商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
山頂付近に近づくと周囲に甘い匂いが広がっていることに気が付く。
香草に幾つかの薬品を混ぜ合わせてそれらを蝋で固めた蝋燭が山小屋の入口にかけられており、それが匂いの発生源らしい。
アランが言っていた獣除けの香だろう、あの呪いをぶら下げた牡鹿に効果があるのかわからないが、何もしない訳にもいかないのだろう。
重たい体を引きずりながらキャロルは山小屋の扉をノックする、するとすぐに扉は開いて室内からアランが顔を出すのだった。
「キャロル! 無事だったんだね!」
「ん……問題ない」
その言葉を聞いて彼は安堵の溜息を吐いてその場にへたり込む。
「よかった、本当に良かったよ……ごめんね、俺だけ先に逃げちゃって」
「問題ない……あの場に残られた方が面倒なことになったから」
キャロルの視線は山小屋の室内を舐め回す、そして毛皮が積み重ねられた寝床に目をつけてそこに腰を下ろした。
「私は傭兵だから……雇い主を守る義務がある、だから気にしないで」
なんて優しく強い子なんだろう、そんなアランの想いが先程に結んだ魔術的な路を通ってキャロルへと流れてくる。
純粋で、初心な少年だ、娼館にやって来る客にはいない種類の人間なので新鮮な気分になった。
「あれは厄介だね……ちゃんと準備しないと」
「うん、だから師匠が祝福の矢を神殿に作ってもらったんだ、後は罠なんかもさ……えっと、キャロル、本当に大丈夫なのか? 少し顔色が悪いように見えるんだけど」
「ん……魔力を奪われたから」
「ま、魔力? キャロルは魔術師なのかい?」
「そうじゃないけど……あれば色々と便利だから勉強中……でも、それがあの呪いに奪われた」
「だ、大丈夫なのかい? その、俺にはよくわからないけど……命とかに影響があったりとか」
そこまで深刻なものではない、限界まで奪われたのならば衰弱死もあり得るだろうが、奪われた魔力はキャロルの一部でしかない。
その一部を失っただけでも、体が重いと感じるのだから、魔力の恩恵は大きいだろう。
「ん……問題ない、でも失った魔力の補填が必要……アランに協力して欲しい」
「勿論さ、俺にできることがあれば何でも言ってくれ、どんなことでも協力するから!!」
言質は取れた、キャロルはその言葉を待っていたと言ってもいい、アランの人柄を利用してその発言に誘導したのだが、思っていた以上にアランは純粋だったので拍子抜けしてしまった。
だが好都合でもある、無理矢理交わるのはキャロルとしても本意ではないのだから。
セックスは互いが楽しまなければ味気無い、そんな考えが彼女にはあった。
「じゃぁ……服を脱いで」
「わかった!!…………ん? あれ? え、脱ぐの?」
「そう……脱ぐの」
「……な、なんでさ」
「セックスするから……アランの精液で魔力を作る」
そう言ってキャロルは自らの皮鎧と服を脱ぎだした、そして毛皮が積み重なった寝床の隅に衣類を放り投げてしまう。
下着も同様だ、衝撃で思考放棄したまま口を開けて微動だにしないアランに見せつけるように脱ぎ捨てる。
色々な男に抱かれてきたが、こうして衣服を一枚一枚脱いで、踊るように脱ぎ捨てる動きを好む客は多かった、その為かこういう場では見せつけるかのような脱衣が癖になっているのだろう。
慣れた客ならばニヤニヤしながら興奮を増長させるのだが、まともに遊ぶことのできないアランにとって心臓を鷲掴みにされたかのような衝撃があった。
「いや、その、えっと……あぁっと……こ、こ、ここういうのはほら、まだ早いっていうか、もっとお互いを知ってからの方が!?」
「ん……いや?」
