商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
戦いはまさに攻城戦の様相をなしていた、分厚く巨大な壁に堅牢な建築物を守る万を超える勢力を排除するのはとてつもない労力が必要となるものだ。
入念な準備を整えたとしても上手くいかないことも多く、数の差を覆すことも決して難しくはない。
攻城戦は攻める側が三倍の戦力を用意するのが最低条件と言われるくらいには難しいとされている、そして仮に三倍の戦力を用意したとしても勝てるとは限らないものだ。
まずとてつもない物資が消費される、人を集めれば集めるほどそれは顕著になり、攻める側も守る側もまずは食料の心配をするだろう。
ただ今回ばかりは相手が異なる、人間同士の戦争であれば食料は重要だが相手が悪魔であり黄金の塊だ、攻城戦を行うにあたって候補の一つである兵糧攻めがまず期待できない。
対して帝国側は消費する一方であるが、こちらも物資や食料に関しては心配はしていないらしい。
そもそも帝国は生産大国だ、食料自給率が極めて高く有り余るほどの物資を常に抱えている、国内で多少の混乱があろうとそれら全てが腐った訳でもないのだからこちらも兵糧攻めは期待できない、お互いに食料の心配はいらない攻城戦というのも珍しいだろう。
互いに牽制を繰り返し、攻略の糸口を探そうとあの手この手で戦力を移動させるだけで一向にぶつかることもなく三日の時間が過ぎた。
三日だ、攻城戦ならば短い時間でもない、寧ろまだ序の口と言えてしまう。
その間はやはり牽制の繰り返しとなった、ゆっくりじっくりと真綿で首を絞めるように四方八方から攻撃を繰り返すのだ。
バリスタで黄金の城壁を突き刺すこともあれば、投石機で人の頭よりも大きな岩を投げつけることもあった、魔術師たちが熱線で炙ったり守護像を突進させて出方を見ることもある。
そんなことを繰り返した三日間であった、大きな接触も無く本当に牽制ばかりだ。
状況は攻城戦らしく小康状態、そしてそれはランポッサがまさに望んだ状態である。
戦力の要である三騎士の到着を待ってから本格的に攻めるというのが帝国側の基本方針なので時間稼ぎは成功していると言えるだろう。
小競り合い程度の接触だけでまだ損害は出ていない、黄金の悪魔たちは帝国側の兵器を模倣することができるという情報も加わったので少しだけ前進していると見るべきかもしれない。
このまま更に時間を稼ぎつつ三騎士たちを待つ、幾度目かの会議でも同じ結論を出した帝国側だが、いつまでも彼らの動きにパレスが合わせる筈もなかった。
帝国とて準備や情報を集めているのだ、パレス側もまた同様と考えるのが自然である。
「……そろそろ時間稼ぎも限界かもしれん」
前線から少し離れた位置にある大きな天幕、そこにある簡易の玉座に腰かけたランポッサはそんなことを呟く。
この三日の間に皇帝として必要な諸々の手続きや指示を行っていたが、パレス側に目立った動きもなかったので熟睡すらできてしまった状態である。
だがただの勘でしかないが動きがあるとすればそろそろだと考える、根拠はないがうなじ辺りにチリチリとした奇妙な感覚が走っている、かつて帝国を揺るがした内乱の時も似たような感覚があったことを彼は覚えていた。
根拠はないが魔王が相手なのだから人間の常識など当てはめない方が良い、突如としてこの指令室が襲われても不思議ではないのだから。
三騎士たちはおそらく帝都に近い位置にまで近づいているだろう、そうでなければ三日もじっと待っていた意味がない。
問題なのはパレスがそこまで待ってくれるかと言う点だ、あちらもこの三日間は寝て過ごしていた訳でもないのだから、そろそろ動きがあると見るべきだろう。
「前線からの定期連絡は?」
「各方面軍、問題ないとのことです、小競り合いは続いておりますが」
伝令からの報告に頷きを返す、ここ三日間でそれ以上の報告を聞いていない。
