商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
皇帝からの命令を受けて黄金の建築物を包囲する帝国軍はまず偵察を出すことになった、何をするにしてもまずは情報が必要となるので基本的な行動となるだろう。
新しい地域に行けばまず地図を手に入れて、もし手に入らないならばまず調査を行う、どんな地形なのかどれほどの戦力なのか、どういった手段を行使するのか、全ては知ることから始めなくてはならない。
正体不明の相手にただ突撃するだけではそれこそ無駄死にである、帝国騎士や兵士は教練の段階でその辺の教育を施されるので誰もが情報の重要性を理解していた。
なのでまずは偵察である、帝国騎士団の中には偵察兵科もあるので彼らがまず動くことになるだろう。
「……隊長、この守護像はなんで動いているんでしょうか?」
「それは俺にもわからん……上からは気にするなと言われてはいるが、まぁその通りだ」
「えぇ、納得されているんですか?」
「使える物はなんだろうと有効活用するさ、我々はそうしなければならんのだからな、不平不満を漏らすだけならばどんな馬鹿にもできるが我々は違う、こいつをしっかりと有効活用しなければなるまい」
偵察団を構築する兵士や騎士の前にはゴーレムである守護像が存在している、どういう経緯かわからないが偵察に向かう彼らの前に突如として現れて先頭を担っているらしい。
「それにこれは幸運かもしれんぞ、こいつは兎の守護像だからな、商人の間では幸運を運ぶとされている、縁起が良い」
彼らの前にいるのは兎の守護像である、長年に渡って撫でまわされた結果、一部がやけにつるりとしている兎の形をしたゴーレムだ。
どこか愛嬌がある姿は商人組合の玄関に飾られている兎で間違いないだろう、小さくて俊敏そうに見えるので偵察にはもってこいのゴーレムなのかもしれない。
偵察兵を率いる騎士は部下たちを一望しながら兎の守護像を持ち上げる、見た目は小さいが石造りのゴーレムなのでずっしりとした感触があった。
「ふむ、今日よりこの兎が我らの隊長とするか」
「そりゃ良いですね、幸運にあやかりましょう」
「雄ですか? それとも雌ですか?」
「守護像に性別はないだろう」
「いやいや、この可愛らしい姿は雌ですね、間違いない」
「うむうむ、美しい女性に率いて貰った方が我々もやる気がでるからな、そういうことにしよう」
「では兎の女神殿、下知をお願いいたします」
戦士たちのくだらない会話を理解したのかそれともしていないのか、兎の守護像は隊長の手から離れて地面に下りると、そのまま素早く黄金の宮殿へと進んで行く。
「さて、では我らも行くとするか」
小さなお尻を追うように、偵察兵たちも死地に向かって歩き出す。
恐れはない、と言えば嘘になるが、彼らは自分たちの仕事が帝国にとってどれだけ重要かを理解している。
「諸君、いつも通りだ、我々は敵地を調べて情報を本部へと送る。帝国の一番槍は他の誰でもなく我々がなさねばならない」
部下たち一人一人の顔を眺めていくと、僅かな緊張と少しばかりの余裕が見て取れた。
良い顔をしていると思う、幾つもの戦場を偵察兵として生きてきたが、今までで一番良い状態かもしれないほどだ、魔王に挑むのだからこれくらいが良いのかもしれない。
「我らの一歩は帝国の一歩だ、我らの前進は歴史を刻む、そして持ち帰った情報は多くの同胞を救うだろう……覚悟は良いな?」
威勢のいい返事が次々に帰って来る、おそらくこの場にいる大半が返ってこれないことを理解していながらも、それでも意地を張るのだ。
帝国の一歩はいつだって自分たちが刻んで来たという誉が、何よりも彼らを進ませる。
帝城を囲む城壁を境界に、一歩あちら側へ踏み込むとそこは魔の領域だ、空気に粘度があるのではと錯覚してしまう程の重苦しさを感じながら、偵察兵たちは足音も無く素早く進んで行く。
彼らは一般的な騎士のように鎧や鎖帷子を身に着けない、体が重くなる上に移動の度にガチャガチャと音がなるので偵察には不向きだからだろう。
身に纏っているのは目立たない厚手の服とマント、そして偵察する上で必要となる様々な道具が入った背嚢だけである。
鋭く、そして素早く、帝城と並び立つ黄金の宮殿に向かって進んで行く彼らの視線はいつだって兎の臀部に向けられていた。
小さくも頼もしい姿に勇気づけられながら重苦しい空間を進むこと数分、偵察兵たちの眼前に今度は黄金の城壁が立ち塞がった。
いよいよ本番である、心臓は既に痛いほどに高鳴っている。
「……ここからもいつも通りだ、何があろうと必ず帰還しろ。情報は命よりも重たい、死んでもだ」
「「了解、帝国の一歩をここに」」
小さいながらも確かな迫力と覚悟が込められた返事に、戦士たちを率いる男は満足そうに頷く。
