※この作品はR-18です。

商人と冒険者と娼婦   作:にやまな

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第二十三話 帝都 5

 

 

 

 

 

 

 

 

 まず最初に椅子から立ち上がって頭を下げる、ただし卑屈な印象は与えないように優雅にだ、最低限の礼儀作法を知らないでは話にならないがどんなことでも行き過ぎれば美しくはない。

 

 

 

 なのでエミリーはキャラバンで習った通りに礼儀正しい姿勢を見せる、何も難しいことではなく教わった通りにしただけであるが、貴族の子女でもないのだから十分に合格点である。

 

 

 

 見る者によっては相応の教育を受けた知識人と認識されるだろう、そしてそれは間違いではなくランポッサも同様の認識を持っていた。

 

 

 

 一定以上の時間を教育に割いてきた人物なのだろう、それがエミリーを見たランポッサの評価であった。

 

 

 

「よく来てくれた、旅の魔術師殿、ここは謁見の間でもなければ公式の場でもない、楽にすると良い。なに、妹とその友人のお茶会に少し顔を出したに過ぎないのでな、固くなる必要はないだろう」

 

 

 

「ご配慮感謝いたします」

 

 

 

「そちらは聖都での祝祭以来となるな……何故ここにいるのか聞いても?」

 

 

 

「お久しぶりだ、ランポッサ殿……私がここにいることに特に深い理由は無い、今は彼女たちのキャラバンに世話になっている、それだけなのだ」

 

 

 

「そうか、それは知らなかった」

 

 

 

 キャラバンに所属して働いていると聞かされてもランポッサは驚いた様子を見せない、ミューの個人的な部分に踏み込むつもりも無かったのだろう。

 

 

 

 改めて机の上にはお茶が並べられる、妹とその友人の細やかなお茶会に顔を出したという体を整えているのだ。

 

 

 

 ランポッサは秘書官のエリンが用意したお茶で僅かに喉を潤してから、こう話を切り出す。

 

 

 

「さて、エヴァの話によると君は特殊な魔術を使って悪魔の存在を暴いたらしい、我が国に忍び寄る悪魔に対抗する為に、是非とも話を聞きたく思う」

 

 

 

「はい、皇帝陛下、ただ一つだけ誤解があります……私が行使した魔術は決して特別なものではありません、魔術師ならばある程度は同様の現象を再現できる筈です」

 

 

 

「ふむ、魔術は学問だったかな、魔術院の学長がそんなことを言っていたが、一部の者にしか使えないという点では我々からしてみれば特殊なのだが」

 

 

 

「何も特殊なことではありません、その方が仰られた魔術は学問という言葉はまさにその通りかと、我々は既存の物理法則の中に生きることに変わりはないのですから」

 

 

 

「火を付けるという結果に結びつくのならば、過程にこだわることに意味が無いとも言っていたかな……まぁ、こんな話をしてもあまり意味はない、聞くべきことを尋ねるとしよう」

 

 

 

 ランポッサとしては色々と聞きたいことがあるからエミリーを呼んだのだ、ただお茶を飲むだけに場を作ったのではない。

 

 

 

「まずは、君から見てかの黄金の悪魔をどう見る?」

 

 

 

「……金貨に擬態している悪魔ならばそこまで脅威とは思えません、事実簡単に消滅させることができましたから。私に限らず神官などでも対処が可能でしょう……ただ問題なのはどうしてわざわざ金貨に化けているのかということですが、私には断言できる情報がございません」

 

 

 

「まぁそうだろうな、相手の目的や考えも不明なのだから、そうとしか言えないだろう……エヴァから聞いたのだが、君たちはこれまでにも悪魔と戦った経験があるらしいが、その悪魔はどれほどの脅威であっただろうか?」

 

 

 

 そこでエミリーとミューはそれぞれが敵対した魔王の存在とその力を説明していく、あまり饒舌かつ誇張が無いように淡々と魔王の猛威を語っていくのだが、その度にランポッサは眉間の皺を深めるのだった。

