商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
「そうですか、ではエミリーは帝国に向かったのですね?」
「はい、祝祭が終って暫くしてから、仲間の方々と共に商いに赴かれました」
聖都の神殿街、生命神の神殿の客室で二人の女性がそんな話をしていた。
片方は神格を宿した神官であり、この聖都どころか周辺国にも名が広まっている癒し手である神官のマリー。
もう片方は頭からつま先まで妖艶で埋め尽くされ、男の理想をそのまま形にしたかのような体や容姿を持つエルフの女であるローレライであった。
今はその目立つ容姿を隠すように全身を覆っているが、それで隠しきれない色気が見え隠れしているのがわかる。
思わず熱っぽい溜息を吐きそうになるのを抑えながらも、聖女マリーは友人の名前と行き先を教えるのだった。
エミリーが所属していたキャラバンが祝祭が終って暫くしてから聖都にやって来た。それを知ったマリーはすれ違いが起こってしまったと困り顔となり、こうして会談することになったのだろう。
キャラバン側もマリーがエミリーと知己であることを知っており、すぐに面会を予約してきてこうして話し合うことになったらしい。
その結果、双方の知己は聖都にいないという事実を共有することができた。
すれ違いである。予想していたことではあるが、こればかりは溜息が出てしまう。
世界は広く、通信手段も限られているのならば、特定の相手と示し合わさず再開するなど神の導き以外では不可能だ。だからこそ祝祭というわかりやすい再会の機会を逃してしまったのはやはり痛い。
思わずマリーとローレライは神殿の面談室で溜息を吐いてしまう。
「エミリーと拾えなかったのは残念ですけど、収穫もありました。シャルルとキャロルもしっかり聖都に辿り着いていたことを私たちは把握していなかったので」
「三人ともご無事ですよ。後、もうお一人のかた……エルフの方と共にキャラバンを作っておられました」
「エルフですか……人の社会に出て来るとは珍しいですね」
基本的に森深くに引きこもっているエルフたちが表に出て来ることはない。一応の貿易や交流もあるのだがそこまで太いものでもないのだ。確か何年も前に聖都の国際会議に出席して以来は外交関係すらも怪しいはずである。
そんな閉鎖的な種族と共に行動していることはローレライには驚きであったらしい。自分のことを棚に上げているが彼女はまだ見ぬ三人娘の新しい仲間を思い描く。
どういう経緯で共に行動することになったのかわからないが、間違いなくそれぞれが健在で合流して、祝祭に合わせて聖都を訪れていたことは間違いないとわかれば、随分と気も楽になった。
なにせこれまで完全に行方知れずで安否不明だったシャルルとキャロルが生きていたこともわかったのだ。ローレライとしては安堵の溜息の一つも零れるものだろう。
「色々とお世話になりまして……聖都で起こった大きな戦いの後遺症を癒していただきました」
大きな戦いがあったことはローレライも知っていた。聖都の周辺は異様なまでに緑が消え去り荒廃していたのだが、それは巨大な呪いによる汚染であったらしい。
それを解決する方法としてエルフが世界樹の種を植えて、地脈から大量のエネルギーを吸い出させて周辺の環境を改善させたとマリーは言う。
まだ劇的な効果は出ていないが、生命神の神官が試しに幾つかの穀物を畑で栽培すると、僅かに芽が出始めたそうだ。この汚染された大地も徐々に改善傾向にあるということなのだろう。
まだ時間はかかるだろうが、緑で大地が再び満たされることは既に約束されている。
「これからどうなされるのですか?」
「今は車両の修理と整備をしております。それが終った後は……どうでしょう、団長次第となりますが、おそらくは私たちも帝国に向かうことになると思います」
「そうですか。エミリー様たちと帝都で合流できることを生命神にお祈りしておきましょう」
「ご配慮、感謝いたします。聖女様」
始終穏やかに進んだ会談はこうして終わった。エミリーの友人であるマリーからの証言で三人娘が無事であることがわかり、それだけでも十分な収穫であったのだろう。
合流こそできなかったが、目的地も知ることができた。後はこの情報をキャラバン内で共有して、今後の方針は最終的にキララが決めることになる。
忙しい立場であろうマリーが話に応じてくれたことに感謝を述べたローレライは、生命神の神殿に手持ちから僅かばかりの寄付を行ってから外へと出た。
街の大通りを歩けばそれだけで視線を集める女である。毒婦やミカエラのような人生を歩む未来が、もしかしたら彼女にもあったのかもしれない。
