商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
「皆、悪いのだけど、今年の祝祭には参加できない」
翌日、キララが団員たちを集めて開口一番にそう言った。
反応は主に二つに分かれる、ある程度は予期していた者と、盛大に残念がる者である。
前者は経験豊富な団員たちであり、後者は主に年少組の若手たちだ。
特にミカエラとラシュリーはわかりやすく沈んでいる、三人娘と聖都で合流できるかもしれないと期待していただけにやる気が空ぶってしまったからだろう。
「団長、私たちの何名かだけ聖都に向かってあの三人を探すのは駄目でしょうか?」
ローレライのそんな提案にキララは首を横に振る、意地悪している訳ではなく戦力を分散させたくない思惑があるからだ。
「色々と面倒な依頼が入って来たの、シャーシャとローレライには手伝って欲しくてね」
「そりゃ珍しいな、団長だけが動く訳じゃないのか」
「それだけ面倒な依頼なのよ」
シャーシャの言葉に溜息交じりにキララはそう返す、頭痛がするのか眉間に皺を寄せていた。
「……年少組だけで聖都に向かわせるのも不安があるし、かといって戦力の分散はしたくない。可能な限り素早く終わらせるつもりではいるけど、祝祭には間に合わないものと考えて置いて」
「……エミリーさんたちには今年も会えないかもしれないんですね」
キャラバンの方針は決まったが、全てに納得した訳ではないのだろう、ミカエラが零したそんな呟きに申し訳なさそうな顔を団員たちはした。
「ごめんなさい、でもあの三人は今も無事よ。ちゃんと契約書が残っているから、今も元気にしているわ」
断腸がしゅんと項垂れるミカエラとラシュリーの頭を穏やかに撫でる、自分の都合で振り回していることに罪悪感を覚えながらも、方針を撤回するつもりはないらしい。
二人もキャラバン全体の方針に完全に反対している訳でもないのだろう、頭を撫でるキララの指先を受け入れてくすぐったそうにしていた。
「それで団長、その依頼ってどんなのさ?」
「シャーシャ、貴女も小王国郡は知っているわよね?」
「そりゃ知ってるさ、色んな小国の集まりで……あ~、確か最近はアンデットがどうのこうのって噂は聞くけど」
「それ絡みよ、どうにも国民全員がアンデットになったとか」
そんなことを聞かされて団員たちはそれぞれ嫌そうな顔をする、誰だってわざわざゾンビと出会いたいと考えないので極めて自然な反応であった。
さっそく士気が下がったことを感じ取ったキララは苦笑いを浮かべながら、パンパンと拍手をして乾いた音を響かせて団員たちの集中力を戻す。
「はいはい、気分が下がるのは理解するし、巻き込んで悪いとも思うけど、それでも今日も働いていかなければならないわ、それぞれ担当の仕事に精一杯励んでちょうだい」
尤もな意見である、戦争中だろうと猛吹雪だろうと彼女たちは商人なのだから働いていかなければならない、不平不満は稼ぎで帳消しにするのが商人という人種である。
幸いにも今日は快晴だ、ここ最近は雨も降っていないのでダーボや車両がぬかるみに捕らわれることもないだろう、予定通り進めば午前中には無限城がある探索者の街にまで辿り着けるだろう。
車両の窓から空を見上げてみれば、山よりも巨大な建築物が離れたこの場所からでも確認することができる、目的地はその真下にある街であった。
本来ならばそこで補給を済まして聖都へと向かう予定であったのだが、キャラバンが進む先はアンデットが蔓延る小王国郡である。
「団長、あの街には三人がお世話になった探索者の方たちがいた筈、話を聞いてみましょうか」
「それも良いわね、もしかしたら接触するかもしれないし伝言でも頼みましょう。ローレライ、お願いできるかしら?」
「はい、お任せを。私も尋ねたい方がいますので、そのついでに探してみましょう」
こうしてキャラバンは今日も動き出すことになった、ダーボの足は本日も快調であり無数の車両を牽引しながらも疲れた様子もなく探索者の街へと進んで行く。
予想通り午前中には街へと辿り着くことができた、ここでやるべきことは物資や食料の補給である。
探索者の街とも呼ばれているがそれは二年も前の話である、どういった経緯か不明ではあるが無限城の主と魔術師たちの間に何らかの条約が交わされてからというもの、探索者たちは城へと立ち入ることは許されなくなったらしい。
