※この作品はR-18です。

商人と冒険者と娼婦   作:にやまな

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第二十五話 帝国西部 7

 

 

 

 

 

 

 

 エミリーと皇帝ランポッサが会って話していた頃、帝国西部にいるキャロルとシャルルはそちらほど穏やかではいられない状況にあった。

 

 

 

 帝国の騎士たちが拠点としているのは西部でも最も栄えた都市であり、かつての王都の片隅にある迎賓館である。

 

 

 

 かつてここが王都であった頃は外国からの客人を受け入れる場所であったのだが、今となってはその役目も終えて宿にリフォームされて久しい。

 

 

 

 この地方の領主との交渉が事実上失敗してしまったので騎士団は拠点も無く彷徨うことになるかと思われたが、ルールーとロビンフッドが資金を出し合って暫くの間は貸し切りとしたらしい。

 

 

 

 この迎賓館を中心に騎士たちとシャルルたちは行動していたのだが、調査は思うように進まなかったようだ、というのも西部方面からやって来たと思われていた悪魔の影がぱったりと消え去ってしまったのだ。

 

 

 

 まるで騎士たちから隠すかのようである、そしてルールーはそんな状況に不機嫌になった。

 

 

 

 加えて、雰囲気も悪い、迎賓館の窓から大通りの街並みを眺めれば、こちらを鋭く観察する兵士らしき男たちがこちらを伺っているからだ。

 

 

 

 ルールー曰く、領主の手先らしい、つまりこの地方の領主と中央から来た騎士団は互いに牽制しあうような関係であり状況ということである。

 

 

 

 同じ帝国人で、帝国領域であるというのに、何故か敵対しているのだからシャルルやキャロルには納得できない部分もあった。

 

 

 

「まぁ、連中は過去の歴史に縋りついておるのじゃよ」

 

 

 

 それがルールーの言葉である、迎賓館の窓から大通りを見下ろして、隠れながらこちらを観察して来る領主の手下を睨みつけながらそんなことを言っている。

 

 

 

「同じ帝国人じゃんか」

 

 

 

「ん……意味がわからない」

 

 

 

「カカッ、そうじゃの、何も言い返せんな」

 

 

 

 帝国で育った訳でもなく詳しい事情や歴史を知らない二人からしてみれば、まさに意味がわからないと言うしかない。

 

 

 

 彼女たちからしてみればとても不毛な争いに見えるのだろう、その認識からそこまで離れていないのだからルールーとしては笑うしかなかった。

 

 

 

「まぁ色んな事情があるんだろうけどさ……ワタシらが気になるのはこれからどうするかって所なんだけど」

 

 

 

「ん……暇」

 

 

 

「まぁまぁ落ち着け、どうせその内に尻尾を出すだろうて」

 

 

 

 そう言ってルールーは酒瓶の蓋を素手でこじ開けてラッパ飲みを始めた。

 

 

 

「この辺を治めてる領主が悪魔のことを何か知ってんだよな? 捕まえればいいじゃん」

 

 

 

「おおそうだな、手前もそう思う、ぶん殴ればそれで終いだ」

 

 

 

 ロビンフッドが聞いたら盛大に眉を顰めそうな会話である、キャロルもやるならば止めはしないという様子なのでこの場には短絡的な思考の持ち主しかいないらしい。

 

 

 

「証拠が無いだの大義に欠けるだのとあの大男はうるさいがの、言いたいことはわからんでもないが、こうして後手に回っているのだから馬鹿らしいわい」

 

 

 

「……相手の出方を伺う?」

 

 

 

「おうとも、あちらから動いてくれればやりやすいからな、まぁそれまでは暇しておればよい」

 

 

 

 ルールーは酒を飲みながら大きなソファーに腰かけると、同じようにそこに座っていたキャロルの肩に手を回して侍らせ始めた。

 

 

 

 彼女も暇なのだろう、侍らしたキャロルの髪を撫でたり頬にキスをしたりと、ちょっかいをかけ始めている。

 

 

 

 面倒事や各方面との折衝は全てロビンフッドに丸投げしており、ロビンフッドからも細やかな気配りなど欠片も期待されていない、彼女がやるべきことは必要な時に武器を振り回すことだけなので、暇な時はいつもこんな状態であった。

 

 

 

 このまま放置していると気分が盛り上がって肌を重ねることになるのだが、いざキャロルの鎖骨に歯を立てようとしたルールーの耳と鼻がピクリと動く。

 

 

 

「ん……どうしたの?」

 

 

 

「なぁに……ちょいと魔の匂いがしたのでな。ようやく尻尾を出したか」

 

 

 