「そ、そうじゃない、そうじゃないんだ!! ただほら、俺たちはまだ出会ったばかりだからさ、男女の関係っていうのはもっと段階を踏むべきというか……」
「問題ない……そもそも私は娼婦だから……よく知らない男と交わるなんて日常」
「えっ? し、娼婦? キャロルって娼婦なの!?」
「ん……だから問題ない」
「娼婦……娼婦……キャロルが娼婦、えぇぇぇえ……舞台に上がってたからてっきり旅芸人とかなのかと」
「それも間違いじゃない、そして傭兵でもある……でも傭兵業は女が生きにくい業界……だから、体を売ってるの」
傭兵業は男社会なので女の傭兵は肩身が狭い、存在しないという訳ではないが大体が娼婦との兼業が多い。
特殊な技能、或いは高い信頼があれば別なのだろうが、荒事の多い業界で女が頭角を現すことは稀なのだ、もしキャロルが春風のキャラバンに属さずその看板を利用しないまま傭兵業で稼ごうと思えば、まともに仕事にありつけないまま雑用をして日銭稼ぎの毎日だろう。
結局、娼婦の方が需要も大きくよく稼げるのだ。
それ故に、傭兵業、娼館、貿易業、劇団、商売の総合組合のような状況にある春風のキャラバンに属することは、キャロルたちのように女の身一つで生きていかなければならない者にとって、とても都合がいいのだ、ある種の憧れでもあった。
雑用をしながら一芸を身に着けてキャラバンに雇われる、そう考える身寄りのない女は多い。
「そ、そっか……なんていうか、大変だね」
「そうでもない……セックスは嫌いじゃないから」
「き、嫌いじゃないんだ……そうなんだ」
「アランは……私とするのは、嫌?」
「……嫌なわけないじゃないか……でもその、俺はまだ稼ぎが少なくて」
「ん……今日だけはタダで良いよ、魔力の回復をしたいって理由だから」
「本当に!? タダで!?」
「こっちの都合に巻き込むわけだから……うん、サービス」
「い、いやでも……そんなこと……なんて言えば良いんだろ」
頭を抱えて複雑な心境を言葉にしようとするのだが、上手く形にならないらしい。
そんなアランの精神に干渉するかのようにキャロルは寝床で裸体を晒しながら手招きをする、すると彼の鼻息が荒くなった、魔力云々は素人のアランにはわからない話だが、難しいことはどこか遠くに消えて霞みがかった思考で目の前の裸体を前にしたら理性など吹っ飛んだ。
思ってもみない形で女性と遊ぶことが出来る、稼ぎも少なく出会いも乏しい彼にとって望外の状況である。
寝床でおいでと手招きするキャロルに彼は飛びついた、そして迷いと興奮を抱えたまま小さく華奢な体を押し倒して堪能する……そうなるはずだったのだが、アランの体はキャロルに触れた瞬間に力を無くす。
腰が抜けたかのように動かないのだ、押し倒す勢いはどこかに消えてそのまま寝床に横になってしまった。
「あ、あれ……おかしいな、力が入らない」
「がっつきすぎ……準備があるからちょっと待って」
アランの体を支配しているのはキャロルだ、エミリーの所業を真似て相手の体の制御を奪ったらしい。
まだ入口に立ってしかいない房中術だが、最も簡単で最も深い魔術と言われるだけあって、一度コツを掴んでしまえばこれくらいは簡単であった。
まずは魔術的な路をより強く太く形成する必要がある、そしてアランの精液……生命力を調べることも重要だろう。
「アランは……初めて?」
「えっと……その……はい、初めてです」
「そう……なら、いい思い出にしてあげる、ね」
力なく横たわるアランの頬にキスをする、そして首筋に啄むようなキスを繰り返し、最後に唇を奪った。
肌と肌を重ね合わせる度に二人の繋がりは強固になっていく、魂が溶け合っていくかのような感覚だ、こうなればより大きな快楽を得ることができる。
