商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
探索者の街で補給と情報収集を終えたキャラバンは一路、小王国郡方面に車両を走らせていくことになった。
巨大な獣であるダーボは今日も順調にキャラバンを率いていく、ぬかるんだ道に車輪を捕らわれることもなくただ進むだけならば順調そのものと言えるのかもしれない。
ただし現在の小王国郡の情勢がそれを許さなかった。天気も晴れで道も問題なくとも、蠢くアンデットたちが次々現れて道を阻むのだ。
少し進んだらゾンビが現れ、また少し進むとスケルトンが現れる。その繰り返しによってどうしても速度は遅くなってしまう。
国が管理して定期的に間引きを行っているだろう国道でさえこの有様なのだ、僅かに横道に入っただけでアンデットたちの数は倍になる。
春風のキャラバン以外にも小王国郡を渡ろうとする商人やキャラバンも確認できたのだが、そんな彼らも大勢の護衛を引き連れての移動となっていた。
「こりゃ噂以上に面倒なことになってるな」
そんなことを愚痴ったのはキャラバンの先頭付近でダーボを操るシャーシャであった。世話役兼誘導役でもある彼女は、同時に護衛役としてアンデットたちを相手にしているらしい。
相手は軍隊でも傭兵でもなく本能的に向かってくるアンデットの為に特別なことはしない。獣人特有の高い身体能力を振り回せばそれで片付けられていた。
これが訓練を積んで用兵を学び連携を密にする軍隊であったならばそう簡単にはいかないが、ただ生者の光に近寄って来て群がるだけのアンデットであれば問題は無い。
拳で殴りつけ、健脚で吹き飛ばすだけである、その繰り返しでアンデットたちは粉々になっていく。腐った体と骨だけではまともに抵抗もできず沈んでいくだけだ。
それでもキャラバンの進行速度が緩やかになってしまうのは彼女たちが警戒していることもそうだが、やはり数が多いのが一番の問題だろう。
行けども行けども立ち塞がるのは死臭を纏ったアンデットばかり、春風のキャラバンが無数の車両を連ねる大所帯であることも俊敏に動けない理由の一つなのかもしれない。
これが車両一つと軍馬と人間一人の構成であるのならば、いっそ身軽にアンデットを避けて進めるのかもしれないが、このキャラバンの規模になればそんな素早くとはいかないだろう。
出て来る相手を丁寧に間引いていくしかない、だから動きは緩やかなものとなるのだ。
現状ではシャーシャとダーボだけで対処はできているようだが、これ以上となるとローレライやキララも出るしかない。
「ダーボもありがとな」
シャーシャが立ち塞がったアンデット粉砕してから振り返ってそう言うと、ダーボは長い鼻を使って同じようにアンデットの束を吹き飛ばしていた。
人間を遥かに超える、それこそ獣人であるシャーシャよりも遥かに大きな体躯と力を持つ獣なのだ。シャーシャの太ももよりも大きな長い鼻は柔軟でありながら強靭を維持しており、それを振り回すだけで何もかもを吹き飛ばせる。
更に大きな体躯は極めて頑丈だ、分厚い皮膚とその下にある更に分厚い筋肉は鋼の刃を簡単に弾き返せるので、アンデットが束になったところで鎧袖一触であった。
現にダーボは近寄るゾンビたちを軽々と吹き飛ばしながらゆっくりとキャラバンを率いており、シャーシャの護衛など必要ないのではと思えるほどに逞しい様子だ。
それでもキャラバンの大黒柱でもあるので万が一が無いようにこうして護衛しているが、この程度のアンデットの群れが相手ではあまり意味がないらしい。
勝鬨を上げるように「ぱおおおおん」と大きな声を上げるダーボの背中に飛び乗って、頭を撫でてやると彼はまた車両群を牽引して歩を進めていくのだった。
「あぁ、臭い……どんだけアンデットがいるんだよ」
ダーボが進みだして一時間もしない内にシャーシャの鼻がまた死臭を嗅ぎ取ってしまう、まだ距離はあるようだが風に乗って異臭が漂ってくる。
嗅覚の鋭い獣人にはストレスのかかる環境だろう。あまり長居はしたくないが今の小王国郡はどこも似たような状況なのでどこにいっても大差はない。
「シャーシャさん、見張りの交代をしましょうか?」
異臭に眉を顰めていると背後から声がかかり、振り返ってみるとそこにいたのはミカエラとラシュリーであった。二人とも車両の窓から顔を出してこちらを伺っているのが確認できる。
「交代してもお前らは戦えないだろ」