 

 

 

 当然である、嵐の王も呪いの王も方向性は違ってもその危険度は極めて高い、普通ならば少し持って自分の武勇伝を離しているのではと疑う所ではあるが、ランポッサ自信もガレス王国で死の王を目にした経験があるので否定することができない。

 

 

 

 大地を埋め尽くすほどのアンデットを引き連れていた死の王も凄まじい存在感を放っていたが、嵐の王と呪いの王もそれと似たような力の格を持っていると彼は思う。

 

 

 

 方向性や操る力の性質は異なるが、それでも突出した危険度という意味では大差はない。

 

 

 

「なるほど、君たちが戦った魔王に関してはわかった、その脅威もな……となるとだ、我が国を蝕む黄金の悪魔も同格程度の脅威があると最低でも認識しておかなければならないな」

 

 

 

「兄上、それは相手の規模が正体不明だからかい?」

 

 

 

 これまで黙ってお茶を飲みながら話を聞いていたエヴァの声に、ランポッサは頷く。

 

 

 

「相手を過小評価して足元を掬われるくらいならば、格上と判断して挑んだ方が幾らかマシだろう、過剰なほどの戦力を集めた方が良いかもしれん」

 

 

 

「ふむん、国内の騎士を集めてみるか?」

 

 

 

「あぁ、それに加えて傘下の国々にも援軍を要請するとしよう、それでも足りんかもしれんが、とにかく戦力がいる」

 

 

 

「ではエミリーには灯の魔術を帝国の魔術院に齎して貰うのはどうだろうか? あれは悪魔に極めて有用なようだよ」

 

 

 

「うむ、その辺は彼女の意思次第ではあるが」

 

 

 

 エヴァとランポッサの視線がエミリーに向けられる、皇族二人に見つめられてエミリーが口へと運んでいたカップがビクッと跳ねた。

 

 

 

「そこに関してはご安心ください。元々、帝国魔術院に論文を提出するつもりでしたから」

 

 

 

「私は魔術に関しては素人なので何とも言えないが、他の魔術師がその論文を読んで同様の魔術が行使できるようになるのかい?」

 

 

 

「はいエヴァさん、魔術は学問であり技術ですから、個人差や向き不向きはあるでしょうけど、訓練してしっかりと理を理解すればある程度は形にできます」

 

 

 

 勿論のことだが使えると使いこなせるでは大きな違いがある、エミリーはマリーのように高度な治療魔術は使えないが基礎的な治療魔術ならば使うことが出来るのと同じだ、他の魔術師も開発者であるエミリーほどに巧みにとはいかなくてもある程度は使えるようになるだろう。

 

 

 

 特に炎の派閥に属している魔術師ならば、場合によってはエミリー以上に適性を持つ者がいてもおかしくはない。

 

 

 

 魔術は技術なのだから、他の者が使用することに何の不思議も無いだろう。

 

 

 

「そうか、ではその灯の魔術を提供して頂こう……報酬は、ふむ、どれくらいが良い?」

 

 

 

「え、あ、はい……報酬、ですか……ええっと、そのぉ」

 

 

 

「遠慮する必要はない、君の魔術は非常に有用であるとエヴァから報告を受けている、知識や技術は社会の発展に必要不可欠なものであり価値があって当然のものだ……その開発者が報酬を受け取るのは当然の権利だろう」

 

 

 

 ランポッサの言い分はとても正当で極めて基本的なことである、反論の余地がないほどに完璧だ。

 

 

 

 ただエミリー側からしてみれば一国の皇帝に報酬を求めるという立場である、それなりに親しい臣下であるならば遠慮も不要なのかもしれないが、今日初めてあったばかりの他人が報酬を求めるのは少しだけ憚られるのだろう。

 

 

 

