商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
アンデットが闊歩する小王国郡は全体的に混乱が目立つ。これまで当たり前であった物流が滞ったことで全体的に物価が上昇傾向にあるらしい。
行商人なども物を運ぶ際には普段以上に傭兵などを雇う必要があり、その分が上乗せされることになる。
小麦や芋や大豆など、これまで当たり前に口にしていた食料ですら値段が高いのだ、庶民の不満や不安は高まるばかりだろう。
それもこれもアンデットによる治安の悪化が原因である、各国の王や領主とて愚かではないのだから定期的な間引きなどを行っているのだが、それ以上の量でゾンビが闊歩するのだから一向に状況は改善しない。
物の値段が高くなることはまだ良い――いや、良くはないがそれは情勢を考えれば仕方がないとまだ納得できるのだが、露店に並ぶ芋や小麦が明らかに少なくなって、底が見え始めるといよいよ焦りは大きくなってしまうものだ。
日々、多くの人々や行商人が訪れて多くの物流を動かしていたのも今となっては懐かしさを感じる。露店が並び立っていた大通りも閑散としており寂しさを感じさせてしまう。
少なくなった食料は更に値段が上がるのだから苛立ちも大きくなる。いつになったらかつての賑わいが戻って来るのかと、その都市に住む人々は思っていた。
そんな中で現れたのはアンデットをものともせず蹴散らして進んで来る車両群である。一般的な車両より遥かに巨大なそれを率いるのはやたらと鼻の長い大きな獣だ。
その獣が多くの、そして大きな車両を率いる光景は、遠目に見れば凄まじい巨躯の大蛇が進んでいるようにも見えるだろう。
近づいてくるとそれは大きな獣に牽引される車両群であることがわかり、歌に聞く春風のキャラバンであることがわかった。
この都市にも幾度か訪れたことがある筈だ、とにかく目立つ獣が牽引しているので記憶に残っている民も多いだろう。
今の小王国郡を経由する商人も減って来ていたので、アンデットを蹴散らしながらここまで来たキャラバンは何とも頼もしく見える。ついでに幾らか物を落としてくれるのならば更に嬉しい。
そんな思いを春風のキャラバンに向ける人々は、その妄想通り彼女たちが多くの物を少し高いくらいの値段で卸してくれたことに歓喜するのだった。
こんな状況なので法外な値段をふっかけられても文句は言えないのだが、普段の相場から大きく変わらない程度の値段にしたのはキャラバンの配慮であり、商人として最低限の利益を求めたからだろう。
利益を求めすぎて反感を持たれても困るのはキャラバン側ということだ、一度だけの取引なら弱みに付け込んでぼったくっても良いのかもしれないが、将来の顧客と考えれば無理を要求できない。
車両に積まれていた大量の保存食を卸せば、住民たちも口が軽くなるというものだ。
特にこの都市はアンデットの発生源とかなり近い、被害も大きいので切実かつ丁寧に教えてくれた。
「どうにも帝国軍が動こうとしているらしい」
そんなことを言ったのはこの都市の領主であった。キャラバンとも顔なじみの、正確にはローレライと懇意にしている男である。
年齢は四十歳を超えてそろそろ衰えも感じ始める頃だろううか、しかし食欲はまだまだ健在なのか春風のキャラバンから購入した酒と食料を口へと押し込んでいく。
領主の館の一室、今は夜でいるのは彼とローレライだけである。娼婦として来ているのでローレライの装いは艶やかなものであった。
「帝国軍ですか? 具体的な規模などもわかっているのでしょうか?」
「ガレス王国に皇族が入ったからな、皇族の護衛という名目ならば相応の数が動かせるだろう……こちらもそれに期待している所でね」
「治安が悪化していますものね」
歯に衣着せぬ物言いに男は苦笑いを浮かべたが気分を害した様子はない、男とローレライはそれこそ彼が十歳にも満たない頃からの付き合いである。
ローレライもこの都市に訪れる度に閨を共にしている関係だ、下手すれば政略結婚をした男の妻よりも深い関係かもしれない。
