商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
魔王という存在は、人間で言えば半神に近い存在だ。
悪魔という存在を生み出した神々の一柱である魔神による、寵愛と膨大な加護を受けた存在、それが魔王である。
一般的な悪魔も強いのだが魔王を冠する者は規格外の力を持っており、それは半神も同じであるのでやはり両者は近しい存在だ、規格外という一点において同種なのだろう。
悪魔の中にあって悪魔という枠の外にいる、だからこそ魔王と呼ばれるのだ。
エキドナは巨大な闇の波動を放って静寂が広がる大神殿の床にゆっくりと着地する、そして天剣が封印されている最奥の門へと進もうとするのだが、彼女は最初の一歩目で躓くように膝をついてしまう。
「「うッ……はぁ、ふぅ……思っていたよりも消耗したか」」
どんな傷を受けても一瞬で再生するエキドナだが、無敵に見えても彼女なりの損失があったようだ、存在感が揺らいでいるとでも言えばいいのだろうか、それとも薄くなっていると表現すべきか、なんであれ無限の再生には程遠いということだろう。
魔力も大きく失ってしまっているようだ、魔王でありながら膝をつくとは情けないと自らを叱咤激励するのだが、無数の英雄に囲まれればそれも仕方がないだろうという納得もあった。
失った力や魔力を補って余りある成果があればいい、そしてそれは目の前に存在するのだ。
「「待たせたな……我が子たちよ」」
屋根や壁が吹き飛ばされたのにも関わらず、大神殿の最奥に通じる門は未だに健在であった、神の加護で満たされているからだろう。
エキドナは重たい体を門へと引きずるように進ませる、しかしそんな彼女は翼を動かして接近者を迎撃するのだった。
「「あの波動を受けてまだ生きているか、神々に随分と気に入られているようだな……英雄か、やはり恐ろしい」」
背後から襲い掛かったのは聖剣を握ったシャルルであった、しかし翼に阻まれてしまい床に転がってしまう。
「「失せよ」」
「はいわかりましたって言うと思ってんのか!!」
「「お前の意見など聞いていない」」
深紅の瞳が燃え上がった、理性を蒸発させて相手を意のままに操る呪いの視線は、真っすぐとシャルルを捉えてしまう。
放たれた呪力は鎖のように絡みつきシャルルの体を縛る……ことはなく、蜘蛛の糸を引きちぎるかのように彼女の肢体から遠ざかってしまう。
自慢の呪いが通じないことにエキドナは眉間に皺を作る、極めて強い加護をその身に宿らせていることの証明だからだ。
「「まだ蕾だが……いずれ半神にも至るやもしれん、見過ごせんな」」
アントニウスのように何かのきっかけがあれば半神と化す可能性がある、少なくともエキドナはそう判断したのだろう、その視線はシャルルだけでなくその背後にいるエミリーやキャロルにも向けられていた。
彼女たちも震えながら立ち上がっていた、強く深い加護がその体を守ったのだ……神々のきまぐれもまた理由の一つだろう。
「「そちらも可能性の塊か、やはりここで始末しておくべきか」」
「さ、させません……」
「……甘く、見ないで欲しい」
エミリーは魔力を高まらせて体温を上げていく、キャロルは震える体で弓を引き絞る、シャルルはそんな彼女たちを守るかのように立ちふさがるのだ。
だが三人ともボロボロだ、あの魔の波動を受けてまだ立ち上がれるだけで奇跡と言えるだろう。
彼女たちだけではない、吹き飛んだ屋根や瓦礫と一緒に転がる何名かもまだ息があるらしい、最も近い位置で魔の波動を受けたアントニウスの存在感も、まだその場に残っていた。
背後から香り立つように何かが現れる、そこにあったのは無数の粒子であり、それが骨となって肉を形成すると、そのまま人の形に戻っていくのだ。
「「よくもまぁこれだけ生き残ったものだ、大神殿という場所が助けたか……まぁ、ここなら奇跡も安かろう」」
だがその奇跡を用いても魔王には届かない、エキドナは触腕を振るいまわして再生途中だったアントニウスを再度粉砕すると、瞬きする間にシャルルに接近してその首をつかみ取る。
そのまま奇跡など意味をなさないように首をへし折ろうと力を込めるのだが、彼女の身に宿る祝福が掌から伝わって流れ込んできたので、咄嗟に投げつけるように吹き飛ばす。
「弓神よッ!?」
神への祈願など許しはしない、キャロルの祈りを妨害するかのように触腕がうねり、彼女の足首を絡め取って引き寄せた。
