※この作品はR-18です。

商人と冒険者と娼婦   作:にやまな

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第十一話 祝祭に向けて シャルル編 中

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 微睡みの中で体が揺さぶられている、体は心地いい温もりから逃れまいと反応を鈍くするのだが、そのだらけきった意識を引っ張るかのように頬を叩かれてしまった。

 

 

 

 それほど強くはなかったのだが、眠気を吹き飛ばすには十分な感触にシャルルは瞼を開く。

 

 

 

「……やっと起きた」

 

 

 

「んお……キャロル、もう時間なのか?」

 

 

 

「ん……そろそろ起きる」

 

 

 

 シャルルが眠ったのは朝日が昇ったばかりの頃であった、アントニウスとの交わりが終わってクタクタの体を引きずりながら体を清めて後部車両の寝床に倒れるように沈んだことを思い出す。

 

 

 

 それがつい二時間ほど前のことだ、眠る前にキャロルへ仕事の時間になったら起こしてくれと頼んでいたので、こうして起こしてくれたのだろう。

 

 

 

 仮眠を終えた体は活力に満ちている、アントニウスから貰った生命力が魔力になってそのまま彼女の体を活性化させているのだ、たった二時間ほどの睡眠であったが漲るような力が宿っているので昨晩の疲労は残っていない。

 

 

 

 身体をグッと伸ばす、やはり疲労は無い、心地いい目覚めであった。

 

 

 

「……今日もあっちに行くの?」

 

 

 

「あぁ、次は大神殿での警備らしいぞ」

 

 

 

「……そう」

 

 

 

 そう言ってキャロルは自らの手元に視線を落とす、そこには先日に手に入れた黄金の角が握られており、どうやら彼女はその角を加工して弓を作っているらしい。

 

 

 

 枝分かれした不要な部分を切り落とし、引っかかりをやすりでそぎ落とす、仕事の合間に暇を見つけては作業を行っており、最初の状態に比べれば随分と弓らしい形となっていた。

 

 

 

「ふ~ん、綺麗な弓だな……でもそれって鹿の角なんだろ? ちゃんと使えるのか?」

 

 

 

「大丈夫……凄く頑丈で、しなりがあるから」

 

 

 

「そっか、完成したら矢を撃つとこ見せてくれよ」

 

 

 

 シャルルは作業を続けるキャロルに背を向けて着替えを行った、服の上に愛用の鎧と具足を身に着けて腰のベルトには剣をぶら下げる。

 

 

 

「そんじゃワタシは仕事に行ってくるな」

 

 

 

「ん……頑張って」

 

 

 

 その言葉を聞いてからシャルルは車両の外へと飛び出た、キャラバンが拠点にしている聖都の広場は今日も大勢の人波が出来ており大きな喧騒に包まれているようだ。

 

 

 

 祝祭が近くなってきたからだろう、最初にこの都市へ来た頃よりも賑わっていることがわかる。

 

 

 

 シャルルはそれぞれの仕事を全うするキャラバンの団員たちに挨拶をしてから、その人込みに紛れて聖都の大通りを進んでいき、目指す場所は都の中心に聳え立つ大神殿であった。

 

 

 

 神殿というよりは王城と表現した方が近いかもしれない、城壁というものが存在しており、大神殿に入るには水路にかかった橋を渡らなければならない上に、門番の厳しい検査も越えなければならない。

 

 

 

 朝方だというのに神殿へと入る門前には多くの人が詰めかけているようだ、神殿関係者とは別口の要件が多く食糧や日用品を運び込む商人が目立つ。

 

 

 

 後は祝祭に合わせて聖都を訪れている有力者たちだろうか、シャルルには紋章の違いや格はわからないがどこかしらかの貴族や王族なのかもしれない。

 

 

 

 そんな列とは別にある神殿関係者用の小さな出入口へとシャルルは向かう、当然ながらそこにも守衛がいるのだが、そんな相手には昨晩にアントニウスから渡された通行証を見せると簡単に通してくれた。

 

 

 

「あのおっちゃん本当に聖騎士団の団長なんだな」

 

 

 

