔はただそこにあるだけの装置と化してしまっているのだ、黄金の海に浸かっていようとも気にするようなこともない、本当にただそこにあるだけであった。
パレスの権能である魔性の黄金は肉樹木の悪魔を浸食するかのように蠢いているのだが、今ここに至っても完全に飲み込んではいない、綱引きのように互いの存在を引っ張り合っているらしい。
「腐っても魔王は魔王ね」
もう何度も繰り返している浸食ではあるが、未だにパレスは肉樹木の悪魔を完全に掌握はできていない。
どれだけボロボロになって落ちぶれようとも、パレスと肉樹木の悪魔は同格の存在であることは変わらない、綱引きをすれば一方的とはいかないのだろう。
それに肉樹木の悪魔も搾りかす程度ではあるが権能を未だに有している、意思は無くても本能的なものは残っているのか、自らの力を絞り出していた。
伸びる枝葉の先には悍ましい果実が実り、それが主の危機を察してかブルブルと震え、中から低位の悪魔を生み出して見せる。
今となってはそれが肉樹木の悪魔に残された権能である、大昔はその力を使って悪魔の軍勢を生み出し大地を埋め尽くすほどであったのだが、四匹五匹と生み出して次が続かない。
それが限界なのだろう、黄金の海を作り出すパレスに比べればあまりにも脆弱な力であった。
果実から生み出された悪魔も何かしらの命令があった訳でもなければ巨大な力を与えられた訳でもなく、半分はそのまま黄金の海に沈んで、もう半分はとっさに上に羽ばたくのだが、パレスの額にある三つ目の瞳に見つめられて黄金の彫像に変えられてしまい、やはり黄金の海に落ちていく。
「手間ばかりをかけさせる」
こんな綱引きを長い間続けているのだろう、拮抗しているようにも見えるのだが、実情はパレス側へと大きく傾いている。
そう遠くない内に、あの死にかけの魔王が自分の手に落ちる、そうパレスが確信するくらいには浸食が進んでいた。
「あぁ、待ち遠しい……麗しき黄金帝国はもうすぐよ」
肉樹木が偉大なる父より与えられた権能は増殖、或いは増幅と呼ぶべきだろうか、その力を取り込めれば己の権能である黄金を更に増やすことができるだろうと彼女は考える。
そうなればまさしく湯水の如く黄金を生み出せるだろう、海は大海へと姿を変えて黄金の領域を作ることも不可能ではない。
あの悪魔を見つけて秘密裏に匿い、帝国と戦いに利用できないかと考えていたロドリゲスには少しばかり感謝すべきだろう、おかげで彼女は黄金の帝国を夢見ることができるのだから。
お礼に、永遠に冷めることのない輝かしい黄金の海に沈めてあげよう。
「ふふふ、アイツは黄金が大好きだものねぇ」