「「その弓は厄介だな……それを使う貴様も危険だ」」
だが貴重な存在である、故に殺さない程度に痛めつけて捕獲するつもりではあった、しかし暴れられると厄介なので手足を封じる必要があるだろうとエキドナは考える。
「「手足はいらん、母体は子宮があればそれでいいだろう」」
逆さにぶら下げられているキャロルは体を折り曲げて拳を前に出す、そこに握られていたのは放つ予定であった矢である、それを直接相手に突き刺すつもりらしい。
「「無駄だ……ふん、こんなことを言ってもお前たちには意味がないか」」
無駄であろうと立ち向かって来るから英雄なのだ、確かになんの意味もない言葉だろう。
矢を握った手首を触手の一つで拘束して矢を遠ざけながら、エキドナは熱線を放とうとしていたエミリーとの間にキャロルの体をぶら下げる、どうやら盾替わりのようだ。
収束して高められた魔力の行き場がなくなったのだろう、燃え上がっていたエミリーは魔術が不発に終わってしまい放つ直前だったそれを空へと逃がす、そして呼吸を大きく乱しながらその場に膝をついた。
魔力の枯渇だ、そして大魔術とさえ言える規模の術式を連発した影響なのか、酷い頭痛も感じている。
「……離、してッ!!」
「「構わんよ、離してやろう」」
そう言ってエキドナは触腕でぶら下げていたキャロルを雑に投げつける、その方向にはこちらへ剣を構えて突進してきていたシャルルがおり、二人は勢いよく激突することになる。
シャルルは構えを解いて妹を受け止めた、だが咄嗟のことなので勢いを止めることはできず、そのまま二人して吹き飛ぶのだった。
キャロルは背中に、シャルルは腹部に、激突の衝撃が広がったようだ、僅かに残った大神殿の壁に叩きつけられてしまう。
「「ふん」」
三人が行動不能になったと判断したのか、エキドナは鼻で笑ってから改めて最奥の門へ振り返る……そんな彼女の背中に祝福の波動が叩きつけられてしまうのだった。
「「ーー~~ッ!? しつこいにも程があるぞ!!」」
それが最後に残った活力の全てだったのだろう、壁に叩きつけられたシャルルが意識を失ってしまったキャロルを抱きしめた状態で剣を握っていた、そして相手をあざ笑うかのように唇を歪めると……そのまま意識を失ってしまう。
「「親子の再会に……はぁ……無粋なものを挟むな……ふぅ、貴様もだ」」
彼女の体は更に重くなった、シャルルの放った祝福の波動が本人が思っていた以上に効果があったらしい、しかし消滅させるまでは届かない……エキドナは足を引きずるように最奥の門へ進むのだが、彼女の視線がそこで足元へ向けられる。
彼女の足首は大きな掌に握られていた、その相手は再生中のアントニウスであった。
「言った筈だ……軽く超えられはしないと」
「「あぁ、そうだな……そうだろうとも」」
触腕がうねりアントニウスの手首を削ぎ落す、そしてエキドナはまた一歩踏み出すのだが、そちらの足もアントニウスの左手がつかみ取る。
「う、グッ……もう一度、言った方がいいかな?」
「「……いらん」」
また触腕がうねった、そしてまたアントニウスの手首が失われてしまった。
「「もう、いい……もう十分だ、お前たちはよくやった、魔王を前にしてな……だからもう邪魔をするな、何度立ち上がっても意味がない、何度立ちふさがっても結果は変わらん……その健闘に価値はないのだ」」
それはある意味で、エキドナからの懇願なのかもしれない。
頼むから立ち上がってくれるな、お願いだから立ちふさがるな、強者が弱者に向ける感情としては間違っているのだが、エキドナは自分よりも弱い存在に確かな恐怖を感じているのだろう。
かつては、その弱さを甘く見て敗北したのだから当然だ、人間は彼女にとってのトラウマなのかもしれない。
エキドナはまた最奥の門へ近づいた、やはりしつこくアントニウスが邪魔をしてくるが、今度は手首だけでなく体ごと触腕で薙ぎ払った。
「「待たせた……待たせたな、我が子たちよ」」
目の前にエキドナの全てが詰まっている、無数に生み出した魔獣をすりつぶし、人間という恐怖と向き合って、ようやく彼女はそこに辿り着くことができた。
エキドナの足元には、アントニウスが刻み込んだ境界があった、あと一歩でそれを超えることができる、その一歩で彼女の戦いは実を結ぶのだろう。
「「……なんだ?」」
だが、彼女の足はその境界を超える一歩を踏み出すことができなかった。