かつてここで探索者として活動していた者たちの大半が新天地を求めて旅立ったのだろう、どこかの戦場に傭兵として流れたか、もしくは悪事に手を染めているか、或いはどこかで畑でも耕しているのかもしれない。
何であれそういった傭兵や探索者たちが消えた今、以前にあったどこか野蛮な活気は姿を消している、代わりにどこか知的な雰囲気を持った者が通りを歩くのが多くなった。
どうやら探索者が減った代わりに魔術師たちが多くこちらに居を移したらしい、無限城の主との間に結ばれた約定が関係しているのだろう。
少なくともこの町は魔術師たちが移り住んで来るくらいには魅力的な場所であるらしい、普通に住んでいる一般的な住民にとっては今までの客が探索者から魔術師へと代わっただけなので生活に大差はないらしい。
そんな変化の中にある街並みから少し外れた位置に春風のキャラバンは車両群とダーボを留める、初見の者は大きな獣がキャラバンを率いていることに驚きを見せるのだが、この街に来るのは初めてではないので騒ぎも起こらなかった。
街に住んでいるであろう子供たちが遠くからダーボを見て驚きの声を上げているくらいのものだ、やはりダーボの姿はよく目立つので子供たちには珍しく映るのだろう。
そのついでに春風のキャラバンの名前や看板を覚えて貰えるのならば、彼らも将来の客となるのだ、知っている相手と知らない相手なら必ず前者を利用するものだ。
知ってか知らずがキャラバンの広告塔として働いているダーボの体毛を指先で撫でてから、ローレライは客から貰ったドレスを身に纏って街へと進んで行く。
大通りを歩けばそれだけで周囲から熱っぽい溜息が感嘆の声が漏れ出る、男は勿論だが女性からも同じような反応が出るのだから、ローレライの存在感はダーボに負けない程に大きいのだろう。
あんな女性と一夜を共にできる、そんな事実を知れば男たちは競ってキャラバンに金を落とすのだ。
ローレライもまた広告塔ということだ、街を歩くだけでキャラバンの名前が広がるのだからとても安上がりであった。
ただ彼女には目的がある、キャラバンの宣伝はついででしかなく目的地は空に浮かぶ巨大な建築物だ。
勝手に踏み入ることは許されていないが、あの城の主もかつての弟子が相手ならば門を開くであろうという考えは間違ってはいなかったらしい。
街の片隅で無限城を見上げること数分、ローレライの背後で突然に風景画ぐにゃりと歪み。
次の瞬間には濡れ髪を破くかのように歪んだ空間に穴が相手細い指先が伸びる、その瞬間にローレライは上品に頭を垂れた。
「お久しぶりです、お師匠様」
彼女の前に姿を現したのは少女のような姿をした魔術師であった、虹を注ぎ込んだかのような輝きを放つ瞳が印象的な人物である。
始まりの魔女と呼ばれて尊敬されて畏れられる存在だ、ローレライにとってはどちらかと言えば指導者という感覚が強いのだろう。
「えぇ、お久しぶりですね、この時代までよく生きていたものです」
「この体はもう聖人となっておりますので、ある程度の不死性があります」
「あぁ、なるほど、貴方はエルフでしたね……人間よりも精霊に近い、聖人になったことでよりそちらに傾いたと」
「はい、しぶとく生きておりました」
「大変結構、死体はアンデットにするくらいしか使い道がないので、生きている方がずっとマシでしょう」
始まりの魔女らしい言い方にローレライは昔を思い出したのか僅かに笑って見せた、かつて弟子であった頃もこうして感情や情緒を抜きにした会話を行っていたものである。
「……ここで立ち話もなんですから、中へ入りなさい」
「お邪魔させていただきます」
始まりの魔女が手を差し出して、もう片方の空いた手は歪んだ空間の向こう側へと向けられた。
恭しく差し出された手を掬い上げるように掴むと、ローレライの体は大きな力の流れに吸い込まれるように歪みの中へと吸い込まれていく。
体幹が予期せぬ形で揺らされたことで少しばかりの酔いを感じるがそれも一瞬である、吸い込まれるような感覚が収まったことを確認して瞼を開けば、そこには街並みではなく無限城の一室が広がっていた。
この世界の環境を再現して動物や植物が生存できる大自然を再現したのが無限城である、言ってしまえばこの城は小さな星である。
だが全てが完全な自然環境という訳ではない、中には図書室や住居などを設置した部分もある、ローレライが連れてこられたのはそんな居住環境の一部なのだろう。