 国の中核に簡単に入れるだけの通行証を渡せる身分にはとても見えないというのが彼女の感想だ、金のあるエロおやじという印象が強い為なのかどうにも違和感を感じてしまうのだろう。

 

 

 

 大神殿、というよりは城塞の中へと入ると、外から眺める軍事施設特有の武骨さとは違って洗練された雰囲気が広がっていた。

 

 

 

 柱の一つ、壁の隅、天井からちょっとした調度品の一つに至るまで、細やかな細工や意匠がこらされており一つとして違和感を感じられない、この空間を構築する全てが豪華に統一されており途方もない時間と手間がかかっていることはシャルルにも容易に理解できた。

 

 

 

 煌びやかでありながら下品だとは思わない、ここにある全てが全体を輝かせる一部であって突出している物がないからだろう、調和というものがしっかりと考えられている。

 

 

 

 少し場違いかな、そんなことを考えながら大神殿の中を歩いていくと、彼女と同じように流れる雰囲気から浮いた集団を見つけることができた。

 

 

 

 使い込んだ鎧や皮鎧などがよく目立つ、人相もどこか悪く粗暴な空気を身に纏った集団だ、視線を合わせようものならば雰囲気通りの展開になっても不思議ではないだろう。

 

 

 

 おそらくはシャルルと同様に大神殿の警護に雇われた傭兵たちだろう、そんな彼らは聖騎士相手に揉めていた。

 

 

 

 原因がなにであったかはシャルルにはわからないが、おそらくは傭兵の一人が何かしでかしたのだろうと察することができる、その傭兵は目の前にいる女の聖騎士を睨みつけながら剣にまで手をかけているのだから。

 

 

 

 周囲の傭兵たちは一触即発の二人を眺めながら距離を置いており、娯楽感覚なのか楽しそうにニヤニヤするだけだ。

 

 

 

「貴様、もう一度言ってみろ!」

 

 

 

「はん、聞こえなかったのか嬢ちゃん? 聖騎士なんて名乗るよりも俺の上で腰を振ってる方がお似合いだって言ったんだよ」

 

 

 

「ほう……そうかそうか、分を弁えぬ輩はこれだから困る。力の差を理解できぬとはな」

 

 

 

「ははは、騎士ごっこもそこまで言えれば大したもんだ。ほ~ら剣を抜いてみろよ、まともに振り回せるんならな」

 

 

 

「安い挑発だな、だが乗ってやろう」

 

 

 

 聖騎士が先に剣を抜いた、一歩踏み込むと同時に流れるように刃を放つと傭兵の懐へと入り込む。

 

 

 

 鋭い一撃だ、何度も訓練を重ねた上で実践を積み重ねた者にしかできない体捌きと言えるだろう。

 

 

 

 挑発していた傭兵は想定よりも早い踏み込みに驚いた様子であったが、こちらも慣れた動きで剣を抜くと聖騎士の刃を防ぐのだった。

 

 

 

 一瞬の膠着、そして互いに深く呼吸をするとそのまま剣を打ち合った。

 

 

 

 力と体格を生かす剛剣と、速度と技で迎え撃つ鋭い刃、大局的な二つの刃は無数に重ね合いながら火花を散らして周囲に広がる。

 

 

 

「やれやれまったく、どうしてこうなるのやら」

 

 

 

 いつの間にかシャルルの隣にはアントニウスが建っていた、彼は傭兵と同僚の聖騎士の戦いをどこか疲れたように眺めている。

 

 

 

「あれ、止めなくて良いのか?」

 

 

 

「おお、シャルル君、よく来てくれたね、今日はよろしく頼むよ」

 

 

 

「いや、大丈夫なのかどうか聞いてんだけど」

 

 

 

「なぁに、彼女はそう易々と後れをとるような腕ではないさ……だがまぁ、まだ仕事も始まっていないというのにこれでは先が思いやられるか」

 

 

 

 そう言って彼は野次馬をかき分けて争う二人の間へと入っていく、そして緊張感の無い優雅な動作で両手を広げると、ぶつかり合おうとしていた両者の手首を掴んで大きく揺さぶった。

 

 

 

 右手で聖騎士の手首を、左手で傭兵の手首をしっかり握りしめると、次の瞬間には二人が綺麗に整えられた芝生に転がってしまう。

 