「アンデットの数が多すぎるのだ……小王国郡は会合で保有戦力を制限しているので手も足りん」
小王国郡はつまり小国の集まりだ、戦力均衡を目的として一国が保有できる戦力は決められている。
ただ正確には一定以上の軍隊を維持できないという懐事情もあり、どこもかしこむ軍隊は小規模なものであった。
帝国やその他の大国のように数万を超える戦力を自由に動かせる国など、小王国郡には存在しないのだ。
それもまたアンデットの闊歩を許している原因なのかもしれない、だからこそ彼は帝国の動きに期待もしているのだろう。
情けないかぎりではあるが、小国にできることなど多くは無い、どうしたって大国の都合や戦力を当てにしてしまうのだ。
「……ここも帝国待ちだな」
「他にも何か情報はありませんか?」
「相場などは随分と乱高下しているとも、こんな情勢だからね」
「聞きたいのはアンデットのことです。この国の近くは特に多いようですが」
「……危険だが、まぁ君たちならば問題ないか」
男はこれまたキャラバンから購入した葉巻を楽しみながら部下からの報告を思い出す。
「ここから西側の国は地獄の有様だ、アリの巣をひっくり返したかのようにゾンビが闊歩している……国境砦で何とか抑えてはいるが、それも長くは持つまい」
「……首なし騎士が率いていると噂がありますよね?」
「よく知っているな。だが噂は噂だ……それよりも面倒なのは、あの毒婦だろう」
どうやら聞きたい話は男も把握しているらしい、領主なのだから国境の向こうの状況はどうしても気になるのだろう。
「年齢は十代後半、中肉中背、髪は美しい金髪、瞳も同様、それは可愛らしくも美しい女らしい。微笑み一つで一国の王を落としたのだから大したものだよ」
少しだけ苛立った様子なのは、そのおかげでこの国も色々と迷惑を被っているからだ。
「あそこの王は特別優秀という訳でもなかったが、愚かでもなかった。配慮と慎みを持った男で、私も幾度か話をしたが……まさか女に溺れるとは、まぁ私も男なのでわからんでもないが」
呆れと理解を同時に示す男にローレライは微笑みかける。毒婦に落とされた王を完全に否定しないのは、彼もまたローレライに溺れてしまっているからだろう。
「今思えばあの女が現れてからだ、小王国郡がおかしくなったのは」
葉巻を吸い終えてから男はベッドに腰かけるローレライの隣へ座った、疲れを滲ませる様子にローレライは彼がまだ少年だった頃を思い出す。
初めて交わったのは彼に幼さが残っていた頃だったが、あれから数十年も経っているのだから容姿も立場も大きく変わってしまっている。
だが長命な種族である彼女に大きな変化はない、せいぜい髪型が変わったくらいだろうか。
色々な人々の成長と老いを見送って来たので今となっては寂しさも感じはしない、見送ることもまた愛情だと理解するまで長い時間はかかったが、それもまた良いと思えるようになった。
きっといつか彼のことも見送ることになるのだろう、少年の頃から知っている彼も今では立派な男性だ、二十年後には棺に眠っている姿を見ることになるかもしれない。
それまでの間にどれだけ愛を交わせるだろうか、見送ることに慣れてからはよくそんなことを考えるようになった。
いずれやって来る別れを惜しむように、ローレライは男に寄りかかり体を預ける。
「あちらの国とは既に連絡が取れん、偵察兵も帰ってこない、幾人か難民がこちらに流れてきたが、口を揃えて王がおかしくなったと言う……あの女に国中の人間が従っているともな」
男もまたローレライに手を伸ばして引き寄せた。
「国中の……それはまた」
「今は完全に閉ざされた土地だ、危険すぎて調査も出来ん……時折、正気を失った兵士たちがこちらを探っているが、おそらくは偵察だろう」
もしかしたら戦争になるのかもしれない、ただでさえアンデットの闊歩で疲弊しているというのに、そんなことになればいよいよ土地を捨てなければならない。
この国は別に帝国寄りではないが、それでも大規模な派兵の噂に希望を感じているのかもしれない。
