商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
ローレライが無限城で始まりの魔女と話していた頃、地上ではキララも他者と情報交換を行っていた。
「そうでしたか、エミリーだけはお二人の元に顔を出したのですね?」
「えぇ、そうですわ……我々としても、もしかしたらキャロルやシャルルはこちらに合流しているのではと思いまして」
「そうでなくともあっちは私らを探しているかもしれないと思ってさ……いえ、思いまして」
キララの正面にはかつて三人娘が世話になった探索者の二人であるリンダとバッカニアである。どうやらこの二人はよく目立つダーボの噂を聞いて春風のキャラバンがこの街にやってきたと知って尋ねて来たらしい。
やはり彼女たちとしても三人の行方が気になっていたのだろう。
エミリーは幸運なことに早々に聖都へと辿り着いて神殿での生活基盤を整えたらしく、その使いでこの街にフラリと訪れた為に再会が叶ったのだが、シャルルとキャロルはまだ発見できていない。もしかしたらもうキャラバンに帰っているのではと考えたらしく顔を出したらしい。
キララとしても話が聞きたかったので会いに来てくれたのはとても都合が良い、もし三人娘がここに顔を出した場合に伝言も残しておきたかった。
ダーボという広告塔もあって容易に接触することができ、三人娘が所属していたキャラバンが街にやって来たのならば、団員たちを一時的に預かっていたこの二人が話を聞きに来るのは自然な流れである。
個人的な負い目もあるので情報収集を行ってはいたのだがそれとて限界はあり、もし三人娘が無事にキャラバンへと帰還していたのならば、それ以上に安心できることもない。
ただそんな思惑は空ぶりに終わってしまう。キャラバンを尋ねてキララに話を聞いてもまだエミリー以外は行方知れずのままであった。
「お二人とも感謝いたします、三人を気にかけてくださって」
「いえ、それは当然のことかと、大事な団員をお預かりしていたというのに、行方不明にしてしまうなど」
「まぁ、私とリンダが守らないとダメだった立場だしな」
「はい、我々の力が及ばなかった為にこうなってしまい、どれだけ謝罪しても足りません」
キャラバンの団員を預かっておいて行方不明にしてしまった。それは間違いなく非難されるものだと二人は考えており、間違ってはいない戒めではあるが、キララは力強くそれを否定する。
「それは違います……私たちキャラバンの団員は自主独立を掲げている、死ぬも生きるも己の才覚と努力次第、どんな状況になろうともそれは自身の責任となり、他者にその責任を押し付けるようなことは致しません」
探索者として働くことも、巨大な悪魔と戦うことも、全ては三人娘が決めたことである。行方不明になったのもその結果であると考えているようだ。
勿論だが心配はするし不安もあるだろう。それでもリンダとバッカニアを責めるつもりはないらしい、それは三人の判断と行動も否定することになってしまう。
己の責任と行動の結果を他者へ押し付けるような真似はしない。自主独立とは国家や社会に属さず自由に生きると言うことであり、その先にどのような結果に行き着こうとも誰にも責任を押し付けないということだ。
「きっとあの三人も同様に考えるでしょう……貴方たちを責めるような教育はしていないので」
「そ、そうですか」
力強い断言にリンダは僅かに引き気味になる。覚悟を決めた生きかたを見せられて、これから自分たちが飛び込む世界の厳しさを知ったかのようだ。
探索業が実質休業状態となっている二人は、その当時に溜め込んでいた資金を使って商会の運営を行っており、車両なども保有している、
つまり春風のキャラバンは彼女たちにとって先輩である、それも遥か先を進む存在だ。
行方不明となった三人について――エミリーに関しては既に行方がわかっているが、残りの二人に関しての情報交換も重要であり、加えて縁を結ぶこともまた目的であった。
商人は人の縁こそが最も大きな力なのだ。だからこそ彼女たちは情報交換のついでに互いが経営するキャラバンのエンブレムを交換したりしている。
