※この作品はR-18です。

商人と冒険者と娼婦   作:にやまな

255 / 287
プロローグ キャラバンの動き

 

 

 

 

 

 

 春風のキャラバンは大規模なキャラバンである。

 

 

 

 保有する車両も多く販路も広い、扱う品の多さやそれを捌けるだけの付き合いなどもあり、動かす資金の量も多い。

 

 

 

 荷馬車一つで商売を行う個人事業者とは明らかに規模が異なるのだ、歌になってその名前が広がる位には有名な集団であった。

 

 

 

 春風のキャラバンを有名にした要因の一つとして車両を引く一際巨大な獣の存在がある、見上げるほど大きな体に長い牙、そして同じく長く器用な鼻を持つ巨大な獣の名はダーボと呼ばれている。

 

 

 

 そのダーボが無数の車両を牽引している光景はどうしたって目立つ、歌にもなるだろうと納得の迫力であった。

 

 

 

 この大陸では見慣れない獣である、見た目の異様さも相まってキャラバンの広告のような存在となっているらしい。

 

 

 

 ダーボを見れば、春風のキャラバンが来たとわかるのだ、まさにキャラバンの顔だろう。

 

 

 

 彼は今日もまた無数の車両を牽引していく、大きな体で疲れも見せずに進む姿はなんとも頼もしいものであった。

 

 

 

「よ~し、ダーボ、今日はこの辺で休もうか」

 

 

 

 ダーボの大きな背中に乗って彼を誘導するのは獣人の女性であった、名はシャーシャと言い春風のキャラバンの団員である。

 

 

 

 同時に、ダーボの世話係でもある、キャラバンの移動を停止させるとすぐさま彼の食事を用意し始めた。

 

 

 

 主に果物や野菜がダーボの主食である、長い鼻を器用に動かしながら差し出された食事を食べるダーボに、満足そうに彼女は笑って見せる。

 

 

 

「夜にはブラシで梳かすか?」

 

 

 

 最近は忙しかったのでそんな暇も無かったことを思い出して、ごわごわとしたダーボの毛を指先で撫でていると、そんな彼女に声がかかった。

 

 

 

「シャーシャ、私たちも食事にしましょう?」

 

 

 

「あぁ、わかったよ、ロウ姉さん」

 

 

 

 振り返ると妖艶な美女がバケットを片手に立っているのが確認できる、絶世という言葉がよく似合うエルフの女性でありキャラバンの副団長でもある、名をローレライと言いシャーシャの上司だ。

 

 

 

 折り畳みの椅子に座る何でもない動作一つが優雅で妖艶である、同性であるシャーシャですらそう思うのだから男ならば尚更そう考えるのだろう。

 

 

 

「ダーボ、今日もお疲れさま」

 

 

 

 伸ばされた指先で横になったダーボの体毛を撫でる仕草ですらどこか妖美である。

 

 

 

「さて飯だ飯だ、今日は誰が担当だっけか?」

 

 

 

「ふふ、ラシュリーとミカエラよ」

 

 

 

「えぇ~、大丈夫かよ、アイツらの作る料理って基本的に焦げてるじゃん」

 

 

 

「大丈夫、ここ最近はあの二人も上手になったから、前みたいにはならないわ」

 

 

 

 それを証明するかのように膝に置いていたバケットの蓋を取ると、そこにはしっかりと整えられたサンドイッチが並んでいた。

 

 

 

 いつか出されたことのある黒こげの料理ではなく、獣人である彼女の嗅覚に焦げ臭さは引っかからないちゃんとした料理であることは間違いない。

 

 

 

「へぇ、何時の間にこんな料理ができるようになったんだ」

 

 

 

「日々成長しているもの、もうシャーシャは料理の腕で抜かされたかもしれないわね」

 

 

 

「まぁ確かにワタシはそこまで上手くないけどさ」

 

 

 

 サンドイッチを受け取って口へ運び咀嚼する、パンの部分は僅かに焼き目が入っており香ばしい香りを感じられる品だ。

 

 

 

