商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
「前進前進ッ!! ほれほれ突っ込まんか!!」
ルールーの指示に従って騎士たちは領主の城を目指す、非常に大雑把な命令であったのだがそれ以上の方針も無いことから不満もなかった。
動く要塞と化したロビンフッドを先頭にして、脇を騎士が固めて大きな鏃を作ると、それに続くように残りが進んでいく陣形である。
空から俯瞰して見れば巨大な矢のようにも見えるだろう、一点突破するには最適の形なのかもしれない。
「あッ、ちょっと、まって、押さないでッ……やっぱり市民が邪魔してきますッ」
「シャルル!! あの大男を補佐してやってくれ!!」
「わかった、先頭付近で待機しとくよ。キャロル、後方は宜しくな」
「ん……頑張って」
予想していた通り明らかに正気を失った様子の市民が前進する騎士たちに立ち塞がるのだが、彼らを惑わす魔性の力は祝福の光に浄化されていった。
そんな市民たちを押しやって騎士たちが目指すのはこの地方都市の中央にある領主の城である、かつての王城であるそこは四方の門が昼間だというのに固く閉ざされており、騎士団を阻む意図が見て取れた。
「こんな真昼間に門を閉じておるな、こりゃあの男が関わっておることに間違いあるまい……カカカッ、どんな言い訳をするのか楽しみじゃわい」
「あの、一応は開けろって呼びかけましょうよ」
「あほ、無駄だ、通じる訳がないだろう……お前も今更あの男が無実潔白でしたと言うつもりはあるまい?」
「そりゃまぁ、そうですけど」
どこまでも理性的な、言い方を変えれば戦いに消極的なロビンフッド意見を一笑にしてからルールーは肩に担いでいた巨大な鉄塊を大きく振りかぶる。
目の前にいるのは動く敵ではなく大きな門だ、だからなのか隙だらけになっても構わないと考えて彼女は盛大に力を籠めた。
獣人特有の、その中でも際立って身体能力の高い彼女がただただ武器を振りかぶる、巨大な鉄塊を小枝のように振り回す膂力の全てを使って門に叩きこむのだ。
「どりゃあああああッ!!」
そして彼女は溜め込んだ力の全てを解き放つ、踏み込んだ瞬間に地面に広がる石畳に巨大な亀裂が入り、その力は地面から跳ね返るかのようにルールーの腕へと向かった。
鉄塊と門がぶつかり合った瞬間、周囲には形容しがたい轟音と衝撃が広がり、破城槌を用いてもそれなりの時間がかかるであろうと思われる城門には大穴が空くのだった。
破城槌など必要がなかった、ルールーが一人いればそれで解決である。
「相変わらず滅茶苦茶な人だ」
それが城門に穴を開けたロビンと騎士たちの評価である、ただ味方であるのでこれ以上に頼もしい者もいないだろう。
「カカッ、シャルルに比べればまだ手前は普通だろうて、のう?」
「いや、ワタシはこんなことできないぞ、ルールーの方がよっぽど半神じみてるって」
剛力と言うより怪力と言った状態である、さすがにシャルルにも同じことはできない、もしかしたらルールーは戦神よりも武神の加護が大きいのかもしれない。
「そうかのぉ、手前らの種族は皆がだいたいこんな感じだからなぁ、何も特別なことでもない。昔はよく帝国と争って問題を起こしたもんだ……今でも帝国の東の方では手前らの悪行が歌に残っとる」
「色々やらかして剣闘奴隷になったんだっけか? よくそれで近衛騎士になれたな」
「まぁ色々あった……戦うことしか能がない手前らの種族も今では領地を得て畑を耕しとると考えれば、随分と遠い所まで来たものだな」
そんなことを言いながらルールーは次々と立ち塞がる兵士や壁などを鉄塊で吹き飛ばしていく、その姿を見れば皇帝も敵に回して暴れまわられるよりは戦力として数えた方が良いと判断してもおかしくはないだろう。
獣人がしっかりと上の立場に就けるのだから、帝国の懐が深いと言うべきなのかもしれない。
