※この作品はR-18です。

商人と冒険者と娼婦   作:にやまな

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第二十四話 魔王

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふぅ~、と深い呼吸と共に煙が吐き出されていく、アントニウスは自らの口に咥えられた葉巻の香りを楽しみながら、最後の門番としての任務についていた。

 

 

 

 任務中に何をしているんだとアンジェリーナから怒られてしまいそうな態度であるが、人生最後の一服になるかもしれないので許してほしいと彼は思う。

 

 

 

 別に死ぬつもりはない、命を懸けているが死ぬために戦っている訳でもないのだ、命を持って勝利を目指すのが聖騎士であって死を到達点にしている訳ではなかった。

 

 

 

 それでも死ぬ時は死んでしまう、当たり前だ、気持ちだけで勝てるような戦いなんてありはしないのだから。

 

 

 

 死の覚悟を胸に戦い、全身全霊を持って勝利を目指す、そして死んでいく……それは何も珍しいものではない。

 

 

 

「やれやれ、今度は二人同時に相手か……オッサンには厳しいな」

 

 

 

 大神殿の半壊した門が衝撃によって吹き飛んだ、自分の力を見せつけるようにわざわざそんなことをしたのは、彼女たちなりの苛立ちを形にしたからだろう。

 

 

 

 粉砕された門の向こうには一対の悪魔が存在しており、抱き合いながらいやらしい笑顔をアントニウスに向けている。

 

 

 

 余裕の笑みとは少し違う、彼女たちも焦りがあるのだろう、勇者の降臨や天剣の猛威によって魔獣は全滅に近く残されたのは体だけ、身を守る物は何一つとして存在しない。

 

 

 

 お互いに王手の状態でありエキドナにとってもアントニウスにとっても後がないのだ、だがその焦りと緊張を敢えて余裕の雰囲気を出しながら隠している。

 

 

 

 葉巻を床に擦り付けてアントニウスは立ち上がる、そして最後の煙を吐き出してエキドナと向かい合う。

 

 

 

「頼みの綱の勇者は消えたみたいねぇ」

 

 

 

「当然でしょう、あんな不安定な存在がいつまでも顕現していられる筈がないもの」

 

 

 

「天剣もその門の向こうに帰ったみたいね……あらあら、絶体絶命じゃない」

 

 

 

「ガハハ、君たちにとって勇者はそこまで怖い存在だったか、これは悪いことをしてしまったかな?」

 

 

 

「……へぇ、生意気ね」

 

 

 

「……私たちがアレを恐れているですって、勘違いにも程があるわよ」

 

 

 

「そうなのかい? とても安心しているように思えたんだが……そうかそうか、どうやら私の勘違いだったか」

 

 

 

「……アハハ、その余裕と強がりはいつまで持つのかしら?」

 

 

 

「右腕を切り落としましょう、そうすれば小鳥のように泣くんだから」

 

 

 

「ええ、でも殺したりなんかしないわ、痛めつけて嬲って犯し尽くしてあげる、顔は可愛くないけどそれなりに生命力は強そうだから精液を出すだけの生物にしてあげるわ、光栄に思いなさいな」

 

 

 

「それは光栄だ、君たちみたいな美しい少女と過ごせるのだからね……だが難しいな」

 

 

 

「あら、どうしてかしら?」

 

 

 

 アントニウスは最奥の門を背にして折れた剣を握る、そこに緊張もなく油断もない、いつも通りの自然体のまま聖剣を構えるのだ。

 

 

 

「実は今晩、馴染の娼婦に相手してくれと予約をしててね……すっぽかすのはさすがに悪いだろう? 君たちはその後に相手をしようじゃないか」

 

 

 

「そうなの、なら私たちを超えていくことね……それができるのならさぁ!!」

 

 

 

 いつまでも余裕を崩さないアントニウスとの会話を無駄と判断したのだろう、エキドナは抱擁を止めて半身と別れると、そのまま最奥の門へと翼を羽ばたかせながら突っ込んでくるのだった。