 獣人である彼女の五感は人間よりもずっと鋭い、それこそ人には見えない何かを見て、聞けない何かを聞けるくらいには突出しているのだろう、誰よりも早く異変に気が付く。

 

 

 

 そして次にキャロルがそれに気が付く、神獣の加護に加えて妖精女王を取り込んだ彼女の五感もまた鋭く、ルールーと同様にクンクンと鼻を鳴らすと鼻孔に飛び込んで来た不快な匂いに眉間に皺を寄せた。

 

 

 

「なんか感じ取ったのか? ワタシにはさっぱりだけど」

 

 

 

 ただ一人、普通の人間程度の鼻や耳しか持たないシャルルだけがキョトンとした顔をしている、どちらかと言えば彼女の反応の方が正常で人間らしいものだろう。

 

 

 

「悪魔の匂いが強く感じ取れるようになった……連中、いよいよ堪えきれなくなったのだろうな」

 

 

 

 待ってましたとばかりに巨大な鉄塊を肩で担ぐ様子はとても晴れ晴れとしており、これから戦いに赴くとは思えないほどに上機嫌であった。

 

 

 

 それだけ鬱憤が溜まっていたということだろう、殴って良い相手がわざわざ向こうからやって来たのだからとても上機嫌となっており、獰猛な獣の如く鋭い犬歯を唇から覗かせている。

 

 

 

「団長、いらっしゃいますか? あちらに動きがあったようです」

 

 

 

 三人が寛いでいた部屋の扉が開かれて近衛騎士の一人が入室してきた、少し焦りが伺えるのは脅威が迫っていることを肌で感じ取っているからだろう。

 

 

 

「おう、状況は?」

 

 

 

「迎賓館を囲まれております」

 

 

 

「数は?」

 

 

 

「ざっと数百でしょうか」

 

 

 

「随分とまぁ熱烈な歓迎ではないか……だが妙ではあるの、そいつらは領主の手勢であろう? やたらと数が多い」

 

 

 

「そうなのか? 領主様なんだし兵隊を持っていても不思議じゃないだろう」

 

 

 

「そうでもないぞシャルル、他所の国ならばともかく帝国では軍隊が統一されているのでな、私兵を持つことは違法なのだ……仮に秘密裏に集めたとするのならば反逆の意思ありと受け止められる」

 

 

 

 加えて、どれだけ秘密裏に戦力を整えようとしても、人を集めれば集めるほど露見する危険が大きくなってしまうだろう、中央に知られればその時点で粛清の大義名分を与えてしまう。

 

 

 

 だから賢い領主はそのようなことはしない、帝国の領主とはつまりその地方を統括する文官であり統治者ではないのだ。

 

 

 

 中央政府から派遣された官僚という立場と言うのが正確だろうか、全てがそうである訳ではないが軍権を持たないことが殆どであった。

 

 

 

 軍の最高司令官は皇帝であり地方領主や貴族は兵力を持てる権利が無い、かつて帝国内部で起こった内乱以降は中央集権が進められてそうなったらしい。

 

 

 

 そんな状況下で地方領主がそれなりの数の兵力を有する、しかも直前になるまで気が付けなかった、どこにでも耳や目があるというのにだ。

 

 

 

 人が多ければ多いほどに秘密とは漏れるものなのだから、数百もの戦力を集めて露見しないことの方が違和感が大きいだろう。

 

 

 

 誰も彼もが、帝国に牙を向けたい訳ではないのだから、誰かが情報を漏らすに決まっている。

 

 

 

 だが現に迎賓館は数百もの数の私兵に囲まれており、その状況になるまで情報が掴めなかった。

 

 

 

 この集団は外に情報を漏洩させないほどに強い絆で結ばれているのか、それとも別の理由があるのか、前者ならば結束の強さを表しており面倒ではあるが後者ならばそれはそれで面倒である。

 

 

 

 そこまで考えた段階で、まぁどうでも良いかとルールーは雑に考えを投げ捨ててしまう。

 

 

 

 殴り飛ばせばそれで全て解決だと、大雑把に結論を出したらしい、それは彼女の欠点であり美点でもあった。

 

 

 

「まぁ何でもよかろう、これで領主を殴れる理由が出来た、もし関係が無かったとしても巻き込んでぶっ飛ばすぞ。別に構わんだろう?」

 

 

 

「はい、ロビンフッド卿からもやむなしと言質を貰っております、盛大に暴れましょうぞ」

 

 

 

 ルールーが団長をしているからなのか、部下の近衛騎士たちは少しばかり気性が荒い、戦場に笑顔で突っ込んでいく者が多い、この部下の男も例に漏れずとても好戦的な顔をしていた。