実際に帝国以外での獣人の立場というのはそこまで良くはない、低いとさえ言ってもいいだろう、どちらかと言えば差別的な扱いを受けるのが普通なのだから。
例えば帝国以外では、この男の態度が通常なのかもしれない。
「け、汚らわしい獣の分際でッ、我が城を踏み荒らすのか!!」
この城の領主である肥え太った男、ロドリゲスが発した言葉が獣人に対する認識の基本である、帝国にもこういった認識を持っている者はそれなりに存在しているのだ、他国ならばなおのこと根強いだろう。
ルールーの金棒の薙ぎ払いによって領主の執務室にあった壁ごと扉が粉砕されて、埃の向こうからロドリゲスの驚愕した顔が出迎えた。
「どうやってここまでッ……兵士たちは何をしておったのだ!?」
「全員制圧したとも、残るはお前だけじゃいッ!!」
「えぇい役に立たんッ!! パレスッ!? 出て来いパレスッ!! こいつらを処理しろ!!」
聞きなれない名前をロドリゲスが呼んだことに踏み込んだ騎士たちは警戒を強めるが、何かが出て来る前にルールーが飛び出す。
凄まじい健脚をもって床を踏み砕いて一瞬の内に肉薄すると、そのまま拳を固めてロドリゲスの顎を打ち鳴らす。
不摂生極まる体の男にその一撃を止められる筈も無く、彼の弛んだ体は椅子から弾き飛ばされて壁へと激突するのだった。
「こ、殺してませんよね? 聞かなきゃいけないことが沢山あるんですけど」
「安心せいロビンよ、それくらいの加減はできる」
「できて無さそうだから心配してるんですけど」
粉砕された執務室の壁を跨いで大きな体のロビンフッドが入って来る、まず最初に心配するのがルールーの安否ではなくロドリゲスである辺り彼女への信頼があるのだろう、良い意味でも悪い意味でもだ。
「大丈夫だろうて……大丈夫だろう、うむ……多分な」
本人もあまり自信がないのか、恐る恐るといった感じでロドリゲスへと近づいていく。
ある程度の加減はしたのだが相手が貧弱過ぎた為に死なせてしまったのではないかと考えたのだろう、安否を確かめる為に倒れ伏す男に手を伸ばそうとして――。
「ッ!? 下がって!!?」
突如として、ロドリゲスの体が風船のように膨れ上がり只でさえ太った体が大きな肉塊と化してしまった。
拙いと思ったのだろう、ロビンフッドが慌てたように手を伸ばしてルールーの首根っこを掴むと、そのまま引っこ抜くように後方へ投げ飛ばして前には大きな盾を置く。
それと同時にロドリゲスの体が弾けた、ただし散らばるのは血液でも肉片でもなく黄金の礫であった。
大きな破裂によって生まれた衝撃によって、無数の黄金の礫は人を殺傷するに余りある勢いを持ち、まるで矢の雨のようにロビンフッドへと殺到していく。
「うわ、ちょ、アイタッ!?」
ただ簡単に人を殺せてしまいそうなそれらを受けて、ロビンフッドは痛いという言葉で済ませてしまう。
大きな体を隠せるほどの盾もそうだが、全身鎧に加えて通常よりも太い鎖帷子を身に纏った上に、これまた分厚い兜を被り、そんな状態で俊敏に走れるほどの強靭な肉体を持つ彼にとっては、自身に殺到した黄金の礫群はそこまで大きな脅威でもないらしい。
そして分厚く大きな盾はその背後にあった全ての者を脅威から守って見せる、要塞のような男という評価や印象に偽りはないと言えるだろう。
「何なんだこ奴は? 急に爆発しよったぞ?」
後方に投げ飛ばされたルールーが部屋の中に帰って来る、散らばった黄金の礫を見つめながら少し嫌そうな顔をしていた。
「情報を漏らしたくないから自殺した……いや、少し無理がありますね」
「少しどころかだいぶ無理があろうな……そもそもそんな覚悟があるような男ではあるまい。百歩譲ってそうだったとしても何で黄金を吐き出す」
部屋中に散らばった黄金の礫はロドリゲスの体内から弾け飛んで来た物である、まさか日常的に黄金を食べていた訳でもあるまいし、人の体内から飛び出て来るなど理解できる筈もなかった。
「なぁ、これって黄金の悪魔じゃないのか?」
