商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
サーッと軽やかな音を立てながら砂金の大地の一部が流れ落ちていく、僅かに盛り上がった部分から顔を出したのは人型になったパレスである。
砂金が風に流され黄金の砂塵を作る中、三つの瞳は慌てるでもなく怒るでもなくただ真っすぐに敵対者たちへと向けられていた。
「ご自慢の宮殿を破壊されて怒ってくれるのならばやり易いんじゃがの」
「確かに、冷静になられるより遥かにな」
「ルールーさん、ゼスさん、どっちでも恐ろしいことには変わりませんよ」
冷静さを欠いて暴れまわってくれるのならば三騎士としては動きやすい、感情的な敵ならば戦いやすいからだ。
だが砂金の山から顔を出したパレスの三つの瞳にはどこにも怒りらしきものは感じ取れない、もっと言えば感情すら抜けてしまっているかのようにも見える。
ただただ冷静に、不測の事態になったとしても動じることの無い狩人のように、真っすぐ敵を見つめるだけだ。
狩りに没頭する獣は厄介だ、暴れまわる愚者よりもずっと。
「……どう攻める?」
小さな問いかけはルールーからゼスに向けられたものである、こちらに瞳を向けてただただ冷静に観測してくるパレスをどう排除するのかと方針を確認したいらしい。
「やるべきことは変わらん……囲んで叩く、結局はそれが一番強い」
ゼスが右手を高く掲げると、それを合図にしたかのように砂金の大地を囲むように広がっていた帝国軍が一斉に動き出す。
砂金の大地に踏み入ったのは数千では足りない数だ、一万でもない、十万を軽く超える数がパレスに向かって突っ込んでいく。
隊列はない、相手が軍勢ならばともかく行儀よく足並みを揃える意味が無い、とにかく数で圧倒する為に波となることが重要だ。
戦うのは騎士や兵士だけではない、魔術師たちもそれぞれの研鑽の結晶を相手に押し付けていく。
パレスが自身に殺到する数え切れないほどの敵を睥睨していると、そんな視線を地面に叩きつけるかのように彼女の周囲がいきなり重みを増した。
魔術師たちによる攻撃だ、星が引っ張る力を僅かにずらして一点に集中させる魔術だろう、状況さえ整えば無限城にいたドラゴンがそうであったように巨大な存在であったとしても星の力に縫い付けることはできる魔術である。
それは魔王にも通じるものであった、睥睨していた視線は砂金の大地に叩きつけられるように頭を垂れた。
全身に圧し掛かる重みに体幹を揺らすパレスは、しかし魔王としての意地なのか地面に引っ付いていた頭を強引に引きはがす。
その際に、彼女の体は砂金となって散って黄金の大地と同化する。
「潜ったぞ!! 足元に注意せい!!」
ルールーが注意を促すと同時に騎士たちの足元から幾つかの黄金の針が伸びる、幾人かを貫いたそれはすぐに砂金へと戻って黄金の砂漠へと姿を隠す。
「ゼス!!」
「わかっておる!! 奴め、明らかに規模が小さくなりよったな」
黄金の宮殿を建築するほど大量の黄金を支配していた筈のパレスだが、今は明らかに規模が縮小されている、さすがに腹の中で天敵とも言える灯の光を爆発されてしまえば影響が大きかったらしい。
今現在、パレスの支配下にある黄金の量は少ない、この砂金の砂漠はパレスから解放された黄金なのだ。
そこに実を隠して動いての奇襲を繰り返しているようだが、逆に言えばそれくらいしかできることが無いのかもしれない。
面倒だが、津波のような黄金を相手にするよりはマシなのだろう。
「逃げられぬように包囲するぞ!! 魔術師隊を守護せよ!!」
すばしっこく逃げ回る相手にやるべきことは一つしかない、囲んで徐々に狭めていくだけだ。
周囲を幾重にも囲む凄まじい数の戦士たちは作戦の要である魔術師たちを守る、炎の魔術師たちが操る灯の魔術こそが重要であった。
黄金の砂漠を囲むように穏やかな光が広がった、東西南北でそれぞれの魔術師たちの掌で揺れ動くそれは、文明の光で獣を追い立てるかのように包囲を狭めていく。
周囲を警戒しながら、徐々に狭まっていく灯の輪はそのままパレスの活動範囲を潰していくことになる、完全に重なった瞬間が彼女の最後となるだろう。
そうなる前に、パレスはこれでもかと暴れまわることにしたらしい。
黄金の砂漠に潜り、足元から奇襲を行って、また潜る、その繰り返しだ。