 

 

 

 彼女たちは強い、一対一でもアントニウスより格上である、それが今回は二体一になっているのだから更に分が悪いだろう。

 

 

 

 だがアントニウスに恐れはなかった、相手が強いことは説明されずとも理解できており、死ぬ覚悟など聖騎士になった時点で完了しているのだ、ここに来て恐れを拾いなおすことなど不可能だ。

 

 

 

 聖剣を胸の前に立てていつも通りの構えを披露する、まるで騎士の敬礼のようだがこれが彼の戦い方であった。

 

 

 

 接触の瞬間、エキドナは左右に分かれてそれぞれタコの足のように腕を分裂させて棘付きのそれを縦横無尽に振るう、二人合わせて十六本の触腕は鞭で大気を打ち付けたかのような破裂音を響かせながらアントニウスへ殺到した。

 

 

 

 皮を肉を棘付きの触手が削ぎ落し、鎧や剣に接触すると火花が散り、彼の体はあっという間に血まみれになっていく。

 

 

 

「ほらほらどうしたの!? このままじゃ人の形を保てないわよ!!」

 

 

 

「泣きなさい!! 嘆きなさい!! 跪いて許しを請いなさい!!」

 

 

 

 耳が削ぎ落された。

 

 

 

「アンタに斬られたところちょっと痛かったんだから!!」

 

 

 

 肩をむしり取られる。

 

 

 

「人間の分際で生意気なのよ、アンタたちは何時だってそう!! 今も昔も弱いくせにでしゃばってきて、対等のつもりなのかしら!!」

 

 

 

 瞳が穿たれる。

 

 

 

「折れなさい!! 平伏してへりくだれ!! 折れろ!! 折れろ!!」

 

 

 

 鼻は既に無い。

 

 

 

「折れろ!! 折れろ!! 折れッ……折れなさいよ、このッ!!」

 

 

 

 腕が支えるだけの筋肉もない、骨が見えている。

 

 

 

「折れッ……なによ、なんなのよコイツはッ!!」

 

 

 

 それでもなお、彼が倒れることはなかった。

 

 

 

 血は全身から噴き出ている、触腕に削り落とされて鎧は床に転がっている、当然ながらその下にある身体はボロボロだ、既に死んでいても不思議ではない状態なのだが、門に背中を預けながらもしっかりと立っているのだ。

 

 

 

 触腕に削ぎ落されて肉がなくなり骨が見えているような場所もある、それでもだ。

 

 

 

 それでもなお、彼はそこに立っていた。

 

 

 

 その唇はまだ笑顔を維持している、目の前にいる悪魔をあざ笑うかのように。

 

 

 

「そ、うか……君、たちが……恐れて、いるのは……勇者じゃ、ないのか」

 

 

 

 瞳は失ってしまったが、アントニウスはそんなことを言われたエキドナがどんな顔をしているのか直接見たかのようにわかった。

 

 

 

 双子の悪魔の瞳に影が宿る、決して触れられたくない何かを暴かれたかのように。

 

 

 

「人が……そこまで、怖いか……うッ、ごほッ!! はぁ……だから、奪い……凌辱し……心を折ろうと……するのだ、ろ?」

 

 

 

 触腕がうねる、それはアントニウスの頬を削いだ。

 

 

 

「ガ、ハハ……図星か……あ、あぁ……痛みなど、無意味な……ことだ……人は強い、どんな場所、どんな時代であっても……必ず君たちの前に立ちふさがる、何度でもだ」

 

 

 

 いつしかアントニウスの流す血は止まっていた、それだけでなく削がれて失った筋肉すら薄い膜が貼るかのように繋がり合っている。

 

 

 

 たった今、触手によって失った頬も同様だ、少しずつ傷が癒されていき最後には完全に塞がってしまう、そして血を吐きながら喋っていたアントニウスの口調も徐々に流暢になっていく。

 

 

 

