※この作品はR-18です。

商人と冒険者と娼婦   作:にやまな

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第十六話 蠢く者

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピチョン、と水が跳ねる音が彼らの耳に届く、集中しているが故に何名かがその音がした方向に視線をやってから大きな溜息を吐いた。

 

 

 

 聖都リーグロンデルの下層、都市中に張り巡らされた水道から生活用水が流れていく地下水道には武装した集団が調査を行っているようだ、彼らの先頭は縦にも横にも大きな巌のような大男であるアントニウスがおり、油断なく薄暗い地下水道を観察している。

 

 

 

 その視線に一切の油断が無い、光源は手持ちの松明だけという頼りない状況だが薄暗い視界であってもまるで昼間のように見えているのかその瞳は闇の向こう側をしっかりと認識しているらしい。

 

 

 

「戦闘用意」

 

 

 

 集団を預かるアントニウスのそんな短い言葉に、背後で陣形を構成していた何名かの聖騎士が前に出る、彼らは一様に盾と剣で武装しておりアントニウスの壁になるかのようにそれらを構えた。

 

 

 

 聖騎士が抜けた隊列を埋めるかのように雇われの傭兵たちが新しい形に隊を組みなおす、彼らは聖騎士たちとは違って前ではなく後方へ注意を向けているようだ。

 

 

 

「背後からもくるな……二体ってところだ」

 

 

 

 傭兵の報告にアントニウスは頷く。

 

 

 

「了解した、十五……いや、十秒ほど食い止めてくれ」

 

 

 

 前後を挟まれる形になった彼らは陣形を構築したまま相手を迎え撃つ、それから数秒程だろうか……薄暗い地下水道には粘液をかき混ぜるかのような奇妙な音が響く。

 

 

 

「来るぞ!!」

 

 

 

 松明の明かりが照らし出したのは無数の触手の群れであった、粘液に塗れたそれらが暗闇から伸びて聖騎士と傭兵たちに群がって来たのだ……しかしそれらは瞬きする間に切り裂かれてしまう。

 

 

 

 盾を構えた聖騎士たちがまず触手を受け止める、それによって生まれる僅かな硬直を見逃すことなくアントニウスが祝福の力を宿した刃を振るって汚れた粘液に塗れる触手を切り裂く。

 

 

 

 彼はそれで一息つくことなく後方に振り返って背後の敵を迎え撃つ、そちらの傭兵たちも盾で殺到する触手を受け止めており、そちらもまた祝福の刃で焼き切る。

 

 

 

 敵の攻勢を凌いだ彼は祝福の聖剣を、その先端を暗闇の向こうで怪しく輝く眼球へと向けた、無数の触手を束ねる眼球へ放たれるのは祝福の波動であった。

 

 

 

 剣先が一際大きく輝いたかと思うと、そこから光の膜が……いや、光の壁とさえ言えるような祝福が放たれる、ここは狭い通路なので隙間なく光は満ちて暗闇の向こうにいる呪いを一瞬で焼き払う。

 

 

 

 二つの眼球を消滅させてまた前方へと視線を向ける、そちらは盾を構えていた聖騎士たちが処理したのか触手を束ねる眼球は既に処理されていた。

 

 

 

「やれやれ、これで三度目か」

 

 

 

 呆れたような傭兵の呟きに聖騎士も思わず頷いてしまった、聖都という場所の地下に呪いが跳梁跋扈しているような状況なのだ、その現状に最も呆れているのは彼らなのだから愚痴や不満を零すことも仕方がないだろう。

 

 

 

「なあ聖騎士さんよ、今はどの辺なんだ?」

 

 

 

「今、我々がいる場所でようやく八割ほどの捜索が完了したという所ですね……他の班が順調ならばという前提ですが」

 

 

 

「なら後少しか……ようやく辛気臭い場所からおさらばできそうだ」

 

 

 

「最後まで気を抜かないようにお願いします」

 

 

 

「わかってるさ、俺らだってまだ死にたくないからな」

 

 

 

 彼らは今、複数の班に分かれて聖都の地下水道を調査していた、以前からそれらは行っていたのだが数少ない聖騎士の大半を投入してそこに大量の傭兵を雇って複数のチームを作り、広大な地下空間を一気に掃除することは今回が初めてだ。

 

 

 