「そ、そんなことありません。僕だってロウ姉さんに魔術を習ってるんですから」
「うん、私も団長に剣術を習ってるんだよ」
確かに二人は団長と副団長から指導されているのは間違いない。別に彼女たちに限った話ではなく新人団員は皆そうだ。三人娘もそうだしシャーシャもまた同様であった。
入団したばかりの二年前ならばともかく、現在の二人はもう立派なキャラバンの戦力だ。単純な戦闘能力という意味は勿論だが商人としてもである。
シャーシャとしても別に任せてしまっても問題はないと思っているのか、少しだけ悩んだ様子も見せていたが、最終的には首を横に振ってしまう。
問題なのはこの二人の実力ではなく経験の方だろう、まだ初陣を済ましていないのだ。
キララやローレライはどこか適当な相手と戦わせて初陣としたいらしいが、その機会を得られないままズルズルとここまで来てしまっている。
この二人の初陣にアンデットは適切なのだろうか? そこまで考えた段階でシャーシャとしても先輩風を吹かせたくなったのだろう、二人の提案を断ることにした。
ゾンビもスケルトンも別に強力な敵ではないが、数が多いことが気になったらしい。
初陣は重要だ、どれだけ才能があってもそこで躓くと面倒なことになる。どうせならば気持ちよく勝たせて次へ繋げたいと思う辺り、シャーシャもまた甘い。
自分の初陣はどうだっただろうか? そんなことを思い出してみるがあまり美しくはなかったので記憶の片隅に押し込む。
ともかくだ、木カエラとラシュリーの初陣はある程度整えたいと考えているのはシャーシャだけではないだろう。何だかんだで厳しくとも甘いのはキララもローレライも変わらない。
「まぁ今は私とダーボで対処できてるから問題ないって」
「……そうですか」
「残念」
ガックリと肩を落として車両の中に消えていく二人を見送ってシャーシャは視線を前方へと戻す。
後輩二人のやる気に答えられなかったのは申し訳ないが、数百メートル先にゾンビの集団が確認できたのでそちらに集中したいのだろう。
それなりに数が多いのでやはりあの二人にはまだ任せられない。シャーシャは苦笑いを浮かべて自分も甘いなと思うのだった。
「シャーシャさん、大丈夫でしょうか……」
「大丈夫!! ほら、ゾンビが吹き飛んでるよ!!」
シャーシャに助力を断られてしまったことでミカエラは意気消沈しているようだ。キャラバンに貢献したいという思いが故の提案であったのだが、空振ってしまったのでやる気の持て余しているのだろう。
隣にいるラシュリーはそこまで沈んではおらず、アンデットを吹き飛ばすシャーシャの姿をキラキラした目で見ている。
ミカエラは魔術を、ラシュリーは剣術をそれぞれ習っており、当然ながら考え方や憧れも異なっていた。ラシュリーとしては徒手空拳で戦うシャーシャの姿は格好良く映ったのかもしれない。
キャラバンに貢献したいという思いもあるのだろうが、まだ少女の域を出ないラシュリーは憧れや夢想といった側面が大きい。剣を握って戦うことにまだまだ理想が付随している時期だ。
「二人ともここにいたのね」
二人して車両の窓から戦うシャーシャを眺めているとローレライが声をかけてきた。仕事の途中だったのか手元には分厚い書類の束が確認できる。
「シャーシャさんのお手伝いをしようと思ってたんですけど、断られてしまって」
「私たちも戦えるのに」
むっと、今更ながら不満に思ったのか頬を膨らませるラシュリーにローレライは微笑みかけた。
「シャーシャは本当に手伝いが必要になったら迷うことなく声をかけて来るでしょうね、そう言わないのはまだまだ余裕があるからよ」
自分だけで全てを片付けられると思うほど自信過剰になるような教育は団員たちにされてはいない。それはローレライも同じだろう。
「でも、ボクはもっと役に立ちたいです」
「その気持ちはシャーシャにも伝わっているわ。別にあの子も意地悪している訳じゃないもの、二人が大事だからこそね」
まだ初陣を済ましていない二人にアンデットを複数相手どるのはまだ難しい。ローレライとしても妥当な判断だと思う。
それにキャラバンへの貢献というならば、何も戦士だけに限らないのだ。
「そのやる気はこっちに向けて貰おうかしら? 書類仕事ならいつでも大歓迎よ」
「はい、手伝います!!」
「う、う~ん、私は訓練の方が……」
書類仕事と聞いてミカエラはやり場を無くしていたやる気を再び燃え上がらせ、対照的にラシュリーは少しばかりげんなりして見せる。
