商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
世界が純白に染め上げられていく、それは何百本も束ねたかのような極太の雷であり、ここまで大きくなると光の柱とさえ言えるような光景であったことだろう。
神の力や怒りを形にするかのようなそれは途方もない轟音と衝撃を周囲にまき散らしながら、問答無用で戦場を塗りつぶす。
悉くを粉砕できるであろう雷は塩の海賊へと叩き落とされて、不滅の存在であるアンデットを焼き焦がしていく。
半神であることなど関係ない、アンデットであることも意味がない、それでどうにかなるような領域の力ではないのだ、アリがゾウを投げ飛ばすよりも更に大きな差があるのだから、まさに受ける側からしてみれば絶望だろう。
生者は勿論アンデットであっても抗うことのできない力の奔流であり、一切の疑いなく対象の消滅を確信することができる。
巨大な雷の柱は役目を終えたのか消え去るとそこに残されたのは巨大なクレーターであり、中心に残されたのは塩の海賊の骸だけであった。
白い骨は焼け焦げて炭のように黒く変色しており、その体に引っ掻かっていたボロボロの服や海賊帽子は完全に蒸発してしまったようだ。
慌てて距離をとっていた誰もが固唾をのんでクレーターの中心を見つめており、立ち尽くしたまま微動だにしない彼の最後を見守っているかのように声すら発しない。
そんな静謐な空間の中に肌を撫でる弱い潮風が吹き抜けると、塩の海賊を構成する骨がガラガラと崩れ去って残骸と化すのだった。
戦いの終わりだというのに歓声は上がらない、胸の高まりもなければ体を震わせる興奮もない。
ただただ、静かな勝利がそこにあった。
「お疲れさまでした……長い旅路でしたね」
そんな中でただ一人、ローレライだけがクレーターの中心に歩み寄って塩の海賊の骨へと手を伸ばす。
汚れてしまうことも構わず膝をついて拾い上げたのは彼の頭蓋骨であった、半分に欠けて黒焦げになったそれを彼女は複雑な表情で見つめていた。
その眼窩にもう光は灯っていない、動くこともなければ喋ることもないのだろう、この瞬間に塩の海賊は完全に死んでしまったのだった。
「本当に……これでお別れなのね」
ローレライはその頭蓋骨にキスをした、すると黒焦げの頭蓋は崩れ落ちて灰となり潮風に流されて姿を消していく。
そんな塩の海賊を見送りながら彼女はその口から歌を響かせる、かつて自分が作って塩の海賊へ送った思い出の歌を。
彼への想いを、愛情を、そして未来を歌ったそれを彼はよく口ずさみ気に入っていたことを思い出して彼女は笑うのだった。
遠い思い出となってしまった時間は今も彼女の中に耐えることなく息づいている、肉体が滅んだとしてもローレライの中で塩の海賊は生き続けるのだろう。
終わりを求めてこの地にやって来た彼女は塩の海賊と出会って生きながらえて、別れと共にまた旅に出た、二百年という長い旅路の中にあって自ら海の底へ沈めた塩の海賊の存在だけが気がかりであった。
だが、それももう終わった、心の奥に打ち込まれた楔はこれでようやく消え去ったのだろう……それは彼女の旅の終わりを意味しているのかもしれない。
元々、塩の海賊と出会わなければ海に身を投げていたのだから死に場所を求めていたのだ、唯一の心残りが灰となって海に帰ってしまったのだから、彼女にとって一つの区切りになるのだろう。
「……」
ここが旅の終わりになる、そんな予感が心に去来してしまい、ローレライはそれを否定することができないまま灰が舞う空を見上げた。
自分も一緒に連れて行ってくれないだろうか? そんな思いを口にする前にローレライの後ろ髪を引っ張るかのように声がかけられる。
「おーい! ロウ姉~~!!」
「……あッ」
灰と一緒に掻き消えてしまいそうな心情だったローレライは眠りから覚めるように顔を上げる、その瞬間を見計らったかのように一際強い潮風が吹き抜けて全ての遺灰を空へと運んでしまった。
あの時と同じだ、死に場所を決めても覚悟を示しても突き放されてしまう、今回もまた同じということだろう。
ここまで死にぞこなうのなら、それはもう天命なのかもしれない。
ローレライは自分を呼ぶ仲間たちの方向に振り返って立ち上がる、大きく手を振っているシャルルを先頭に春風のキャラバンの仲間たちが彼女を待っていた。
自分はまだ死ぬことが出来ない、せめて彼女たちを最後まで見送らなければ冥府への門を潜ることはないのだろう。
数えきれないほどの年月を生きて来たのだ、死に場所だってこの先で幾らでも見つけられるはずだ、何も焦る必要はない。
「さようなら、ジョン……私はまだそちらへは行けないわ」
彼女はそう言い残して仲間の輪へと歩いていく。
胸に穴が開いたような寂しさはあるが、彼女は笑顔だった。