 

 

「聖アントニウス、何故邪魔をするのですか!?」

 

 

 

 最初に不満を訴えたのは聖騎士の女性であった、そんな彼女をアントニウスは睨みつける。

 

 

 

「おいおい、いつも聖騎士の在り方を語る君がそう簡単に刃を抜くもんじゃないだろ、そんな安い剣ではないのだろう?」

 

 

 

「む……いや……だが……こんな時だけ正論は止めて頂きたい」

 

 

 

 次にアントニウスは同じように芝生に転がる傭兵へと視線を向ける。

 

 

 

「彼女はまだ若いが腕は確かだ、だがそれ故に精神的に未熟な部分もある、あまり挑発しないでやってくれないか」

 

 

 

「ふん……まぁ足は引っ張らないってことはわかったよ。聖騎士アントニウスにそう言われちゃあ俺に文句はないさ」

 

 

 

「それはありがとう、今日はよろしく頼むよ」

 

 

 

 傭兵の男はアントニウスに逆らうつもりはないのか先程とは違って静かに引き下がる、単純に名前に怯んだというだけでなく戦士としての格を剣を交えるまでもなく理解できたのかもしれない。

 

 

 

「聖アンジェリーナ、君の今日の仕事は聖女様の護衛だろう? 警備の引継ぎを済ましたのかね?」

 

 

 

「……これから行います」

 

 

 

 芝生から立ち上がってアンジェリーナと呼ばれた聖騎士は草と埃を払う、不満が残っているようだがこちらも逆らうことなく彼に従っているようだ。

 

 

 

 憮然とした表情で剣を鞘に納めたアンジェリーナは野次馬に視線に晒されて居心地の悪さを感じたのか、逃げ場を探すかのように視線を彷徨わせるとその瞳はシャルルへと向かう。

 

 

 

「そちらの少女は?」

 

 

 

「こちらはシャルル君、キャラバンの護衛として聖都に来ていてね、大神殿の警護に声をかけたんだ」

 

 

 

「……事情はわかりました、しかしキャラバンの護衛役にこのような少女が、ですか?」

 

 

 

「ガハハ、君も大して年が変わらんだろう。それに彼女はこう見えて中々に腕が立つぞ、素晴らしい体幹を持っているからね」

 

 

 

 主に夜の交わりでそれを感じ取っていた、無駄なく引き締まった体に猫のように柔らかくしなやかな筋肉、そして柔軟でありながらブレることの無い体幹、全てが素晴らしいとアントニウスは思う。

 

 

 

 昨晩の情事を思い出してだらしない顔つきになっていく彼を、アンジェリーナは眉間に皺を寄せて睨みつける。

 

 

 

「聖アントニウス、いやらしい顔を正してください……いや、それよりも、キャラバンの団員であるということですが、その、彼女は、えっと……旅芸人なのですよね?」

 

 

 

「あぁ、そうだよ、まぁ普段は護衛役だけど舞台に立つこともあるし、傭兵としてこうして働くこともあるから専業って訳でもないんだけど」

 

 

 

「そうか……うん……女の旅芸人となると、その、苦労も多いのでは?……まさかとは思うが、聖アントニウスは貴女と、その」

 

 

 

「このおっちゃんなら最近はよくウチの娼館に顔を出すぞ? 昨日もしつこかったな」

 

 

 

 シャルルの言葉にアンジェリーナは両手で顔を覆って嘆いてみせた。

 

 

 

「あぁ、聖アントニウス……貴方という人は、こんな少女を相手に自らの欲望を晴らすなど……娘ほどの年ではありませんか」

 

 

 

「それのなにが悪いというのだ、女性を抱きたい愛でたい、男に生まれたのだから当然のことだろう、年齢など些末な問題さ」

 

 

 

「節度と立場を弁えなさいと言っているんです、聖騎士団長が少女と淫行など……あぁ、シャルル嬢と言いましたか? この男は何か失礼をしでかしたりしていませんか?」

 

 

 

「あはは、大丈夫、ちゃんと同意の上だから心配しなくてもいいって、それにこの人は相場よりも多めのチップをくれるからありがたい客でもあるんだ」

 

