商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
黄金の輝きが蠢く、床や壁が石を投げ捨てた水面のように波紋を浮かべると、突如として形を変えて無数の針を生み出した。
まるで剣山である、それも四方八方から伸びるそれは押し寄せる帝国軍へと向けられており、簡単に逃れられるものでもない。
いざ玉座に座るパレスに切りかかろうとした騎士たちの多くがその剣山に串刺しにされて絶命した、少なくともその一撃で百名は沈んだだろう。
「臆するなッ!! ここで死ね!!」
それでも躊躇は一瞬、ルールーの檄が飛ぶ、死体を積み上げて血の河を作れと、そうせねば勝てぬのだと、誰よりも早く駆けていく。
床から突如として飛び出る人の腕ほどはあろうかという大きな針を、獣の、或いは戦士の勘を頼りに回避していく彼女は、体に無数の傷を残しながらもパレスへと肉薄していった。
速い、彼女の疾走をパレスはそう評価する。
しかしあまりにも真っすぐだ、駆け引きも技術もなく、本当に突出した暴力の塊でしかない。
彼女はそれで良いのだろう、実際にそうあるだけで立ち塞がる全てを吹き飛ばして来たのだ、それ以外は知らない知る必要も無かった。
圧倒的な暴力は、ただそれだけで許される。
ルールーは跳ね上げる、床から飛び出る剣山から逃れるように空中へ逃れると、そのまま美しい放物線を描いて鉄塊をパレスに叩きつけようとするのだった。
両者がぶつかり合う直前、同じように駆けていたロビンフッドが盾を構えたまま突撃しており、その少し後方ではゼスが愛用の斧槍を投擲するかのような姿勢をとっている。
そして周囲にいる騎士たちは出血を無視して突っ込んでいく、相手の力を物量で上回ろうと必死であった。
パレスから見たらどうだろうか、波のように次々と押し寄せる騎士たちに加えて三騎士という戦力も存在している、三つの瞳を常に忙しそうに動かしながら戦局を観測していた。
上下左右に広がる騎士たちはどれも脅威だ、何より躊躇を知らないことが一番面倒である。
恐れ知らずな兵ほど厄介な戦力はいない、飛び上がってこちらに殴りかかって来るルールーなどその最たる例だろう。
出血がなんだと群がる騎士たち、突っ込んで来るロビンフッド、斧槍を投擲して来るゼス、そして鉄塊を振りかぶりながら落ちて来るルールー、三つの瞳がそれぞれを忙しそうに観測しながらも、玉座に座るパレスはそこから動くことなく黄金を操っていく。
より多く、より鋭く、無数の大きな針を作り上げて迎え撃つ。
それに加えて床や壁や天井からは大量の騎士を生み出す、あちらが数で来るのならばこちらも数と物量で迎え撃つ、どれだけ考えようとも結局はそれが最適解であった。
パレスは戦いが得意ではない、死の王や嵐の王のように全てを蹂躙できるような力は無い、彼女はどちらかといえば後方で暗躍することに長けている、そう考えるとそもそもこんな状況に陥っている時点で敗北なのかもしれない。
だが今更どうしようもない、それに死ぬことも自分の仕事だと理解している、こうならないことが最善ではあったが、なってしまった以上はここで盛大に暴れて死ぬのがパレスの責務である。
きっと自分の魂は、道連れにした人間たちの魂は、エキドナの力となるだろう、そこさえ満たせるのならば敗北すら受け入れられる。
これは既に敗北が確定した戦いだ、それでも続けているのはパレスの矜持があってのことだ。
「この程度でッ!!」
まず最初にゼスが投擲した斧槍がパレスに届く、投石機を使った訳でもないのにそれを上回る勢いのそれは咄嗟に近くにいた黄金の騎士を壁にして防ごうとしたのだが、容易く貫通されて腹部を貫く。
斧槍は大きな穴をパレスの腹部に開けるのだが、本来そこにある筈の内蔵や血液は飛び散ることもなく、大量の液状化した黄金が漏れ出るだけだ。