 少しの変化ではなかった、目に見えて体が癒えていくのだ……それは治療と言うよりは復活と表現すべきなのかもしれない。

 

 

 

「私の心を折ろうとしても無駄だ、絶対に屈することはない……何故だかわかるかね?」

 

 

 

 完全に体を復活させた彼はそんなことを問いかける、不敵に笑いながら。

 

 

 

「ガハハ!! 娼婦が私を待っているからだ!!」

 

 

 

 今までされるがままであったアントニウスは、復活した体の調子を確かめるかのように聖剣を振り抜く。

 

 

 

 光の軌跡を残して迫るそれをエキドナは触腕で受け止めようとするのだが、まるでそこに障害物など存在しないかのように折れた剣は通り抜けてしまう。

 

 

 

 触腕は何の意味も為さずに切り落とされてしまった、そして聖剣は勢いそのままに彼女たちに迫る。

 

 

 

「ぐッ、このッ!!」

 

 

 

 聖剣の輝きから逃れるようにエキドナは一歩引くのだがそれを追いかけるようにアントニウスも深く踏み込む、両者の距離は抱き合えるほどに近く回避は難しいだろう。

 

 

 

 何よりアントニウスの踏み込みは巨体に似合わず鋭くそれは既に人間の領域には存在しない、咄嗟に肌を裏返して紫色の鱗で身を守ろうとするのだが、それもまた無視するかのように刃は彼女の鎖骨を切り裂いた。

 

 

 

「お姉さま!?」

 

 

 

「大、丈夫よ……それよりどういうことよ、コイツはここまで強くなかった筈、それにその再生力は一体……」

 

 

 

 刻まれた傷は深い、肩から脇腹へと広がった傷口からはどす黒い血が大量に噴き出ている、しかしそれも一瞬だ、傷口はすぐに繋がり合って僅かな跡を残すだけになってしまう、どうやら人間離れした再生力はお互い様らしい。

 

 

 

「まぁ、あれだ……私はこれまで熱心に神々へ祈ることが無くてね」

 

 

 

 アントニウスの指先が自らの首元へ伸びる、そこには生命神の信者であることを主張する聖印がぶら下がっていた、先程の戦いの時にそんなものは存在しなかったことをエキドナは覚えている。

 

 

 

「信仰心が薄いわけではないんだがどうにも面倒だと考えてしまう、まぁ私は聖騎士としても信者としても失格なんだろう、俗物だからな……そんな人間がここに来て神々に心の底から祈るなんて、なんとも自分勝手な生き方とは思えないかい?」

 

 

 

 だが、まぁ……とアントニウスは言葉を区切る、指先で聖印をつまみながら。

 

 

 

「神々はこんな安い男の祈りでもしっかり耳を傾けてくれるらしい……なんとも慈悲深いことだ」

 

 

 

 彼が首の聖印をギュッと力強く握りしめたその瞬間、聖女マリーから去り際に受け取ったそれが大きな光を放つ、指の隙間から漏れ出る神々しい光はエキドナたちに本能的な恐怖を植え付けるほどに強く熱い。

 

 

 

 やがて光は掌から大神殿全体へと広がっていき、最後には光の柱となって彼を包む。

 

 

 

 その中心にいるアントニウスは聖剣を胸の位置で構えながら静かに……しかし強く深い祈りを捧げていた。

 

 

 

「生命神よ、命の母よ……私はここに宣言する、この身は貴女の僕であり、この魂は貴女に捧げましょう。今日のこの時より、私は忠実なる生命神の信者となります……決して揺らぐことなく、二心のなき忠誠をここに」

 

 

 

 追い詰められた時だけ都合よく神に縋るとは、アントニウスの言うようになんとも自分勝手である。

 

 

 

 しかし神はそんな彼を笑って受け入れた……よろしい、勝って見せろと激励するかのように。

 

 

 

「また、なの? なんで……なんでお前たち人間はそうなのよ!! 弱いくせに、脆いくせに、なんで立ちふさがるのよ!!?」

 

 

 