 

 

「そうですか……なら良いのですが」

 

 

 

「聖アンジェリーナは潔癖症すぎるのだよ、そもそも私は紳士であろうと常に心掛けているのだから娼婦にも人気があるのだよ」

 

 

 

「紳士のわりにはだいぶしつこいけどな」

 

 

 

「ガハハ、君が魅力的だからこそだ」

 

 

 

 シャルルとアントニウスの会話にアンジェリーナは疲れたように溜息を吐いていた。

 

 

 

「はぁ、もう結構です……私は聖女様の護衛に向かいますので、聖アントニウス、ここはお任せします」

 

 

 

「おう、安心して任せたまえ」

 

 

 

「……少女との淫行の件は上層部に報告いたしますのでそのつもりで」

 

 

 

「やはり潔癖症がすぎるな、男と女の交わりに無粋な物を挟むもんじゃないというのに、嘆かわしいことだ」

 

 

 

「ぐぬ……まるで私が悪いかのような言い方はやめてください!!」

 

 

 

 そう言い残してアンジェリーナは去っていった、聖女の護衛へと向かったのだろう。

 

 

 

「う~む、あの子も腕は良いんだがなぁ、どうにも柔軟性に欠ける所があって困る」

 

 

 

「なんか苦労してそうだな、ああいう人って色んなことを難しく考える感じじゃん、ウチのキャラバンにも似たような奴がいるけどいつも難しそうな顔してるもん」

 

 

 

 少し前のエミリーは特にそれが顕著であった、常に深く思考を続けて眉間に皺を作ることも少なくなく、本と資料を見比べながら悩む姿は余裕が感じられなかったのだが、娼婦として働き始めた頃から少しずつ柔軟な思考を身に着け始めたので肩の荷がいつのまにか下りたらしい。

 

 

 

 何もかもを難しく考えるよりも、もっと気楽に生きれば楽なのに、出会ったばかりの頃のエミリーを見てシャルルはよくそんなことを考えていた。

 

 

 

 良いじゃないか、年の差なんて、気持ちよく稼げるのならばシャルルは満足であった。

 

 

 

「さて、我々も仕事に移ろうか……総員、傾注せよ!!」

 

 

 

 迫力が込められた掛け声と共にだらけていた傭兵たちが背筋を伸ばす、アントニウスもそうだが彼らも戦うことで生きている者たちなので締めるべき所ではしっかり締める、そうでなければ生きられないのだから当然だろう。

 

 

 

「本日、諸君らに集まってもらったのは事前に説明した通り大神殿の警備である。各自、持ち場に付いて周囲の警戒を頼む……何か質問は?」

 

 

 

「この大神殿にわざわざ侵入するバカはどこのどいつだ? ただの人間じゃないんだろう?」

 

 

 

「その通りだ、どうにも混沌の勢力らしい、君たちも地下水道の調査や共同墓地の警備でその一端を垣間見たと思うが」

 

 

 

「まぁ確かに、この聖都でゾンビやら幽鬼やらと出くわすとは思わなかったけどよ……」

 

 

 

「そういうことだ、我々も調査を続けているがまだ尻尾は掴めない、そろそろ大規模な掃除が必要だろうと考えているが手も足りん、そこで君たちの声をかけたわけだな……準備が整うまでの間、一先ずは守りに入る」

 

 

 

 アントニウスが言うには聖騎士の数が少ないらしい、そして簡単に増やすことも難しい、なので苦肉の策として傭兵を雇っているのだ。

 

 

 

「この大神殿にも魔の手は伸びている、なので諸君らの健闘を期待する、以上だ」

 

 

 

 傭兵たちはこの広い大神殿の中をそれぞれの持ち場を目指して散っていく、シャルルもまたその一人だった。

 

 

 

 視線は大神殿の中を彷徨う、右を向いても左を向いても、なんだったら下も上も落ち着かない雰囲気があるので定まらない、なのでグルグルと動かしながらもなんとか持ち場へたどり着く。

 

 

 