 

 

 

「ならば良し、では行くとするか……シャルル、キャロル、手伝って貰うぞ」

 

 

 

「よし来た、暇でしょうがなかったんだ」

 

 

 

「ん……ようやく」

 

 

 

 ルールーに続いてシャルルとキャロルも戦いに備え始めた、この二人もなかなかに好戦的である、よほど暇であったらしい。

 

 

 

 寛いでいた迎賓館の客間を出て廊下へ、そして階段をおりて玄関口まで足を延ばすと、外から騒がしい喧噪が届く。

 

 

 

 既にこの迎賓館に駐屯していた騎士たちも集まっており、ロビンフッドを先頭に警戒態勢へ移行していた。

 

 

 

「ひ、ひぇ……なんかあの人たち、目がヤバくありません?」

 

 

 

 全身を隙間なく鎧と鎖帷子で武装した上で、両手にそれぞれ大盾を持つのはロビンフッドだ、生来の大きな体に加えてそれだけの重武装なので要塞のような印象を与えるのだが、口から出て来るのは弱気な言葉である。

 

 

 

「大将がそれでどうする、シャキッとせんかシャキッとッ!!」

 

 

 

「いや、でも、ルールーさんッ……ヤバいですってあの人たち、なんか目が濁ってますよ、絶対に危険な薬に手を出してますって」

 

 

 

「ふん、確かにの……あれだけの数を集めておきながら露見せんかったのは、その辺が理由だろうな」

 

 

 

 ルールーの獰猛な瞳が迎賓館の入口から外へと向けられると、そこには建物の周囲を囲む幾人もの男たちが確認できる、誰も彼もが濁った瞳をしており一目で正常でないと理解することができた。

 

 

 

 妖しい薬に身も心も浸食されてしまった人が似たような顔をする、何かに酷く依存した状態であるのだろう。

 

 

 

「連中から何か要求は?」

 

 

 

「今のところはありません……そもそも話が通じるんでしょうか、あの人たち」

 

 

 

「よし、ではぶん殴るか」

 

 

 

「短絡的すぎません? も、もう少し様子を見ましょう」

 

 

 

「馬鹿なことを言うでない、既に後手に回っておるのだからここから先はこちらが主導権を握らなくてどうするのだ、あの領主を捕らえる理由作りもこれで問題なかろうて、さぁ攻めるぞ」

 

 

 

「あッ、ちょ、待って……突っ込んじゃったよ」

 

 

 

 陣形もタイミングも無視して突っ込んだルールーに近衛騎士が続き、自分たちはどうするんだと言わんばかりの視線を向けられて彼は言葉を失う。

 

 

 

「皆聞けッ!! 我らが団長は近衛騎士ばかりに手柄を取られるのは我慢ならんと仰せだ、誉高き守護騎士団の武勇を奴らに見せつけるのだ!!」

 

 

 

 いっそこのままルールーに丸投げでも良いのではと考えてしまうのだが、そんなロビンフッドの心情を知ってか知らずか、副官からの檄が飛ぶ。

 

 

 

 そんなことは一言も発していないというのに、それがロビンフッドの命令であると受け取った守護騎士たちは近衛騎士に追いつけと一斉に駆けだすのだった。

 

 

 

 いつもこうである、気がつけば戦場に赴かなければならない状況へと追い詰められてしまうらしい。

 

 

 

 そして彼はやる気を漲らせる部下たちを前にして消極的な言葉を伝えられないまま、大きな体を戦場へ進ませるしかないのだった。

 

 

 

 まぁ、地平を埋め尽くすほどのアンデットの群れと戦えと言われるよりはまだマシなのかもしれない、そんな考えで自分を慰めるしかないだろう。

 

 

 

「しかし彼らは妙だね……なんというか、正気じゃない感じだ」

 

 

 

 両手に持った二つの盾で迎賓館を囲む戦士たちを押しのけるように進んでいく姿は、どこか戦車を思わせる力強さがあった。

 

 

 

 それを証明するかのように彼が進んだ背後には幾人の戦士が倒れ伏してしまっている。

 

 

 

「恐怖や興奮も感じないな、もっと別の何かに集中しておるような様子じゃ」

 

 

 

 迎賓館を囲む戦力とぶつかり合って最初に抱いた感情がそれである、命の奪い合いだというのに相手からそれらしい感情が伝わってこないことに違和感を感じたのだろう。

 

 

 

 操り人形と戦っているような、そんな違和感があった。

 

 

 

「それに妙なのはもう一つ、こんな大通りのど真ん中で戦っておると言うのに、都市の住民がまるで反応せん」

 

