商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
それは粘度のある沼に浸かっているかのような気分だった。
体が重い、ただただ重い、自分の意思ではまともに動かすことも難しい、何度目かの覚醒は相変わらず凌辱から始まってしまうので休まることがいつまでもできない。
あれから、シャルル、エミリー、キャロルの三人は海賊たちに母船へと連れ込まれてから虜囚として更なる凌辱を受ける日々を過ごしていた。
どれぐらいの時間が経ったのか彼女たちにはわからない、薄暗い船底で他の女と一緒に全裸で押し込まれていたのでまともに時間も図ることもできないのだ、日の光が差し込まないこの場所では女の声だけが広がっている。
海賊たちは暇を見つけては船底にやってきて目についた女を組み伏せて汚していく、女たちは男の足音が聞こえたら体を震わせながらもそれを受け入れるしかない。
弱者と強者、勝者と敗者、くっきりと分けられた境界線は汚される側と汚す側なのだ、既に心を折られた彼女たちは力なく横たわりながら今日もその時間が過ぎ去っていくのを待っている。
その場にいる誰もが徹底的に汚されていた、例外なく股間からは精液が垂れ流されており、肌も髪も粘つく白濁液がこびりついて異臭を放っているようだ。
誰もかれもが疲れ切っており、壁や床に体を預けながら僅かに呼吸するだけで、それ以上はピクリとも動かない。
部屋の中央にいる最後の凌辱者が精液を放って牢獄を去っていく、鍵がかかっていないので逃げようと思えば逃げられるのだが檻はこの場所ではなく船全体なのだ、海の上にある牢獄で部屋一つ移動した所で意味はないだろう。
そもそも逃げる気力さえまともに残っていなかった、彼女たちは虚ろな目を床に向けてひと時の休息にすさんだ心を安らげていく。
「…………ぅ、ぁ」
自分を最後までしつこく犯していた男の重みが消えた、それに気が付いたキャロルは疲労が蓄積して鉛のように重くなった体を僅かに動かす。
気絶して起こされて、また気絶して、そんなことをずっと繰り返されていた体は普段の敏捷をどこかへ置き忘れたかのように鈍い。
それでもキャロルは這いずりながら牢獄の外を目指す、途中で精液で手を滑らして体を床に打ち付けてしまうが、それでも目指すのはその先にある通路だ。
「…………うッ、ごほ!」
鍵すらかかっていない牢屋の扉を開けて通路へ滑り出る、疲れ切った体が求めるのは水分だ、通路の隅に置かれている水瓶に手を伸ばして柄杓で喉へと落とす。
喉にこびりつくように残っていた精液が胃に落ちていくと、そこでようやくキャロルは呼吸を整えることができたようだ、そのまま水瓶を引っ張って倒すと中に入っていた水で体の汚れを流していった。
水量が足りないので完璧とは言い難いが、それでも汗や精液が消えていく、しかし鉛のような体は癒えることはない。
このまま完全に倒れ伏して落ちるように眠ってしまえばどれだけ楽だろうか、しかしキャロルは閉じそうになる瞼を開いて水瓶を牢獄へと引きずっていく。
誰もが死んだように動かない、そんな中で白濁と汗に塗れたエミリーを見つけてその体へと水を流す。
やはり水量が足りないが何もしないよりはずっとマシだろう、水瓶の底に僅かに残った水を柄杓でエミリーの口元へと持っていく。
「……飲める?」
「…………ッ、あ」
ただでさえ貧弱な魔術師のエミリーはキャロルのように這って進むこともできない程に疲れているらしい、口元へ近づけられた柄杓をうっすらと瞼を開いて見つめると、ぎこちなくとだが水分を摂取していった。
なんとか喉を潤して一息つくとエミリーはキャロルの手を握って安心したように微笑んだ、掌から伝わる温もりだけで心が癒されていくのか少しだけ荒れた心が癒されていく。
「……」
「……」