 光の柱は弾けるように消え失せる、その中心にいたのは生命神の力と過剰なほどの加護を宿した存在に他ならない。

 

 

 

 そう、彼は半神となったのだ。

 

 

 

 人の形をした、怪物と化したのだ。

 

 

 

「……神よ、貴女の慈悲に感謝いたします」

 

 

 

 彼は剣を力強く握りしめる、すると折れた聖剣に向かって無数の輝く粒子が伸ばされてそこに収束していく。

 

 

 

 無数の光を束ね終わった時、聖剣は神剣へと進化していた。

 

 

 

「この先に用があるのならば私を超えていけ……だが、楽に通れるとは思わんことだ、君たちがどれだけ強くとも私は一歩も引かん、欠片も折れん、一切の妥協なく剣を握り、死してなお蘇り、立ちふさがって見せよう!!」

 

 

 

 剣が振り抜かれた、その剣先はエキドナではなく大神殿の床を真っすぐ切り裂く。

 

 

 

 その線はまるで境界だ、ここより先に進むべからず、決して汚すべからず、アントニウスの覚悟を形にするかのように両者の真ん中に残されている。

 

 

 

「……お姉さま」

 

 

 

「ええ、わかっているわ」

 

 

 

 その覚悟を、意志を、力を、エキドナは脅威と認めた、立ちふさがるに値するのだと。

 

 

 

 故に彼女たちに余裕はない、笑顔もない、そこにあるのは不気味なほどの落ち着きである。

 

 

 

 彼女たちは右手と左手を繋ぎ合うとその場で優雅に礼をしてみせた、僅かに膝を下げて顎を引いて頭も傾ける、それだけ見ればしっかりとした教育を受けた貴族の令嬢のようにも思えただろう。

 

 

 

「認めましょう、人は弱い、そして強いのだと……全身全霊を持って叩き潰してもなお立ち上がるというのならば、こちらはそれ以上の力を持って捻じ伏せるまで」

 

 

 

「お前たちは私たちを前にして英雄であらんとした」

 

 

 

 二人で一つ、エキドナはそう主張するかのように抱き合って片翼を広げ合う、瓜二つの彼女たちがそうして頬をくっ付け合うと鏡合わせのように交じり合って見えた。

 

 

 

 いや、実際にそうなった、繋げあった手や頬から二人は溶け合うように交じり合ったのだ。

 

 

 

「「ならばこちらは、全てを持って貴様らを滅ぼそう」」

 

 

 

 肉と骨が溶け合う、分担していた内臓も一つに繋がり合う、翼もまた片翼から一対に変化する。

 

 

 

 やがて完全なる融合を遂げると、そこにいたのは少女ではなく成熟した姿の女が立っていた、病的に白い肌に深紅の瞳、翼に角に尻尾……二人で一つであった彼女たちはこの瞬間、完璧な個人となった。

 

 

 

 そして彼女はこう宣言する、この世の全てを睥睨するかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「我が名はエキドナ、魔王が一柱である……控えよ人間、不敬であるぞ」」

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉には己が絶対者だと信じて疑わない者だけが持つ重みがあった、心の弱い者がその場にいれば心臓が止まってしまうかのような冷たい圧力もある。

 

 

 

 一つになったエキドナの放つ圧力は最早物理的な刃となって周囲に撒き散らされているようだ、大神殿の内部は極寒に晒されたかのように冷えついていき、やがて至る所に霜柱が形成されていく。

 

 

 

 アントニウスの吐く息も白く濁っている、しかし肌を裂くような冷気を浴びせられても彼の戦意は微塵も揺らぐことはなかった。

 

 

 

 ここで臆するような人間を、神は己の加護を与えたりはしないだろう。

 

 

 

 戦いの始まりが何であったのかはわからない、両者は合図もなく同時に踏み込んでぶつかり合った。

 

 

 

「「ぬるい」」

 

 

 

