商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
「あッ!! いたいた、お~い!! エミリー!! ミュー!!」
「ん……ありがと、ヘステア」
帝国魔術院の門前にはシャルルとキャロルの姿があった、積み上げられたバリケードを乗り越えて内部を覗き込んだ段階でこちらに向かっていたエミリーとミューの姿を発見したらしい。
彼女たちの上空にはヘステアが旋回しており、どうやら彼女が二人をここまで案内したようだ。
「二人とも良かった、無事だったんですね!!」
「キャロル殿、シャルル殿、無事でなによりだ」
「ん……こっちはこっちで大変だった」
「だな、なんか黄金のスライムが出て来るし暴動は起きるはでてんやわんやしてさ、しかも帝都に帰ってきたらこんな状況だろ? 休める時間もないって」
自分たちがいかに苦労したか説明したくはあったが、帝都の状況も深刻なので大差はないだろう。
「二人はここで籠城してるのか?」
「いいえ、エヴァさんに護衛として雇われているのでその付き添いですね」
「あぁ、あの人な」
「ん……じゃあ私たちも……手伝う?」
「ルールーたちは魔王相手にするって走っていったし、そっちを手伝うのもアリだと思うけど」
ただ彼女たちの公な立場は民間人であり商人だ、国家の大事に首を突っ込めるような立場にはない、雇われたならばともかく帝国軍に乞われてもいないのに戦いに参加するのは憚られた。
ルールーやロビンフッドに雇ってくれと交渉するのも良いかもしれないが、どちらも最前線にいるのでやはり難しい。
そもそも、シャルルたちの力を必要とするならば帝都に着く前に雇っているだろう、そうしなかったのは帝国騎士としての立場や面子もあるが、彼女たちの誇りもある。
帝国と言う国を、帝国の戦士が守る、ごくごく当たり前の考えを元に行動するルールーたちを否定することなどできる筈も無かった。
自らの国を自らの力で守り切る意思があるのだ、そこに英雄はいらない。
ならば四人娘は自分たちの手が届く範囲で手伝うだけだろう、この状況をただ眺めていられるほど薄情でもなかった。
「いや、そちらは帝国軍に任せておいてくれ、君たちは私が雇おうじゃないか」
手隙となったシャルルとキャロルにそんなことを言ったのはエミリーたちと行動を共にしていたエヴァである。
「後詰として控えておいてくれるかい?」
「それは良いけど、ワタシはエミリーやミューみたいに怪我人の治療とかできないぞ」
魔術院の内部では多くの天幕や簡易の寝床が並べられて野戦病院のような状況になっていた、避難してきた市民なども多く生命神の神官らしき者たちが忙しそうに走り回っているのが確認できる。
本職には及ばないものの多少は治療魔術を行えるエミリーとミューもエヴァの護衛を行う傍らでその手伝いに奔走していたようだ。
「聖騎士にそこまで求めないさ、あくまで備えだ、本当にどうしようもなくなったら帝国軍に加勢を求めるとしよう、それまでは待機……いや、警戒を頼めるかな」
「……他に何かいるの?」
「ふむん、魔王がこうして暴れているんだ、何が起こっても不思議ではないのでね、どんな時でも備えは必要だし、備えがあるからこそ主力は戦えるのさ」
「ん……わかった」
とりあえずエヴァの護衛とこの魔術院での周辺警戒をすることに納得したシャルルとキャロルは頷きを返す、ある程度は収まったとはいえまだ暴動も完全には落ち着いてはいないので、確かに警戒は必要だろう。
相手は魔王なのだ、何をしてくるのかわからない、それが帝国軍の許容を超えるような事態であればその時に備えるのは重要である。
当然ながらそれは帝国軍も同様だ、前線へ送らない戦力というのを後方に待機させていた。
「ワタシらは怪我人を治せないし外で警戒でもしとこうか?」