悪あがきと言えよう、それは帝国側は勿論のことパレスすらもわかっていることである。
わかっているが、だとしても動かず大人しく殺される訳にはいかない、彼女は魔王なのだから。
また黄金の砂漠から砂金を固めて作ったであろう槍が飛び出て来る、幾人かを貫いたそれは金色の大地を地に染めた。
「往生際の悪い奴だのう!!」
逃げ隠れしながらも確実に騎士たちを殺傷していくパレスに苛立ったのか、ルールーの持つ鉄塊がモグラのように砂金の地面を移動するパレスを追い回していく。
何度も何度も叩きつけられるのだが、砂金が舞うだけで一向に手ごたえはない。
「ええい面倒な!!」
身軽になった分、速度が上がったようにも思えた、それに加えてパレスは今の戦力でルールーを相手にすることは不利だと判断しているのだろう、とにかく彼女から遠ざかるように動いているようにも思えた。
そしてまた幾人かの騎士が貫かれてしまう、少しでも多くを道連れにしようという歪んだ執念を感じさせる行動である。
ルールーとゼスとロビンフッド、特に警戒が必要な三騎士には決して近寄らない、確実に殺せるだろう騎士たちだけを狙って執拗に攻撃を続けていく。
数で潰されぬように、逃げ場を塞がれないように、弱い者から確実に、パレスの攻撃はどこまでも冷静であった。
だがどこまでいっても悪あがきである、何をどうしようがそれは変わらない、このまま続けたとしても最後にはパレスの敗北で終わるだろう、この状況になってしまえばそこはもう覆らない。
だとしてもそれがなんだと言うのか、敗北などそもそもわかりきっていたことではないか、魔性の金貨の正体を見破られて誘い出された時点でこうなることなど、わかりきっていた。
どれだけ雑兵を砕こうとも今更帝国に勝利することなどできはしない、彼女に残っているのはちっぽけな矜持だけである。
タダでこの首は渡さない、そんな意地だけで戦っていた。
だとすれば狙うべきは敵の首魁である、つまりは帝国皇帝だ。
それが、パレスに残された時間と戦力で上げられる最も大きな戦果だろう、最も大きな嫌がらせとも言えた。
ここで暴れていれば皇帝が出て来ることは常識的に考えればありえないことだ、わざわざ前線に出る意味はなく危険しかないのだから。
ただほんの僅かな時間しかランポッサとパレスは話していないが、それでもわかったことがある、ランポッサと言う男は極めて欲が無い男だということが。
パレスから見た彼は徹底的なまでに為政者としてあろうと心がけ、場合によっては自分でさえも捨て駒として扱うほどに冷めた男である、自身の命にさえ執着がないとでも言えば良いのだろうか。
ランポッサは常に心に乱れることのない天秤を掲げている、国益を乗せた天秤が。
それが酷く傾くのならば、人類と帝国の利益になるのならば、そこに自身すらも乗せられる、そんな皇帝である。
ならば出て来る筈だ、無駄で無意味で危険だとわかっていても、生存という執着さえ持たないランポッサはこう考えるだろう、兵士数千と自身の命はどちらが国益になるだろうかと。
皇帝には代わりがいる、どんな役職の者にだって代わりがいる、その帝国の強みがランポッサを身軽にするのだ。
ならば貴賤のない数の問題となる、このままパレスに兵士数千を道連れにされるのを見送るか、それとも自分が囮となって動きを誘導するか、帝国皇帝は後者を取る男だとパレスは確信していた。
彼の心の中の天秤はいつだって国益と人類の未来が測られている、この場合の帝国の利益とは可能な限り出血を抑えて勝利することだろう。
きっとランポッサとパレスは今、全く同じことを考えている、命の賭け所はここだと。
「ああ、私はここにいるぞ!! 首が欲しいのならば持っていくが良い、できるものならばな!!」
兵士たちの壁の向こうからパレスが待ち望んだ声が響く、それが愚かだとわかってはいても彼は星の未来を思わずにはいられないのだ。
国家の未来に、帝国の未来に、これからパレスに殺されるだろう騎士たちは必要だ、だからこそ声を届かせる、自分はここにいるのだと。
「総員道を開けろ!! ここで終わらせる!!」
幾重もの壁を作る兵士や騎士たちがその命令を聞いて戸惑いながらも一つの道を作る、その瞬間にパレスとランポッサの間に遮るものは一つも無かった。