役に立つかどうかなどわからないが、それでもとりあえず交換して顔と名前を覚えるのが商人という人種なのだろう。
残念ながらシャルルとキャロルに関しての情報や行方に感じてはどちらも振るわなかったが、これからも継続して捜索をするという意思を共有できただけ多少なりとも前進だと言えた。
何より、エミリーだけは既に聖都に辿り着いていることがわかっただけで、十分すぎるほどの情報である。
「シャルルとキャロルはこれからも情報収集を行いますわ、目立つ二人なのでどこかで引っかかるかもしれませんし」
「えぇ、お願いします。それと、もし三人の誰かが貴方達を尋ねて来た場合、伝言を伝えては貰えないでしょうか?」
「えぇ、勿論ですわ」
キララは少しだけ思い悩む。三人と合流できないことで落胆したラシュリーとミカエラの顔を思い出しているようだ。
正直に言えば日程はギリギリである、今から小王国郡に向かって依頼をこなして聖都に向かったとしても、高い確率で祝祭には間にあわないと思われた。
それでも、合流する為に全力を尽くすべきだろう。団員たちを導く者としての責務である。
最速で終わらせれば何とか最終日には滑り込めるはず、そんなことを考えながらキララはこんな伝言を残す。
「次の祝祭には必ず参加すると、そう伝えて貰えますか?」
難しくはある、もしかしたら無駄な期待を持たせるだけになってしまうかもしれない、それでも決意を言葉にするように彼女はそんな伝言を残すのだった。
そんな簡単なことではないと彼女自身が最も理解しているが、商人なのだから最大効率の利益を目指さない理由はないだろう。
伝言を残し互いのエンブレムを交換して彼女たちの話は終わりとなった。これから情報交換や商いなども積極的に行っていくことを確認して契約書も作る。
それらをすべて終えてからキララは団長としての顔ではなく、一人の個人としての顔に戻った。
執務室の椅子にグッと体重を預けて大きな溜息を吐く彼女の体に広がるのは大きな安堵と歓喜である。三人全てとはいかなかったが、エミリーだけは聖都にいることが確定したのは大きな安堵に繋がったらしい。
三人との間に結ばれた契約書は健在なので生きていることは確定していたが、やはり不安も大きかったのだろう。
だからこそ今すぐ拾い上げたいという思いを伝言にしたのだ、これで何がなんでも最速で終わらせる必要がでてきた。それが難しいことだとわかってはいるが成さねばならない。
「団長~、入っていいか?」
暫く安堵の感情に浸っていると執務室の扉がノックされ、入室を許可すると顔をだしたのは獣耳が目立つシャーシャであった。
「やっぱ小王国郡の状況は良くないみたいだよ」
「そう、アンデットがそれだけ多いのね」
「うじゃうじゃいるみたい、傭兵無しじゃ移動するのも難しいってさ」
シャーシャにはこの街で小王国郡の情報収集を任せていた。これから向かう場所にどれだけの危険があるのか調べるのは商人の基本である。
その結果として、やはりアンデットの存在が大量に確認されたらしく、とにかく数が多く出没も頻繁なので楽に移動とはいかない状況のようだ。
国が管理している国道などは頻繁に警邏兵が間引きを行うのでまだ安全ではあるが、少し道を反れるとすぐに腐臭が漂うらしい。
「あそこは小国の集まりだし、国道の維持が限界かもな」
「一丸になって対処すればまた話が違うでしょけどね」
「色んな大国の思惑が絡んだ末の小国だろ? 難しいんじゃないか?」
「その大国の動きは?」
「アンデットが大量発生してるのは認識してるだろうけど、今すぐ援軍を送るほどじゃないかな」
軍隊はイナゴの群れに例えられるくらいに物資を消費する集団であり、動かそうと思ってその日の内に動ける訳ではなく、どうしたって準備が必要になる。
別に小王国郡を見捨てるつもりも大国たちにはないはずだ。ただ今すぐという訳にはいかずに、しれがズルズルと続いてアンデットの跳梁跋扈に繋がっているのだ。
可能性があるとするならば帝国辺りだろうか、少なくともあの国は軍人と民間人が明確に分けられているので徴兵が必要ない。物資の問題も圧倒的な国力が成す生産量で解決することができる。