「前に」
兎の守護像が前にいて、まだ健在なことを確認してから偵察兵たちは足音も無く進む、身を低くして時には虫のように這いずり、障害物に身を隠しながら黄金の城壁へと近づいていく。
妖しい黄金の輝きを抜きにしても脅威であることはよくわかる、高く分厚い城壁は実に堅牢であり城塞都市を思わせるものであった。
ただし門のようなわかりやすい出入り口は見当たらない、そもそも入れる気が無いのだろう。
さてどうしたものかと考えていると、兎の守護像が黄金の城壁を器用に上っていく、こうするのだと教えるかのように。
まさか偵察兵が発破工事をする訳にもいかないので、隊長は背嚢の中から鍵縄を取り出して上空へと投げつける。
訓練で何度も繰り返して本番でも何度も成功させた動作は、今回も上手くいって鋭い鍵縄は城壁の上部に引っかかって偵察兵たちの体重を支えることができた。
他の偵察兵たちも次々と鍵縄を引っ掛けて侵入の第一歩とすると、これまた慣れた動作で縄を伝い黄金の城壁を上っていく。
頂では兎の守護像の丸い尻尾が見えるので健在だ、つまり城壁の上には敵がいないということである、それは偵察兵にとってまさに幸運の証明だろう。
いつどこで接敵するかわからない敵地なのだ、守護像が先行してくれるのは心強い、鉱山の瘴気を確かめるカナリヤのようだ。
「敵兵、確認できません」
城壁の縁に指先を引っ掛けて懸垂によって視線を城壁の上にやると、そこに敵性戦力らしき者は存在しなかった。
「……少々不気味だが、今更か」
「乗り込みますか?」
「当然、それが我らの責務だ」
頷き合って彼らは城壁の上に移動する、そこを超えると広がるのは見上げるほど巨大な黄金の建築物だ。
「二名、ここに残れ……他は進むぞ」
「「了解」」
この場に残るのは最も足の速い者と、腕に覚えがあるものだ、残りの偵察兵は全員が城壁の向こう側である敵の懐へと降りることになる。
鍵縄を伝って昇って来た時と同じように地面に下りていく、やはりそこでも幸運の兎が待っており、偵察兵たちの安全を確保していた。
もし脅威と接触しても最初にこの守護像が破壊されるだろう、偵察兵が殺されるとしても二回目の攻撃になる、先頭を進むとはそういうことだ。
「鍵縄はそのままだ、進むぞ」
するりと足が進む、足跡は一切立たずに呼吸すら感じ取れないくらいに静かだ、もしかしたら体の熱すらも存在しないのではと錯覚してしまうほどに存在感がない。
目の前にいたとしてもどこか記憶に残らない、そんな男たちが静かな行進はついに黄金の宮殿にまで届いた。
どこもかしこも黄金に輝く下品な城は静寂に包まれている、それがどこか不気味であり偵察兵たちの警戒心を刺激する。
「この形状、もしや帝城を模倣しているのでは?」
「確かにな、偶然の一致にしては似通ってる部分が多い」
黄金の建築物に侵入しての感想がそれであった、同意する者も多いくらいには似ているのは間違いない。
スライムの特性故なのか擬態することに長けているらしい、目の前にある巨大な建築物は帝城なので模倣した可能性があった。
「だとしたら帝城の間取りや通路もそのままと考えるべきか? いや、それは楽観視が過ぎるか……」
城門を過ぎ去り内部へと踏み込む、不気味なほど静かで反応が少ない。
うじゃうじゃと敵が密集していれば踏み込むことも躊躇してしまうが、こうも静かだとそれはそれで躊躇が生まれてしまうものだ。
本来ならばそれでも死を覚悟して踏み込むのだが、今回は幸運の兎が共に行動しているので少しだけ気が楽でもある。
黄金の輝く内部であっても兎は進んで行く、偵察兵たちは周囲を警戒しながらも丸い尻尾を追っていった。
「……やはり帝城に似ているな、細部は少し異なるようだが」
侵入してから感じた違和感が確信へと変わる、細かな所は違うが通路や部屋などの位置が帝城によく似ていた。
これもまた得るべき情報の一つである、敵地に地理が構造は値千金の情報だろう。
後は敵勢力の有無、どんな脅威があるかを知ることが出来れば彼らの危険な仕事も晴れて終了となる。
どんな敵がいて、どんな手段を用いるのか、どれだけの戦力がいるのか、それを知る必要があった。
つまりそれは命を危険に晒すことだ、ある意味ここからが偵察兵としての本領発揮かもしれない。
「止まれ」
兎の次に進む体調が小さく静かにそう言うと、背後に続く部下たちも物音一つ立てることなく静止する。
何か異変を発見した訳ではない、言ってしまえば長年に渡って培った偵察兵としての勘がそうさせた。
「……」
言葉も無く周囲に視線を送り、感じ取った嫌な気配の正体を探ろうとすると、彼の瞳は蠢く黄金の輝きを捕らえる。