砂金の砂漠に潜り奇襲をするしかなかったパレスは、それが罠だとわかっていながらもその道を突き進む。
「させるかものか!!」
「やっぱり僕はこういう扱いなんですねぇぇぇえッ!!」
「全く、皇族方はいつも無茶をなされる!!」
パレスがその道を走り出したことを感じ取ったルールーが近くにいたロビンフッドを圧倒的な膂力で持ち上げて投げ飛ばすと、それと同時にゼスも駆けだす。
動き回ってまともに戦おうとしないパレスの行動に法則性を持たせる為に皇帝を餌にした作戦だ、今この瞬間だけは誰の目にも黄金の悪魔の動きは手に取るようにわかった。
ランポッサと魔王の間にある、戦士たちが作る黄金の道、距離はざっと百メートルほどだろうか。
遮る物一つないその道を、パレスは砂金の砂漠を泳ぎながら突き進んでいく。
どうなるにせよ、ここで決着だ。
ロビンフッドが重力に引かれて落ちていく、ゼスがパレスを追いながら疾走する、そしてルールーは兵士や騎士たちの肩や頭を足場にしながら皇帝の元へと近づいている。
近衛騎士はランポッサの傍らで盾を構えて警戒していた、魔術師たちは同じように灯を揺らしながら警戒している、周囲の兵士たちも同様である。
迎撃態勢は万全、罠なのだから当然だ、それでもパレスは突き進む、皇帝を殺すという最大の嫌がらせを完遂させる為に。
その動きは速い、彼女でさえ自分がこんなに素早く動けることに驚いているほどであった。
だがそれ以上に早い者がいるようだ、獣の慟哭と共にそれは姿を現す。
「あああああああああああッッ!!」
パレスの僅か後方、兵士たちが作る壁の上、そこには巨大な鉄塊を咥えた獣の姿があった。
長い牙に、鋭い眼光、衣服と鎧を引きちぎるほどに隆起した筋肉、全身に広がる体毛、そして二本脚での疾走ではなく四本での疾走である。
春風のキャラバンに属するシャーシャがそうであるように、ルールーもまた獣人としての特性が極めて強かったのだろう。
ただし人狼ではない、二足歩行の獣ではなくルールーはその姿を完全な四足獣へと変貌させていた、愛用の鉄塊は強靭極まる顎で噛みしめている姿であった。
完全な獣へと変身した彼女の疾走は、おそらくこの世の何者よりも早い。
パレスより早く、自身が投げ飛ばしたロビンフッドより早く、誘導する為に作られた道の先へと辿り着く。
ランポッサとパレス、遮る者など誰もいなかった道に誰よりも早く駆けつけて彼女は壁となる、そこから先の攻防は時間にして一分ほどのものであった。
「盾」
小さく短い命令を皇帝が出すと、周囲にいた近衛騎士が一斉に大盾を構えて壁となった、誘い出すことには成功したのでこれ以上は付き合うつもりがないのだろう。
そんなことはパレスもわかっている、罠だとわかっていてもこの道が最も可能性のある活路であったのだ、何一つとして文句はなかった。
「灯」
また短い命令を出すと、今度はランポッサの傍らに控えていた魔術師たちが灯の魔術を揺らめかせる、穏やかな光は魔性を遠ざける壁となりパレスを阻んでいく。
盾と魔術、それが揃った瞬間にパレスの認識範囲からランポッサは消えた、そして次の瞬間にはルールーとロビンフッドが空から落ちて来て、背後からはゼスが迫った。
ここまで来れば誘導用の道を作る為に左右に分かれていた騎士たちも、そしてランポッサ自身も行儀よく相手に合わせるようなことはしない、ただ己の都合を押し付けるだけだろう。
殺到である、数え切れないほどの刃が魔王へと向けられていた。
灯の光も迫る、皇帝への壁は高く分厚い。
それでも魔王は突き進む、己の体から無数の針を突き出し、全盛期に比べればかなり小さくなった体を前に出す。
伸ばされた槍のように鋭い触手はロビンフッドを先頭にした大盾の壁に阻まれてしまう、それでも前に進もうとするが四足獣となったルールーが顎で加えた鉄塊を叩きつけて来る。
人間形態であった頃よりも遥かに大きな衝撃を鉄塊は生み出した、砂金の大地に巨大なクレーターを生み出すほどだ。
大地を揺らすほどの一撃はパレスにも届く、身を隠していた砂金の砂漠が衝撃で吹き飛ばされて彼女の核がようやく露わとなった。
透明感のある粘液に包まれた人間の脳のような核である、ただしサイズは掌に収まる程度のものであり、その周囲では磁石に引き寄せられるかのように彼女の支配下にある砂金が渦巻いている状態だ。