ローレライはキャラバンの宣伝とばかりに笑顔を振りまき、周囲の人間を上機嫌にさせながらキャラバンの車両が置かれている広場の一角へと向かった。
そこでは傷だらけの大型車両が幾つも並び、団員たちが忙しそうに動き回っているのが確認できる。
この聖都で買い手が付いた物を倉庫車両から出す者、帳簿に数字を記す者、車両の修理を行う大工と話し合う者、例えキャラバンが動いていなくともやるべきことは多いのだろう。
そんな中の一部、まだ幼さの残る少女であるラシュリーと、肩を大きく回して体を解すシャーシャが向かい合っている場所へとローレライは視線を向けた。
護衛職である団員同士では手合わせや教練など日常茶飯事であり、これまでも幾度も行われたことなのだが、今回は一切の躊躇や手加減がないように思える。
イヴとの戦いを終え、聖都に到着したキャラバンはそこで車両の修復を行う為に暫く滞在することになった。貿易品を捌く者たちは忙しいが戦士たちはそうもいかない。
こういう時にしっかりと鍛えることも、彼女たちの仕事である。
ただし、今回は教練ではあるが、本当の意味での訓練でもあった。
まずシャーシャは本気だ。ラシュリーが病み上がりであるとか勇者であるとか気にするようなそぶりもなく、獣人特有の瞬発力と膂力を加減することなく振り回して訓練を行っているのがわかってしまう。
人間形態であっても彼女が全力で殴れば全身鎧を貫いて心臓を粉砕することすら容易い拳が、本当に容赦なくラシュリーへと振るわれて、彼女はそれを汗を流しながらなんとか防ごうとしている状態だ。
幸運による助けなのか、本当に危ない攻撃はするりと避けるのだが、そうでなければ手に持った剣で捌くしかない。
つい昨日まで重度の風邪といった症状であったのだが、目が覚めて体調が回復したラシュリーにキララが最初に下した命令は、強くなれであった。
将来有望な戦士をしっかりと守りながらゆっくりと育てていく。それがこれまでのキャラバンの方針であったのだが、そんなことを言っていられる余裕や配慮はどこかに放り投げてしまったらしい。
きっと、ラシュリーがこれから背負う運命は、穏やかに強くなることで超えられる壁ではないと、キララは思っているのかもしれない。
だから徹底的に鍛えぬく、汗と血と泥で体を汚しつくしながら、限界を幾度も超えさせていく。
シャーシャの蹴りを剣で防いで、しかし勢いの全てを止めることができなかったのかラシュリーは吹き飛び転がっていく。
やりすぎだとローレライは内心では思うのだが、口に出して反対はしないあたり、彼女も最終的にはラシュリーを最速で鍛え上げることに賛成したのだろう。
「起きなさい、相手は貴女が起き上がるまで待ってはくれないわよ」
傍らでシャーシャとラシュリーの組手を見ていたキララからも情け容赦ない言葉が飛んでいる。その光景を見てローレライが思い出すのは先代のキャラバン団長がまだ幼かったキララを鍛えている時のことであった。
自分を超える暗殺者にする為に、先代団長はキララを徹底的に鍛えていた。
弱くては何もできないと言う尤もな意見と、己の力で道を切り開いてほしいという親心もあったのだろうが、訓練は苛烈を極めたと記憶している。
甘えは許されない、そんな時期は過ぎ去ってしまった。あらゆる困難が立ち塞がって来るのがわかっているのだ、ならば鍛えるしかない。
ラシュリーもそれがわかっているのだろう、すぐに立ち上がって剣を構えて見せる。
「こなくそぉぉぉ!!」
そして疾走してシャーシャに切りかかるのだが、またしても蹴り飛ばされて元いた場所へと転がっていくのだった。
技術はある。才能もある。なによりも幸運だ。しかしまだまだ経験と成長が足りていない。それが天剣を抜きにしたラシュリーの評価だろうか。
成長期ど真ん中の年齢なので、後数年もすれば身長も伸びて戦いに適したものとなるだろう。才能は間違いなくあるので体の成長と共に鋭さを増していく。だから本当に経験値の無さこそがラシュリーに最も必要なものなのだろう。
こうして組手を行うのもその足りないものを埋める為の訓練だ。シャーシャが終ればキララが、そして次にローレライが魔術で相手をすることになる。その間に他の団員たちとも相手をすることになるだろう。
もう先輩団員の背中を見て成長しろなどと言わない。寧ろ何もかもを乗り越えて誰よりも強くなるようにというのが、ラシュリーの教育方針になっていた。
それが良いことなのか、悪いことなのかはわからない。
ただ確実なのは、ラシュリーがこれから歩む道の先には凄まじい困難が待ち受けているということだ。
それがわかっているのだから、何もかもを糧にして強くなれ。大人としてはそうとしか言えなかった。