若い体は十分すぎる程の生命力に満ちており底無しであった、以前に相手をしたアントニウスもマグマのように煮えたぎる熱を内包していたが、こちらはもっと青いとでも表現すべきか、熟成されていないが鮮度は抜群であるとキャロルは感じ取った。
これならば魔力の補填は問題ない、上機嫌のままキスを続けながらキャロルは相手の服を脱がしていく。
「ん……んむ……ん、ん……ん、ちゅ……あむ」
舌を相手の口内に差し込んだ、そしておっかなびっくりしたまま震える舌を絡めとると、緊張をほぐすかのように絡めていく。
そして白い腕がアランの股間に伸びる、器用に片手でベルトを外すとそのまま屹立した男の象徴を優しく包み込む。
普段、キャロルが相手をしている成熟した男とは長さも太さも足りない、だが彼女の体格にはこれくらいが一番適しているのでこちらも合格点を挙げられる。
これならば挿入時の苦痛はないだろう、凸凹がぴったりと合わさる予感にキャロルの下腹部が熱を宿す。
「うぁ、キャロル、待ってくれ……そんな動かさないでくれ、俺、もう」
「大丈夫……何度でも、大きくできるから」
薬に頼らなくても、房中術を知った今なら相手の体調を操作することも容易い、それこそやろうと思えば死ぬまで射精させることもできるだろう。
そうなればアランを殺してしまうので自重する必要があるが、手加減しながらも複数回の射精はさせるつもりであった。
アランの乳首を舐めていたキャロルが寝床で体を動かして、頭をアランの下半身に持っていく。
「ん……じゃあ、一度目だね、いただきます……あむ」
既に手による奉仕で限界寸前であった肉竿は、トドメとばかりに亀頭を咥えられて舌で舐め上げられることにより決壊することになる。
勢いよく股間から吐き出される精液を、キャロルは負けじと飲み干していく、一滴も無駄にすることができないので彼女も必死になっているようだ。
「んぐ……んむ……んんむ……こく……ぷはぁ……ん、悪くない」
口からあふれ出しそうなほどの精液を喉を鳴らして腹へと落とす、すると体全体に染み入るように魔力が増えていく感覚が広がっていく。
これならばもう二回か三回で失った魔力は回復できるだろう、アランの体を限界まで追い詰める必要もない。
「うぁ、飲むんだね……美味しくないだろ、そんなもの」
「ん……美味しくない、でも嫌いじゃない」
「そうなんだ、やっぱり慣れてるんだね」
「……よく飲まされるから」
「おぉ……よくあることなのか……そうなのか」
少しだけアランの表情が暗くなる、憧れの女性が汚されてしまったかのような感覚なのだろう。
舞台で狩猟王を演じるキャロルの姿はどこか遠く触れがたい存在感があった、とても美しく可憐であり演出の助けもあって神聖な雰囲気も纏っていたのだ、そしてその印象のままキャロルと接していたのでギャップに戸惑っている様子が伝わった。
それでもしっかりと股間は熱くなるのだから、体は正直である。
「ん……まだ足りないから、もう一度固くするね」
射精して柔らかくなった肉棒を再び固くする、強制的に体を操られる感覚にアランは驚いているようだ。
「あ、あの、これ……」
「大丈夫……まだ足りないから大きくした」
若さの助けもあって生命力が溢れるかのように肉竿は固くそそり立つ、普段の客層に同じことをすれば疲労が濃くなるだろうが、アランはまだまだ余裕があった。
「次は……こっちだね」
キャロルは寝床に沈むアランに跨った、そして生まれたての小鹿のように震える相手を見下ろす。
「大丈夫……怖がらなくても……凄く気持ちよくしてあげるから」
アランは涙目だ、結び合わせた魔術的な路から、期待と不安、興奮と失望が流れ込んでくる。