これが心臓、パレスにある唯一無二の弱点。
「うぁああああああああああッ!!」
鉄塊を咥えた状態で唸るような咆哮と共にサイド鉄塊が振り下ろされた、パレスはそれを砂金の盾で迎え撃ちながら周囲の状況を感じ取る。
ランポッサは見当たらない、分厚い盾の群れと灯の光に阻まれて姿が確認できない、そして周囲には数え切れないほどの戦士が存在しており逃げ場はどこにもない。
もっと言えば彼女の支配下にある黄金もごく僅かだ、灯の光によって大半が失われてしまった。
状況は絶望的だろう、自分は負ける、ここで死ぬ、おそらくそれは不可避だ。
それでもそんな状況が、パレスに残された最後の活路である。
残された砂金で生み出す槍を弾き飛ばして前方へと放つ、大半がルールーとロビンフッドに防がれてしまうが、それでも足元付近に飛ばされた一つが盾を構えていた騎士の体幹を揺らす。
活路とさえ言えない程の僅かな隙間、そこに掌サイズの脳が滑り込むように進んで行く、しかしその向こうにまた盾を構えた騎士が立ち塞がってしまう。
きっと、この壁はまだまだ続くのだろう、それこそ岸辺に押し寄せる波のように永遠に。
また槍を放って盾の壁を超えていく、やはり立ち塞がったのは新しい大盾だ、何度超えようともそれが終わらない、終わってくれない。
さらには魔術の守りもある、人が炎の中で生きられないようにパレスには灯の光は超えられない、近づけばそれだけで肌が焼かれるような痛みが走ってしまう。
闇神殿の影響は既に消えてしまっている、ここはもう完全な敵地である。
どこまでもどこまでも続く戦士の壁を一つ一つ超えていくことしかパレスにはできない。
どれほど壁を超えただろうか、どれほど灯に焼かれただろうか、彼女には心臓も肺もないがそれでも苦しさを感じずにはいられない位の疲労が広がっていた。
それでもまだ人の壁は終わらない、永遠に続くのではと思ってしまう程だ。
「往生際が悪いことだ、そろそろ死んでくれんか」
何とか人と灯の壁を超えようと四苦八苦しているパレスに向かって斧槍が振り下ろされる。
砂金の盾で防ごうにも疲労が溜まったパレスでは完璧とはいかず、薄いそれは両断されて切っ先が核を僅かに傷つけてしまう。
「▇▇▇▇▇ッ!!」
痛みに呻くような聞き取り辛い異音が核から発せられたのは、痛痒があったからだろう。
「……いよいよ終わりのようだな」
真っ二つではないものの確かに刃は届いた、あれだけ暴れまわっていたパレスの動きは途端に緩やかなものとなっていた。
消えゆく蝋燭の火のようだ、その姿に魔王らしき威厳は存在しない。
あぁ、だが、それでもだ、死に際の獣ほど恐ろしいものはない、それが魔王であるのならば尚更恐ろしいと考えるべきだろう。
残された砂金はごく僅か、その砂金を使ってパレスは核を覆い尽くして人型へと変身していく。
額にある三つ目の瞳が妖しく輝くと同時に不可視の力が放出されるのだが、それはゼスを覆うように現れたロビンフッドの大盾で防がれてしまう。
そんな彼女の背後に騎士の一人が刃を突き立てる、肉を切ったとは思えないような、それこそ砂山に剣を突き刺したようなザラリとした感触が返ってくるので核には届いていないらしい。
騎士の勇敢な攻撃は、その代償に命を要求した、背中から飛び出て来た剣山が命にまで届く。
「はぁ……終わらないな」
疲れ切ったような声がパレスの口から漏れ出ていた、三つの瞳で周囲を見渡せば十万を軽く超える戦士の壁がどこまでも広がっていた。
射手の放った矢が肩を貫いたかと思えば、魔術も飛んでくる、それが収まれば間髪入れずに戦士が切り込んで来るのだ。
それがいつまでも、いつまでも、いつまでも、いつまでも、終わることなく続いていく。
怪我を負うとすぐさま引きずられるように後方へ消えていき次の騎士が前に出る、それもまた終わらない原因の一つだろう。
どれだけ戦っただろうか、どれだけ力を振るっただろうか、一時間は戦ったような気もするのだが、時間にしてみれば数分程度の時間であった。
「……」
不意に、パレスは三つの視線を空へと向けた、腹部に突き刺さる無数の刃の存在を感じながら。
「……母の気配がするな」
きっとどこかで戦っているのだろう、大願の為に。
ルールーが咥えた鉄塊が頭を弾き飛ばす、すぐさま再生したが操る砂金の量は減ってしまう。