「あちらに行くのならば気を付けなさい、国境を一歩でも超えればアンデットと毒婦に魅了された人間が蠢いている地獄だからね」
「えぇ、十分に気を付けます」
そこでローレライは両手を男の後頭部に回して引き寄せると、そのまま唇を重ね合わせた。
「ん……ふぁ」
葉巻の香りと酒の味を感じる接吻である、目の前の男が少年だった頃にはなかった味わいであった。
彼も大人になったのだと、妙な充実感と寂しさを感じながらも接吻は続いていく。
「あぁ、君はいつまでたっても若々しいな、私が子供の頃からずっと変わらない」
「貴方は魅力的になったわ、体も大きくなって立派よ」
「皺も増えたがね」
「あら、それが良いじゃない」
「ふふ、相変わらず甘やかしてくれる人だ」
そこで男はローレライの体をベッドに押して沈めてしまう。
「……どうだろうか、以前の提案を受け入れてはくれないかな?」
「私は流れの娼婦よ、お妾さんには相応しくないわ……奥さんも怒らせたくないもの」
「妻は故郷に好いた男がいるらしくてな、ここ最近はまともに会話もしていない」
政略結婚だったので子供が生まれれば用済みとなったのだろう。籍はそのままだが殆ど別居状態にあるらしい。
ローレライも長く生きており、美しい娼婦だ、求婚など星の数ほど経験しているが、いつも結果は決まっている。
「ごめんなさい……きっと私は、色んな人を見送るのが宿命だから」
「そうか……それはつらい人生だな」
男も断られることがわかっていたのだろう、求婚もこれが初めてでもなく、返事が変わらないという予感もあったらしい。
特に気分を害した様子もなく、僅かな苦笑いと共にローレライの肢体へと手を伸ばしていく。
「まぁ君に見送られるのも悪くはない……最後の瞬間にはそうして貰うとしよう」
その言葉もローレライは何度も聞いたものである。執務室にある大量の手紙の中にはもう先が長くないので最後に会いたいという内容のものも少なくはない。
そういった人間関係もあるから大陸中を彷徨うキャラバンでの生活は都合が良いのかもしれない。彼女が席を置いている理由の一つなのだろう。
「んんッ……はッ……あッ」
ゴツゴツした男の指を全身で感じ取り甘い声を聞かせる。何度聞いても飽きることはなく、政略結婚で一緒になった妻から興味を無くした理由の一つでもあった。
美しすぎる娼婦というのも罪なものだ、色々な人間関係を壊すのだから。
だが求婚されてもしっかり断る辺り、ローレライは常に距離感を意識しているのだろう。
「ふふッ……乱暴なのは子供の頃から変わらないのね」
「君がそれだけ魅力的なのが悪いのさ」
「お上手な口ね」
するりと男の指先からすり抜けると、ローレライはベッドの上で衣服を脱いでいく。
もう何度も見て来た筈なのに思わず感嘆の溜息が漏れ出てしまう。美しい曲線を描く体は一つの芸術品のように整っており、男の理想を詰め込んだかのような姿をしている。
初めて見たのはもう三十年も前のことになる、その頃から一切体系は崩れておらず、寧ろより艶やかになったようにも思えた。
形も大きさも理想的と言える乳房に、しっかりと締まった腰つき、そして美しい臀部、どれもこれもが男を溺れさせるものである。
彼女を求めて国が傾いても不思議ではない、そう思わせる美しさがあった。
毒婦に惑わされた隣国の王を馬鹿にできないな、ベッドに身を預けて領主の男はそんなことを思うのだった。
「あんッ……うふふ、とっても元気ね」
ベッドに寝転ぶ男に跨って興奮をゆっくりと受け入れていくローレライは、焦らすような腰使いで亀頭だけを弄ぶ。
男の先走りと、ローレライの愛液が擦り合わさる度に混ざり合って粘度を増していけば、薄暗い寝室に卑猥な音が広がっていく。
ただそれだけでも十分に心地良いのだが、更なる快楽を求めるように腰を沈めていった。
「あはッ……んッ、はぁ……凄い存在感、ぁ」
完全に男の欲望を包み込むとゾクゾクとした痺れが背筋に広がって脳まで響く、とても長い人生を歩んできたがこればかりはどれだけ経験しても飽きることはないだろう。
セックスは彼女にとって仕事であると同時に娼婦神の眷属としての儀式であり奉仕でもあるのだ。