そして二人は無言で全裸のまま肩を寄せ合って時間を潰していく、男に抱かれる以外にやれることもないので凌辱が終われば自然とこうなっていたのだ。
互いの温度と息遣いがせめてもの慰めだ、こうやって次の凌辱まで眠るのが最近の日課になるのだが、今日は少し展開が違うようだ。
ぐわん、と大きな船が何かに衝突したかのように大きく揺れ動く、船底の壁から伝わる波の音で進んでいることはわかるので、揺れたということは何かにぶつかったということだろう。
この大海原で船を揺らす何かにぶつかることは考えづらい、まして悔しいことにこの船を操る海賊たちはベテランと評しても良い経験を積んでいる、障害物を見逃したり避けられないとは思えない。
つまり何かしらの問題が発生したのだろう、鋭い五感を持ったキャロルの耳には甲板を踏み鳴らす海賊たちの慌ただしい足音が届いていた。
「ん……行く」
それはつまり、待ちに待った隙であるということを意味する、ここでの凌辱の中で気が付いたのは海賊たちにも仕事と休みがあるということだ、いつだって誰かが働いていて誰かが休んでいる、だからこそ動きづらい部分があった。
しかし今は違う、キャロルの耳が拾うのは大勢の足音……それもおそらくだが船員全員分はあろうかという慌ただしさだ。
何かが起こっている、動くなら今しかない、キャロルはエミリーの髪を撫でてから重たい体を何とか立ち上がらせて肩からつま先まで解きほぐす。
「どう……するのですか?」
「……偵察、エミリーは休んでて」
貧弱な上に封印の首輪をつけられているエミリーは役に立たないだろう、全裸なのでその点で言えばキャロルも変わらないが立ち上がることは何とか出来るのでやるしかない。
「……ボートの位置を確認する」
それで隙を突いて逃げるのが理想的なのだが、そう簡単にいかないだろうことは言われなくてもわかっている。
しかしこの船底でただ男に汚されるだけの日々を受け入れても先はないだろう、飽きられるか壊されるかして海に捨てられるのが簡単に想像できてしまう。
ならばせめて、可能性が低くても前に進まなければならない、その為の偵察にキャロルは行こうというのだ。
僅かに離れることすら心細かったのだろう、それでも引き留めることなくエミリーは友人を見送った、せめて幸運をと祈りを込めてキャロルの唇へとキスをする。
気のせいなのかもしれないが、少しだけ体が軽くなったような気分になったキャロルは慌ただしい喧騒が届く船の通路へと進み出た。
まず最初に視線は向かい側にある牢獄へと向けられる、薄暗いそこには鎖で拘束されたシャルルがいることがわかっている、水を求めに通路に出た時や男に組み伏せられている間に声が届くことがあるのだ。
エミリーよりもキャロルよりもずっと体力があるのでまだ無事な筈だ、海賊たちに随分と可愛がられているらしいがまだ壊されてはいないだろう。
案の定、その部屋には鍵がかけられていない、危機意識が低いこともあるが部屋から逃げても意味がないという判断なのだ、なので侵入は容易い。
「ん……生きてる?」
部屋の中には先程までキャロルがいた部屋と同様に多くの女が押し込まれている、多くが鎖や鉄球で拘束されており、まともに身動きすることさえ難しいだろう。
そんな中にシャルルの姿を発見した、鎖で両手を拘束されて死んだように眠っている。
元々は鎖で天井からぶら下げられていたのだが、どこかで鎖が外れたのか今は床に寝そべっていた、規則正しい寝息が聞こえるのでそう心配はいらないのかもしれない。
「……う、んん……うぁ?」
体を揺さぶるとシャルルは煩わしそうに瞼を開く、右に左に視線が彷徨ってから正面のキャロルを見つめて数秒……そこでようやく彼女は現状を理解したらしい。
「お~……キャロル、無事だったんだな」
「ん……まあ、なんとか」
「エミリーもか?」
「……向かいの部屋にいる」