それに加えて、援軍を送る大きな理由もあるらしい。
「帝国寄りの国の……あぁ~……なんて名前だっけな、まぁ、どこかの国に皇族が嫁入りしたって噂は聞いたな。それ経由で帝国軍がアンデットの排除に動くんじゃないかって商人たちが話してた」
「そう……皇族の護衛って名目な訳ね。それならかなりの数が動かせる筈だし、アンデットの処理は現実的かしら」
まだ噂の域は出ていないがアンデットを率いる首なし騎士等という脅威の影もあるので、問題となるのは発生源の方だろう。
帝国皇帝がそちらの排除を依頼してきたのも、小王国郡への援軍は無関係ではないと思われる。
「例の毒婦とやらに感じてはどうなの?」
「……そっちに関しても色々と噂されてた。まだアンデット騒動が大きくなるちょい前くらいにそりゃ美人な女が現れたらしくてさ、どっかの国の王様がベタ惚れしたらしい。そのまま王子も城の兵士や騎士たちも一気に掌握されたって、まぁこれも噂の域はでないんだけど」
「まさに毒婦な訳ね……傾国の美女って所かしら、以前のミカエラみたい」
以前のミカエラは娼婦神の愛情が深く半神であったが、その神格は返上して普通の人間となっている。神性が齎した被害は大きく彼女もまた国を傾ける事態となっていた。
ただし例の毒婦とは決定的に異なる部分があった。己が望んでその状況を作り出した訳ではないという点だ。
「性根の方はだいぶ違うけどな……男はどいつもこいつも魅了されて、女はみんなアンデットだ、悪意がなけりゃそんなことはしないだろ」
だとすると本当に厄介な依頼であり抹殺対象である。単独での達成は難しいかもしれないというキララの予感は間違っていないだろう。
「そうね、ミカエラとは違うわ」
ミカエラは良くも悪くも純粋で素朴であり、娼婦神の愛情が深く無ければきっと普通の人生を歩んでいたことは間違いない。底知れない悪意と美貌で国を傾けるなど彼女には似合わなかった。
「で……やるの?」
「放置はできない……それに神殿の方も煩いから、処理するわ」
「神殿って、例の死の神殿か? 凄腕の暗殺者ばかりって噂の」
「そんな噂は無いし、そんな物騒な神殿もない。普通の神殿よ、普通のね」
「そっか、普通か、そりゃそうだ」
死の神殿などは存在しない、酒の席で冗談交じりにしか語られず実態もない、そういうことになっている。
「シャーシャ、他の団員たちと手分けして物資を集めておいて」
「あぁ、任せといてくれ。この街には魔術師たちが増えてるみたいだし宝石でも売って資金を集めるよ」
その資金でキャラバンの腹を満たす食料を買うつもりらしい、状況次第では長丁場になるかもしれないので準備を怠ることはできないだろう。
「早めに終わらせて、聖都に向かいたいのよね」
「今年は祝祭には参加できないって話じゃなかったっけ?」
「日程はギリギリかしら、可能な限り早く終わらせることができたら最終日くらいには滑り込めるかもしれないわ」
「ふうん、なら急がないとな」
ちゃんと間に合うのならばミカエラやラシュリーが寂しがることもない、彼女たちとしても二人に不満を溜めさせたい訳でもないのだ。
「んじゃさっそく動くよ、ロウ姉さんにも帰ってきたら手伝ってくれって伝えて置いてくれないかな」
「えぇ、情報収集も並行してお願い」
「りょ~かい」
シャーシャは椅子から立ち上がって執務室を出ていく、その背中を見送ったキララは執務室に一人残され、傍らにあった二つの刺突剣へと手を伸ばす。
愛用の武器を軽く握って瞼を閉じるとそのまま精神を研ぎ澄ましていく、ただただ鋭く悉くを貫けるように極限までだ。
もし戦いに精通した人物がこの部屋にいれば背筋を駆ける悪寒に冷や汗を盛大に流しただろう。そして見渡す限りの刃に囲まれているような錯覚に陥ったかもしれない。
冷酷に、冷静に、どこまでも鋭い刃をキララは整えていく、来るべき戦いに向けて。
暗殺者は己の心すらも刃に変えてしまう、どんな時でも迷わないように。
キララはそれを徹底しているのだろう、だからこそ彼女は死の神の愛情が一際深いのだ。
この世の中にはどうしても殺さなければならない存在がいる、誰かがそれを成さねばならないのならば、それは暗殺者の仕事であった。