 

 

 ルールーの鉄塊が小枝のように振り回されて多くの兵士を薙ぎ払う、吹き飛んで大通りを転がりそのまま向かいの酒場に突っ込んでいくのだが、それにさえ住民は反応しなかった。

 

 

 

 これだけの騒ぎになっているのだから野次馬の一人くらい現れて当然なのだが、都市の人々はこの争いが見えないかのように日常を過ごしている。

 

 

 

 目の前の戦士たちは見るからに異常ではあるが、あちら側の住人たちはごくごく普通に見える為に、見えてしまう為に余計に恐ろしい。

 

 

 

 ルールーが一人の戦士を吹き飛ばして大通りに転がすのだが、住民はその男を存在しないかのように跨いで当たり前の日常を過ごしていく。

 

 

 

「も、もしかしてこの都市全体がこんな状況とか?」

 

 

 

「それは知らん、何をしたのかあの領主に聞かねばなるまい、一番怪しいのでな」

 

 

 

「この中を突破して領主の所まで進めますかね、下手したら住民全員が敵に回ることもありそうですけど」

 

 

 

「そうさなぁ……この包囲を突破するだけならばそこまで面倒でもないが、馬鹿どもならばともかく無辜の民はちと面倒か」

 

 

 

「ルールーさんてそういう所だけしっかりしてますよね」

 

 

 

「当然じゃろがい、手前はこれでも近衛騎士であるからな……まぁ良い、お~い、シャルルッ!! ちょいと手を貸してくれんか!!」

 

 

 

 迎賓館を囲む戦士たちを次々に吹き飛ばしていく二人と、それに続く騎士たちだが、悪漢が相手ならばともかく帝国市民が相手であるのならばさすがに刃が鈍ってしまうらしい。

 

 

 

 数百近い相手に囲まれながらそれでも圧倒できるほどに練度と士気が高いので、殺すだけならば話が早いのだがそれができないのが騎士である、彼らは賊ではないので武力を不必要に振るうことはないのだろう。

 

 

 

 取るべき手段はそこまで多くはない、相手を昏倒させるか拘束するかだ、どちらも非常に手間がかかってしまう。

 

 

 

 洗脳されていると思われる市民全員にそんな対処をするなど現実的ではない、なのでここはシャルルの出番であった。

 

 

 

「よし、いっちょ派手にやるか」

 

 

 

 騎士たちの後方、キャロルと共に戦場の様子を見守っていたシャルルが呼ばれると、心得たとばかりに彼女は祝福の光を迸らせていく。

 

 

 

 そして右手を押し出すように突き出すと、そこから大きな光の膜が広がって波動となった。

 

 

 

 聖騎士が扱う基本的な技術であるのだが、これが魔性にはとにかく効果覿面である。

 

 

 

 敵側の異質な存在感は悪魔が関係すると推測したのでシャルルに助勢を願った判断は、次々と相手が倒れ伏していく光景を見れば間違ってはいなかったのだろう。

 

 

 

 人には無害な光の波動が駆け抜けた後、糸が切れたかのように次々と悪漢たちは倒れ伏していった。

 

 

 

「やはり魔性の類であったな、シャルルを連れて来て正解じゃったわい」

 

 

 

「聖騎士がいるだけでだいぶ違いますよねぇ、本当に楽だ」

 

 

 

 一撃で迎賓館を囲む戦士たちを無力化したことに周囲からは感心したような声が広がる。

 

 

 

「ん……やることが、ないッ」

 

 

 

 ただキャロルだけは弓に重ねた矢を弄びながら不満の声を漏らしていた、何もできなかったのでやる気が空回っているのだろう。

 

 

 

「カカッ、心配せんでもこれから幾らでも機会はあろうて、これから領主の城に殴り込むのでの。ロビンッ!! お主は先頭じゃ、突っ込んで道を整えよ、他は脇を固めて進め、シャルルに一人も近寄らせるなよ!!」

 

 

 

 迎賓館を囲んでいた戦力が軒並み倒れてしまったので邪魔する者はいない、おそらく同じように邪魔してくるであろう市民たちもロビンフッドと騎士たちを壁にしてシャルルの祝福の光で無力化すれば大きな問題もないだろう。

 

 

 

「ようやく出した尻尾だからな、丁寧に踏みつけてやるとしよう」

 

 

 

 目指す先はロドリゲスのいるであろう領主の城だ、例え百歩譲って無関係であったとしてもルールーはついでに殴り飛ばすつもりらしい。

 

 

 

 どんな形であれ戦いが好きなのだろう、それはとても愉快な笑顔であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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