商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
神からの啓示が下されたことでキャラバンの団員たちは大いに悩んだ。
行けと言われても物理的に困難な状態である。キャラバンを支える大きな車両群の大半が損傷しているからというのが理由だろう。
動かない訳ではないがボロボロの状態であり、このまま運用していると遠からず走行不能になるのは目に見えている。だからこの聖都で大規模な修繕の依頼を大工たちにしている状態だった。
既に発注は行っており前金も払っている。明日にでも大工衆は仕事に取り掛かるだろう。
車両は動かせない。そして空にもできない。
色々と考えた末に団長であるキララは団員を分けることにしたらしい。荒事に対応できる戦力を連れて残りは聖都で待機となった。
肝心の移動方法だが、車両は動かせないので移動する組はダーボの背に乗って移動することになる。
「わぁぁあッ!! 凄いやッ!! ダーボって意外に足が速いよね!!」
ダーボの背中に乗って両手を広げ風を全身で受け止めているのはラシュリーだ。晴れて帝都に移動する組に選ばれた彼女は普段とは異なる移動方法に興奮気味である。
車両に乗って緩やかに移動するのも良いものだが、ダーボの大きな背中に乗って激しく移動するのも悪くはない。なにせ彼女のお気に入りの場所はダーボの頭なのだから。
「はい、体は凄く大きいのに、足も凄く早くて……本当に凄いです」
ラシュリーの隣にはミカエラがいる。振り落とされないように簡易の鞍を掴んでいる姿勢だ。
帝都方面に行くことになった面子はキララとローレライとシャーシャ、そしてミカエラとラシュリーとなっているらしい。
他の団員たちは聖都で待機となっている。車両が動かせない以上はダーボの背中に乗せられるだけの人数に限られ、その中でどんな状況や相手が立ち塞がったとしても高い生存能力があり対処できるだけの能力を持つ面子となると、やはりこのメンバーとなるだろう。
杞憂となればそれで問題は無いが、神の啓示も曖昧な部分が多く過剰戦力と思われても安心はできない。
聖都に残った組も心配ではあるが、そちらはそちらでそれぞれが相応の経験と技術と力を持った団員だちである。もし最悪の事態になったとしても彼女たちが春風のキャラバンを継続させているだろうとキララの中では結論が出ている。
それは後顧の憂いを断つ安心感にも繋がっているのかもしれない。例え自分たちが倒れたとしてもキャラバンは引き継がれて進んで行けるのだ。キララ自身も団長となる前に経験したことでもあった。
だから彼女たちは後ろではなく前を見る。目指すは神の啓示が示す先、そしてエミリーたちがいるであろう帝都である。
その為の足であるダーボはキララの指示に従ってそれは凄まじい速度で大地を駆けていた。
見た目の大きさから与えられる鈍重なイメージはその疾走を見れば吹き飛ぶだろう。実際に彼は大きくて重たく、キャラバンを率いている時は緩やかな足取りをしているのだが、それらの重しを全て解き放てば獣のような鋭さを発揮する。
今の素早さは鈍重な存在感を遥か後方に置き去りにするものだ。四足歩行特有の、猫や犬のような瞬発力と軽やかさがあると言えるだろう。
それでいて大地を踏みしめる度に、ズシンッ、ズシンッ、と大きな足跡を残しながら重たい存在感を与えて来るのだから決して軽やかな存在である訳ではないと証明している。
重さと軽さ、矛盾しながらも確かに両立させているダーボは、さながら戦車のように大地を突き進んでいく。
「ダーボはね、この子の生まれ故郷では実際に戦車のように扱われることもあるのよ」
そんな捕捉をするのはローレライだ。彼女はダーボの背中に乗りながら、揺れもあるというのに器用にも楽器を奏でている。
「ダーボの故郷? それってどこなの?」
興味を引かれたのかラシュリーが食いつく、それにローレライは穏やかにこう返す。
「遠い別の大陸の話よ……この辺りじゃダーボと同じ獣を見ないでしょう?」
「うん、確かに、全然見ないね」
「まだキャラバンが今より大きくなる前の話だけど、たまたま立ち寄った港町で輸入されていたダーボを見つけたのよ。最初は檻に入るくらいに小さくてね、可愛らしかったわ」
「ダーボは今でも可愛いよ?」
「ふふ、そうね、そしてとても頼りになるわね」