彼らより少しだけ進んだ位置にいた兎の守護像、その丁度上にある黄金の天井や壁がうねったのだ、やがてそれは盛り上がって黄金の人型を形成していく。
瞬く間に現れたのは黄金の騎士である、この宮殿と同じように全てが黄金で作られた美しい鎧騎士だった。
それが数体、壁や床や天井から突如として生えると黄金の騎士たちは、やはり黄金の剣で兎の守護像を粉砕してしまう。
「走れッ」
自分たちの安全をこれまで証明して来た兎の守護像は予想通り誰よりも早く攻撃された、もしあの守護像が無ければ死んでいたのは自分だったのだろうと考えれば感謝しかない。
小さく身近な命令を受け取って偵察兵たちは一斉に来た道を走って戻る、彼らの手元には一様にメモ帳が握られており器用にも走りながら収集した情報を記している。
鋭く素早く、走ることを徹底的に鍛えぬいた彼らはとても速い、見た目通り鈍重そのものな鎧騎士では追いつけない程に。
これならば振り切ることは容易い、そう思った隊長だが彼らの撤退先にある壁や床がまたもうねった。
「チッ!!」
舌打ちをしてしまったのも当然だ、どんな場所でも好きに兵を展開できるのならば足の速さはあまり関係がない、そして進行方向にいる以上は越えなければならない。
勝てるか? と偵察兵たちは一瞬の疑問を抱き、それらを払拭するように腰の剣を走りながら抜き放つ。
戦場で勇敢に戦う騎士たちとは異なり彼らの剣は細く薄い、そもそも偵察兵は護身は想定していても敵と本格的に切り合うことは想定していないし、あってはならないことだ、だからその刃は軽い物が採用されている。
正面から正々堂々の切り合いではなく背後からの暗殺には使えるだろうが、こうして立ち塞がる敵を切り伏せるには向いていない、向いていないが――。
「超えるぞ」
そんなことは関係がなかった、彼らの仕事は情報を得て帰還することだ、敵が強かったから、装備が軽かったからなんて言い訳など意味がない、立ち塞がるのならば超えるしかない。
だがやる気だけでそれを成せるのならば戦いは全戦全勝になってしまう、そんなことはありえないのだから当然ながら及ばず倒れることになった。
まず最初に、最も立ち塞がった黄金の騎士たちに近い位置にいた偵察兵が剣を抜いて切りかかる、それに続くようにまた一人切りかかり、両者はぐっと体を押して後続たちが抜けられる道を作り出す。
その小さな隙間に体を滑り込ませて四名が黄金の騎士たちをすり抜けた、だがその献身の代償は彼らの命で払うことになってしまう。
「隊長ッ、行ってください!!」
「……すまんッ!!」
まだ若い二人だ、それでも集団を生かす為に何も言わないまま道をこじ開けてくれただけでなく、騎士の刃をその体に突き立てられても少しでも足止めをしようと踏み留まっている。
この場にいる全員が弁えているのだ、情報は自分たちの命よりも重いことを、そして一人でも生きて帰ることができたならばそれは彼らにとって揺るぎない勝利である。
恐れはある、後悔だってきっとあるだろう、それでも疾走する足は震えることはない。
「帝国よッ、我らが故郷よッ、其方を滅ぼさせたりはせんッ!!」
また二人、突如として壁や床から生えて来た黄金の騎士たちによって偵察兵が切り裂かれ、その間に生じる僅かな隙間を残った者はすり抜ける。
最後の一人になるまでそれは続いて、いよいよ残されたのは隊を預かる男だけとなってしまう。
同時に、黄金に輝く巨大な建築物の外へと出ることが叶う、しかし次に阻むのは黄金の城壁であった。
「隊長ッ!?」
城壁の上にはその場に残されていた偵察兵の姿が見える、一人で戻ったことに加えてその背後に迫る黄金の騎士たちに驚いたような声を上げていた。
俊足と言っても過言ではない速度ではあるが、黄金の城壁を飛び越えられる訳でもない、鍵縄が垂れ下がっているが上ることはそれなりに時間がかかってしまうだろう。
だから隊長は持っていた薄く軽い剣に、内部で得た情報が書かれた紙を括り付けると、それを城壁の上へと投げつけるのだった。
せいぜい暗殺程度にしか使えない細く軽い刃ではあるが、投げつけるには悪くない重さだ、証明するかのように美しい放物線を描いて城壁の頂へと届くと、そこにいた部下に確かに届く。
「行け……後は任せたぞ」
背後に迫るガチャガチャとした鎧騎士の足音を感じながらも、彼は振り返ることもなく瞼を閉じる。
不思議と満たされた気分だ、自分の胸を突き刺す黄金の刃を感じて、彼は静かに旅立つのだった。
帝国は大丈夫だろうか、残した家族は安心して暮らせるだろうか、色々な思いが心に去来するが、彼の体は真っ二つに両断されたことで意識すらも刈り取られてしまう。
後に残るのは物言わぬ黄金の鎧騎士だけだ、外敵を排したことを誇るでもなく興奮するでもなく、無機質な足音を立てながら黄金の陣地へと帰っていった。