床に残された境界が物理的な壁となった訳ではない、まして英雄たちによる邪魔が入った訳でもない、異変は背後や足元ではなく彼女の視線の先に存在していた。
深紅の瞳が映すのは最奥の門だ、魔の波動を受けても揺らぐことなく存在していたその門が、僅かに開いている。
小さく狭い隙間だ、大人は入れないだろう、当然ながらエキドナも進入できない……そして問題なのは、なぜその門が開いているかという点であった。
勇者や聖騎士を生み出す儀式の日といった特別な状況でしか開かない最奥の間だ、或いは勇者の意思が必要となる、エキドナならば力づくで強引に開けることもできるのだが……彼女はまだ何もしていない。
何もしていないのに、そこが僅かに開いているのだ。
小さな隙間は……人間の子供ならばなんとか滑り込めるだろうか? それくらいの空間しかなかった。
その門がいつ開いたのかエキドナにはわからない、アントニウスが半神と化した時は最奥の門はぴったりと閉じており、彼を蹂躙している間も異変はなかったと記憶している。
変化があったとしたならその後に集まって来たしつこい英雄たちを相手にしている時だろう、その戦いに集中していたのでエキドナの視線は最奥の門から逸らされていた。
もしくは魔の波動を放った瞬間か、あの時彼女は魔神に祈りを捧げる為に両手を組んで瞼を閉じていた、門が僅かに開いていたとしても気が付かなかっただろう。
いや、エキドナにとっていつ開いたかはこの際どうでもいい、問題なのはどうして開いたかだ。
「「……まさ、か」」
確信はない、だが彼女の最も深い部分にある本能が震えているのがわかった。
英雄は諦めぬ者に与えられる称号だ、そして勇者は運命に導かれた者の称号である。
理屈も理由も存在せず、どんな努力も意思も関係がない、どれだけ邪魔をしようとも軽々と潜り抜け、万軍に囲まれて絶体絶命の状況だというのに「何故か」生還してしまう。
運命に守られて導かれる……そんな、敵対する者からしてみれば理不尽そのものと言えるような存在が、勇者であるのだった。
「「違う……違う、違う違う違う……そんな筈はない、アレは死んだ、死んだはずだ!!」」
エキドナの予感は答えを得る前に確信へと変わっていた、うなじを駆け巡る悪寒が、心臓を締め上げる圧力が、乾く舌が、彼女の細胞の全てが震えているのだ。
「「あの化物が……あの理不尽が……あの絶望が……あの奇跡が……そう軽々と産まれてなるものか!?」」
だがエキドナは刻まれた境界を超えることができない、その先に絶望が待っていると理解してしまったからだ。
そして相手はそんな彼女にわざわざ配慮する必要はない、運命はエキドナをあざ笑うかのように現実を知らしめる。
最奥の門が鈍い音を上げながら徐々に開いていくのだ、そんな光景を見せつけられているエキドナは幼い子供のように涙を流しながら首を横に振っていた。
完全に最奥の門が開くと中の光景が露わになった、そこは黄金の粒子で満たされており、夜色の剣と小さな子供が存在している。
彼女の記憶よりずっと幼い容姿……だが。
その顔を、エキドナは知っている。
その瞳を、エキドナは知っている。
その名を、エキドナは知っている。
言葉を交わす前から、声も想像できてしまう。
「「やめろ……やめてくれ」」
涙の懇願を無視するかのように少女の小さな手が天剣へと伸び、そして黄金の粒子の奔流は更に激しくなっていく。
勇者以外には抜くことが叶わず、そう歌われる剣は、不釣り合いなほどに小さな少女に握られて、あまりにも軽々と引き抜かれるのだった。
「「勇者……ラシュリー……この世全ての理不尽よ」」
天剣を握ったのはラシュリーだ、運命に導かれし勇者として彼女はそこに立っている。
「「相変わらず……奇跡の塊のような存在感だな、一体どれほど神に愛されればお前のような者が産まれるというのだ」」
その瞳に睨まれた瞬間、エキドナの心臓は恐怖で跳ね上がる。
「君だな、お姉ちゃんたちを虐めたのは!!」
「「私のことを覚えてなどいないか……記憶の継承はされていない? ならばッ!!」」
勇者は勇者でも、奇跡の塊であったとしても、まだ幼い。
ならばまだ抗えるという判断をしたのか、エキドナはラシュリーに向かって突進するように飛翔するのだが、運命を捻じ曲げるかのような一撃が彼女を襲った。