キャロルは彼が自分に向ける羨望の感情はなんとなく理解できていた、それがある種の幻想でしかないことを教えることは心苦しくもあるのだ、女性に憧れを抱く純粋な少年を汚してしまうようで……申し訳ない気分と同時に、少しだけ興奮していた。
「ん……ごめんね」
亀頭がキャロルの膣口を僅かに広げて飲み込まれ、その段階でアランの頬に手を伸ばして指先で肌を撫でていく。
「私は、娼婦としても働いてるから……アランが思ってるような綺麗な女じゃない」
「うッ……別に俺は、その……うぅ、ごめん……こっちが勝手に舞い上がっていただけだから……キャロルが娼婦として働いていたって聞いて、なんか嫌な気分になったんだ……勝手だよな、会って間もない相手にこんなこと思うなんて」
涙を拭うように腕でアランの顔が隠された。
「なのにこうしてキャロルとできることに凄く興奮してんだ……勝手に憧れて、勝手に落ち込んで、なんか自己嫌悪が凄いことになってる」
「ん……大丈夫、大丈夫……アランは凄く正直な人ってことだから……うん、嫌いじゃない」
「そ、そうかな?」
「……そんな風に思ってもらえるのは悪い気分にならない」
キャロルは跨ったまま頭を下げてアランにキスをした、そして安心させるように髪を撫でる。
「アランは私としたい?」
「……は、はい、したいです」
「ん……私は綺麗な女じゃないけど、いやらしい女ではあるから」
だから、楽しんで……最後に耳元でそう呟いて、キャロルは腰を勢いよく下してアランの全てを包み込む。
「……んふぁッ!」
やはり長さも太さも慣れ親しんだ形ではない、だが苦痛を伴わない挿入は喜ばしいことでもある。
「ふふ……気持ちいい?」
「う……あ……凄い、凄いよ」
「ん……楽しんで」
そしてキャロルは腰を動かし始めた、最初は慣らすようにゆっくりと、そして徐々に上下運動を激しくしていく。
そして円を描くような腰つきになると、アランは耐えきれなくなったのか二度目の射精をしてしまう、まだ交わって三十秒もたっていないのだが、性交渉の経験値が違いすぎるので仕方がないことだろう。
「あッ……アッ……ふぁ……熱いのが、出てる」
子宮で受け止める熱は直ぐに魔力へ変換されていく、体は軽くなっていった。
「はぁ……はぁ……気持ちいいよ、アラン」
アランの絶頂に引っ張られてキャロルの体も震えているようだ、溶け合った互いの魂が干渉しているのだろう。
「もっと……楽しんで……あっく……ふぁ……ほら、また固くなったよ、あはぁ」
二度目の射精をして柔らかくなりそうな股間はまた大きく固くなる、強制的に興奮を増幅させられる感覚には慣れないが、今はそんなことを考えていられるような余裕がない。
「あ、くぅ……あ、あぁ、んッ! んんッ! ふッ、ふぅッ……あッ、アッ」
やはりこれくらいの長さや太さの方がキャロルの体に合っているのだろう、膣壁を削るかのような圧迫感も、子宮を押し上げる衝撃も感じられない。
ぴったりと合わさって、優しく粘膜が擦りあう、それがただ心地いい。
「あ~……あ~……これいい、気持ちいい……あッ、アッ……気持ち、いいッ!!」
アランは津波のように訪れる快楽に歯を食いしばって耐えるだけだ、セックスに慣れたキャロルはそんな彼を愛おしそうに見下ろしながらも腰を動かし続けていく。
「ほら、あん……こういうのも、気持ちいい、でしょ? ふわぁぁ~……」
アランの全てを包み込んだ状態で腰を前後に動かす、激しい上下運動ではなくとも与えられる快感は大きい。
「あッ……あぁ……ふぁ……あッ、くッ……はぁ、はぁ……あ、ああ……出して、もっと欲しい」
そして前後から円運動へ、最後に上下運動だ。