 これがランポッサ側から細かな数字を提示してそれを受け取れと言うのならばまだエミリーも気が楽なのだが、どれくらい欲しいと問われると言葉も詰まってしまう。

 

 

 

「兄上、彼女の立場では報酬を求めるのは難しいんじゃないかな」

 

 

 

「ふむ、そういうものか……エリン、私の個人口座に幾ら入っている?」

 

 

 

「ざっと離宮が幾つか建てられるくらいには」

 

 

 

 傍らに控えていた秘書官のエリンがそう答えると、ランポッサは納得したとばかりに頷く。

 

 

 

「うむ、どうせ使う当てもない資金だ、君に与えよう」

 

 

 

 ぐふッ、とエミリーが腹部を殴られたかのように前のめりとなって噴き出した、衝撃が大きかったらしい。

 

 

 

「遠慮する必要はない、死蔵してあったものなのでな」

 

 

 

 これが大国を背負う人間の金銭感覚なのかとエミリーが戦慄する中で、エヴァは少しだけ呆れたように自分の兄を見ていた。

 

 

 

「あぁ、可哀想な兄上、貴方は店で買い物をしたことが無いからそんなことが言えるのだよ」

 

 

 

「いや、それくらいの経験はある、学院時代はよくフィーリンと共に買い食いをしていたのでな」

 

 

 

「ならばもう少しまともな金銭感覚を身に着けてもらいたいものだが……はぁ、離宮を建てられるような報酬を受け取れと言われれば、きっと多くの者が顔を引きつらせるのだよ、今のエミリーのようにね」

 

 

 

「ふむ、そういうものか……ではエリン、私よりも君の方が一般的な感覚に近しいだろう、適切に報酬を渡しておいてくれ」

 

 

 

「わかりました、準備いたします」

 

 

 

 その言葉にエミリーが安心したように小さく溜息を吐く、どうやら危機を脱したらしい。

 

 

 

 彼女だって大金は欲しいのだがそれだって身の丈に合った額であることが好ましいだろう、いきなり山のような金貨を渡されても顔を引きつらせるだけであった。

 

 

 

 そんなに要らないと言えないのがエミリーの立場なのだ、身分というものをランポッサが思っている以上に彼女の方が重要視しているが故だろう。

 

 

 

 外面は上手く取り繕っているが内心では緊張で吐きそうになっているのだ、そんな状態で離宮を建造できるほどの大金を貰えばいよいよ彼女は皇帝を前に粗相をしてしまう。

 

 

 

「しかし悪魔か、なんとも頭の痛くなる問題だ」

 

 

 

「……帝国はどのように対処なされるつもりなのだ?」

 

 

 

 これまでエミリーの傍らで黙って話を聞いていたミューがそんなことを尋ねた、魔王と戦った経験があるからこそ気になったのだろう。

 

 

 

 帝国という国がどのように悪魔と対するのか、それによってどれだけの被害が出るのか、個人的に気になっているらしい。

 

 

 

「別にどうとも、何かしら特別なことをするつもりはない……無い物ねだりをしても、戦力や資金が増える訳でもないのでな、今ある手札を可能な限り集めて対処するだけだ。極論を言えば国家などそれで良いのだからな」

 

 

 

「切り札や作戦は無いと?」

 

 

 

「相手の思惑も目的も戦力も不明なのだから作戦など立てようがないだろう、それに神に願えば天剣が降って来る訳でもないのだ……仮にそんな都合の良い戦力があったとしてそれが不発であったらどうする? たった一つの冴えた方法があることは良い、だがそれが用意できたとしても、私は必ず他にも手段を用意する……この場合、国家を導く私が行う手段とは、つまり国家の繁栄をこれまでと同様に行うことだ、戦士が積み上げた研鑽をもって悪魔に挑むというのならば、私は、私たちは積み上げた国力で殴り飛ばす」

 

 

 