「そうしてくれ、必要になったら呼ぶとするよ。エミリーとミューは引き続き生命神の神官たちを手伝ってあげてくれ」
二人は雇い主の指示に心得たとばかりに頷く。
せっかく久しぶりに四人が揃ったというのにのんびり語らう暇もない、状況が状況なので少しばかりの不満があるが、こればかりは仕方がない。
何もかも片付いたらゆっくりできるだろうと四人は考えて、再びそれぞれの手が届く範囲で動き出すことになる。
シャルルはバリケードが積み上げられた魔術院の正門で警戒を行い、キャロルは軽やかに魔術院の建物を上っていき、ドーム状の屋根の頂にまで到着すると、その黄金の瞳で帝都全域を観測していく。
エミリーとミューは神官たちに交じって怪我人の治療を受け持つ、本格的に治療関係の魔術が使える訳ではないが支援としては十分である。
四人の中で最も状況の推移を細かく知ることができるのは、やはり魔術院の屋上にまで登ったキャロルだろう、身軽な彼女はそこで風に煽られながら帝都を観察しているのだが、特に前線の様子がよく見えた。
彼女が持つ黄金の瞳は一種の魔眼と化しており、千里眼のように遠くの事象も目の前のように観測することができる、なので前線の様子も手に取るようにわかるらしい。
聳え立つ黄金の建築物に挑むのは、何十万もの騎士や戦士たちだ、キャロルはここまで大きな戦いを見たことがなかった。
既に様子見の段階ではなくなっている、後方にまで鬨の声が届いているのだから最前線はまさに激戦となっているだろう。
魔術院の屋根の上からそれを観察していたキャロルだが、ふと視線を帝都の外へと向ける。
何かしらの異変を感じ取った訳ではないのだが、敢えて言葉にするのならば勘のようなものだ、そして彼女はそれが間違っていなかったことを確信した。
「ん……んん~?」
未だに混乱が渦巻く帝都の喧騒も、僅かに上がる黒煙も届かない遠方、広い帝都を離れて広大な地平が広がるほどに離れた場所にある魔の気配をキャロルの瞳は観察する。
千里眼が捉えるのは冒涜的な怪物群であった、いつか見たことがある狂気を纏った魔獣であり、無数の触手を蠢かせながら帝都へと進んでいるのだ。
それに気が付いているのはこの広い帝都でキャロル一人だろう、帝国軍は目の前にいる悪魔に集中しており背後に迫る冒涜的な悪魔たちにまで気が付ける余裕はない。
キャロルの行動は早かった、ドーム状になっている魔術院の屋根から軽やかに飛び降りると、指先を建物に次々と引っ掛けながら落下の勢いを殺して石畳へと着地する。
「エミリー……何か来る、西側」
神官たちに交じって治療を手伝っていたエミリーにまずそれを伝えると、傍らにいたミューやエヴァもこちらに集中した。
「何かって、一体何が来るんです?」
「聖都とか、無限城に出て来た、あのうねうねの怪物」
「あの冒涜的な怪物が!?」
報告を受けてすぐにエミリーは上空を旋回するヘステアと視界を共有する、帝国軍の様子ではなく帝都の外側へ視線を向けてみると確かに遠くから冒涜的な魔獣の一団がこちらへ近寄って来ているのが確認できてしまう。
「ふむん、新手か?」
「はい、エヴァさん……どうやらそのようです」
「……魔王にも協調性があるのか? ふむ、だとしても……いや、今はそんなことどうでもいいか、どうやら君たちはその冒涜的な魔獣とやらと戦った経験があるようだが、どれほどの脅威だ?」
「……そうですね、決して勝てない相手ではないのですが、初見の方は躊躇するかもしれません」
「ん……凄く背中がぞわぞわする相手、怖い」
「キャロル殿、エミリー、それは精神的な干渉を行ってくるということだろうか?」
「えぇ、心を強く持って挑まないと足元を掬われてしまう相手ですね」
エミリーを呼び捨てにしたことにキャロルが僅かに首を傾けて反応しているが、深く考え込むミューは気が付いていないようだ。