「……そっか」
さすがにシャルルも疲れているのだろう、視線を通路の向こうにある部屋に視線を向けながらも立ち上がることはしない。
こちらもかなりの凌辱であったことは察することができる、汗と精液に塗れた姿は痛ましくもあった、身じろぎすると股間から大量の精液がこぼれ出て床を汚していく。
「……動けそう?」
「ああ~、ちょっと、難しいかも……あいつら、ほんと好き勝手やりやがって」
こちらもかなりの疲労が溜まっているのだろう、鎖で拘束されての凌辱な上に反抗的な態度を目に付けられてまさに嬲るような交わりだった。
それでも少しの休憩を挟めば立ちあがることくらいはできたのだろうが、問題なのは両手を固める鎖と手枷にある、なんとか外そうと力を込めるのだが金属が擦れる音が響くだけで腕は動かない。
「悪いな……役に立てそうにない」
「ん……無理する必要はない、今回は偵察だけだから」
「そっか……ならちょっと休むよ……できればこの手枷を外す鍵なんかも探してくれ」
「……そのつもり、だから寝てていい」
「……ありがとな」
そう言ってシャルルは瞼を閉じてすぐに眠り出す、眠るというよりは意識を手放したかのような落ち方だったが、目の下に広がる隈が疲労の濃さを物語っているのでそれもしょうがないだろう。
キャロルは寝息を立てるシャルルの髪を撫でてから静かにその場を後にする、また通路へ出て聞き耳を立てながら甲板の情報を拾っていく。
やはり慌ただしかった、足音が絶え間なく船底へと響き、それものたうち回るかのように激しい。
まるで甲板の上で何かが暴れまわっていて、それを海賊たちが止めようとしているかのような状況だ。
一瞬、背筋を走った嫌な感覚にキャロルは表情を崩す、巨大な何かがそこにいると本能が告げているかのように体が硬直している。
この感覚を知っていた、あの村での遭遇や神殿での戦いで遭遇した、竜殺しの英雄であるカムラーンと出会った時にも同様の痺れがあったからだ。
これはマズイ、そう判断したキャロルは脱出や偵察などと言っていられるような状況でなくなったことに焦り、甲板へと続く階段の途中で立ち止まった。
最早この場での生存すら危うくなっている、視線のすぐ先にある扉の向こうでは海賊たちの悲鳴らしきものが広がっておりそれは今も続いている。
ふう、と酸素を取り込んで意を決すると、音を立てないようにドアノブに手をかけて外の様子を観察していく。
「ーーー」
覚悟を決めて外の様子を確かめたというのに、それを見た瞬間にキャロルは呼吸を忘れて立ち止まった、そして開けた時と同じようにゆっくりと扉を閉める。
かの英雄、カムラーンが戦士としての格で相手を畏怖させるのならば、あれはその真逆にいる存在だ。
どす黒く、底が見えない沼が引きずり込むかのような不安と恐怖、負の感情によって相手を恐れさせる生者の敵。
アンデット、そう呼ばれる存在が船上で海賊たちと戦っている……いや、戦っているというよりは蹂躙していた。
背筋に走る嫌な感触が鋭くなると、その瞬間にキャロルは扉から跳ねるように距離を取る。
次の瞬間には扉の向こうから錆びついたサーベルが突き出て、そのまま横にスライドして扉を両断してしまう。
姿を現したのは藻とフジツボをこびりつかせたボロボロの服と、海賊帽子を身に着けた白い骸骨だった。
人とは違う、魔獣とも異なる、生者を本能的に恐れさせる異様な気配は向かい合った者に呼吸すら許さない。
本来ならば眼球が存在する眼窩には淡く赤い輝きが宿っており、その視線がキャロルの体を撫で上げれば心臓が止まってしまうかのような恐怖が広がっていく。
怖い、恐ろしい、逃げ出したい、カムラーンの時はただただ圧倒されるだけだったが、このアンデットは心を蝕むかのような雰囲気を纏っているのだ。