どうやら魔術と剣術に教えが分かれていると同時に、得意分野も分かれているようだ。
「剣術は私では教えられないわ、仕事が終わった後に団長にお願いしましょうか」
訓練は仕事が終ってからである。逃げ出そうと舌ラシュリーを笑顔で制してからローレライは二人を執務室へと連れていく。
ローレライの私室兼執務室には大量の書類や手紙などが丁寧に積み重ねられていた。キャラバンの副団長である彼女には振り分けられる仕事も多くそれに比例するように書類仕事も多い。
そして団長であるキララには更に多くの書類が流れて行くので、この二人に団員たちは頭が上がらないのだろう。
束ねられた書類も、上質な封筒に入れられた手紙も、全てがキャラバンの商いや生存に必要不可欠な取引であり他者との縁である。
執務室の上に広げられている手紙のミカエラはさっと流し読みすると、彼女の知識や経験では理解が難しい難解な言い回しでよくわからない内容が記されていた。
何度読み直しても意味が伝わってこない。首を傾げているとローレライは一言でこう現す。
「それはラブレターよ……とても情熱的な、ね」
更に直訳するのならば「もう一度君と愛し合いたい」だろうか。
「よく立ち寄る街の領主様でね、キャラバンの商品もよく買って下さるから手紙のやり取りも頻繁に行っているの」
それはキャラバンとの取引を重要視しているのか、それともローレライとの繋がりを切らせたくないからなのか、ミカエラとラシュリーにはハッキリとわからなかった。
ここにある手紙は似たような内容が多い、どれも熱烈なラブレターである。
そういえば立ち寄った都市の商人組合へ顔を出せば、春風のキャラバンはそこに送られていた大量の手紙を受け取っていることをミカエラは思い出す。あれらの多くはローレライを忘れられない男たちからのラブレターであるらしい。
そういった男たちは皆、彼女の気を引こうと大量の手紙や贈り物をして、キャラバンの商品を買ってくれる訳だ、そんな彼らにローレライは気を持たせるような返信を送る。
大きな稼ぎとなっていることだろう、魔性の女とはローレライのことなのかもしれないと二人は思った。
ただこの部屋にある手紙や書類は熱烈なラブレターだけではない、注文書や発注書、或いは相場情報などが記された紙もあり、それら一つ一つを精査して捌いていくのも仕事である。
因みに二人に与えられた仕事は熱烈なラブレターの返信を量産することであった。ローレライへの手紙なのに本人が作らなくて大丈夫なのかと思ったが、代筆など珍しいことでもないので問題はないらしい。
「温かな風が吹く貴女の国を今も想い、情熱的な夜に胸をときめかせる毎日でございます……優し気な指先を思い出さない日々もなく、寂しさに枕を濡らし――」
書類仕事をしているローレライはミカエラとラシュリーに口頭で伝えたそんな内容を書き記させていく。男たちからのラブレターにも負けず劣らず情熱的で煽情的な内容であった。
歯の浮くようなセリフも多々盛り込まれており、舞台役者が言うような詩的な表現も織り交ぜながら「私も貴方に愛されたい」という内容を長々と回りくどく書いていく。
全てを同じ内容にはしない、ラブレターは唯一無二だからこそ価値があるのだと彼女は語る。
なので一人一人にそれぞれの内容を考える訳だ。ローレライは口頭でそれらの詩を伝えながら手元にある相場関係の書類を確かめている。
口と手で全く別方向の仕事を同時に処理している状態であった。よくそんなことができるものだとミカエラとラシュリーは思うのだが、魔術師はそういう多重処理が得意らしい。
因みに、二人がこの仕事を手伝い始める前は、主にエミリーが代筆の仕事を行っていたそうだ。
「うぅん……どうしてこんな回りくどく書くのかな。好きですって一言で良いのに」
「ラシュリー、それでは情緒的とは言えないでしょう? 飾らない真っすぐな言葉も良いけど、詩的な表現を好む方も多いの……特に身分のある殿方はね」
「そういうものなんだ、よくわかんないなぁ」
「ふふ、貴女も、もう少し大人になればわかるかもね」
キャラバン最年少のラシュリーにはまだ早い話である。エミリーたちと同年代のミカエラでさえイマイチわからないのだから、まだまだ先の話なのだろう。
その日の二人は、手紙の代筆をしながら過ごすことになるのだった。車両の外でシャーシャがアンデットを吹き飛ばす音を聞きながら。
天気は快晴、道は順調。
ただし、どれだけ進んでも死臭から逃れることはできないらしい。