「相手も痺れを切らして動き出しそうだな」
「それは何故でしょうか?」
「簡単だ、こちらも痺れを切らしそうだからな、相手も似たようなことを考えるだろう」
悪魔と人間は思考も価値観も異なるが、戦う上での思考にそこまで差は無いのだろう、ましてやわざわざ城と騎士を生み出すような相手である、基本的な戦略や運用は似通っていると見るべきだろう。
或いは、帝国の姿や動きを模倣しているのか、だとしたら学習できるということなのでそれはそれで厄介だ。
「各方面軍には警戒を怠るなとしつこい位に伝えておけ……それと、帝都の状況は?」
「暴動に関しては、ほぼほぼ鎮圧が完了しております、守護像たちの活躍が大きかったですね」
「あれが動き出せばさすがに早いか」
「皇女殿下は魔術院で待機されております、あそこは下手な要塞より堅牢なので安全でしょう、魔術師たちも多いので」
「あぁ、帝城が落ちれば次はあそこが指令室になるだろう」
そこが陥落すればいよいよ帝都の放棄を視野に入れなければならない、それだけは避けたかった。
指令室代わりの天幕にある簡易の玉座に腰かけるランポッサは、机の上にある地図で戦場の様子を俯瞰しながら静かに考え込む。
相手は魔王である、それもスライムだ、人間が相手ではないので一般的な戦術や戦略が上手く通用しないことも考えられる、現にこちらの攻城兵器を模倣するという報告もあった。
兵糧攻めも期待はできない、帝国側は少なくとも数カ月は戦っていけるだけの物資があるが消費する一方である。
焦りはない、三騎士が到着するまで小康状態は望む所ではあるが、長々と付き合うつもりもなかった。
このまま魔王の存在を許せば周辺諸国にある反帝国国家とでも呼ぶべき戦力が勢いを増すことも考えられるだろう、国家の敵とは悪魔だけではないのだから。
動くのならばそろそろだろうという彼の考えも、そうあって欲しいという願望が含まれているのかもしれない。
皇帝の内心を察したのかどうかわからないが、戦場に変化が訪れたのはその数分後であった。
前線が騒がしい、騎士たちの声が指令室まで届く程である。
そのすぐ後に伝令兵が大急ぎで天幕の中へと駆けこんで来たのだから、大きな動きがあったのだろう。
「報告いたします!! 黄金の騎士が地面から現れたとのことです!!」
「うむ……対処は?」
「現れたのは各方面軍の陣中とのこと、幾人か怪我を負いましたが全て破壊できました」
「生命神の神殿が野戦病院を後方に作っている、怪我人を運んでおけ。そして各方面軍には警戒を厳にするように」
言われなくとも騎士たちはそうしているだろう、ランポッサは知っていた。
「……動きがありましたね」
「大した規模でもないので威力偵察といった所だろう……しかし城壁からではなく地面から生えて来たか」
「相手はスライムですからね、細長い触手でも伸ばして地面を掘って足元にまで迫ったのでは?」
「ありえそうで困る推測だ、となると奇襲もやりほうだいか……」
「指令室を下げるべきと意見具申いたします」
ランポッサの周囲を固める近衛騎士の意見は真っ当だ、どこからともなく黄金の騎士が奇襲してくるのならば前線から離れたこの位置も危険である。
ただそれはどこに指令室を置いても変わらないことを意味していた、パレスの触手がどこまで伸びるのかわからないのだから、帝都に安全な場所などどこにもない。
今この瞬間にも足元から黄金の騎士が生えて来ることも十分考えられるのだ、例え帝城の中だったとしても変わらないだろう。
「却下だ、下がり過ぎると士気にも関わる、それにもしこの指令室に黄金の騎士たちが現れたとしても――」
言い終わる前に、周囲を固めていた近衛騎士たちが一斉に剣を抜いて、玉座の後ろに突如として生えるように現れた黄金の騎士を両断して見せた。
「……お前たちが排除するだろう?」
「それは勿論ですが、我々も無敵ではありませんので」
