※この作品はR-18です。

商人と冒険者と娼婦   作:にやまな

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第六話 侵入

 

 

 

 最終的な補給を行い、情報収集を切り上げた春風のキャラバンはいよいよ敵地へと踏み込むことを決めた。

 

 

 

 あちら側は完全なアンデットの領域なので治安は最悪である。この国のようにかろうじで軍隊が健在な場所ではないので、間引きすら行われていないだろう。

 

 

 

 立ち塞がる脅威の数はこれまでの比ではなく、相応の覚悟を問われる場所であった。

 

 

 

 主力組であるキララとローレライとシャーシャの三人は特に入念な準備を整えているようだ。

 

 

 

 キララは入念に二本の刺突剣を研ぎ澄まし、ローレライは楽器の弦を張り直している、シャーシャは柔軟をして体を伸ばしているのが確認できた。

 

 

 

 ただ緊張らしきものは無い、今更そんな初心な反応を出せるような浅い経験はしていないのか、どこまでも自然体のままそれぞれが己に合った形でその時を待っているのだろう。

 

 

 

 朝食を終えて、最終確認を行ったら、キララが号令をかけてキャラバンは進みだす。

 

 

 

「ダーボ、今日も宜しくね」

 

 

 

 キャラバンを牽引するのは当然ダーボである、大黒柱でもある彼が歩き出せば車両群もまた動き出していった。

 

 

 

 人が歩くより少し遅い位の速度で大量の車両群が向かう先は、荒れに荒れた敵地だ。

 

 

 

「くっさ」

 

 

 

 ダーボの背中に乗ったシャーシャがまず鼻を鳴らして眉を顰めると、小さく愚痴るようにそんなことを言う。

 

 

 

 鋭い嗅覚が捉えた隠しきれない程の死臭は、小王国郡に入ったばかりの頃から漂っていたものではあるが、それが異様に濃くなっているのだ。

 

 

 

 シャーシャでなくとも感じるほどである。彼女ならば不快感は更に増していることは間違いない。

 

 

 

「……こりゃいつまでも鼻は当てにできないな」

 

 

 

 あまりにも死臭が濃いのでシャーシャのような獣人には好ましくない環境であった。臭い匂いをいつまでも嗅いでいると機能がマヒしてしまうらしい。

 

 

 

 だが耳も肌も目もあるのだ、そこまで危機感を抱くほどでもない。

 

 

 

「で、団長、どう動くんだ?」

 

 

 

「キャラバンを引き連れて奥深くまで行くつもりはないわ。ギリギリまで毒婦まで近づくけど、そこからは私たちは徒歩になる」

 

 

 

「うん、それが良いと思う」

 

 

 

 シャーシャはダーボの上で、キララはすぐ後ろの車両の屋根に乗ってそんな会話をしていた。

 

 

 

「大量のアンデットはこの際、どうでも良い、帝国に押し付ければね……問題なのは魅了で洗脳された兵士たちね」

 

 

 

「……そっちはどうするんだ?」

 

 

 

 言外の殺すのかという意味をキララはしっかりと受け取っている。そして暫く悩んだ後に、こう言った。

 

 

 

「可能な限り配慮する、今はそうとしか言えない」

 

 

 

「まぁな、そっちはロウ姉さん任せになるっぽいし……上手くやってくれるか」

 

 

 

 魅了された兵士たちは主にローレライが担当するつもりらしい。ただしどこまで手を伸ばすかに関しては不透明なままである。

 

 

 

 彼女たちの目的は毒婦の排除であって救国ではない、もっと言えばキララとて団員たちを預かる立場なのだ、他人の命を何が何でも優先する責任も意味もない。

 

 

 

 手が届く範囲で無理がないのならば努力はするが、流石に数千人の洗脳された軍人の面倒を見るつもりはなかった。

 

 

 

 そんなものは国家か、或いは英雄にでも任せておけばいい、キララは暗殺者なのでどうすることも出来ないだろう。

 

 

 

 見ず知らずの他人よりも、身内を優先することは、団長としての責務でもあった。

 

 

 