まさにキャラバンの大黒柱である。あれだけ大きくて数の多い車両群を運用できるのはダーボの存在があるからこそと断言できるだろう。
そして今も大いに力になってくれている。下手な馬よりも早く、そしてどんな軍馬にも負けない程の体力で大地を踏破していくのだから。
それでいて積載力も大いにある。大食いで食費が膨大な量になるのが欠点ではあるが、それを補って余りあるほどの活躍をいつも見せてくれるのだ。
ダーボの足ならば、帝国に辿り着くのもそう遠いことではないだろう。
「団長、このまま小王国郡を突っ切るのか?」
「急げと言われているしそうするつもりだけど……アンデットが厄介なのよね」
「聖都で仕入れた噂じゃあ、凄腕の聖騎士が例の首なし騎士を討ったんだろ? なら前よりはマシだと思うけどな」
「それでも残党はいるだろうし……どうしようかしら」
そんな会話をダーボの背中で繰り広げるのはキララとシャーシャである。世話役でもあるシャーシャはダーボと繋がった太い手綱を握って行き先を示す立場にあった。
急ぎたいが真っすぐ進むのは危険もあり、知らない内にアンデットに囲まれてでもいれば最悪であると考えているのだろう。例え最大の障害である首なし騎士が倒されたのだとしても完全に危険が去った訳でもないのだから。
それとは別に単純な印象の問題もあるのだろう。このまま最短距離で真っすぐ小王国郡を突っ切ったとして、行く先々で巨大な獣に跨って爆走する姿を目撃されることになるのだ。ただでさえアンデットの跳梁跋扈で不安定な情勢下なのに、見たことも無い獣に乗った集団が現れるといらぬ警戒を持たれるかもしれない。
回り回ってあの怪しい集団はどうやら春風のキャラバンというらしいと思われてはこれからの仕事がやりづらくなるだろう。商人は信頼と印象が大事なので妙な噂を流されるのは避けたかった。
急ぐべきか、少し遠回りしながらも進むべきか、悩んでしまうのは神からの啓示が酷く曖昧なものであったからだろう。
どう危険なのか、何故急ぐのか、それらをちゃんと説明して欲しいものだと内心で愚痴りながらも、神の意思を軽く扱うことのできない身としては、最大限の努力をするしかなかった。
「都市部や街は避けつつ、最短距離で突っ切りましょう。アンデットは私たちで対処するから」
結局、悩んだ末にキララはそう答えた。
「補給はどうすんの?」
「私たちだけなら必要ないわよ、キャラバンから幾らか持ってきたしね」
「後でダーボの好物を沢山買ってやらないとな」
無補給で突っ込んで最も苦労するのは当然ながらダーボである。世話役のシャーシャとしては頑張ったらそれだけ機嫌を取ってやりたいのだろう。
今回の運搬もダーボ頼みである。いつもキャラバンを引っ張ってることも含めて、感謝はどれだけしても足りないのだ。
好物の果物を満腹になるまで食わせて機嫌を伺うことくらいはしても良い筈だとシャーシャは思う。
「……さて、何が待っているのやら」
大きな傷跡が残る小王国郡の横断しながらも、キララは真っすぐ地平線を見つめている。その先にある帝国を思い描きながら、同時にまだ見ぬ三人娘のことを思うのだった。
壁も床も天井も全てが肉で構成された悍ましくも卑猥な空間で、エキドナは自らがやるべきことを進めていた。
もう一人のエキドナは捕虜となっている四人娘を気まぐれに今日も嬲って楽しんでいるようだが、別に彼女たちはずっとそうして遊んでいるほど暇ではない。
魔王と、して、魔神の寵愛を最も受ける者として、神への信仰を示さなければならないのだ。
肉の城塞とでも言うべきこの醜悪な場所では、蠢く触手に目を奪われがちではあるが、まるで人間が作った城のように無数の廊下や部屋が存在している。
その内の一つ、捕虜たちを捕らえている肉の牢獄にほど近い場所でエキドナは新しい同胞たちを見分していた。
この部屋の壁や天井には無数の、そして大小様々な瘤のようなものがある。
その内の一つがプルプルと震えたかと思うと、先端が割れて中から一体の魔獣が生まれ出て来た。
「う~ん……雑魚ね」
どうやら瘤の中から出て来た魔獣をエキドナはお気に召さなかったらしい、つまらないものでも見たかのような視線を向けている。