「構わんよ、別に死んでも恨まん」
「陛下を死なせると我々近衛兵全員の首が飛ぶのですが……」
「その心配は必要か? 仮に私が死ぬとしたら、お前たち全員が死んだ後になるだろう」
近衛騎士たちは当然だとばかりに頷く、自分たちの責務をしっかりと理解しているようだ。
「前線の方も似たような状況か……やはり相手も動き始めたな」
「どれだけ警戒しても意味がありませんから、神出鬼没な攻撃を続けられると被害だけが広がっていきますよ」
そう言いながら近衛騎士は新しく地面から生えるように現れた黄金の騎士を真っ二つに切り伏せる、物言わぬガラクタと化したその足元へと視線を向けてみると、金色の触手のような物が地面に引っ込んで姿を消したことが確認できた。
細い触手を伸ばして地面をミミズのように這い、帝国拠点に奇襲をしているのではという推測は正しかったらしい。
剣の切っ先を小さな穴へ突っ込むのだが、既に触手は消えており届くことは無い。
後方の指令室がこうなのだから前線も似たようなものだろう、突然に現れては攻撃をしかけてくるパレスに翻弄される形だ。
このまま続けられると非常に厄介なことになる、軍勢と軍勢をぶつけ合う方がまだやり易いとさえ思われた。
次々に地面から生えて来る騎士たちを、近衛騎士たちは躊躇することなく斬り捨てていく、しかしどれだけ撃破しようと敵の攻勢が緩まる気配は一向にやってこない。
黄金の騎士が生え生まれ、その度に近衛騎士たちが破壊する、その繰り返しが幾度か続くのだが、やはり終わりが見えない。
「陛下に近づかせるな!!」
最初こそ近衛騎士たちが優勢に進めていたが、尽きることなく現れる黄金の騎士たちの物量に徐々にだが押され始めていく。
彼らが弱い訳ではない、単純に現れる黄金の騎士たちの数が多すぎるのだ。
一体、二体、三体と切り捨てて、その倍の数が地面から生えれば苦戦も当然である、ましてや援軍に終わりが見えないとなれば息を落ち着ける暇すら見いだせない。
その状態はついにランポッサすらも腰にある剣に手を伸ばすような状況であったが、それが抜かれることは無かった。
苦戦そのものと言うべき状況であり、次々と現れる黄金の騎士たちの物量に押され気味でもある、その刃が皇帝にまでもう少しで届くといった距離まで詰められている状態だ。
だからこそランポッサは剣を握ったのだが、それは本来ならば皇帝がやるべきことではなく、そうさせないのが近衛騎士の仕事である。
そもそも皇族に戦わせるなどあってはならないことだ、自分たちの旗印が前線に立つなど許されることでもない、例えランポッサがどれだけ武勇に優れていようともそれだけは避けなければならないだろう。
それは彼もわかっているので剣を持って戦うのは本当に最終手段なのだ、刃を鞘から抜き放つ一歩手前まで追い詰められたのだが、彼がその剣を握ることはなかった。
「カカッ!!」
刃が迫る、それを割り砕いたのは凄まじく巨大な鉄塊である。
天幕の屋根を突き破り、暴風をまき散らしながら振るわれる鉄塊はとてつもない暴力を宿しており、正しく凶器であった。
暴力の塊であり、あまりにも凶悪なそれを小枝のように軽々しく振り回せるのならば、黄金の騎士に何ができるというのか。
帝国最強の騎士はそれができるから最強と称されるのだ。
「遅かったな、随分と待たされた気がするぞ」
「カカッ、本番には間に合ったのでな、少しばかりの遅参はこれから武功を上げて帳消しにするとしよう」
また鉄塊が小枝のように振り回される、近衛騎士たちが押し留めていた黄金の騎士たちはただそれだけで粉々に粉砕されていく。
「お前ら!! 陛下に剣を抜かせようとするとは何ごとじゃい!! それをさせぬのが近衛騎士の仕事だろうが!!」
「はッ!! 申し訳ございません!!」
「団長!! お待ちしておりました!!」
「遅いんですよ来るのが!!」
「カカカッ!! よしよし、心は折れておらんな」