 不味くはない、寧ろ美味である、しかしサンドイッチを不味く作ることの方が難しいくらいなのでこれくらいで褒めることはできない、そんな風に考えるのは少しの悔しさがあったからだろう。

 

 

 

「あッ、シャーシャさん、お味はどうでしょうか?」

 

 

 

「パンは私が焼いたんだよッ!!」

 

 

 

 サンドイッチを咀嚼していると車両の中から二人の少女が顔を出す、片方は中性的な容姿をした少年にも少女にも見える人物だ、もう片方はどこか浮世離れした雰囲気を持つ少女であった。

 

 

 

 前者はミカエラ、後者はラシュリーという名で、どちらも春風のキャラバンの団員となる。

 

 

 

「んん、美味いよ」

 

 

 

「えぇ、二人とも上手になったわね」

 

 

 

「はい、ラシュリーさんと沢山練習しましたから」

 

 

 

「しましたから!!」

 

 

 

 ふんす、と鼻息荒く胸を張るラシュリーのその場にいた全員が微笑ましい気分となる、この少女は不思議とそう思わせて来る雰囲気があるのだろう。

 

 

 

 二人は折り畳み式の椅子に腰を下ろして自分たちが作ったサンドイッチに手を伸ばす、そして一口食べてから満足そうに頷くのだった。

 

 

 

 彼女たち以外の団員たちもそれぞれ篝火を囲みながら少し早い晩食を楽しんでいく、地平線は群青色に染まっておりもう一時間もすれば完全に夜となるだろう。

 

 

 

 キャラバンでの生活を続けていれば野営など特に珍しいことでもない、ましてや彼女たちは複数の車両を運用する大型キャラバンである、寝るときは壁も屋根もあるので他と比べれば随分と暮らしやすくあった。

 

 

 

 このままいつも通り談笑を続けて、ラシュリーが眠気を感じて船を漕ぎ始めればお開きとなる、それがここ最近の流れとなっているのだ。

 

 

 

「そういや団長は?」

 

 

 

 ある程度は腹も膨れて食後のホットワインを楽しんでいると、ここまで姿を見せなかったキャラバンの主がいないことを不思議に思ったのか、シャーシャがそんなことをローレライに尋ねた。

 

 

 

「商談中よ」

 

 

 

 帰って来た返答は短い、近くにいたラシュリーにその言葉の裏にある意味を知らせない為の配慮である。

 

 

 

 そして付き合いの長いシャーシャにはそれで十分であった、団長の仕事はキャラバンの運営だけではないと知っているのだろう。

 

 

 

 コクリ、コクリ、と頭を揺らして船を漕ぎ始めたラシュリーの視線を向けながら、ローレライは静かに吐息を漏らす。

 

 

 

 そんな動作一つ一つが色っぽいのだから、本当に魔性の女である。

 

 

 

「もうすぐ聖都だから、面倒事にならなければいいのだけど」

 

 

 

「もしかしたら進路を変えることもあるのかな?」

 

 

 

「団長のお仕事次第かしら、あの三人とも合流したいからそうなって欲しくはないのだけど」

 

 

 

 春風のキャラバンの目的地は聖都である、祝祭に合わせて様々な物や人が集うので商機でもあるのだ、商いをする者にとっては重要な日であり場所だろう。

 

 

 

 それに加えて、彼女たちには別の目的もあった。

 

 

 

「聖都にあの三人がいてくれたらいいんだけどなぁ」

 

 

 

 シャーシャが頭の中でエミリーとキャロルとシャルルの顔を思い浮かべる、約二年ほど前に離れ離れになってしまったキャラバンの同胞たちであり、祝祭が催される聖都を目指す理由でもあるのだ。

 

 

 

 もしキャラバンと離れてしまったらどうするだろうか、そう考えた時に最も現実的な合流が可能なのが聖都であり祝祭という日だろう。

 

 

 

 なにせ毎年のように春風のキャラバンは聖都で商いをしているのだ、ならば聖都を目指してそこで合流しようと思うのは自然な流れである。

 

 

 