膣からあふれ出る愛液は精液と掻き混ぜられて白濁になっている、それが更に滑りを加速させて快楽を増やしていく。
粘度の高い水音を敢えて聞かせるかのように激しく腰を動かし、舌で肌を撫でて熱を送り、視覚では踊る裸体を余すことなく見せ受けて、五感の全てを楽しませるかのような交わりがアランを翻弄するのだった。
三度目の射精はそれから十秒後になる、そしてまた強制的に固く屹立させられて、激しい上下運動に耐えきれずまた吐き出す。
まだ交わって十分もたっていないのだが、アランは四度の絶頂へと導かれている、単純な経験値の差だけでなく房中術の影響が大きい。
「んんんんんッ!! んんッ!! ふんんんッ……う、はぁ、ふぅ~!……ふぅ~!」
キャロルもまた同様だ、アランの絶頂に合わせて引っ張られるように絶頂へと導かれている。
腹部にじんわりと広がる熱を感じ取れば背筋が震えて、やがてそれは脳が痺れるかのような甘い感覚に代わって全身へと広がっていく。
もう何度も経験した瞬間ではあるのだが、房中術を知ってからの絶頂は一味違った、濃くて深い、それに尽きるだろう。
そして脱力と共に活力が漲るような矛盾した状態になり、それが堪らなく心地いい。
叶うならばこの快楽の沼にずっと浸かっていたいとさえキャロルは思っている、もし立場や状況が違っていれば、彼女はそれこそ路地裏で股を開いて誰かれ構わず犯されて喘ぐような生活をしていたかもしれなかった。
快楽がとにかく深い、この甘さを知ってしまえばもう後戻りはできない、前々から娼婦の仕事は楽しんでいたが今は特にその傾向が大きくなっている。
趣味と、実益と、生活が成り立つのだから更に深い沼に嵌ることだろう、そこに若さが手伝うのだから止まりようがない。
「ん……ん……ちゅ」
キャロルは全身に広がる熱に酔いしれながら、上半身を相手の胸板に擦り付けてアランと繋がったままキスをする。
舌で絶頂の余韻を転がしながら息が続くまで絡ませ合い、アランがジタバタと藻掻き始めた段階でようやく唇を離した。
唾液の糸が伸びてプツンと途切れる、キャロルは唇の端を舐めとってアランを見下ろした。
「アラン……大丈夫?」
「はぁ……はぁ……大、丈夫……うん……ごほ……大丈夫」
僅か十分足らずで四度の射精をした……強制させられたアランは肩を大きく震わせながら酸素を求めて大きく胸を動かしている、どうやら過呼吸状態らしい。
キャロルはそんなアランの胸に手を置いて奪いすぎた生命力を僅かに返還して、過剰な動きを繰り返す肺を強制的に落ち着かせた、そしておつり代わりに彼の体を調べて各種内臓の働きを活性化させていく。
まだ若いのでどれも好調な様子ではあったが、これで更に活力が備わるだろう。
そして正しい呼吸に戻ったアランにもう一度キスをする、今度は貪るような激しいものではなく、おでこに優しく触れるものであった。
「ん……気持ちよかった?」
「うん、凄く……なんていうか、うん、凄かった」
上手く言葉にならないらしい、初めてのセックスが房中術を使ってのものなので、より衝撃が大きかったことだろう。
華奢な体が毛皮を積み重ねた寝床に倒れ込む、未だに余韻の残る体を柔らかい毛皮に預けて、二人は並んで見つめ合った。
「そう、よかった……付き合わせちゃってごめん」
「その、魔力とかそういうのは俺にはわからないけど……上手くいったのかい?」
「問題ない……凄く助かった」
「そっか、よかった」
キャロルはアランの手に自らの手を重ねて、導くように頭に乗せる。
「キャロル?」
「……髪、撫でて」
そして彼の胸板を枕にするように頭を傾ける、そんな彼女にアランはぎこちなくだが髪を撫でるのだった。