ゼスの斧槍が両手を切り落とす、やはりすぐに再生したが操る砂金は減った。
ロビンフッドが大盾を鈍器のように振り回す、胴体が真っ二つになったがそれも再形成して戻す、それでも操る量は減っていく。
いつか彼女にも終わりが見えるだろう、目の前に広がる数え切れないほどの戦士たちとは違うのだ。
終わりは近い、すぐそこだ、きっとこれが最後の悪あがきとなるだろう。
それを叩きこむはずの皇帝はもういない、命は賭けても簡単にくれてやるつもりは無いらしい。
「あぁ、ならせめて最後は……」
この悪あがきを、押し通さなくてはならない、魔王としてだ。
「ゼスさんッ!?」
腹部に突き刺さったゼスの斧槍を砂金で絡めとると同時に、パレスは残った砂金を傘のように広げて目の前にいた老騎士を包み込もうとした。
背後から僅かに出遅れたロビンフッドの叫び声が聞こえて来るが、それとは対照的に欠片も動揺を感じさせないゼスは、寧ろ望むところとばかりに黄金の触手を睨んでいる。
このままいつまでも粘られるよりは、ここで多少危険に晒されても受け入れるべきだと考えたのかもしれない。
「構わんよ、どうせ老兵だ、くれてやろう」
斧槍はパレスの腹部に突き刺さったままピクリとも動かない、そして迫る無数の触手は先端を尖らせながら迫っている。
しかしそれは守りが薄くなったことを意味していた、掌サイズの核を守るものは何もない、ゼスの瞳は殺到する鋭い槍でもなければ己の斧槍にも向けられておらず、常にパレスの心臓を探していた。
視界全体に広がる黄金の輝きの中、視線はそれを探す、例えルールーのような超感覚がなくともこれだけ近ければ幾らでも見つけられるだろう、そうでなければ死を受け入れたりはしない。
「あぁ、そこだッ!!」
ゼスの手が無数の黄金の槍を掻い潜るかのように伸ばされる、その先にある心臓に向かって。
大きく広がった為に薄くなったパレスの黄金は核の存在を隠すことはできなかったのだろう、伸ばされたゼスの指先は確かにそれを掴む、掴んで見せる。
ただし、彼の体には無数の黄金の槍が貫いた、核に触れた代償とばかりに。
「ぐッ……おぉッ」
そして核に触れた筈の手も肘から切り落とされてしまった、握りつぶすまでには至らない。
「……これでようやく一人、多少の嫌がらせにはなっただろう」
雑兵ではなく三騎士の一人を落とす、皇帝の首と比べればだいぶ安いと思うしかないが、手が届く範囲にいる中では最も高い首だと慰めるしかないだろう。
小さな勝利の――いや、嫌がらせの余韻に浸りながら三つの視線は次の獲物であるロビンフッドに向けられて、次の瞬間には暗転することになる。
体を幾つもの槍で貫かれ、腕を切り落とされた老人は、未だに戦うことを止めていなかったからだ。
「戦働き五十年ッ、手足がもがれようともッ!!」
両手は切り落とされてしまった、腹部に刺さった黄金の槍は無数の内臓を掻き混ぜている、しかし足と頭は健在だ、ならばやるべきことは一つしかない。
老騎士ゼスは迎え入れるかのように前に踏み込む、突き刺さった槍は更に深々と食い込むのだが今更だ、そして彼は老いてなお健在な歯を見せつけるように口を大きく開くと、掌サイズのパレスの心臓へと噛みつくのだった。
予想外の攻撃だったのだろう、殺したと思った筈の戦士が噛みついてきたのだから、動揺も少なくはない。
それでも咄嗟に、残った砂金で刃を作りゼスの首を両断したのは見事である。
ただし、それでも彼の顎がパレスを離さなかったのは誤算であったが。
「▇▇▇▇▇▇▇▇」
ゼスに噛みつかれたままの核が悲鳴交じりの耳障りな異音を発する中、ゼスの首とパレスの核を覆うように影が包む。
太陽を背に、咥えた鉄塊を振りかぶって落下してくるのは獣と化したルールーであった。
「お見事ッ!! お見事なりゼス爺ッ!! 最後は手前が送ってやろう!!」
両手を失い首を切り落とされてなお相手に噛みついて離さない老兵の最後に、ルールーは盛大に笑って鉄塊を振り下ろすのだった。
一切の躊躇はない、ここでそんなことをするのはゼスの献身が無駄になると判断したのだろう。
故に全力だ、パレスに噛みついて離さないゼスの首ごと、大地を叩き割る一撃であった。
大地は激震する、そこにはゼスの首も、パレスの核も存在しない。
英雄も半神もここにはいない、それでも魔王は死ぬのだった。