港街全域に広がる金槌で叩く音は無数に折り重なって鳴りやむことがない、海賊の襲撃による大火事や港を強引に要塞へ改造したことによる皺寄せで街の機能が完全に破綻してしまったのだ、解体に改修に改造とやらなければならないことが山積しているのだから金槌の音も仕方がないだろう。
一日でも早く復興させたい気持ちを住民全員が理解しているので、朝から晩までトントンカンカンと鳴る音によって一時的にだが眠れない街になってしまうのも無理はない。
こうして騒音に頭を悩ませることができるのだから幸運とさえ言えるだろう、何もかも灰になって押し流されてしまえば金槌の音さえ聞こえない程の静寂が広がっていたのは間違いないのだから。
キグナスは良い機会だとばかり大工衆を集めて港の拡張と改造を考えているらしく、相変わらず大量の金貨をバラまきながら港への投資を行っていた。
今回、この国を襲った未曽有の被害に最も大きな損失を被ったのは間違いなく彼女の商会なのだが、それでもまだ金貨を振り回せるのだから本当に大きな資金力なのだと春風の団員たちは思ったことだろう。
今までよりも立派で巨大な街にしてみせる、そんな熱意に影響されたのか春風のキャラバンも大工の素人ながらも復興の手伝いをしていた。
特にこの街でしばらくの間過ごしていた四人娘は復興の協力にも力が入っているようだ、世話になった娼館が広がる歓楽街を中心に慣れない大工仕事を手伝っている。
だがそれもそろそろ終わりが見えて来た、物資の輸送や瓦礫の排除などは力になれても本格的な建築となると彼女たちの出番はない、それ故に四人は顔見知りとなった商会の構成員や娼婦に挨拶回りをしているようだ。
そこまで長い時間をここで過ごしたわけでもないのだが、いざ離れる時が来ると数年を暮らしたかのような寂しさを感じてしまうのだから、ここでの生活はそれだけ密度が濃かったのだろう。
この街で働いて生活費を稼ぎ、クラーケンにサハギン、挙句の果てに半神のアンデットと戦うなんて経験はそうそうあるものではない。
この街に来た時よりも、出ていく時の彼女たちは一回り成長していた、短い時間だがそれは間違いないだろう。
「あ、いたいた、ほらあそこ!」
挨拶回りの最中にシャルルが声を上げて港を指さした、そこにはキグナスが設計図を広げて多くの大工や職人に囲まれており指示を出している。
塩の海賊との戦いや神の雷による被害から回復していない港は特に力を入れて再建しなければならない、ましてこの港街は大陸の玄関口でもあるのだからいつまでも機能不全のままでは示しがつかない。
だからなのかキグナスと大工組合との間で熱のある議論が繰り返されており、今にも殴り合いが起きそうな雰囲気の中でシャルルが声をかけたものだから怒気を含めた視線に四人は晒されてしまう。
「あぁアンタたち、丁度よかった、街の北側から物資を……って、もう出発するんだったね」
「はい、もう少し復興を手伝えればよかったんですが……」
エミリーは申し訳なさそうに頭を下げる、そんな彼女にキグナスは笑ってこう言った。
「構いやしないさ、キャラバンは街から街へ移ろうもの、時期を逃せば儲けも少なくなるもんだよ……確かもうすぐ聖都で祝祭があるはずだ、距離もそこそこ近いからそっちに行かなきゃね」
「ん……だからもう出発する」
「今はお世話になった人たちに挨拶を……キグナス商会の人たちには迷惑をかけてしまったし、ボクは特に足を引っ張ってしまったから」
ミカエラもまたエミリーと同じように申し訳なさそうに頭を下げる、彼女は裏方仕事の傍らに文字の読み書きや計算の基礎を教えて貰っており、それらは各々の仕事がある中でわざわざ時間を作ってもらったからできたことだった。
「迷惑なもんかい、アンタたちはよく働いてくれたよ……寧ろ、世話になったのはこっち側さ」
それに加えて迷惑もかけた、そう言ってキグナスは設計図を机の上に置いて四人に両手を伸ばす。
「本当に、無事でよかったよ……私が弱かったばかりにアンタたちにはつらい思いをさせてしまった、改めて謝らせてほしい、本当にすまなかった」
「別に大丈夫だって、生娘じゃあるまいしあれくらい大したことじゃないっていうか……」
「ん……それに名誉の回復は済ませた」
未だに吊るされてそろそろ腐り始めている海賊たちの遺体へと視線をやる、あの損傷の一部は主にシャルルとキャロルの手によるものだった。
未だにその吊るされた遺体に石を投げつける住民もいるのだが、三人はもうすっぱりと区切りをつけたのかもう興味を無くしてしまったらしい。
引きずっても旅路の邪魔にしかならない、旅に生きる彼女たちはそれをよく理解しているのだろう。
「あれはキグナスさんの責任ではありません、もし非難されるべき相手がいるのならばそれは海賊たちであり、その状況を切り抜けることができなかった私たちです」
「ふッ……アンタたちは強いね」
エミリーたちの言葉に僅かながら救われたキグナスは四人を抱きしめたまま、自分がかつて属していたキャラバンの懐かしい気配を感じ取って寂しさを紛らわさせていく。