 三人娘も当然そう考えるだろうと思い、春風のキャラバンは祝祭に合わせて聖都を目指しており、今はその道中であった。

 

 

 

 ただ少しだけ雲行きが怪しくなっていた、キャラバンの団長が行っている副業とでも言うべきものが進路を変えさせる可能性があるらしい。

 

 

 

「大丈夫よ、あの子たちは皆、とても賢いから心配はいらないわ」

 

 

 

 例え聖都にいなかったとしても独自に生活の糧を得ているはずだ、キャラバンでの勉強や訓練は決して無駄にはなっていないとローレライは自身を持ってそう断言する、三人に教育を施したのは彼女である。

 

 

 

「……ただ、もし進路が変わるとしたら今年の祝祭には間に合わないかもしれないわね」

 

 

 

「去年も何だかんだで間に合わなかったもんな……団長の副業で」

 

 

 

 祝祭に参加することができなかった時に、ようやく合流できるとはしゃいでいたミカエラとラシュリーに落ち込みようは今でも覚えていた。

 

 

 

 篝火の温もりを感じ、頭を預け合って眠りに落ちているミカエラとラシュリーの姿を眺めながら、今年はそうならないように願ってみるが、こういった場合は必ず面倒ごとになるとこれまでの経験で知っている為に、最終的には苦笑いにしかならない。

 

 

 

「もうちょっとで例の無限城がある街まで辿り着けるし、そこで補給を済ませてからどうするかだよな」

 

 

 

「そうね、あそこには三人がお世話になった人たちもいるから、もしかしたら何か情報や伝言が残ってるかもしれない」

 

 

 

 そうでなくとも三人を知る人物がいるのでキャラバンの方から伝言を残しておけば、あの街を訪れた三人の内の誰かに情報が届く可能性もあるだろう。

 

 

 

「まぁ、もし祝祭に間に合わなかったとしても、聖都で大人しくしてくれてれば合流もできるんだろうけど」

 

 

 

 シャーシャは自分で放った言葉に内心で無理だろうなと結論を出していた、あの三人のことだから何らかの理由で収入を求めるだろうと考えて、色々な所に稼ぎに出るだろうと想像して、それが妙に納得できてしまう。

 

 

 

 理由は簡単だ、自分だってそうするのだ、あの三人がそうしない理由がない。

 

 

 

 キャラバンに属して、そこで教育を受けて、商人としての思考や考えを培ったのならば、より大きな稼ぎを求めようとするだろう、次の祝祭まで大人しく一年を過ごすとは考えられなかった。

 

 

 

 それは悪いことではない、寧ろキャラバンの団員としては理想的な姿だろう、合流するという最大の目的からは遠ざかるのかもしれないが、それで良いとローレライもシャーシャも判断しているらしい。

 

 

 

 自主独立こそキャラバンの生き方だ、それを否定することなど誰にもできなかった。

 

 

 

 どうなるにせよ団長の都合次第である、もしかしたら三人娘との合流もズレるかもしれない。

 

 

 

 そうなった場合またミカエラとラシュリーが悲しむかもしれないが、シャーシャとローレライとしてはそうならないことを祈るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、小王国郡の現状はどうなのかしら?」

 

 

 

 キャラバンに属する大型の車両の一つ、その中にある団長の私室兼執務室となっている専用車両の中で、団長であるキララがそんな質問をしていた。

 

 

 

 彼女の正面には誰もいない、執務室を見渡しても誰かはいない、ただ夜が近くなり光源が薄くなってきた室内の片隅にある暗がりでほんの僅かに誰かの熱がある。

 

 

 

 よく目を凝らして観察しなければそこに誰かがいると認識することはできないだろう、それほどに存在感が薄い。

 

 

 

 暗がりに溶け込んでおり輪郭すら曖昧なその誰かは、執務室の椅子に座って書類の確認を行っているキララの背中に小さな返事を送る。

 

 

 

「大量のアンデットが徘徊している、原因はハッキリとしないが発生源はわかっている……どうやらとある国から大量発生しているらしい、そこを中心に次々と生まれている状況だ」