ただシャルルはその黄金の正体に心当たりがあったらしい、帝都でエミリーが暴いた悪魔の存在だ。
惨劇のあとが残る室内でシャルルは地面に転がっていた礫の一つを摘みあげて、光にかざすように持ち上げている、どうやら違和感を覚えたらしい。
「そいつはあれか、エミリーの手紙に書かれていたという悪魔のことかの?」
その情報はルールーやロビンフッドとも共有されていた、この国の騎士団長という立場にいるので報告しておいた方が良いだろうと判断したのだろう。
「こんな訳の分からない黄金なんてそれくらいしか心当たりがないんだよな、試しに焼いてみていいかな?」
「構わんぞ、その方が話が早いのでな?」
雇い主であるルールーから許可を貰ったことで、シャルルは摘みあげた黄金の礫に迸らせた祝福の光を浴びせる、すると予想通りにその黄金の欠片は形容しがたい不快な悲鳴を上げて蒸発していった。
「うむ、どうやらこの黄金は悪魔のようじゃな」
「だな、間違いないよ」
「……マジですか、うわぁ、思っていたよりもずっと面倒な状況じゃないですか」
兜の奥で顔を青くするロビンフッドは、部屋中に散らばった黄金の礫から距離を置くようにジリジリと廊下へと後退していく、先ほどまでの勇敢な行動はどこかへ消えてしまっていた。
「とりあえず危ないから全部片付けるぞ」
どんな罠や力がこめられているかわからない黄金の礫たちだ、うっかり踏んづけたりこっそりポケットに忍ばせたりする前に全てを蒸発させた方が良いだろう。
シャルルを中心に広がった祝福の光はドーム状に緩やかに広がっていき、そのまま散らばった黄金の礫を一つ残らず蒸発させていく。
「さてと、手前らはこの城を調査するぞ、まだ抵抗する者がいるならば制圧をしておけ……ロビン、後は何かあるか?」
「そうですねぇ、隠し部屋だったり隠し通路だったり、悪だくみができそうな場所なんかがありそうなので探しましょう、それと書類なんかも接収するつもりなので一枚残らず集めてください」
目の前の危機がとりあえず見えなくなったので騎士たちが次の方針が伝えられていく、ただ敵を倒してそれで解決とはならない、ましてや状況から見て重要な何かを知っていたと思われるロドリゲスはあの状態である、口封じの可能性すらもあった。
「ん……妖しい場所ならここにある」
騎士たちが慌ただしく城の接収を始める中で、戦いで活躍の場が無かったキャロルがここぞとばかりに前に出てそんな言葉を発する。
普通の人には見えないものを観測する黄金の瞳は、ロドリゲスの執務室の一角をしっかりと見つめていた。
「ここ、本棚の裏」
特に目立つわけでもない執務室ならばあって当然の書類や本が収められた本棚を押すと、大きなそれは見た目よりもずっと軽く横へと滑っていく。
どうやら本棚の底には滑車があったらしい、床にある溝を滑るようになっていたようだ。
「ん……隠し部屋」
「おぉよくやったぞキャロル……しかし絵に描いたような隠し部屋だな、もう少し捻れんのか」
確かにルールーの言う通りこれ以上ない位にわかりやすい隠し部屋である、物語に出て来る悪役が好んで使いそうな、そう言われると誰もが同じような場所を想像するような隠し部屋である。
「どれどれ、何を隠し持っているのやら」
警戒しながら隠し部屋の偽装された扉を開き、地下へと続く階段を進んでいくと、それなりに広い部屋に辿り着く。
並べられた棚には数え切れないほどの革袋が押し込められており、試しに中を見てみると砂金や宝石などが溢れている。
「おぉ~、凄いな、金持ちの隠し金庫って感じだ」
「ん……これって全部財産?」
「だろうな、こつこつと脱税しておったんだろう」
だとしたら大した根気である、幾ら帝国の地方領主だとしてもこれだけの財産を集めるのは簡単ではないはずだ、それこそ数十年単位の貯蓄が必要であっただろう。
これら全てが脱税だとすれば、帝国へ回される筈の資金も随分と少なくなっていたと思われる。