痛痒らしくものは感じさせない、穴もすぐに塞がった。
「本体は頭に移り寄ったぞ!! 潰せ!!」
狙うのはスライムの心臓であり頭である核の部分だ、どれだけ巨大に見えてもスライムであることは変わらないので弱点もまた同様だろう。
そこにさえ刃が届けば全てが片付く、どちらもそれがわかっているので狙うべきは乾坤一擲の一撃である。
次はルールーだ、鋭い嗅覚と直感でパレスの心臓が胸から頭付近へと移動したことを感じ取ると、彼女は振りかぶっていた鉄塊の軌道を落下しながら僅かに動かす。
頭から胴体まで粉砕するかのようなそれはパレスであっても防ぐのは容易ではないだろう、ましてや剣山で迎え撃とうとも欠片も躊躇しない相手だ。
胴体から頭に移動したパレスの核、本体はすぐに足元へと逃げていく、しかしそこに突っ込んだのがロビンフッドであった。
果物を地面に叩きつけたかのようにパレスの下半身が弾けて広がる、しかし核らしき物はどこにも見当たらない。
「床じゃ!! 潜っとるぞ!!」
どうやら心臓部分は人型から黄金の床へと逃れたらしい、あの人型は手足の一部でしかなくそれこそ黄金の騎士たち価値は一緒だ。
彼女の手足は、領域は黄金そのもの、床に沈むなど部屋を移動するのと大差が無いらしい。
黄金の床が大きく蠢く、水面のような波紋は広く長い、あまりにも揺れが大きかったので尻餅をつく騎士もいたほどである。
「来るぞ!!」
そう叫んだのは誰だろうか、玉座の間に大勢雪崩れ込んで来た騎士の一人かもしれない、蠢く床に説明されるまでもなく危機感を煽られた騎士たちは、その多くが突如として生えて来た剣山に串刺しにされてしまう。
それだけではない、今度は天井が蠢いたかと思えば、そこから大量の騎士たちが降って来る。
「デカいぞ、気を付けろ!!」
騎士の言葉の通りこれまで戦ってきた騎士たちよりもかなり大きいサイズだ、巨人が黄金の鎧を纏っているかのようであり、凄まじい重厚感を放っていた。
自らの重さを証明するかのように巨人の騎士たちは黄金の床を踏み鳴らす、それによって幾人かの帝国騎士が踏みつぶされて床のシミとなってしまう。
「次から次へと面倒な奴だ……ルールー、ロビン、お主らは核を追え!!」
「言われずともな!!」
「えぇええッ!? 僕もですか!?」
「半分は二人に着け!! もう半分は私に!! 二人を援護するぞ!!」
ゼスの指示に騎士たちはすぐに二手に分かれた、その戦力の大半がルールーとロビンフッドを前に出す為の戦力だ、それはゼスも同様であった。
「あの巨人の騎士はこちらで引き受ける、核を追え!!」
「カカッ!! 任せるぞゼス爺!!」
「僕はどちらかというとそっちの方が気が楽なんですけど!!」
床に沈んで泳ぐ核を追ってルールーが鉄塊を叩きつける、大きな日々が黄金の床に広がる筈が、ぐにゃりと歪んで衝撃を吸収してしまう。
柔らかい盾という矛盾に阻まれてしまった形だ、多少は固い方が壊しやすいということだ、パレスもまたルールーの膂力を学習しているらしい。
「うろちょろと煩わしい奴じゃな……」
獣のような瞳が床を舐めまわすように動けば、その度に鉄塊が叩き込まれていく、まるで床を素早く這う虫を追いやっているかのようである、しかしその度に床は柔らかくしなって衝撃を分散させていた。
「ロビンそっちに行ったぞ!! 足元じゃ!!」
「りょ、了解です!!」
黄金の床を優雅に泳ぐパレスの心臓はロビンフッドの足元へと移動する、すると彼は汚い虫でも踏みつぶすかのように足踏みをしてみせた。
ただしそこに込められた勢いと力は想像を絶するものだ、先ほどに生み出された黄金の巨人にも負けないほどの衝撃を彼の踵は生み出す。
お前の体は鋼鉄で出来ているのかと、思わず疑ってしまうような重さがあったのだ、まさかルールー以外にもそこまで力があるとは考えていなかったパレスは、その衝撃で黄金の海の中にあっても吹き飛ばされてしまった。