 

 

 

「……具体的には?」

 

 

 

「その国の住民全てがアンデットになるほどの数だ、当然ながら自然発生したものではなく、意図的な災害だろう」

 

 

 

 小王国郡を構成する幾つかの国の一つがアンデットの発生源らしい、小国と言えどもそこに住む住人がまるごとアンデットになったとするのならばとんでもない数となるだろう。

 

 

 

 中途半端な埋葬ばかりをしている墓場に偶に発生するゾンビやスケルトンとは異なる、明らかに人為的で途方もない悪意を感じさせる大災害であった。

 

 

 

「だとしたら妙な話ね、どこかの邪悪な魔術師が馬鹿な儀式でも行ったのかしら?」

 

 

 

「邪な魔女の御業という点は似たようなものかもしれないな……そこが依頼に繋がる、その国民が丸ごとアンデットに変わった国には蝕みの毒婦がいるらしい」

 

 

 

「……毒婦?」

 

 

 

「絶世の美女らしいぞ、それはもう可憐で美しく、王も王子もその子も全てが涎を垂らして夢中らしい」

 

 

 

「それが今回の依頼、暗殺対象と言う訳ね」

 

 

 

「いかにも。依頼主は帝国皇帝だ、あちらも毒婦の存在に気が付いて排除したいらしい、まぁ当然だろうな」

 

 

 

 国民を全てゾンビに変えるような異常事態である、そんな中で王も王子も魅了して国を牛耳る存在を疑わない訳がないだろう。

 

 

 

 ましてやそこから生まれるアンデットたちは、帝国と繋がりの深い小王国郡の国にも迷惑をかけているのだ、妖しすぎる存在を排除したいと考えるのは自然な流れなのかもしれない。

 

 

 

「他にも嫌な報告がある、どうにもアンデットたちを先導する者がいるらしくてな、聞いて驚け、悍ましい気配を放つ首なしの騎士らしい」

 

 

 

「そちらは暗殺対象ではないのでしょう?」

 

 

 

「あぁ、帝国皇帝からの依頼は毒婦だけだ、そちらに関しては何も言われていない……状況次第ではそちらもと依頼が来るかもしれんが」

 

 

 

 そうなったらその時に考えれば良い、少なくともキララが現段階で注視すべきなのは毒婦の方である。

 

 

 

「報酬はこれだ、さすがに金払いが良い」

 

 

 

 暗がりからずっしりとした重さを持つ革袋がキララの執務机に投げ落とされる、落下した瞬間に重たい衝撃が広がったので中身は大いに期待しても良いだろう。

 

 

 

「因みに前払いでな、成功報酬は同じ金額をもう一度だ」

 

 

 

 さすがは大国の皇帝である、これだけの支払いをしても懐は痛まないのだろう。

 

 

 

「……報酬も魅力的ではあるが、我々としても小王国郡の異変は見過ごせない。神官連中が言うには世界規模での異変らしくてな、我らが神が憂いているそうだ、お前には何か神託はないのか?」

 

 

 

「今のところは何も、死の神は静謐を好まれている」

 

 

 

「我らが神の愛情が深いお前がそれではな……まぁ、良い、我々の在り方を忘れるな」

 

 

 

「言われるまでも無いわよ、死をもって世界を次へ、でしょう?」

 

 

 

「わかっているのならばいい……毒婦の暗殺、任せたぞ」

 

 

 

 それだけ言い残して暗がりに潜んでいた人物は最後まで輪郭を朧げにしたまま静かに消えていく、去り際も足音一つ立てることはなく、扉からではなく月明りの差す窓から消え去った。

 

 

 

 同僚のそんな姿を見送ることもなく、キララは残された依頼書を眺めながらこれからのことを考えているようだ。

 

 

 

 そして暫く考え込んだ後、大きな溜息を吐いてからキャラバンの進行方向を変える決意をする。

 

 

 

「……祝祭には間に合いそうにないわね」

 

 

 

 離れ離れになってしまった三人の団員たちの顔を思い浮かべて、キララはまたもや大きな溜息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。