 ならば殺すだろう、立ち塞がるのならばアンデットも戦士も関係が無い、そう断言できるだけの覚悟も無しに暗殺者などやってられないのだから。

 

 

 

 そんな覚悟と相反するように、魅了された兵士たちを完全に見捨てずにローレライに対処をさせようとしている辺り、キララなりの甘さが垣間見える。

 

 

 

「ローレライに無理なら、もう全てを切り捨てて戦うしかないわね……」

 

 

 

「毒婦ってのを倒せば洗脳も解けるんじゃないかな?」

 

 

 

「それも難しいのよ。魔術師のローレライ曰く、そこまで簡単ではないみたい」

 

 

 

「楽をさせちゃくれないか」

 

 

 

 可能性はゼロではないだろうが、ローレライの見立てでは難しいと判断されている。毒婦を倒せばそれで全て解決とはいかないのだろう。

 

 

 

 兵士たちは皆、毒婦に愛しているのだ、それを奪われた瞬間に激怒して死に物狂いで襲い掛かって来るか、それか絶望して死を選ぶかのどちらかに偏る可能性が高いとはローレライの言葉であった。

 

 

 

 愛は盲目であり、そして強力だ。人生の全てを狂わせてしまう位には、影響を与えることができる。

 

 

 

 強力な麻薬や毒が簡単に体から抜けないように、彼らに刻まれた愛情は深い傷となって残り続ける可能性が高い。

 

 

 

 恐ろしい力だと改めて思う。かつてのミカエラのように国を傾けて滅ぼすだけの魅了など、人類にとって毒でしかなかった。

 

 

 

 そんな毒に汚染された地域に行こうというのだ、春風のキャラバンたちにも警戒の色が濃い。

 

 

 

「この辺からだな、国境は……あんまり近づきすぎるとそろそろ捕捉されそうだ」

 

 

 

 人の往来が無くなって久しい国道は荒れ始めており、車両を進ませるのも苦労する有様だ。ここから先は徒歩となる。

 

 

 

 キララたちは車両群を隠せる場所を探して暫く国境周辺を彷徨うと、アンデットの跋扈や毒婦によって荒れた国土の中で、廃棄された砦を見つけた。

 

 

 

 かつては国境の警備や物流の管理などを行う中継地点であったのだろうが、人の営みが途絶えた結果寂しさがよく目立つ場所となっている。

 

 

 

 ここにいた兵士たちも魅了されてしまったのだろう、一人も残っておらず人気が無くなったことから獣に荒らされている始末であった。

 

 

 

 ただ周囲が壁に囲まれているのでキャラバンを隠すには都合が良い、かつてのこの場所の主たちに感謝しながらも、キララたちは拠点として使わせてもらうことにした。

 

 

 

「シャーシャとローレライは私と共に……他の団員たちはここで待機しておいてちょうだい。何かあればちゃんとキャラバンを守るのよ?」

 

 

 

「りょ、了解です」

 

 

 

「うん!! まっかせて!!」

 

 

 

 ミカエラがキャラバンの防衛と聞いて緊張気味に返事をすると、その隣ではラシュリーもやる気を出して鼻息を荒くしているのが見える。

 

 

 

「団長、こちらは我々がおりますので」

 

 

 

「えぇ、任せるわね」

 

 

 

 この場に残る団員たちもそれぞれ旅に生きる者として相応の力を持っている、危険度で言えば寧ろ敵地に乗り込む三人の方がずっと危険だろう。

 

 

 

「シャーシャ、ローレライ、問題はないわね?」

 

 

 

「おう、いつでも良いぜ」

 

 

 

「はい、後は進むだけです」

 

 

 

 こうしてキララたちは仕事に取り掛かることになった。

 

 

 

 徐々に遠ざかっていく三人の背中をラシュリーが眺めていることに、気が付いた者はいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世界は退屈だ、どうしようもないくらいに完結してしまっている。

 

 

 

 これ以上の喜びは無く、楽しみも無い、全ての発露が天井に至っているので、どうしたって退屈になってしまうのだ。

 

 

 