報復とばかりにロビンフッドに向けて黄金の針を無数に突き立てるのだが、それら全てが以上に分厚い鎧を貫けないまま表面に傷を作るだけに留まってしまう。
ルールーとロビンフッド、この二人が自分を殺す為の中核戦力として動いているのは、簡単には死なないからと考えられているからだろう。
実際にパレスは対処に苦慮していた、どう倒すべきかと悩んでしまうくらいには悩んだ、半神が相手でもないのにそんなことを考えるのは初めてのことである。
或いは、生まれる時代が違っていれば、もしかしたら帝国の三騎士は半神に選ばれていたのかもしれない、そんな戦士たちであった。
さてどう殺したものか、パレスがそんな風に思考を深めると、彼女が潜っている黄金の床に少し離れた位置から大きな衝撃が届く。
耳も瞳もないので漠然と感じ取ることしかできないが、どうやら黄金の巨人が粉砕されたらしい。
簡単に壊せるようなものでもないのだが、片方はゼスが拾い上げた斧槍で真っ二つにしており、もう片方は大勢の騎士たちがどこからか取り出した縄を引っ掛けひっくり返されてしまっている。
倒れたら最後、後は解体されるだけである。
巨人が小人に転がされてどうするんだと憤ってしまうのだが、ルールーとロビンフッドに追い回されて操作が雑になっていたのでこれは彼女のミスであった。
多彩で無数の戦力を操ろうとも、それを操る司令塔は一つでしかない、数多の局面を全て統括することはできない、数の力とはかくも偉大である。
だからこそパレスは気が付かなかった、三騎士や玉座の間に次々と侵入してくる騎士たちが囮であるということに。
重武装の戦士たちに守られるように玉座の間に姿を現したのは、明らかに戦士とは言えないような貧弱な集団であった、蹴り飛ばせば折れてしまいそうな体は帝国騎士に比べて脅威を感じさせるものではない。
だがその集団こそ本命だ、一様に体の奥そこから煮えたぎるような魔力を噴出させており、それは一瞬で玉座の間を支配していた魔性の気配を吹き飛ばす。
「ゼス殿、よろしいか?」
「うむ、魔術師隊の判断に任せる」
そんな短い会話を終えた瞬間に、騎士たちに守られた魔術師たちが一斉に熱と灰を身に纏った。
生み出された熱は掌へと凝縮されていき、次の瞬間には熱波も灰もどこかに消えてしまう、残ったのは小さな蝋燭のような灯である。
それを見た瞬間に、パレスは存在しない筈の自分の背中に氷柱を突き立てられたような錯覚を感じた、自分にとって対極に存在している力の塊であると感じ取ったのだろう。
雨が大地を染めるように、太陽の光が夜を駆逐するように、その光は悪魔を滅ぼせるだけの神性が宿っている。
人が人のままで神の力を振るう、そんな現実に焦ったのかパレスの動きは速かった、すぐさま黄金の床を蠢かせると騎士たちに守られていた魔術師たちへと刃を突き立てていく。
足元から突如として大きな針が伸び、突如として黄金の騎士が現れれば貧弱な魔術師たちに対処することはできないだろうという考えはとても正しいのだが、それよりも早く光は広がった。
「見るが良い、長きにわたる炎の歴史が生んだ一つの到達点を」
魔術師たちの掌で揺らめく灯が大きく広がった、人には何の害にもならない温もりは、しかし悪魔であるパレスには効果覿面である、神の手に押しつぶされるような重圧すら感じていた。
あの灯は元々エミリーが作ったものである、それは理論化されて帝国の魔術師たちの手にも渡っていた、神秘の炎は学問となり適性のある魔術師ならば誰でも使える技術へと昇華したのだろう。
大勢の魔術師たちが放出した灯の光は玉座の間を埋め尽くすほどに広がっていく、それは人間で例えるのならば腹の中で刺々しい虫が暴れているようなものだろうか、自分の最も深い場所でとにかく暴れまわる何かだ。
「▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇▇ッ!!?」