「もし……アンタたちがキャラバンから出るようなことがあればいつでもアタイの所に来な、その時は歓迎するよ」
本音を言えばこの場で引き抜きたいのだが、遠くでこちらを見つめているキララの視線に晒されて自重した。
だが唾をつけておくことくらいは許されるだろう、今はまだ若く幼さを残す四人だがいつかは自分と同じように自らの目標や道を見つけることになるのだから。
「まぁ、もしキャラバンをクビになったりしたら頼らせてもらおうかな」
「シャルル、そもそもクビになるようなことをしなければ良いんですよ」
「ん……でも、なにがあるかわからないから、いざという時は頼りにする」
反応はそこまで悪くない、これならば将来の選択肢として考えてもらえるだろう、今できるのはこれが限界だった。
四人を両腕から解放してからキグナスは離れた位置からこちらを眺めるキララへと視線を向けて……僅かに頷いて見せる、するとキララもまた同じように頷く。
「……そんだけで良いのか?」
二人の短いやり取りにシャルルはどこか呆れたように苦笑いを浮かべている。
「良いんだよ、アタイらはこれでね」
言葉にしなければならない思いはあるのだが、親友でありライバルでもある二人は照れくささの方が強く、その結果としてこんな短い別れとなってしまう。
だがこれで良いのだ、寂しさはあるが後悔はないのだからこれ以上は望めない。
四人を手放してその背中を見送り、キャラバンの車両が遠ざかっていく姿をその場で立ち尽くしながら見つめている。
そんな彼女を包むかのように潮風が吹き抜けると、キグナスはキャラバンが進んでいく内陸側ではなく自らの戦場である海へと振り返った。
そこには多くの部下や大工が集まっており彼女の指示を今か今かと待っていた、誰もかれもが彼女の言葉を待っているのだろう、それはこの国の王の言葉に他ならない。
「さぁ野郎ども!! 一日でも早く港を復活させるんだ!! だらだらしてないで手を動かしな!!」
いつも通りの激励に、彼らもまたいつも通り答えて見せた。
金槌の音は遠く海へ空へ果てなく響き渡り、海の戦士の生き様を天上の神々まで見せつけるかのように高らかに届いたことだろう。
そんな人々を、気まぐれで暇な神々はいつまでも眺めるのだった。
薄暗い空間の中でぴちゃぴちゃといった水音が響いている、まるで犬が器に入った水を舐めとるかのような音だが、それを発しているのは二人の瓜二つな悪魔のようだ。
「んッ……ふぁ、んん……あはぁ」
「チュ、ちゅる……はぁ、あッ!」
鏡で写したかのように顔も体も声もそっくりな双子の悪魔は重なり合って互いの股間に舌を這わしている、陰核を突きまわして舌を差し込み奥から溢れてくる粘度の高い体液と舌を絡めて喉へと落とす。
お互いがお互いを知り尽くしているのでどう舌を動かすのかよくわかるのだが、時折不意打ちするかのように舌を動かして刺激を与えあう……彼女たちは行為を楽しんでいるようだ。
「んんッ! あぁ……あ姉様、んッ……塩の、海賊の、あッ! アッ! あれは、どうでしたか?」
「こらぁ、今日は私が妹でしょ……ええっと、塩の海賊? ああ、あれね」
慰め合いを中断して上にいた悪魔がその場から離れて甘い痺れから逃れた、しかし物足りなかったのかすぐさま姉役の片割れを引き寄せて座ったまま抱きしめ合うのだった。
頬にキスをしてそのまま鎖骨へと舌を滑らせながら、指先は相手の股間へと伸びていく。
「もうすこし使えるかと思っていたけど、んッ……駄目ね、陸に上がったらただの雑魚だもの、海ならまだマシだけど……それじゃ意味がない、アッ、アッ」
「ふぁ、はぁ……そう、ですか? まぁ、予想以上に壊れていましたし、チュッ! 上手く制御できそうにもなかった……当てが外れましたね」
「そう、ね……あの忌々しい武神は強すぎて手が出せないし、半神って奴はこれだから嫌だわ……どこかお手ごろな扱いやすい戦力が転がってないかしら?」
「それなのですが……何も半神に拘る必要はないのでは?」
「う~ん……使い捨て出来る奴がいたかしら?」
「そろそろあの子を使ってみてもいいじゃないですか、こっそりと人を攫って食わせるだけでは物足りなくなってきています、いっそ街に落として暴れさせましょうよ」
「あの子を産むのすっごく苦労したから大事に使いたいのだけど……まぁ、制御できる内に使った方が良いかな」
双子の悪魔は暗がりの向こうへ、その更に奥にいる何かを同時に見つめた。
獣のような、或いは人の悲鳴のような声が深淵から二人の耳に届く。
「ふふ、良いわよ、アナタには働いてもらうし最後にママと遊びましょうか……さぁ、いらっしゃい」
「あッ!? こら、優しく扱うようにと教えたでしょう……そう、ゆっくり動かしなさい」
底の見えない深淵から無数の触手が伸びて双子の悪魔を絡めとると、そのまま二人の姿を触手の海で隠してしまう。
肉の壁の向こうで、甘い喘ぎ声が聞こえてくるのだが、それを知る者はどこにも存在しなかった。