 鏡を見る、歪み一つない鏡面に映るのはとてつもない美女である。年齢は定かではないが女と少女の中間ほどであり、可憐さと妖艶さを見事に共存されており、顔つきも同様に見事な調和を形作っていた。

 

 

 

 ただ単純に美しいというだけではなく、その女を見ると視線だけでなく魂まで吸い込まれてしまいそうな引力のような力も感じられてしまう。

 

 

 

 もし大通りを歩けば男は勿論のこと女でさえも引き付けられてしまうだろうことは簡単に想像できる。微笑み一つで誰も彼もが従ってしまうような、そんな女であった。

 

 

 

 絶世の美女という言葉は良く聞く褒め言葉ではあるが、実際のその言葉通りの美しさを持った者はそうはいない。

 

 

 

 そもそも絶世の美女などというのは人の妄想の中にしかいないものである。個人の感性や好みで絶世の美女は幾らでも変わるのだから、理想であり妄想の存在でしかない。

 

 

 

 それでも、もし、理想と妄想を形にした女がいるのだとしたら、それはきっとこの鏡に映る存在のことを言うのだろう。

 

 

 

「はぁ……なんて美しいのかしら」

 

 

 

 熱っぽい溜息を吐いて女は鏡に映る自分を見て悦に浸る。

 

 

 

 手を伸ばすと鏡に映る自分も同じように手を伸ばして指先が重なった。それだけで終わることなく体は接近していき、最終的には鏡の自分と唇を重ね合わせていく。

 

 

 

「ん、ちゅ……あむ……なんて綺麗なのかしら」

 

 

 

 どうやら女は異常な程のナルシストであるらしい。鏡に映る自分に見惚れて舌を伸ばすなどまず完全に異常者だ。

 

 

 

 彼女の瞳には自分しか映っておらず、それ以外の者は全て道端のゴミでしかなく大した価値ではない。

 

 

 

 本気でそう思っているからこその行動なのだろう、それも彼女の美しさを見れば不思議な説得力があるのだから、魔性という言葉がよく似合う。

 

 

 

 空に浮かぶ唯一無二の太陽のように、彼女に並び立てるものはいないのだろう、ならば鏡に映る自分以外に興味をそそられるものなど存在しない。

 

 

 

 試しに視線を鏡から背けてみると、彼女の瞳に映るのはなんとも見栄えの悪い汚れた世界であった。

 

 

 

 美しく整った調度品が並ぶ部屋は、大きな鏡もそうだが明らかに庶民が暮らす場所ではなく、どこかの王城の一室とでもいうべき環境である。

 

 

 

 事実そうなのだろう、かつてこの部屋を使っていたのはこの国の王妃であった。

 

 

 

 王の伴侶が使う場所なのだから高い位置で整っていて当然だろう。調度品も鏡も王妃の物だと考えれば自然に思える。

 

 

 

 だが今の主はこの国の王妃ではない。王妃はもうゾンビとなってどこかに消えており、今この部屋を使っているのは太陽のように唯一無二の存在感を放つ女であった。

 

 

 

 王妃に相応しい部屋なのだが、彼女の視線は豪華を極める調度品たちをどこかつまらなそうに眺めている。

 

 

 

 当然だろう、初心な少女ならばお姫様の部屋だと瞳を輝かすのかもしれないが、彼女にとってこの世で最も美しいのは鏡に映る自分なのだ。それ以外は埃と大差がないのだろう。

 

 

 

 この美しい調度品の中で唯一認めても良いのは、己の姿を映す鏡くらいだろうか、そんなことを傲慢にも彼女は思った。

 

 

 

 この世に存在する何もかもが己より劣って不細工だと本気で考えているのならば、なるほど、彼女にとって世界とはどうしようもないくらいに退屈なものなのだろう。

 

 

 

 空も大地も雲も雨も緑も人も、全てが灰色に見えてしまうのならば、確かに何の刺激も得られないのかもしれない。

 

 

 

 鏡だけが彼女に色を齎す、そこに映った自分だけで世界が完結しているのだから、それ以上に面白いものなど存在しないのだ。

 

 

 

「母も罪なことをするわね……こんなに美しい私を生み出すなんて」

 

 

