商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
「黄金の兵団に、帝城の模倣か……」
偵察兵が命を払って入手した情報に皇帝ランポッサは考え込む、最前線から少し離れた位置にある指令室とされている天幕には他にも多くの伝令兵や各方面軍の司令官たちが集っているのが確認できた。
「この黄金の騎士はどれほどの戦力であるかが重要となりましょう」
「確かに……偵察兵たちは内部に入った者は全滅、城壁に残った者は帰還したことを考えると、少なくとも彼らでは勝てない相手であったということだろう、ならば一般的な騎士でも難しい相手と考えるべきでは?」
「いや、彼らと一般的な騎士の戦力は異なる。身軽であることを求められる偵察兵と、鎧と鎖帷子と盾で固めた騎士が戦えばよほど上手くやらねば後者が勝つだろう」
「では偵察兵が死んだのは装備の差であったと?」
「断言はせん、だが一つの要因であったと私は思うが」
各方面軍の司令官たちの会議にランポッサは一定の理解を示す、内部でどのような行動があったか定かではないが、偵察兵とて無力ではないのだから相応に抗った筈だと。
それを証明するかのように一人は城壁付近まで脱出して、城壁の上にいた仲間に情報を渡しているのだ、本当に手に負えない程の力を黄金の騎士たちが持っているのならば、そもそも外にまで辿り着けなかっただろうと推測する。
戦うことが主軸ではない偵察兵を逃がしてしまう程度の戦力、つまり彼らよりは確実に強くはあるが決して抗えない程の力ではない、それは帝国の標準的な騎士と比べて大きな差は無いと考えることもできた。
問題なのは練武の差ではなく、戦力差を考えるべきなのかもしれない。
「推定ではあるが、この黄金の騎士に関しては対処可能であると認識することで落ち着かせよう、次は敵の戦力だ」
「偵察兵の情報では、突如として壁や床から生えるように姿を現したとありますが……城内を警邏している訳ではないようですな」
「その場その場で生み出して対応に当たらせている訳だ……だとすると数を推測するのは難しいか」
「いや……数はある程度ですが推測できるのでは?」
司令官の一人の言葉に全員の視線が集まった。
「私も間違いないと言い切ることはできませんが……ようはあれは巨大なスライムなのでしょう? ならば黄金の騎士たちは奴が生み出した触手に過ぎないと考えられる、つまりは体の一部でしかないのではと考える次第です」
「スライムか……確かにあの大きさに目がくらんで根本的なことを見逃していたかもしれん」
「はい、スライムは核を中心に粘度の高い液体に覆われている悪魔の一種というのが一般的な知識ですが、あの魔王も根本的な所は変わらないでしょう」
「スライムと言えば分裂したりして細かく分かれたりするが、つまりそういうことか?」
「そう考えます、この黄金の騎士たちは凄まじく巨大なスライムが分裂したことで生み出した存在だと推測すれば、自然と敵の総戦力も見えてきます」
あの黄金の建築物以上の数は生み出せない、自分の体積以上の数は生み出せないのではという考えだ。
確かにそれならば数の推測はある程度だが可能だろう、黄金の城を――自分の体を切り裂いて黄金の騎士を生みだしているのだから。
黄金の騎士を一体生み出すのはそれこそ人間からしてみれば爪先や髪の一本程度の損失しかない筈だ、黄金の建築物は帝城にも劣らない大きさなので、仮に全てを分裂させて全てを騎士に変えたとするのならば、その数は数百数千程度でも足りない筈だ。
「……かなり大規模、それこそ万は超える数は軽く用意できるだろうな、あの城の大きさを考えれば」
ランポッサは天幕の入口の先に聳える黄金の城を眺めながらそんな推測を呟く、帝城にも匹敵するほどの大きさなのだから、もしそれを切り崩して黄金の騎士を生み出せるとするのならば確かに軽く万軍を用意できるだろう。
いよいよ攻城戦じみてきたなと、その場にいた全員が考え始めると、天幕の入口に忙しく走り回る伝令兵が姿を現す。
「魔術師隊より報告ですッ!! 城壁に炎の魔術を使用した所、一時的に融解したもののすぐに穴は塞がったとのこと!!」
「一時的であっても破壊はできたのだな?」
「はい、数秒で塞がったようですが」
「ふむ、鉄壁の城壁ではないということか」
その報告を受けてランポッサは考え込む、視線は机の上にある簡易の陣形図を移ろっており、どう攻めたものかと逡巡しているようだ。
彼は優秀ではあるが軍略の天才ではない、勿論魔王を殴り飛ばせるような英雄でもない、ランポッサは自分の仕事や成すべきことは国を強く豊かにすることだと理解しており、百戦百勝の軍師である訳ではないと弁えていた。