 シャルルの守備範囲は大神殿の内部にある応接間だった、近くに来訪者の相手をするカウンターが設置されており神殿の関係者と思われる女性が宿屋の受付のように帳簿と睨めっこしている姿が確認できた。

 

 

 

 そんな彼女に挨拶をしてから目立たない位置で壁に背を預けるとそのまま周囲を注意深く観察する、特に目立つ気配は感じられないが、先日に調査した地下水道や共同墓地の警邏でも予期せぬ相手と出くわしたので油断はできない。

 

 

 

「……一人で仕事するのは慣れないな」

 

 

 

 いつも傍らで戦ってくれている妹と友人の存在が感じられないと、どこか不安にかられてしまうのだろう。

 

 

 

 溜息を吐いてしまったのは意識しての行為ではない、寂しいとは違うのだが先駆けとなる矢も敵を薙ぎ払う炎も頼れない状況がどうにも慣れないのだ。

 

 

 

 頼れるものは己の剣のみ、そんな状況はこれまでそう多くの経験がないので落ち着かないのだろう。

 

 

 

 こうして一人で動かされるということはキララから一人前だと認められたということであるのだが、シャルル自身はそこまで思いあがってはいなかった、上を見れば自分より強く経験を積み上げた相手が幾らでもいるのだ、彼女はそれをしっかりと理解している。

 

 

 

 だからこそもっと強くなりたいと、そう考えられるのは彼女の長所でもあった。

 

 

 

 瞼を閉じて思い出すのは先程のアントニウスの動きだ、刃をむき出しにしてぶつかり合う二人を簡単に転がしてしまった、聖騎士も傭兵も決して未熟ではなかったのだがそれでも地面を転がってしまったのだから、彼とは圧倒的な差があったということだろう。

 

 

 

 手首を掴み、相手の体幹を揺るがして投げる、アントニウスはいとも容易くやってのけた、自分にも同じことができるかと考えるが、まず無理だろうとシャルルは思った。

 

 

 

 達人は何気ない動作が洗練されて他者を圧倒することが出来る、アントニウスもそうだが春風のキャラバンを率いるキララもまた同様だ、本当に簡単に全ても捻じ伏せられる力を持っている。

 

 

 

 神の膝元で戦ったカムラーンも同じだ……と、そこまで思い浮かべた所でシャルルは、ここもまた神の膝元であるということを思い出す。

 

 

 

 そして同時に武神を相手に戦ったあの時の感覚を体がどこかから引っ張って来た、あれ以来、体があの時の状態を渇望するかのように感覚が鋭くなることがあったのだが、今回は特に鋭い。

 

 

 

 感覚が鋭く研ぎ澄まされていくと、より周囲の状況が鮮明になっていった。

 

 

 

 遠くの声が、気配が、熱が目の前にあるかのように感じられる、自分の呼吸すらうるさく思う程に情報が溢れかえっているのだ。

 

 

 

 夜中にこの状態になると眠れないので困ったこともあったのだが今は仕事中なので問題ないだろう、シャルルはそのまま感覚を尖らせて自らの領域を広げていくと、途中で巨大な何かにぶつかった。

 

 

 

 そしてその巨大さに唖然とする、特に準備もなく気の向くままに感覚を伸ばしていた為に、出会いがしらの事故のような衝撃がシャルルに伝わってしまう。

 

 

 

 ガクッと、顎先を殴られたかのように彼女の頭が傾いた、鋭い感覚が巨大な何かの領域まで伸びた瞬間に膨大な情報がシャルルへと流れ込んできた結果だ。

 

 

 

 以前の彼女ならばその衝撃を流し込まれてもそのようなことにはならなかっただろう、房中術を使えるようになったことで魔力を知覚したことに加えて、魔術的な道が体にできやすい状態になっていたので流れ込む情報を遮断することができない。

 

 

 

 チカチカと視界が明転している、酷い二日酔いのように頭は鈍い痛みを訴えて、視界はぐらりと揺れ動く。

 

 

 

「うッ……あ……な、なんだ、今のは?」

 

 

 

 シャルルの顔色は悪い、壁に手を着いてそのまま崩れ落ちそうになるのを耐えながら痛みが引いていくのを感じ取り、何度も深呼吸をしながら波が引いていくのを待つのだった。

 