ただシャルルたちが探しているのは脱税の証拠ではなく悪魔の手がかりである、なので山のような金貨や宝石に目もくれず、主に書類などを探していく。
それなりに広い地下室には無数の棚が並んでおり、その中にはおそらく表に出せない類の書類や契約書などが並んだ棚もある、それらをひっくり返すように一枚一枚内容を精査していくと、ロビンフッドがとある書類を発見する。
「んん……悪魔の、運用実験? 第十四報告書?」
彼が探し出した書類にはそんなことが書かれているようだ、悪魔と言う単語があるので動かぬ証拠であると言えるだろう。
そして内容も驚くべきものであった、わかりやすく例えるのならば悪魔を兵器にして運用するというものである。
「どうやら悪魔を上手いこと操作して手駒として扱うことを考えていたようですね……あまり上手くは進んでいないようですが」
「そいつがあの黄金の悪魔か?」
「いいえ、ルールーさん、この書類には増殖の悪魔って書かれています。大昔に存在した魔王の一つで、詳しい経緯はわかりませんが廃坑道の奥で見つかったそれを秘密裏に管理して色々な実験をしてたようで……う~ん、黄金の悪魔とはどこを見ても書かれてませんね」
ルールーも近くにあった書類の一つを抜き取って中身を改める、そちらには複雑な魔術の数式などが記されておりさっぱり意味がわからなかったが、増殖の悪魔を何とかして戦力にしようとした努力だけは窺えた。
どの書類を見ても黄金の悪魔とは書かれていない、ここにあるのはかつて猛威を振るって勇者によってボロボロに追い詰められた魔王だった存在のことばかりである。
「カカッ、帝国と戦う為に悪魔を使役するか、馬鹿でももう少し頭を使うだろうに、呆れて笑えてくるな」
「全然笑えませんって、少なくともこの書類や実験報告書がある以上は増殖の悪魔が存在するのは間違いないとして、そこに黄金の悪魔まで加わるのならば……最悪魔王が二体ですから」
「だがこの書類には増殖の悪魔はまともに扱えんと書かれておるぞ、天剣によってボロボロで魔王と呼べるほどの力はないとな、できることと言えば糞尿のように雑魚をひねり出すくらいのものだ」
「この辺から流れて来る悪魔がそれが原因ですかね……だとすると黄金の悪魔はどこから」
騎士団長二人が難しそうな顔をしながら書類を眺めている端で、シャルルとキャロルは隠し部屋にある黄金や宝石類に夢中のようだ。
「おぉ~……おっきな宝石、掌サイズ」
「ダイヤか? 売ったら幾らくらいするんだろうな」
「……きっと豪邸が建つ」
「金も銀も一杯あるし、やっぱり貴族って凄いよ」
「シャルル、キャロル、ちょっと位ならくすねて構わんぞ、お主らへの報酬だ」
羨まし気に隠し部屋の宝石や金銀財宝を眺めていた二人にそんなことをルールーが伝えると、ピタリと二人の体は固まってしまう。
そしてギギッと錆び付いたような動作で振り返り、冗談ではないことを確かめるように視線を向ける。
「あの迎賓館を貸切ったことでちょいと資金難でな、実を言うとお主らへの報酬に困っておった……ただ脱税の証拠なので押収せなばならん、だからポケットに入る位の量にしておけ」
「よっしゃ、それじゃ遠慮なく貰っとくよ」
「ん……太っ腹」
押収品から報酬を見繕うのは色々と問題があるのだが、山のようにあるので黙っていればバレないだろうと考えているのかもしれない、何よりシャルルとキャロルをこれから悪魔との戦いに本格的に巻き込もうというのだ、報酬は多すぎるくらい用意しておきたかった。
迎賓館を貸切って騎士団の拠点としたことで、ロビンフッドとルールーの財布は既に空っぽである、そして目の前には大量の金貨があるのだから使わない手はない。
きっと押収品をくすねたと報告すれば文官や皇帝は眉間に皺を寄せるが、必要経費だと押し切るつもりだろう。
「代わりにしっかり働いて貰うぞ、次は廃坑道に向かうのでな」
ここまでは前座である、本番は廃坑道の奥に眠るとされる悪魔であった。