戦神でもないのだ、完全完璧な決着など目指せる筈がない。
圧倒的な国力を持って相手をねじ伏せる、それが帝国の強みでありランポッサが持つ最も強力な手段でもあった。
極論だがそこを整え目指すことこそがランポッサの仕事と言えるだろう、戦場で采配を振るうことでもなければ剣を持って戦うことでもない。
ならば大まかな方針だけ考えて細かな軍略はそれを最も得意とする者に任せれば良い、それができるのもまた帝国の強みなのだ。
幾らでも代わりがいて、それは皇帝であっても変わらない、人口大国だからこそできる豊富な人材ことが帝国の在り方だ、わざわざ皇帝が兵を率いてうるさく指示する必要は全くない。
だから彼は承認する、下の者が身軽に行動できるようにだ。
「本格的な侵攻を行うのは三騎士が帰還してからだ、それまでは時間を稼ぐということを諸君らは念頭に置いてくれ、それ以外の細かな前線の指揮はそれぞれに任せるとしよう」
「了解しました」
方面軍の指揮官たちは心得ましたとばかりに頷く、彼らとしても基本的な方針だけ指示されてあとはそれぞれの裁量で動く方がやりやすいのだろう。
ランポッサも彼らを信頼している、その性格や付き合いの長さによるものではなく功績を評価してだ。
「各員、情報の共有は細かに行うように、以上だ」
司令部での会議はこうやって終わった、それぞれの方面軍を預かる指揮官たちはやる気を漲らせて椅子から立ち上がると各々の持ち場へ戻ろうとするのだが、そんな彼らの前に新しい伝令が訪れた。
「報告ッ!! 敵軍に動き有りとのこと!! 黄金の城壁の上に騎士らしき存在を確認!!」
天幕の入口にあるカーテンを勢いよく開くと、少し離れた位置にある黄金の城壁の上には確かに黄金の騎士らしき姿が確認できる。
望遠鏡を使ってそれを確認した指揮官たちは大急ぎで持ち場へと戻っていくのだった。
相手がどう動き、どんな戦いをするのか、見えない手で牽制を繰り返しているかのような状態だ、きっとそれはパレス側も同じなのだろう。
自分の周囲を囲む何十万もの大軍勢に、魔王と言えど恐怖を感じない訳がないのだから。
「……暫くは牽制が続くな」
大規模な戦争になればなるほど始め方が難しくなる、ましてや攻城戦なのでただ突っ込めと命令できる筈もない。
幸いにも包囲は完了している、帝城ではアスラが大量の命令書や手紙をばらまいて物資を掻き集めているだろう、なので補給の心配はしていない。
守護像も動き回っているので暴動もそう遠くない内に集束する筈だ、ランポッサは後顧の憂いなく眼前のパレスだけも睨むことができた。
「まぁ良い、膠着状態はこちらも望む所だ」
前線付近から戦士たちの荒ぶる声がこの指令室にまで届く、どうやら敵軍との接触があったらしい。
「物資状況はどうなっている?」
「セニー商会を筆頭に幾つかの商会が協力を申し出てくれました、食料、武器、共に潤沢です」
名前を上げられた商会はどれもアスラが経営する酒神会との深い取引がある商会であった、あちらとて無償の施しではなく皇族の覚えを得たいという思惑があってのことだろうが、それで良いとランポッサは思う。
「攻城戦だ、長丁場になることもあるだろう、前線への物資供給は怠るな」
「はい、アスラ様より帝都以外からも取引のある商会に声をかけるとのことです」
「さすがに顔が広いな、私の名前は好きに使って構わないと伝えてくれ、国庫の鍵も渡しておこう」
「ご安心ください、既にそうされているようです」
皇帝の名前や権限を勝手に使うなど絞首台一直線の蛮行ではあるが、それを聞いたランポッサはほくそ笑むだけだ。
誰もが皆、帝国の未来を思って行動している、騎士や戦士は当然ながら文官や商人や市民ですら未来を憂いているのだ。
一つ一つは小さな努力でしかない、とても些細で何かを変えられるようなものでもない、ランポッサであってもそれは変わらないのだが、それで良いのだろうと彼は思う。
小さな努力を束ねて未来へ進む、それこそが初代皇帝が望んだ星の未来なのだろう、人類史のあるべき姿なのだ。
だからランポッサは満ち足りた気持ちになっていた、この状況で不謹慎であると自覚はしているのだが心は満たされている。
「……そうか、これが貴方が思い描いた未来なのか」
星の未来と人類の繁栄を神々に約束した初代皇帝の意思と契約は今も血と魂に刻まれてランポッサの時代まで継続しているのだ、歴代の皇帝たちは皆がその契約と初代皇帝の願いによって大なり小なり行動している。
呪いと呼ぶか契約と呼ぶかは意見が分かれる所ではあるが、少なくともそれは皇族の力となってくれるのは間違いないだろう。