「ん……恋人とかできたら、こうしてあげると喜ぶかも」
「恋人、恋人かぁ……俺にできるのかなぁ……稼ぎも少ないし、意気地も無いし」
「……そんなことはないよ」
「……キャロルは……その、恋人とかいないの?」
「……考えたこともない」
「そうなんだ、やっぱり忙しいから?」
「それもあるけど……生きることに、必死だから」
キャロルの家族は姉だけだ、母はスラムで日銭稼ぎに娼婦として働いて自分たちを生んだと聞かされた、おそらくシャルルとは種違いの姉妹であることだろう。
そして父親の顔はわからない、あまりにも候補が多すぎるからだ。
娼婦として働く上で、妊娠しないように神に祈るのだがそれも完璧な避妊とは言えない、神々は気まぐれだと歌われるほどなのだから、やはり気まぐれで妊娠してしまうのだった。
可能性としてはかなり低い、だがこうしてキャロルとシャルルがその気まぐれで生まれたのだ。
母は父親のわからない二人の娘をまともに育てることができなかったらしい、元々自分の生活費だけで限界だったのだから無理もない……気が付けばキャロルとシャルルは奴隷商で下働きをしながら並べられていた。
奇妙な縁と、これまた奇妙な因果の結果、その店にキララがやってきて二人を購入したことで、彼女たちは春風のキャラバンに属することになる。
それからはあっという間だったという記憶があった、勉強に訓練に仕事に、目が回るような忙しさの中で生きていたのだ、恋愛など完全に別世界の出来事だろう。
憧れは……正直に言うのならば全く無い、単純に彼女が面倒だと短絡的に考えていることもそうだが、上手く想像ができないのだ。
そしてなによりも娼婦として働いていることも影響している、男との関係は恋愛感情よりも先に仕事相手という感覚が大きい。
恋人や夫婦という関係よりも、友達感覚でセックスする仲が、キャロルにとっての男女関係なのだろう、そこから先が存在しないのだ。
「ん……恋人は、いらないかな」
「そ、そっか……そうなんだ」
アランはキャロルの髪を撫でながら涙を浮かべた、初心な少年の初恋が砕けた瞬間でもある。
「……アランは恋人作らない?」
「あはは、今はまぁ、なんていうか、考えられないよ……色々と追い付かないって」
「ん……そのうち、良い人が出来る」
キャロルは上半身を起こしてアランの頬にキスをする、慰めるような優しい触れ合いにアランは苦笑いを作って見せる。
「私はしばらく聖都にいるから……遊びに来る?」
魅力的な提案だった、打ち砕かれたとはいえ淡い恋心の抱いた相手とまたこうして交わることができるのだ、未練がまだ断ち切れていないので鼻息が荒くなってしまう。
「是非!! あ、でも俺は稼ぎが少ないからな……」
「ん……そう……なら来年だね」
「来年?」
「春風のキャラバンは、毎年祝祭に合わせて聖都に来るらしい……うん、また来年」
「来年かぁ……でも、それなら貯金すれば……よし、頑張るよ」
初対面で憧れて、淡い恋心が芽生えて、すぐに砕けてしまった、それでもまだ望みがあると考えれば苦い経験も力になるのかもしれない。
「ん……でも、来年には、アランも恋人ができているかも」
「そんなことないさ! なんの自慢にもならないけど俺はあんまりモテないからさ!! 絶対来年も一人身だし、絶対にキャロルを指名するからさ!!」
「ふふ……そう? なら、楽しみにしてる」
確かに自慢にはならないことを自信満々に言ってのけるアランに、キャロルは少しだけ笑顔を見せる。
恋という感情は遥か彼方にあるキャロルだが、こうして誰かに純粋に想ってもらえることは、それほど悪い気分にはならない。
もし来年があるのならば、娼婦として精一杯楽しませてあげよう、そんなことを彼女は思った。