 様子見ではない、今日ここで全てに決着をつける、その覚悟と意思の下に大規模な作戦を行っているようだ。

 

 

 

 この聖都を脅かす何者かの影を必ず捕らえるという目的なのだろう、今までは聖騎士団の人手不足をあってか中々踏み込めずにいたのだが、ここまで大規模な作戦が決行される理由が間近に迫っているので無理を押し通しての大規模捜索となってるらしい。

 

 

 

 人手不足にも挫けず、傭兵を雇う為の資金にも目をつぶり、大神殿の警備に最低限の戦力だけを残す危険性からも視線を逸らし、それでも作戦決行となった理由はただ一つ、それは祝祭がいよいよ明日にまで迫っているからだろう。

 

 

 

 大事な日だ、この日はリーグロンデルの住民だけでなく周辺の国からも大勢の人が押し寄せる、観光で来る者や祭りの需要を狙いで来る商人もいるだろう、各国の代表者も顔を出すので国際会議が開かれる時間すらも設けられていた。

 

 

 

 そんな日常とは大きく離れた重要で特別な日を、足元に不安を抱えたまま迎えたい等と思う者はそういないだろう。

 

 

 

 聖都の上層部もそれは変わらない、聖なる結界に守られたこの場所で何者かが空気を汚していることは、共同墓地や地下水道、そして周辺の村や街から送られる報告書で明白なのだから、原因を取り除きたいと考えることは当然である。

 

 

 

 邪悪な魔術師が異質な欲望で動いているのか、それとも神をも恐れぬ愚か者の行動か、或いは周辺国のどれかが何らかの理由で行っているのか……もしくは悪魔の潜伏か。

 

 

 

 どんな理由であれ祝祭の日までには原因を取り除きたい、そんな上層部の思惑もあってかここ最近の聖騎士団は忙しく動き回っていたのが現状である。

 

 

 

 大神殿の警備、都市の警邏、周辺地域の調査、この地下水道の捜査もまたその方針によるものであった。

 

 

 

 しかし思うように成果は上がらない、ゾンビや幽鬼や呪いの存在は確認できるのに、それらの発生原因がわからないまま祝祭が近くなってしまった。

 

 

 

 無策であった訳ではない、聖騎士団や警備部隊や傭兵を使っての物理的な調査から、魔術や祈りを使った方法で原因を探り、見つけた不浄はその場で焼き払う……そんなことを続けて一カ月、白紙の地図を塗りつぶすかのように行われたローラー作戦は最後の空白地帯である地下水道だけを残すことになる。

 

 

 

 祝祭は間近だ、例えここに何も無かったとして、安全であるという確信は得られるので無駄にはならない、もし原因がいるのならば確実に処理する……それが今日の作戦であった。

 

 

 

「……臭いな」

 

 

 

「そりゃ下水道だからな」

 

 

 

 アントニウスの呟きに傭兵の一人が何を当たり前のことをといった感じに返答する、そんな反応にアントニウスは苦笑いを浮かべて首を横に振る。

 

 

 

「邪悪の匂いさ……呪いとは少し違う、間違いなくこの先にいるぞ」

 

 

 

 松明の明かりが通路の向こうにある鉄格子を照らす、地下水道はならず者や浮浪児が根城にしない為に一定間隔でこう言った区切りがあるのだが、一人の聖騎士が慎重にその鉄格子を検分すると壊されていることがわかった。

 

 

 

「鍵が壊されていますね、力づくで引きちぎられたかのような跡があります」

 

 

 

「どれどれ、この先は……」

 

 

 

 アントニウスは地下水道の見取り図を眺める、そして無茶な捜査を行ったこの作戦もいよいよ終わりが近いことを確認する。

 

 

 

「どうやら我々の班が当たりのようだな……他の班は予定通りならそろそろ探索を終えていることだろう」

 

 

 

 この鉄格子の奥が彼らの班が行う捜索場所の最奥だ、そして先程の触手を束ねる眼球もここから出現したのだろう。

 

 

 

「地上に連絡して他の班も呼びますか?」

 

 

 

「そうだな、何名か聖騎士の援軍を……いや、そんな余裕はなさそうだ」

 

 

 

 安全策をとろうとした直後に、見計らったかのように暗闇の向こうで赤い輝きが脈動する、まるでその向こう側に無数の眼球が存在するかのように深紅の視線が彼らに殺到したのだ。