壁も床も幾何学的な刻印が刻まれた落ち着かない空間の真ん中には、結晶で作られた机と椅子がある。
始まりの魔女はその一つに腰かけて、ローレライもまた空いている椅子に座った。
「それで? 何故訪ねて来たのです?」
「お尋ねしたいことがあります」
少しの躊躇で言葉が濁る、しかし虹色の瞳の前では何の意味もないことを思い出して言葉を続けていく。
「今、世界で何が起こっているのか……それをお尋ねしたいのです?」
「世界で何が起こっているか、大変難しい質問です……私も全てを理解している訳ではありませんので、降水量や動植物の分布程度ならばある程度の情報があるのですが、いつどこでどんな営みがあるかなどは――」
「いえ、そういうことではなく……悪魔に関してです」
「うん? 世界について語る訳ではないのですか……悪魔に関しての話ですね、確かにあの連中の動きは気になるでしょう」
「小王国郡では大量のアンデットが発生しているとのことです、それを率いる首なし騎士はいるとか」
「それだけの力があるのならば魔王の因子を持った存在でしょう」
「色々と蠢動を感じます、近く大きな節目になるのではと」
大きな戦いの気配が迫っているのではないか、長く生きたローレライにとってはその感覚はこれまで幾度も経験したものである、本当に数え切れないほどに。
その感覚に従うのならば、これから途方もない変革と戦いが起こることになる、少なくとも彼女はそれが外れるとは思っていないのだろう。
「悪魔の、魔王たちの目的は一体なんなのでしょうか? 私はそれが知りたい」
「……そうですね」
虹色の瞳がここではないどこかを眺めるように移ろった。
「かつての大戦についてはいつか語ったことがありますね?」
「勇者様と共に戦った話であるのならば」
「そうですね、かの時代の話をもう少し詳しく説明するのならば、あれらの戦いは全て大儀式を成立させる為のものでした。思念でも欲望でも恨みでもなく、悪魔たちは義務で戦っていた」
「大儀式となりますと、奇跡でも起こそうとしたのでしょうか?」
「大変宜しい、まさにその通り、多くの人々の魂を集めることで悪魔たちはそれを成そうとしていましたね……神を地上へ生み出す為に」
「神の降臨など、奇跡が幾つあっても足りません……声を聞くだけならばともかく、地上に生み出すなど、蟻の巣穴に人間を押し込むようなものです」
「面白い表現をしますね。ふむ、確かに神を地上に生み出すなど、小さな蟻の巣穴に人間を存在させるようなものでしょう、ですがほんの指先だけならば巣を壊さずに何とか入れられるのでは?」
「……そんなこと」
絶対に不可能だと、ローレライは否定することはできなかった。
「神を完全に顕現させればその存在感の大きさで世界は壊れて、しかし指先程度ならばまだ耐えられるでしょう」
「それが魔王たちの目的……魔神を召喚することが」
「真意はわかりませんがね、ただ悪魔たちの行動を見ているとそういう推測に落ち着きます、かつては勇者にそれは阻まれましたが」
「生き残った悪魔たちは必ず力を蓄えている筈です、ここ最近は悪魔たちの存在感が増しております、また大戦になるやもしれません」
「……時代は廻るものですからね」
ローレライは椅子から立ち上がって始まりの魔女へと優雅に頭を下げる。
「感謝いたしますお師匠様」
「これからどうするつもりですか?」
「……何も特別なことはいたしません、私は英雄でも勇者でもありませんので、ただ己の手が届く範囲で可能な限り救済を行っていくだけでしょう、今までがそうであったように」
その言葉に始まりの魔女は大きく頷く、そして教師めいた口癖をいつものように伝えるのだった。
「大変宜しい、そのあり方を束ねたものが人類史の根幹です、よくわかっていますね」
教え子の答えに彼女は満足しているようだ、弟子の成長を見ることは師匠にとって最も大きな喜びであり娯楽でもある、彼女はそれをよく知っているのだろう。
多くの弟子を育てて来た、その弟子たちはまた多くの弟子たちを育てた、その最新の世代がエミリーたちの世代である。
きっとその世代もまた新しい弟子たちを育てていくのだ、それはやはり始まりの魔女にとって大きな喜びであった。
その力はきっと、混乱渦巻く時代であっても人類史を次に進めてくれるものだと、始まりの魔女は疑うことなく信じているのだろう。
彼女に未来はわからない、それでもその力は未来を確信させてくれるものだとわかっていた。