幸いにもラシュリーにはやる気がある。幾度もシャーシャに吹き飛ばされながらも、その度に立ち上がって戦い始めるのだから、きっとそれで良いのだろう。
「団長、生命神の神殿で聖女様と話ができました。エミリーはやはり聖都を出たようです。目的地は帝国とのこと」
「そう……わかってはいたけれど、やっぱりすれ違いになったわね」
「それと、どうやらシャルルとキャロルも合流して一緒に行動しているようですよ」
ローレライは激しく組手をする様子をキララの隣で眺めながら。マリーと話した時のことを説明していく。
祝祭に合わせてエミリーたちが聖都に集っていたこと、キャラバンが祝祭に合わせて訪れなかったのでまた来年と思考を切り替えて生活費を稼ぐことにしたであろうことを推測交じりに話していった。
何よりも、エミリーだけでなくシャルルやキャロルも無事に聖都を訪れていたことがわかったのは大きな収穫と言える。
三人一緒ならば特に心配もなく、キララとしても一安心だろう。
「後は、三人と一緒に新しい仲間を加えたようです。四人で馬と荷馬車を買って帝国に向かったとのことです」
「新しい仲間ね……どんな子なのかしら」
二年もの間、離れて生活していたのだ。決して気楽な旅路ではなかっただろうし、その道中で新しい縁を結んでいたとしても不思議ではない。寧ろ一人で生きていくことの方が難しいのだから自然なことでもあった。
逞しい後輩たちである。キララはまたもや吹き飛んでいくラシュリーを目で追いかけながらそう思う。
「まぁ、無事が確認できたのは幸いね。行先も帝国方面ってわかったし、向かったのは帝都でしょう。車両の修理が終わったら追いかけましょうか」
「帝都へ向かうのは久しぶりですね。何を持っていきます?」
「確かあっちの方じゃ新通貨の発行と交換が行われているって商人組合で聞いたから。金相場が上がっているかもしれないし、ある程度は持って行こうと考えてる……仮にそれが不発だったとしても金は腐らないしどこに持って行っても使い道があるでしょう」
帝国の帝都と言えば強固で巨大な経済圏である。この聖都も大都市と言える規模であるが、帝都は軽く数倍の大きさと人口が存在すると考えれば、帝国の国力はまさに大陸屈指と言えるだろう。
商業も盛んだ。文化と芸術の推奨も行っており文化人が多い。春風のキャラバンもこれまで幾度か訪れたことはあるが、誰もが同じことを考えるのでやはりライバルが多く、ここ数年程は新規の商機を優先して開拓していたのだが、三人娘が向かったのならば後を追いかけても良いのかもしれない。
「帝国の大劇場などで公演でもできれば良いのですが」
「そんな簡単なことでもないでしょ。本当に一流の芸人だけが立てる舞台なんだから。審査だって厳しいだろうし、仮にそれを通過したとして予約は数年待ちとかになってもおかしくはないわ」
春風のキャラバンは貿易だけでなく旅芸人として公演も行っている。それなりに手ごたえもありしっかりと投資もして日々芸事を磨いているのだが、そんな彼女たちでも簡単にいかないのが帝国劇場だ。
その舞台に立つということは、つまり最高峰の技術と経験と才能を持った芸人であるということである。彼女たちでも簡単なことではないのだろう。
自分たちは都市の広場で行う公演の方がずっと似合っていると結論付けた所で、帝国に向かうならばできないことよりも商売に集中した方が良いと考える。
皇帝の代替わりがあった訳でもなく、何かしらの慶事や経済的意味があった訳でもなく、だというのに帝国は新通貨への移行を発表したのでしばらくは金相場が大きく変動する筈だと商人は思う。
今、帝国には大量の金貨が流れて集まっている状況だ。そこに元々使われていた通貨だって合わされば、それこそ山のような黄金が集中することになるが、帝国中に流通する金貨を全て交換しようと思えばまるで足らないはずだ。
これからも金の価値は上がっていくだろう。帝国に向かうのならば持って行かない手はない。
頭の中でそろばんを弾きながら、キャラバンが保有している物資や財産をどれだけ金に変えられるか細かく考えていると、もう何度目かわからない程にラシュリーが転がっていった。
先程の助言を思い出したのか、彼女はすぐに立ち上がって剣を構えている。それを見てキララは腰かけていた車両の車輪から立ち上がり、剣を構える。
「シャーシャ、交代よ」
「おう、了解」
力と瞬発力で押していくシャーシャとは異なり、キララは極まった技術を扱う戦士であった。それぞれ方向性の異なる戦士と戦わせて経験を蓄積させるのが目的なのだろう。
将来有望な団員をゆっくり安全に育てる。そんな贅沢はもう許されはしない。
幼年期の終わりは、もうとっくに過ぎ去っているのだから。