 

 

 

 盾を持っている者はその恐怖を増幅させる視線を直視しないように遮る、或いはマントなどを翻して赤い脈動を防ぐ、幸いにも貫通力のない魔眼なので恐怖で発狂するような者は聖騎士にも傭兵にもいない。

 

 

 

「チッ、多いぞ……俺らが壁になるから、トドメはこれまで通り聖騎士さんに任せるからな」

 

 

 

「あぁ、受け持とう」

 

 

 

 暗闇の向こうから触手を束ねた眼球が粘液をかき混ぜる音を響かせながら彼らに襲い掛かって来た……数が多い、あまりにも密集している為に地下水道の狭い空間が密閉されて触手の壁とも表現できる光景であった。

 

 

 

 その壁の中に、二十程の眼球が存在しており、それらが恐怖の魔眼を放とうと熱を蓄えているようだ。

 

 

 

 そんな眼球を前にして傭兵たちが前にでる、盾やマントで眼球の視線を遮りながら距離を詰め、懐から取り出したのは幾つかの小瓶である。

 

 

 

「おら! 聖水でも食らっとけ!!」

 

 

 

 この聖水は事前に用意されていた支給品である、彼らもここが使い所だと考えたのだろう、それなりに高価な代物を惜しげもなく相手へと投げつけていく。

 

 

 

 すると「ジュッ」と熱を発する物体に水をかけたかのような音が地下水道に木霊する、聖水の効果は抜群であり、火を消し去るかのように触手を束ねる眼球へと突き刺さるのだった。

 

 

 

 不思議な音程の言葉……叫びが彼らの鼓膜を振るわせていく、恐怖の魔眼を遮っているというのに思わず心が折れてしまうような、そんな叫びである。

 

 

 

「タイミングを合わせろ、一撃で決めるぞ」

 

 

 

 傭兵たちの背後で聖騎士たちが祝福の力を高めていく、それが最高潮になると彼らは一斉に祝福の輝きを剣先から射出した。

 

 

 

 彼らの前方にいた傭兵たちはその輝きに晒されても痛痒は感じない、寧ろ心が洗われるかのような温もりを感じるだけだ……しかし暗闇の奥で蠢く触手と眼球はそうもいかないだろう。

 

 

 

 触手が、眼球が、その放たれた光に触れた瞬間に、自らを構成する細胞が蒸発するかのような激痛を感じ取るのだから。

 

 

 

「--------」

 

 

 

 いつまでも耳に残るような形容しがたい叫びを残して触手とそれを束ねる眼球は消え去った、それでも安心できなかったのか聖騎士と傭兵たちは慎重に周囲を観察しながら距離を詰めていく。

 

 

 

「終わりか?」

 

 

 

「そう願いたいが……この奥に何があるかだな」

 

 

 

 隊列を組み直して彼らは最奥へと進んでいく、先頭はやはりアントニウスだった。

 

 

 

 鍵が壊された鉄格子を超えてその奥、広い地下水道の端っこにそれはあった。

 

 

 

 まず松明の光が照らし出したのは地面に刻まれた無数の幾何学模様である、そして祭壇らしき場所や鼻の奥を焼くような異臭を放つ香、なにより目立つのは血を凝縮したかのようなどす黒い結晶体だろう。

 

 

 

 この空間はその結晶を中心に作られているらしい、これが何なのか彼らにはわからないが肌をチリチリと焼くような空気が充満しており、およそまともな場所ではないと誰もが思った。

 

 

 

「詳しくは調査しなければわかりませんが……おそらくここは神殿ですね」

 

 

 

「地上にある神殿とは雰囲気が正反対だが……ご神体があり、結界があり、ある種の異空間を形成できている、闇神殿と言った所かな」

 

 

 

 アントニウスの推測にその場にいた全員が納得したようだ、推測でしかないが周囲の状況を言葉で説明するならば確かに闇神殿という表現がよく似合っていた。

 

 

 

「そうだろう? ここが神殿ならば君は神殿長といった感じかな?」

 

 

 

 祭壇の向こう、やはり薄暗い空間にアントニウスは視線を向けた、まるで顔なじみに話しかけるかのような気楽な口調であったが、体に漲らせた力は臨戦態勢を整えているようだ。

 

 

 