 

 

 それから二分ほどだろうか、ようやく衝撃と頭痛が引いて視界も良好になったことを確認すると、彼女は最後に大きな深呼吸をしてから姿勢を正す、だが心臓の激しい高鳴りはいつまでも消えることなくのこっているようだ。

 

 

 

 流れ込んできた情報はとても断片的で曖昧なものではあったが、一つだけ確かな形として頭に残ったのは、夜空を切り取って剣の形にしたかのような夜色の剣だった。

 

 

 

 シャルルはその正体を知っている、彼女だけでなくこの時代に生きる者ならば必ずと断言して良い程に有名な剣なのだから。

 

 

 

 無秩序に伸ばした自らの領域が、この大神殿の……いや、世界の中心にある天剣の領域と重なってしまった結果が今のシャルルであった。

 

 

 

 頭の奥底に、思考の深淵に、或いは彼女の魂の最も中心に、夜色の剣が突き刺さったかのように存在感を放っている、それがいつまで経っても消えないまま輝き続けている。

 

 

 

 酷く喉が渇く、瞼や鼻の奥がツーンと熱を持ち、みぞおちの奥に変な違和感を感じてしまい、背筋に奇妙な悪寒が走った、そしてシャルルは不意に自らの唇を撫でるとそこには鼻から知らぬうちに垂れて来た血が付着していて彼女の指を汚す。

 

 

 

 体調は悪い訳ではない寧ろその逆だ、五感がかつてないほどに鋭くなったが故の弊害とでも言うべきなのか、体の能力に見合わない膨大で急速な運動をしたかのような負担が彼女にかかっているのだろう。

 

 

 

「大丈夫かね?」

 

 

 

「……」

 

 

 

 いつの間にかシャルルの傍らにアントニウスが立っていた、ここまで全力で走って来たのか僅かに息があがっており、心配そうにこちらを見つめている。

 

 

 

「いきなり啓示が届いたかと思えばこんな状況になっているとは……シャルル君、しっかりしたまえ、呼吸を落ち着けるんだ」

 

 

 

「あ……うぁ」

 

 

 

 声はしっかりとシャルルに届いている、耳元で大声で叫ばれているかのように鼓膜が衝撃で震えるのだが、実際にはそんなことはなくアントニウスも声を荒げているわけではない……ただ単純に鋭く尖ったシャルルの感覚がそう認識しているのだ。

 

 

 

 言葉を出そうにも上手く舌が回らない、体を動かそうとしても空回りしたかのように言うことを聞かない、まるで思考だけがすさまじく加速して体がその速度に付いていけないかのような現象であった。

 

 

 

 加速する思考が体を放置して留まることなく働き続けている、何かを喋ろうとしても何かを訴えようとしても体がその速さに同調できないので全てが上手く噛み合わない。

 

 

 

「祝祭の日でもない上に同意もないというのに……まさか聖騎士の洗礼を受けるとはな、神々はそこまでこの子を気に入っているということか」

 

 

 

「どういたしますか、聖アントニウス?」

 

 

 

 他の聖騎士もシャルルの下へ集まっている、彼らもまた啓示を受けてここに来たのだろう。

 

 

 

「どうしたもこうしたもない、中途半端な契約を放置すれば体への負担も大きい、へたすれば死んでしまうだろう。彼女は今、聖騎士の力を得ても加護は無い状態だ……だが最奥の門は祝祭にしか開かない、どうしたものか」

 

 

 

「団長、それなのですが……ここに来る前に最奥の門が開かれていることを確認しました」

 

 

 

「なに? まさか彼女の一人の為に開いたというのか……わかった、緊急だがこれから聖騎士契約を行って彼女に加護を下す、それで体調も回復するだろう」

 

 

 

「あ……あぁ」

 

 

 

 何かを言おうするが言葉にならないシャルルの髪をアントニウスは優しく撫でる、そして安心させるかのようにこう語りかけるのだった。

 

 

 

「安心したまえ、君は天剣の守護者に選ばれた……これから聖騎士の加護を受けるんだ、何も怖いことはない」

 

 

 

 その言葉を聞いて、シャルルは静かに意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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