「君たちで対処は可能なのかい?」
「戦った経験はありますので、耐性はあるかと」
「……ふむん」
顎に手を当てて思考に耽るエヴァは頭の中で帝都の余剰戦力をはじき出す、後詰としてある程度の戦力を用意してあるがそれらは黄金の悪魔の為の戦力である。
どれだけ考えても暇な戦力はいない、何より黄金の悪魔だけで余裕が無いというのに新手の相手など確実に戦線が崩壊してしまうだろう。
動かせる戦力と言えば守護像の一部、そしてエヴァが知る限りではエミリーたちであった。
「では君たちに対処を任せたい、追加の依頼だ、報酬は青天井で構わん」
「わかりました受けましょう、キャロル、正門にいるシャルルを呼んで来てください」
「ん……了解」
「ある程度の守護像ならば動かせる、そちらへ向かわせるので壁にでもしてくれ」
「それは心強いですね、ありがとうございます」
「エヴァ殿の護衛はどうするのだ?」
「エルフ君、そこは心配いらないよ、今の帝国でここほど安全な場所もないだろう、防衛用の守護像もある、寧ろその魔獣とやらが帝都に到達して暴れる方がずっと危険だ」
雇い主の意向も魔獣たちの迎撃のようだ、予期せぬ相手に備えて護衛役として確保していたのでここぞとばかりに使うつもりらしい。
「お~い!! なんか問題発生か?」
そこでキャロルに呼ばれたシャルルも合流することになった、細かな状況を説明するとシャルルも聖都や無限城で目にした触手の怪物たちの姿を思い出したのか苦い物でも口にしたかのような顔をした。
「まぁ暇してたし、その魔獣たちが帝国軍の後ろを突いたら面倒だってのもわかるよ、ワタシらで止めようか」
シャルルも不満はないようだ、その隣でキャロルもコクコクと頷いているのでこちらもやる気はあるらしい。
「ではいきましょうか、帝都に到達する前に何としてでも止めないと」
四人娘はこうして魔獣たちの迎撃を行うことになった、久しぶりに四人そろっての行動にどこか上機嫌になりながらも脅威は目の前に迫っているので気を引き締めていく。
「シャルル、どれくらい出せますか?」
「ん~……どうだろう、ワタシも細かく数を把握してる訳じゃないからなぁ、呼んだらそれなりの数が来てくれると思うけど、ハッキリとはわかんないよ」
「呼べるだけお願いします、ミューは壁役をお願いできますか?」
「承知した、全力を尽くそう」
「キャロルはいつも通り後方から援護をしてください」
「ん」
魔術院から出てまだ混乱が残る帝都の大通りを進み、都市の外部まで出て広大に広がる芋と麦畑を確認すると、その更に向こう側に浸食するようなどす黒い集団を発見することができる。
その魔獣の集団が走り去るとまだ収穫前の麦や芋が毒されるように黄ばんでいく、それは大地にまで広がっており冒涜的な魔獣たちが通り過ぎた後は汚い粘液が轍を作ってどこまでも伸びていた。
何度見ても恐ろしい怪物であると思う、経験のある彼女たちでさえそう思うのだから、初見の、それも心が弱い者は見ただけで発狂してしまうだろう。
精神を汚染するような雰囲気を放つ触手の魔獣たちはここで押し留めなければならない、ただでさえ魔王に集中しているのに背後にまで帝国軍が気を配る余裕はないのだから。
風に撫でられて美しい波を描く大麦の大地を汚しながら進んで行く魔獣たちの群れは、まず最初に立ち塞がった守護像たちと激突することになる。
姿形も、大小も様々な守護像たちは群れとなって触手をうごめかせる冒涜的な怪異へと接触して、その先頭にいた者たちを引き潰す。
守護像たちは全て石造りだ、小さく見える守護像でもそれなりに重たい、大型の物ならば言うまでもないだろう、そんな重量を持った物が素早く突進してくるのだから十分な程に威力があった。
猛牛の守護像がその立派な角でかち上げれば吹き飛び、大鷲が啄めば肉を引きちぎられる、そして一度でも地面に転がればその重さで一瞬の内に挽肉にされてしまう。