 

 美しくあれとエキドナに作り出された彼女は、正しくその思いを形にしてここにいる。

 

 

 

 うっとりとした表情で鏡を見つめ続けていると、豪華を極めた部屋に突如としてノックの音が届く。

 

 

 

「構わないわよ、入りなさいな」

 

 

 

 入室の許可を与えると扉が開いて壮年の男性が入室してきた。それだけならば何も妙なことでもないのだが、一つの異常として男は何故か犬のように四つん這いで移動している。

 

 

 

「おぉ、イヴ様ッ……今日もお美しいッ!!」

 

 

 

「当たり前のことを言われても面白くないわよ」

 

 

 

 どうやらこの女の名前はイブというらしい、男にとって空にある太陽よりも輝いている存在なのだろう。

 

 

 

 這いつくばって見上げることが自然であるかのように、男はその体勢に欠片の疑問も抱いていないようだ。

 

 

 

「それより何の用? つまらない褒め言葉だけじゃ許さないのだけど」

 

 

 

「ほ、報告がございます……帝国軍に動きがあったようで、ガレス王国に援軍を出したと偵察の者が手紙を送ってきました」

 

 

 

「あぁ、例の国ね……でも無駄でしょ、弟に勝てる筈がない。あの子は私と違って戦うことが得意だもの」

 

 

 

「それは勿論、首なし騎士様ならばいかに帝国軍といえど恐れるに足りません。ただ油断は禁物でございましょう」

 

 

 

「あら、私の弟が負けるとでも言いたいのかしら?」

 

 

 

「……勝負と言うのは決着がつくその時までわからないものかと。古今東西、大群を寡兵で打ち破ったことなど数え切れないほどあり、どんな強者も最後には倒れておりますれば……ならば油断は禁物でしょう」

 

 

 

「ふん……偉そうに」

 

 

 

 四つん這いの男は、かつてこの国で王と呼ばれていた男である、つまりは国王だ。

 

 

 

 そんな男は洗脳状態にありながらも冷静に諭してくる。小国とはいえ一国の王であったのでそこは冷静であったらしく、だからこそイブはそれなりにこの王を評価していた。

 

 

 

 他の全てはゴミだが、鏡の次くらいには価値を見出しているのだろう。

 

 

 

「……まぁ言いたいことはわかるわよ。良いでしょう、万が一もあるって言うのなら、いざという時は私が出ようかしら」

 

 

 

「わ、我が太陽が戦場に出られると!? い、いけませんッ!! なにとぞご自愛を!!」

 

 

 

「お前が言い出したことでしょう……必ず勝てるわけじゃないって、なら私が手伝えば盤石となるでしょ」

 

 

 

「……恐ろしいことを、戦いは苦手だと仰られていたではありませんか」

 

 

 

「苦手よ、だからチャリオットの後方で眺めてるだけにするの。もし、万が一にでもあの子を打ち破れるような英雄が出張ってくるのなら、ふふ、私が魅了してやるわ……まぁチャリオットは私と違って戦うことが得意だから、そんな状況は絶対に来ないでしょうけど」

 

 

 

 一体何をどうしたら大量のアンデットを引き連れている首なし騎士に勝てるのか、どれだけ考えてもイブにはわからない。

 

 

 

 それでも国王の言うことも否定はできないので、最後の砦としてイブが援護するのだ。

 

 

 

 どんな英雄も、彼女の魅了には敵わない。傲慢ではあるがそう言えるだけの力が彼女にはあるのだろう。

 

 

 

「ほら、進みなさい、玉座まで私を運ぶのよ」

 

 

 

 イブは四つん這いの男に優雅に腰かけて、それが当然であるかのように命令を下す。

 

 

 

 かつて王であった男はそんな屈辱的な状況も喜んで受け入れており、歓喜に身を震わせながら犬のように進んで行った。

 

 

 

 この国はもう滅んでしまったのだろう。たった一人の女によって、取り返しのつかない場所まで腐ってしまったらしい。

 

 

 

 美しさも、愛らしさも、過ぎれば毒となる。

 

 

 

 この女は、確かな猛毒であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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