瘤から生まれ落ちた魔族は俗にゴブリンと呼ばれる存在であった。特別強くはなく特殊な個体という訳でもない。大昔に似たような存在をエキドナは作り出して今では野生化して人間の領域の外で独自の社会を形成していたりする、一応は悪魔の一種だ。
魔王の血も引いている筈なのだが、それを覚醒させられるような個体でもなく、本当にか弱い存在と断言できてしまう。
「もうそれなりにいるから、いらないわ」
そう言ってエキドナは生まれたばかりにゴブリンを睨みつけると、ゴブリンの中にあった薄まりながらも確かな魔王の血が暴走して肉体を滅ぼしてしまった。
爆発するように死んでしまったゴブリンの血肉には壁や天井から伸びて来た触手が綺麗に啜って舐めとっていく。
どうやらこの大小様々な瘤たちは卵のような機能があるらしい。生み出すのは当然ながら魔族たちである。
欲しいのは強い個体だ、雑兵ではない。
資源は有限である。あの魔術師の女から魔力を奪って潤沢な供給がなされているが、強力な個体が生まれる可能性はやはり低い。
千体でも生み出せば、一体くらいはマシな存在が生まれるかもしれないが、魔王とまで呼べるものを生み出すには環境が悪いのだろう。
やはり、強い個体は強い腹から生み出し易いのだ。
例えば繁殖と繁栄の権能を持つ自分の子宮、或いは極まった個体を母体とした場合である。
自分が生む場合は大量の魔力が必要となってしまう、それこそ奇跡を起こせるくらいのエネルギーが必要となるのだ。
だからこそ強い存在が生み出せるのだが、長い時間がかかるのは必然である。
「アイツらをさっさと孕ませられると良いんだけど……神の加護って本当に厄介ね」
娼婦神だけではない、多少の差や方向性はあれどそれぞれが強い神の加護を有しており、それは見えない盾となって様々な干渉を弾いて守るのだ。
英雄と言う存在は大なり小なりそういうものではある、勇者程突出していなくとも不思議と良い方向に状況を転がす力を持っているものだった。
「頭まで弄り回しているのに、やたらと精神防護が固いのよねぇ……普通の人間なら壊れてもおかしくはないのに」
溜息と共に愚痴を零すが、英雄とは古今東西で思い通りにならない存在と相場が決まっている。こればかりは仕方が無いのだろう。
簡単に何もかも御せるというのならば、エキドナは英雄を恐れたりはしない。
「……我らが神の顕現も成功したとはいえ、まだまだ不安定だしね」
神の降臨はここに成功したが、それとて盤石には程遠い。
そもそも存在感が大きすぎるのだ。この世界に神を卸して受肉させるなど、蟻の巣に人間を押し込むようなものである。そんなことをすれば巣は当然のように壊れてしまう。
この世界がそうならないように、神の受肉はほんの指の爪先程度に留められている。
そんな小さな受肉であったとしても、この肉の城塞物語るように巨大な力と存在感を放つのだから、神とはなんとも偉大なものであった。
まだまだ安心はできない、世界は変わったが、だからこそ英雄たちは動き出す、必ずだ。
いつだってどんな場所でもどんな時代でも、必ず英雄と呼ばれる存在は魔王の前に現れる。そこに切っても切れない縁があるかのように。
勇者などその最たる例だ。あの大災害は何もかもを台無しにできる力を持っているだろう。
神はようやく降臨したのだ、ここでひっくり返される訳にはいかない。
しかしだ、どれだけそう思っても戦力が足りないことには変わらず。エキドナはお世辞にも自分が強者でないことをよく理解しているらしい。
嵐の王のような破壊も、死の王のような軍勢も率いることができない、彼女は魔獣母の異名が示す通り生み出すことが力であって、別に戦闘力が高い訳ではないのだ。
どうしたものかと悩むエキドナは、戦力不足に悩む人間の指揮官のようにも見えてしまう。
この瘤たちがそれなりの戦力を吐き出せば良いが、おそらくは肉壁程度の存在しか生み出さないだろうことは予想できる。
苦労して生み出した魔王たちが軒並み粉砕されて大半が神を産みだす為のエネルギーとしてエキドナの下に帰った今、彼女は戦力不足に悩まされていた。
欲しいのは雑兵ではなく、突出した戦力、それも英雄と互角以上の戦いができるような。
そこまで考えた段階で、エキドナの脳裏にとある閃きが走る。
その考えを吟味した結果、時間稼ぎ位はできるだろうと結論を出したエキドナは唇を悪魔らしく歪ませるのだった。
ここは悪魔らしく行くとしよう、彼女はそんなことを思う。