風を巻き起こしながら鉄塊を振り回してまた黄金の騎士を粉砕していく、何の気負いもなくそれこそ虫を払うような動作であったが、それでも騎士たちは悉くが破壊されてしまった。
「さて陛下、手前は暴れてこようと思うのですが構いませんかな?」
近衛騎士にあるまじき主張だがルールーは前線で暴れさすほうが似合っているというのは帝国騎士の総意である、ランポッサですらそう思っているので頷きを返す。
「他の二人はどうした?」
「なぁに、手前がここにおるんです、アイツらも来とるでしょうよ」
ルールーの言葉に嘘はない、指令室から離れた前線ではまさにその二人が奮闘しているのだから。
指令室と同様に突如として地面から生えて来る黄金の騎士たちに翻弄されて混乱が広がっていたのだが、無限に思われる攻勢は大きな盾と鋭い斧槍に押し留められる。
「やれやれ、まさか帝都で戦うことになるとはな、長く生きたがこんなことは初めてだ」
老騎士ゼスが斧槍を振るえば黄金の騎士たちが両断されていく、殺到と言うべき状況であったが切っ先より先に踏み込めた騎士は一人も現れなかった。
目の前に広がった黄金の騎士たちが全て沈んだことを確認したゼスは、斧槍の石突を勢いよく地面に叩きつける。
コォンッ!! という心地よい音を石畳が響かせると、不思議なことに混乱が広がる前線にかき消されることなく広がった。
「臆するな帝国騎士よ!! この程度の敵を相手に翻弄されてどうするのだ!! 貴様らが積み上げて来た研鑽を証明してみせよ!!」
そして注目を集めた瞬間に、老人とは思えない程の声量でそう叫んだ、やはりそれも前線の混乱に消されることなく広がって戦士たちの耳と心に届く。
「外征騎士団は前に、怪我人を後方へ運べ、守護騎士団は側面を固めよ、魔術師隊は後方援護、
各員二人一組で背中を合わせよ!!」
ゼスは強い、老いてなお帝国屈指の力がある戦士であるが、どちらかと言えば軍勢の指揮を得意としていた。
外征騎士団を率いる立場なので攻めることが多いのだ、用兵がへたくそではこの歳まで生きてはいけないだろう。
実績と、経験と、実力と、立場が合わさった老騎士の言葉はそこに魔術でも込められているかのような力があり、戦士たちの魂に直接語り掛けるかのような影響力がある。
戦士として、騎士として、将軍として、軍師として、最も高みにあり全てをこなせるからこそ彼は帝国最優の騎士と呼ばれているのだ。
「先駆けはまずあの小僧が行く、後れを取るな!!」
ゼスの力強い言葉に押されるように巨兵が動く、全身を隙間なく包む分厚い特注の鎧にこれまた頑丈な鎖帷子を身に纏い、更に両手には異常なほど巨大な大盾を二つも持っている。
身長は確実に二メートルを超えているだろう、縦にも横にも大きく下手な鎧よりずっと強固な筋肉を持っている、その騎士を見た多くの者がまず「それじゃ動けないだろ」と思うのだが、そんな印象を裏切るかのように疾走して見せた。
鹿のように柔らかな足運びであると同時に、猛牛のような勢いがある突撃であった、意味が分からないほどに固めた装備と凄まじい健脚と体幹があって成せるそれは、黄金の騎士たちを次々と吹き飛ばして道を作っていく。
「あぁぁああああッ!! 敵がッ!! 敵がぁあああッ!! 囲まれてますッ、囲まれてますよ!? 助けてゼスさん!!」
「相変わらずやかましい男だ……」
弱気で頼りない言葉を吐き出すロビンフッドだが、とにかく分厚い装甲と大盾によってどれだけ攻撃を受けても痛痒には届いていない、ただ一方的に黄金の騎士たちを弾き飛ばしていくだけだ。
帝国最高の騎士は、決して倒れず最も勇敢な者にこそ名乗るに相応しい。
「帝国騎士たちに告げる、雌伏の時はようやく終わった……これより攻勢に移る、前進せよ!!」
後方からもランポッサの命令が響く、それは帝国騎士たちに届いてさざ波のように広がっていった。
彼らが上げた鬨の声は、きっとパレスにも届いただろう。