重たい物が素早く動く、単純そのものだがそれ以上に厄介な武器もない。
次々と挽肉にされていく触手の魔獣たちだが、その突撃もやがては勢いを無くしていく。
一体、また一体と、無数の触手に絡めとられて壊されていく、そうする為にかなりの代償が必要となったが数と密度で押せば不可能ではない。
だがそれで良かった、もともと守護像は相手の足を止める為の壁でしかなく、それだけで全てを解決できる等と運用しているエヴァも思ってはいなかった。
あれらは文字通り壁、それ以上を求めていない、冒涜的な魔獣たちの勢いが実際に止まったのだから十分な戦果だ。
本命は守護像ではない、その後ろにいる四人である。
まず最初に熱線が麦畑を駆け抜ける、およそ貫けぬ物など存在しないとばかりに膨大な熱が込められたそれは、大地と麦畑を焼き払いながら進んで行き魔獣たちの群れを貫通していく。
触手をどれだけ束ねようとそれが防げるはずもなく、魔獣たちは焼かれるというよりは蒸発するように消えていく。
「よっしゃ、良い感じだぞエミリー!!」
次に飛び出たのは祝福の光を宿したシャルルである、輝く聖剣を手に突っ込むとそのまま殺到した触手たちを次々と両断していった。
どれだけの数の触手が伸びようとも聖剣の間合いに入った瞬間に切り刻まれてしまうのだ、そしてもし運よく聖剣を掻い潜ったとしても触手はシャルルの体へと届かない、その前に彼女が宿す祝福の光に阻まれて蒸発していくからだ。
つまりこの魔獣たちはシャルルには決して叶わないということだ。
ただそれだけでも厄介だというのに、シャルルは一人ではない、彼女に付き従うように幻影の戦士たちが共に切り込んで来る、ただでさえ厄介な相手が軍勢を率いて来るのだから手が付けられない。
瞬く間に蹂躙されていく冒涜的な魔獣たちだがそれでも彼らは止まらない、そんな判断ができるほどの知性や判断力もないのだ、本能的に動いて与えられた命令を実行する在り方は守護像にもにているかもしれない。
魔獣たちが守護像たちを粉砕したように、今度はシャルルと幻影の戦士たちによって殲滅されていくのだが、魔獣たちが戦う相手は目の前の相手だけではない。
後方より一条の光が魔獣たちに差し込む、運命的とも言えるそれは正しく鏃と魔獣を結び合わせて命中するのだった。
もしキャロルが魔獣たちではなくあらぬ方向に雑に矢を放ったとしても、風や運や神の気まぐれに寄って軌道が修正されて最終的には命中するような、理不尽とさえ言えるような一撃。
それが魔獣たちに突き刺さる、そしてその瞬間に彼らは灰となって消え去ってしまう。
目の前で切り込み暴れまわるシャルルも厄介だが、後方から攻撃してくるシャルルやキャロルも厄介である、それを本能的に理解した触手の魔獣たちは後方にいた一部の同胞を散開させて襲い掛かろうと考える。
しかしそれもまた阻まれた、無数に枝分かれした黄金の槍先がエミリーやキャロルへ向かおうとした触手を切り裂いたのだ。
「易々と通すとでも?」
黄金の槍先が無数の軌跡を描きながら魔獣たちを突き崩し切り崩す、神性を纏ったそれは容易く魔獣たちに致命傷を与えてしまう。
触手の壁の向こうから覗いてくる悍ましい眼球が恐怖を増幅させる妖しい光を放ってくるのだが、それを受けてもミューは眉間に皺を寄せるだけである。
効果が無い訳ではないが恐怖をねじ伏せる精神を持っているのだろう、強い戦士である証拠だ。
そうして動きを阻まれていると最も後方に位置するエミリーが防ぎようのない熱を押し付けて来るのだから、本当にどうしようもない。
この四人を排除するのは極めて困難だ、そんな認識を共有した冒涜的な魔獣たちは、その情報を自分たちの創造主へ送るのだった。
魔獣には母がいる、最弱であり最悪の魔王が。