カムラーンが何者をも打ち貫く比類なき鋭い槍であるのならば、このアンデットは周囲を貪り犯していく病であるかのように質が悪い。
これは駄目だ、全裸の自分が何をどうしたところで一蹴されてしまうだろう、そう確信させてしまうほどに戦力差が広がっていた。
脱兎のごとくキャロルは駆け出した、それ以外に出来ることはない、立ち向かうことは論外であり正面にはどこにも隙間が無い。
ならば引くだけだ、船底に駆け戻ってエミリーとシャルルを無理やりにでも起こして、そこから逃げるしかないだろう。
それが可能な相手なのか、そんな疑問が頭の中で思い浮かぶのだが、そこにしかキャロルには行き場がないのだ。
歩く死を目前にして疲労が吹き飛んだかのように体が軽くなっている、火事場の馬鹿力にも似た現象が体を鋭く動かしているのか動きにキレがあった。
それでも相手が相手なので獣のような敏捷もあまり意味をなさない、放たれるどす黒い雰囲気が爆発したかのように広がると、沼に足を捕らわれたかのように動きが鈍くなる。
輝きがない錆びついたサーベルが恐怖に竦むキャロルの鼻先へと振るわれた、なんとか後退してそれを回避するのだが壁際まで追い込まれてしまう。
次に伸ばされたのは白い骨の手だ、吸い込まれるようにキャロルの細い喉へと向かって、細い首を掴み上げてしまった。
「うッ!!」
筋肉など既に腐り落ちてしまったというのに、骨だけの手に込められる力はキャロルの首など簡単にへし折ってしまうだろう。
最早これまで、ジタバタと暴れようとも拘束はビクとも揺るがない、身を捩ろうとも蹴りつけようともアンデットは虫程度の煩わしさしか感じていないようだ。
キャロルの脳裏に友人や姉やキャラバンの面々が思い浮かんでは消えていく、そして蝋燭の火が消えるかのように瞳の輝きがくすんでいった。
このまま窒息するか、首を折られて終わるか、そんな未来しか待っていない、死に恐怖する時間も泣き叫ぶ自由さえ許されない。
「ーーー」
しかしそんな最期はいつまで待ってもやって来ない、首を掴む骨の手が少しだけ緩んでなんとか呼吸をできるだけの隙間が生まれると、アンデットはサーベルを鞘に戻して空いて手でキャロルの前髪を僅かに動かした。
赤い輝きを宿した眼窩がキャロルを覗き込む、そして顔を近づけるとそのままキャロルの匂いを嗅ぐかのように鎖骨へと冷たい骨が擦り付けられていく。
何をしているのだろうか? そんな彼女の疑問に答えるかのようにアンデットは言葉を紡ぐ。
「ミーシャ……ミーシャの匂いだ」
「……ミー、シャ?」
その名前はキャロルの知識にない……いや、少しだけ引っかかるものがあった。
いつだったか、そう、エミリーが憧れの人物だと興奮気味に説明していた名前がそんな響きだったと記憶している。
「お前は……ミーシャのなんなんだ?」
「……」
その問いかけに返せる言葉がキャロルにはなかった、骸骨の男はカタカタと音を出しながら震えだすと、細い首から手を放して嘆くかのように体を捩じる。
そしてまた生者を恐れさせるどす黒い雰囲気が爆発した、今度は叫びと共に放たれたので更に巨大なものとなった。
不可視の衝撃に吹き飛ばされてキャロルは船の通路を転がっていく、衝撃で船が大きく揺れ動き傾いたので勢いそのままに船底へと姿を消してしまったようだ。
その場に残されたアンデット……かつて塩の海賊と呼ばれて恐れと尊敬を集めていたその男は、両手で自らの頭を掴んで何度も壁に打ち付けながら慟哭している。
その叫びは船全体へ、そして海へ、さらには空高く天上にまで届くかのように高く深く広がっていく。
「ミーシャあああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!! 私の歌姫よおおおおおおぉぉぉぉ!!!」
どこか遠くで歌うような美しい声が、その叫びに答えるかのように響いていた。