ランポッサもまた意思と契約に従って帝国と民の繁栄に邁進してきた、そしてその努力は決して間違っていなかったのだと目の前の光景を見て理解する。
「……小さな努力を束ねて、それが人類の未来を描く、そうなのだろう?」
自分の中にある満ち足りた感情が自分から湧き出たものなのか、それとも血と魂に宿る初代皇帝から生まれたものなのかはランポッサにはわからない、わからないが――。
「これで良い……あぁ、これこそが真に価値のあるものだ、まさに黄金だな」
国家と社会の未来を思う多くの人々の小さな努力、それこそが重要なのだと理解して彼は慈しむような顔になる。
初代皇帝の願いと意思は、そうあることを皇族たちに受け継がせたのだ。
「黄金帝国は……ここにある、貴方も満足しているだろう?」
最前線では両勢力の接触が行われていた、接触と言っても友好的なものである筈も無く、互いに兵器をぶつけ合う野蛮な対話である。
黄金の城壁の上に並ぶのは黄金の騎士たちだ、そこから少し離れた位置にあるのは帝城を囲む城壁である、二つの分厚く強固な壁の上では両勢力が牽制を繰り返していた。
まずは挨拶とばかりに黄金の騎士たちへ帝国騎士たちが弓を放つ、並んで一斉に放ったそれは矢の雨となって黄金の騎士たちへ届くのだが、予想通り鎧に弾かれてしまう。
「まぁそうなるよな」
帝国騎士たちもわかっていたのか落胆はない、それなりに距離がある上に分厚い鎧を身に纏った相手なのだから当然の結果である。
「連中物足りないってよ、アレ持ってこい!!」
ただの弓で効果が無いのならばより強力な物を使えば良い、そんな至極真っ当な結論を出した彼らは城壁の上で巨大バリスタを組み立てていく。
帝城の倉庫で埃を被っていて久しく使われることの無かったものだが、その威力は確かなものである。
何と言っても放つ矢が分厚く太い、それを凄まじい張力で吹き飛ばすのだから鎧など濡れ紙程度の意味しかもたない。
「吹き飛べゴミども!!」
それを証明するかのように放たれた分厚い矢はとんでもない勢いで黄金の騎士へ命中して、胴体部分に穴を開けて軽々と吹き飛ばす。
「悪くないな、次は城壁部分を狙ってみるか、第二弾装填!!」
古い攻城兵器だが複雑な物でもないので決定的な対処法のない攻撃と言えるだろう、人間でもそうなのだから黄金の騎士たちであってもそれは変わらないと思われた。
だがそんな帝国騎士たちの考えをあざ笑うかのように、黄金の騎士たちは見事な対処法を見せつけてくる。
「おい、なんだあれ? アイツらバリスタを作ってるぞ!?」
彼らの言葉の通り、城壁の上にいる黄金の騎士たちは床から生えて来た黄金の液体を掴むと、それは一瞬でバリスタの形に変わって、先ほどの帝国騎士たちと同じように分厚く太い矢を放ってきた。
「伏せろ!!」
黄金の矢が凄まじい勢いで放たれる、先ほどの仕返しのように迫るそれは帝国側の城壁を吹き飛ばして一部分を抉りぬく。
「何があった?」
まさかの方法で攻撃して来たことで少なくない動揺が広がっていたようだが、そこに指揮官が姿を現す。
どこか呑気な様子の指揮官は黄金の騎士たちがバリスタを生み出して運用している姿を眺めて感心したような顔をしていた。
「ふむ、あんなこともできるのだな」
「将軍、ここは危険です」
「わかっている」
言葉とは裏腹に将軍は腰にある剣を掴んで切っ先を空へと向ける、そして自らが尊ぶ武神へと強く深い祈りを捧げていく。
「武神よ、戦いの王よ、この身に力を与えたまえ」
祈りが神へ届いたのか強力な加護が齎される、素面の時よりずっと強力な力が剣を握る手に宿っていた。
彼が調子を確かめるように剣を手首を回すのと、黄金の騎士たちがバリスタの大きな矢を放つのは全く同時であった。
鎧程度は容易く貫通してそのまま人を吹き飛ばすであろう勢いの矢は、しかし将軍が振るった剣で弾かれてけたたましい音と共にあらぬ方へ消えていく。
「皇帝陛下は三騎士が来るまで時間稼ぎをしつつ長期戦の構えだったな、さてどう相対したものか」
まるで虫でも払うかのような動作でバリスタの矢を吹き飛ばした将軍は、次に持っていた剣を雑に放り投げるのだった。
自分が弾き飛ばした矢にも負けないほどの勢いを持ったそれは、黄金のバリスタと騎士を吹き飛ばして城壁の向こうへと落ちてしまう。
「まぁじっくりやらせてもらおう、三騎士たちの露払いくらいはな」
帝国最高峰の騎士は間違いなく三騎士ではあるのだが、たった今証明したように彼らに及ばないまでも強者は多い。
そんな戦士が大勢いるのが帝国軍である、世界最強の軍隊という評価は決して飾りではない。