 強力な武器など願った所で手に入らない、英雄など簡単には生まれない、ならば彼がなすべきことは豊かで強固な国家を可能な限り高めて構築することくらいだ、かつての皇帝たちがそうしてきたように。

 

 

 

 彼は皇帝の立場になってからずっとそうして来たのだろう、そしてどんな危機であったとしても乗り越えて来た、内乱だろうと侵略だろうと魔王であったとしてもやるべきことは変わらない。

 

 

 

 指導者の仕事などそれで良い、国家の在り方などそれで良い、ただ徹底的に積み上げた国力で危機に備える、少なくともランポッサには魔王と戦う上でそれ以上の方策は思い浮かばない。

 

 

 

 巨大な国力を軸に多方面に対応できるように警戒する、王道であり百点満点の対応策と言えるだろう。

 

 

 

 ただ、問題なのは、それで魔王と呼ばれる存在を打破できるのかという点であった。

 

 

 

「いかなる敵であろうとも帝国のやるべきことは変わらない、あらゆる分野の研鑽を持って戦うしかない、国家などそれで良いのだからな」

 

 

 

「それで勝てなかったらどうするつもりなのだ?」

 

 

 

 かなり踏み込んだ質問と言えるだろう、末席と言えど王族の血を引くミューだからこそ許される発言かもしれない、相手を不快にさせてしまったのではとエミリーが顔を青くさせている。

 

 

 

「それならそれで構わん、国家が滅んでも帝国が滅びる訳ではないからな」

 

 

 

「……どういう意味だ?」

 

 

 

「そのままの意味だ……国家が倒れ、歴史が途絶えたとしても、次へ進む者は必ず現れる。我が帝国の民がどれだけの苦渋や苦難を味わおうとも、その文化や生き方を受け継ぐ誰かがいるのならば……それで構わない」

 

 

 

「……」

 

 

 

「重要なのは国家の存続ではない……いや、それも重要ではあるのだが、最も尊ぶべきなのは継承だ」

 

 

 

 そこでランポッサはカップに残っていたお茶を飲み干してから、僅かに視線を上空へと向けた。

 

 

 

 何を見ているのかはわからない、雲かもしれないし花畑の中を飛び交う蝶なのかもしれない、もしくはここではない遠い未来という可能性もある。

 

 

 

「意思、願い、祈り、文化、歴史、知識、法、秩序、営み、教育……そして人……積み上げてきたそれらが正しく継承されることこそが重要なのだ、国家はそれらを育む為の器でしかなく、名前に大した価値はない」

 

 

 

「だから負けても構わないと?」

 

 

 

「いかにも、国家の敗北は帝国の敗北ではないのだから……負けたら負けたで、それで良い」

 

 

 

 その言葉にミューとエミリーは難しそうに考え込む、理解できたような理解できなかったといった顔である。

 

 

 

「正しい継承か……それがきっと、星の未来へと繋がるのだろうな」

 

 

 

 最後の呟きは小さすぎた為に誰にも届かなかった。

 

 

 

「さて、私は次の仕事があるのでこの辺りで下がるとしよう。君たちはゆっくり過ごすと言い、この中庭には他国から取り寄せた珍しい花などもあるらしいのでな、それなりに楽しめるやもしれん……実りのある面談であった、感謝する」

 

 

 

 空になったカップを机の上に置いて彼は立ち上がる、思っていた以上に利益のある話ができたと考えているのだろう、特に悪魔に有効な魔術が帝国に齎されたのは大きいとランポッサは考えていた。

 

 

 

 数多くある手段の一つが増えたのだ、それは勝てる可能性が増えたということである。

 

 

 

 秘書官と共にその場から離れていくランポッサは、既に次の仕事や帝国の未来を思い浮かべていた。

 

 

 

 どうすべきか、どうあるべきか、そこが重要だ。

 

 

 

 歴代皇帝たちがそうであったように、彼は今日も星の未来を思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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