 そこにいる何者かに、刃を突きつけるかのように。

 

 

 

「「あら、あら……あらあらあら」」

 

 

 

 粘度の高い空気に包まれた不浄の空間に似つかわしくない、二つに重なった可憐な声が響き渡った。

 

 

 

 妖艶な女の媚びるような声色と、純粋な少女の美しい声色が混ざって奇妙な背徳感を感じさせるような、そんな相反する女の声は不自然なほどにこの闇神殿に溶け込んでいる。

 

 

 

 まるでこの地の王であるかのように、少女の声はここにあった。

 

 

 

「見つかってしまったわねお姉さま」

 

 

 

「そうね見つかっちゃったわ……あれ、ちょっと待って、今は私が姉の時間でしょう?」

 

 

 

「そうだったかしら……そうだったわね」

 

 

 

「そうだったわ……そうだったでしょう」

 

 

 

「「ふふふふふふふ」」

 

 

 

「では仕切り直してお姉さま、見つかってしまいましたね」

 

 

 

「ええ、これは大変だわ」

 

 

 

 病的なまでに白い肌、そこには健康的な気配を感じさせない雪のような冷たさがある、それだけ見ればまだ人間に近い姿形なのだが、鏡写しのように瓜二つの少女の背中から生える一対の翼や、僅かに垣間見える吸血鬼のような犬歯、爬虫類を思わせる縦に割れた瞳孔……そして何よりも異質と思わせるのは、双子の少女から放たれる凶悪な雰囲気だ。

 

 

 

 見た目は少女なのに、内包された力は怪物とも表現できるのかもしれない。

 

 

 

「さあどうしましょう、せっかく作った神殿が壊されてしまうわね」

 

 

 

「沢山手下を産んだのに残念だわ」

 

 

 

 双子の悪魔は両手を合わせて頬がくっつく程に体を引き合わせた、それぞれの背中に生える翼は一つだけなので、そうやって絡み合うと一対の大きな翼となって存在感を放つ。

 

 

 

 二つで一つ、彼女たちはそんな悪魔であった。

 

 

 

「君たちは悪魔か……」

 

 

 

「そんな括りになんの意味もないわよ……天使も悪魔も、結局は人が決めた名前でしかないもの」

 

 

 

「そうか、ならば言葉を変えよう……君たちはこの聖都で何をしているのかな?」

 

 

 

「子供を産んでいるのよ、可愛い私たちの子供をね」

 

 

 

 双子の悪魔はお互いの腹部を撫でる、そこには妊娠しているかのような膨らみがあった。

 

 

 

「先程の怪物は君たちの眷属か」

 

 

 

 アントニウスは呟きと共に剣を双子の悪魔へと向ける、そこに込められた祝福の輝きは鋭く高められている。

 

 

 

「名を聞いておこうか」

 

 

 

 悪魔の名は重要な意味を持つ、見た目は幼い少女だが長く生きていることも考えられるので、有名な悪魔であればその名は広く知られており、その実力を察する指標になるかもしれない。

 

 

 

「あらあら、私たちの名を知りたいらしいわよ、お姉さま」

 

 

 

「失礼しちゃうわね、こういうときはまず、自分から名乗るものなのよ」

 

 

 

「おお、これは失礼した……私はアントニウス、聖騎士だ」

 

 

 

「あぁ、聖騎士……天剣の守護者ね」

 

 

 

「アントニウス……聞いたことがあるわね、確か悪魔狩りの男よ」

 

 

 

「あらそう、同胞が世話になったみたいね……ならば自己紹介をしましょうか」

 

 

 

 瓜二つの悪魔は祭壇から飛び降りて幾何学模様の満ちた床に着地する、そして妊婦であることなど気にも留めないまま優雅に一礼する。

 

 

 

「私はエキドナ」

 

 

 

「私もエキドナ」

 

 

 

 その名前に、アントニウスは静かに眉を寄せた。

 

 

 

 最悪の名前を聞いてしまった、そんな表情だ。

 

 

 

「団長、こいつらは!!」

 

 

 

 背後の聖騎士たちもその名を知っていたのか、慌てて剣を輝かせる。

 

 

 

「「二人合わせて魔獣母エキドナ……お見知りおきを」」

 

 

 

 悪魔の瞳が赤く輝く、その光は祝福の光にも負けていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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