形容しがたい悲鳴が広がった、腹の中で鋭い何かが暴れまわればそんな声も出るだろう。
飛び出す無数の針も、次々に生み出される騎士たちも、そして本体であるパレス自身も、耐えがたい痛みにもがき苦しみ蠢いていく。
黄金の床や壁は絶え間なく蠢き、大きな地震が起こったかのように黄金の城全体が激震しているかのようなありさまだ。
そのまま暫くすれば揺れも静まるだろうかと思われたが、あまりにもショックが大きかったからなのか落ち着く気配がなく、遂には砂金の雨をその場に降らせるのだった。
なんだこれはと降り注ぐ黄金の雨に警戒を露わにする帝国騎士たちは、それが大量の砂金であることを理解すると、次に起こることを正確に理解する。
「崩れるぞッ!!」
騎士の一人が放ったそんな言葉を合図にしたかのように、黄金の世界が砂上の楼閣かのように脆くも崩れ去っていく。
壁も床も天井も全てが砂金へと変わって滅びていくのだ、玉座の間など跡形も無く崩れ去り、その膨大な量の砂金はその場にいた全ての者を飲み込むのだった。
戦いどころではない大きな混乱があったことだろう、それはパレスとて同様だ、そんな中にあって狼狽えることもなく次の一歩を踏み込んだのは主に三人いる。
「ルールー!! 奴はどこだ!?」
「のたうち回っておる!! 黄金の中を泳ぐようのう!! あっちじゃい!!」
やはり躊躇なく動いたのは三騎士たちであった、何もかもが砂金となって崩壊する中で、彼ら彼女らだけが真っすぐと敵へ立ち向かった。
突然に地面が無くなったかのような浮遊感の中でルールーは近くにいたラビンフッドの首根っこを掴むと、圧倒的な膂力に身を任せて彼を勢いよく投げ飛ばす。
「僕の扱いが雑すぎませんかあああぁぁぁぁッ!?」
投げ飛ばされた先にいるのがパレスの心臓だ、莫大な砂金が山となり川となる中で人間の頭サイズの肉塊らしき物が蠢いているのが確認できた。
ロビンフッドが投げ飛ばされたのはその肉塊がある場所だ、床も砂金となって崩れ去ったので大勢の帝国騎士たちが落下していく中で、彼だけは敵へと向かっていく。
咄嗟に大盾を構えて衝撃に備えると同時に、パレスの核を押しつぶそうとしたのは見事と言うしかない、不平不満は大いにあるがそれでもこの状況が最善であるとわかっているのだろう。
その巨体と勢いをもって押しつぶさんと、彼は砂金の雨の中を落ちていく。
灯の魔術に触れて痛みにのたうち回るパレスの本体は、そんな状態であってもロビンフッドの存在に気が付いたのだろう、同じように落下しながらも周囲にある砂金を束ねて分厚い壁を作る。
隕石を思わせるような投擲突進も、その砂金の壁に阻まれて勢いを削がれてしまう程に厚い。
それによって弾き飛ばされてしまったロビンフッドの巨体は崩壊して出来上がった砂金の山へと落ちていく。
「ぶはッ!! 死ぬかと思いました!!?」
そしてすぐに這い出るように砂金の山から顔を出した、同じように周囲の騎士たちも這い上がって来る、どうやら大量の砂金がクッションとなって落下の衝撃を和らげたらしい。
「カカッ、あの見苦しい城が砕けただけ良しとするか、少しばかり気が晴れた」
「うむ、少々派手になったが攻城戦は完了したな、城が無くなったので問題はあるまい」
「……お二人とも、僕の扱いが雑すぎる件に関して今度話し合いましょう」
三騎士たちもそれぞれ積もった砂金から体を這い上がらせていく、不思議なことに灯の魔術に炙られた黄金からは魔性の気配や匂いが存在せず、普通の黄金になっており体に纏わりつくようなこともなかった。
「全て終わってからなら幾らでも話てやる……それよりも今は首魁の首だ」
ゼスが砂金の砂漠となった戦場をぐるりと見渡すと、黄金の光の中で一部分だけが蠢いているのが確認できた。
パレスもまだ死んではいない。
だが、決着は遠くない