 膠着は一瞬、エキドナはアントニウスの聖剣を鱗肌で受け止めて彼の体を吹き飛ばす、まるで蚊でも払うかのような雑な攻撃であったが、たったそれだけで半神となった聖騎士の体を最奥の門へ叩きつけたのだ。

 

 

 

 不思議はない、アントニウスは生命神の寵愛を受けた半神であり、武神や戦神といった戦いを司る神の信者ではないのだから。

 

 

 

 それでも身体は人間離れした性能を持っているだろうが、最高位の悪魔……魔王を前にして捻じ伏せるにはまだ届かない。

 

 

 

 だがそれでよかった、生命神の加護は彼の体を癒し続けるのだ、骨が折れようとも内臓が破裂しようとも必ず立ち上がらせてくれる、ならばこの門を守ることができるだろう。

 

 

 

 それに、足りない部分は他の者の力を借りればいい、一人で届かぬのならば二人で挑む、真の強者を前にすれば数の差など大した意味を持たないが、彼ら彼女たちの持つ力は魔王の喉元に届かせることができるのだ、圧倒的な差ならばともかく、ほんの数センチの差を埋められるのならば数も必要だろう。

 

 

 

「弓神よ……悉くを撃墜する力をここに」

 

 

 

 エキドナの背後、大神殿の入口、そこに立つのは黄金の矢を持つキャロルであった。

 

 

 

 矢は大気を切り裂き放たれる、神の力を宿したそれは真っすぐ線を引いたかのようにエキドナへと届く。

 

 

 

「「ぐッ!! やはり神具の一種か!!」」

 

 

 

 アントニウスを吹き飛ばした時と同じように雑な動作で放たれた矢を打ち落とそうとするのだが、矢の軌道は変わることなく進み続けてエキドナの腕を穿った。

 

 

 

「死神よ、冥府へと贄を送る力を我に与えたまえ」

 

 

 

 エキドナが矢を引き抜くと同時に、地面を這うように近づいて来たキララが魔王の下へ辿り着く、死の力が込められた二本の刺突剣は鋏のように交差されて魔王の胸と喉を貫く。

 

 

 

 そこに追い打ちをかけるかのように祝福の波動が駆け抜けた、キララの背後には聖剣を握ったシャルルが追いかけるかのようにこちらへ近づいてきているようだ。

 

 

 

 その更に背後には闇神殿の破壊を行っていた聖騎士たちが、更にその向こうには弓を構えるキャロルと火花と灰をまき散らすエミリーの姿も確認できる。

 

 

 

「射線を開けてください!!」

 

 

 

 最後尾から叫ぶように伝えられた指示に全員が飛びのくように道を譲った、そして出来上がった隙間にエミリーは膨大な熱を収束した熱線を放つのだった。

 

 

 

 受け止めることは勿論、受け流すことも不可能、一瞬でそう判断したエキドナは回避行動を取ろうとするのだが、それを阻むかのように二つの剣が体を切り裂いた。

 

 

 

 一つは背後から、アントニウスの神剣が脇腹を焼き切り、もう一つは右から、そちらはシャルルの持つ聖剣であり鱗がない場所を上手く切っている。

 

 

 

 痛みと、祝福が毒のように広がって体を鈍らせた、そして次の瞬間に熱線がエキドナへと届く。

 

 

 

 なんとか体を動かして直撃は避けたようだが、彼女の左半身は熱線に焼かれて……いや、蒸発してしまったようだ。

 

 

 

「「次から次へと……不敬であるぞ!!」」

 

 

 

 肉体の消失は一瞬、失った左半身は肉が膨れ上がったかと思うと、あっという間に再生してしまう。

 

 

 

「休ませるな!! たたみかけるんだ!!」

 

 

 

 聖騎士の一人がそう叫ぶ、すると膨大な量の祝福の波動が放たれ、更には無数の聖剣がエキドナへと殺到するのだった。

 

 

 

「「私を疲れさせるというのか? お前たち如きが」」

 

 

 