世界中に存在する様々な人々と逢瀬を重ねて愛し合うことは、神官として徳を重ねる行為なのだろう。
時の英雄や王、彼女の記憶の中には様々な時代の英傑たちがいて愛し合った思い出がある。歴史を刻んだ彼らとの交わりは一つたりとも色褪せてはいなかった。
「あッ、あッ、あんッ……ふふ、久しぶりなのですから、存分に愛し合いましょうね」
ゆっくりと円を描くように腰を揺らすとその動きに合わせて豊かな乳房も揺れ動く。下からそれを見上げていた男は思わず両手を伸ばして持ち上げるかのように形の良いそれを揉みしだいていく。
柔らかな膨らみに指先が僅かに沈み、だがそれ以上となると確かに反発してくる。そして先端にある桜色の突起に指先が触れると喘ぎ声を聞かせてくれた。
領主の男は寝転がった状態から上半身だけを起こしてローレライと対面座位の形となると、恥も外聞も忘れた彼のように胸へとしゃぶりついてしまう。
大の男が乳児のような真似をするのはどうかと彼も思うのだが、ローレライはそんな男の痴態を受け入れるかのように抱きしめて来るのでついつい甘えてしまうらしい。
「んッ!!」
乳首に歯を立てると大きな反応があった。甘噛み程度のものであり痛みはないはずだが、だからこそもどかしい痺れとなって広がったらしい。
前歯で乳首を甘噛みする度に身を震わせるローレライは、負けじとばかりに腰を揺り動かしていった。
蜜壺となった秘所で男の興奮を包み込み、締め上げて動かせばすぐに精液が競り上がって来ることがわかった。長い娼婦生活で培った腰使いは簡単に抗えるようなものでもなく、女に慣れた相手でも腰が抜けたような感覚に陥ってしまうらしい。
それでもされるがままなのは矜持が許さないのか、執拗なまでに胸にむしゃぶりつき甘噛みを繰り返す。
「んんんんッ……はぁ、あぁッ……ふッ……あッ、あッ……良いわよ、ふふ、小さな子供みたい」
そんな言葉に少しだけ苛立ったのか、男は乳首を前歯ではなく犬歯で刺激した。
「んんッ!?」
少しだけ鋭い刺激となった愛撫に身を震わせると、男は限界が近いことを感じ取ったからなのかがむしゃらに腰を振っていく。
粘液を掻き混ぜる卑猥な音と、肉と肉がぶつかり合う音が加速していき、どちらともなく昂って快楽を爆発させるのだった。
「んッ、ふッ……~~~~ッッ!!」
最後の最後に男は射精の瞬間に堪えきれなかったのか、加減を忘れて一際強く歯を立てたらしい。
これまでとは異なる鋭い痛みが走り、それを絶頂の快楽で誤魔化すことで受け入れる。
「……んんッ、そんなことされたら痛いわ」
「あ、あぁ、すまない、つい……」
よく見るとローレライの乳房には乳輪に沿って歯形が残されてしまっている、なかなかに痛々しい様子だが娼婦をしていればこれくらい慣れたものなのだろう。
悪気があった訳ではないので、彼女も笑顔を見せて受け入れた。
それに嫌いな訳でもない、交わった相手から贈られるものはそれが痛みであれ快楽であれ彼女にとっては思い出となるのだ。
この痛みを思い出す度に男の顔を思い出すことができると考えれば、見送ることを宿命としている彼女にとって重要な儀式でもある。
「許してあげる……でも次はとびっきり優しくして欲しいわ、蕩けるほどにね」
目の前の男と、後何度、交われるだろうか。いつ見送ることになるだろうか、きっとそう遠い時間ではないと思われた。
ならば彼女はそれまでの間に思い出を刻むだけだ。これまでそうしてきたように。
色々な時代の様々な男と交わって彼女はこの時代まで流れて来た。中には英雄豪傑もいて今日の時代を作って歌に語られる者もいる、どうしようもないくらい情けない男もいれば特に目立つことも無い平凡な相手もいたと記憶している。
海に沈めたあの男のように惚れた相手もいて、それぞれにそれぞれの思い出があるのだ。
そして出会いの数だけ見送ることもした、きっとこの男もそうなる。
見送ることが、今となっては彼女の宿命であり、責任にもなっているのだから。
ローレライが公演で披露する歌の中には英雄譚が多いらしい、きっとそういうことなのだろう。