 反撃とばかりにエキドナの両手が解けて八つの触腕へと変化する、左右合わせて十六本になったそれは前後左右に向けて振るわれた。

 

 

 

 それらは聖剣を、弓を、祝福を、刺突剣を、神剣を、魔術を、立ちふさがる全てを叩き落とす。

 

 

 

 殺到する全てを打ち払った魔王の瞳が燃え上がる、その視線が正面で体幹を崩していた聖騎士の一人に向けられると、彼の体に奇妙な紋様が浮かび上がって刻み込まれてしまった。

 

 

 

 呪いだ、その邪法に絡めとられた彼は一瞬にして理性を無くして、正常な判断ができないまま仲間へと襲い掛かってしまう。

 

 

 

「ああ、あああああッ!!」

 

 

 

「おい、なんだ!? どうしたってんだ!?」

 

 

 

「彼は呪いを受けている!! 動きを封じて!!」

 

 

 

 心当たりがあったのだろう、キララが指示を出すがそんな彼女の脇腹を触腕の一つが削ぎ落す。

 

 

 

「うッ……グッ!!」

 

 

 

「「酷く不味いな、お前の肉は死の力に満ちている……腐肉を食らっているようだ」」

 

 

 

 触腕の先端には人間のような唇と歯がある、そこにはキララの肉がぶら下がっていた。

 

 

 

 そしてそんな死の力を遠ざけるかの様にエキドナは大きな翼を束ねると、箒で塵を払うかのように振り回してキララの体を吹き飛ばす。

 

 

 

 本人からしてみればそこまで力を込めた訳ではないのだろう、しかし縮めてから広げられた翼は魔の波動を放ちながら爆風を生み出して近づく全てを押し流すのだった。

 

 

 

 キララや聖騎士を巻き込み、神の力を宿した矢も吹き飛ばす、その余波で炎の魔術すら遠ざけてしまう。

 

 

 

「「脆い……だがまだ立ち上がるのだろうな」」

 

 

 

 その言葉の通り、吹き飛ばされた彼らは体を震わせながらも立ち上がろうと足掻いている。

 

 

 

 それでこそ人間であり、だからこそエキドナは彼らが恐ろしい、それは彼女の理解の外にある行動なのだ。

 

 

 

 何故立ち上がるのか、弱いのに。

 

 

 

 何故立ち向かうのか、脆いのに。

 

 

 

 何故戦意を失わないのか、明確な差があるというのに。

 

 

 

 いくつもの何故が生まれては消えていく、そしてそれらの疑問全てが「人間だから」という一言で片付いてしまう。

 

 

 

 それでこそ敵と認識するに相応しい、だからこそ恐れるに値する。

 

 

 

 故に目の前の相手を滅ぼすには、触腕で撫でるだけでは足りないのだろう。

 

 

 

 全身全霊を込めて、悉くを押しつぶし、過剰な力を持って塗りつぶす。

 

 

 

「「魔神よ、我らが父よ……この献身をたたえたまえ」」

 

 

 

 魔王は祈った、人が神に祈って加護を賜るように、自らを創造した神へと両手を組んだのだ。

 

 

 

 そして彼女はその身に宿った力を周囲へ振りまく、圧縮された熱が爆発するかのように極光となって、大神殿を染め上げるのだった。

 

 

 

 それは黒い炎の爆発とでも言えばいいのだろうか、エキドナを中心に放たれた魔の波動は凄まじい衝撃となって広がっていき敵対者は勿論のこと大神殿そのものを吹き飛ばす。

 

 

 

 内部で起こった膨大なエネルギーの奔流に耐えきれなかったのだろう、屋根や壁は崩壊して遥か彼方まで飛んでいき、後に残ったのは恐ろしいほどの静寂だけである。

 

 

 

「「お前たちは英雄だ……だが」」

 

 

 

 ただ一人、エキドナだけがそこに立っていた、他には誰も存在しない。

 

 

 

「「勇者ではない……ならばこれが限界だ」」

 

 

 

 静寂の中、彼女だけがそこにいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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