確実に殺せる重さだった、必ず死なせられる角度であった、剣を振らせない速度であった、しかし吹き飛んだのはエキドナという理不尽だけがそこに残ってしまう。
殴られたのか蹴られたのかすらもわからない、エキドナの感覚ではラシュリーを殺したと思ったら不可視の力に吹き飛ばされてしまった認識なのだ、神の加護か運命の暴力なのか、どちらにせよ理不尽そのものである。
「「ぐッ……なんて滅茶苦茶な」」
小さな体に纏わりつくのは神の愛情という見えない手、それはエキドナには認識することが難しく、突破することも困難であった。
例えエキドナの背後に数万の軍勢が控えていたとしても敗北は必至、勇者という存在を相手にして勝つことなどできはしないのだ、それは運命が許さない。
九割九分の勝算がありながら、それでも勝つことが出来ない、それが勇者という存在である。
これを理不尽と言わずしてなんとするのか、ギリっと奥歯を鳴らして魔王は勇者を睨みつけるのだった。
だが敵意は長く続かない、かつての戦いで刻まれた恐怖故に直視するには強い意志が必要になる、視線は不安で揺れ動き足は一歩後退してしまう。
それは魔王にあるまじき弱弱しさであったことだろう、本人にもその自覚があったのか屈辱に顔を歪ませている、そして僅かに残った誇りが震えを抑えていくのだ。
まだだ、まだ完全な敗北ではない、そんな思いでエキドナは無理矢理体を前に進めるのだった。
「「我が子たちを返してもらうぞ!!」」
「仲間を虐める悪い人はお仕置きだぁ!!」
再び突っ込んできたエキドナにラシュリーは剣を振り上げる、その一撃は防ぐことは勿論のこと回避も不可能だ、受け流そうと思えば最低でも百の奇跡が必要であり、相殺しようと思えば千の加護が必要になるだろう。
そんなものはどこにも存在しない、勇者という理不尽は全てを捻じ伏せてしまうのだから。
だからエキドナは無駄なことはしなかった、全てを切り裂く無慈悲で理不尽な一撃ならば敢えて受け入れてしまえばいい。
エキドナにだけ許される一手、たった一度だけ使うことのできる後ろ向きな前進は、天剣の比類なき一撃を何とか乗り越えることが出来る。
エキドナは天剣に切り裂かれてしまった、頭から股へと真っ二つに。
世界を分かつ一撃はその「ついで」に魔王を二つに分ける、彼女がどれだけ強かろうと関係がないのでこの結果は何も不思議ではない。
だがそれで彼女が死ぬことはなかった、何故なら彼女は斬られたのではなく天剣によって分かたれたからだ。
エキドナは二人で一つ、今は個人だが元々は双子なのだ、真っ二つになった肉体は鏡合わせのように瓜二つの悪魔となって左右に分かれるのだった。
「お姉さま!!」
「合わせなさい!! ここで決めるわよ!!」
右からエキドナが、そして左からもエキドナが迫る、その触腕が目指すのはラシュリーではなく彼女の小さな手に握られている天剣である、勇者の肉体は無数の奇跡の塊なので何をしようとも痛痒は与えられないことを理解しているからだ。
だから触腕は天剣に伸びる、そこに食われて封印された魂を求めて。
触腕は夜色の剣に触れた瞬間に灰となって消え失せてしまうのだが、それでも瞬き程の時間であっても確かに接触することができた、その一瞬にエキドナは全てを賭けたのだろう。
「獲った、獲った獲った!!」
「この瞬間をどれほど待ちわびたか!!」
天剣に食われて捕らわれた魂がエキドナの下へと帰って来る、どれも腹を痛めて産んだ子供たちであり彼女たちはこの再会の為にここに来たのだ、失った魔獣や力は想定よりも大きかったが、目的は達することができたのだろう。
ならば後は逃げの一手である、二人に分かれたエキドナを見て困惑している勇者と戦う理由はどこにも存在しない。
魔王は背中を見せて一目散に逃げだした、そこに王としての威厳など欠片も存在しないが、勇者が相手ではそんな姿も恥ではなかった。
だがラシュリーもそんな彼女たちを簡単には逃がしたりしない、幼さ故に切った相手が分裂するという状況に唖然としていた彼女だが、運命神の囁きに我を取り戻すと天剣を力強く握りしめる。
「あッ、待って、逃げちゃダメ!? 神様がダメって言ってるの!!」
そして自らの体に不釣り合いな剣を振り上げると、そのまま技術も経験も全くない動作で振り下ろすのだった。
それだけで世界が切り裂かれる……筈だったのだが、エキドナの去り際の言葉に切っ先は止められてしまう。
「ここでその剣を振り回せば大事な仲間まで巻き込んじゃうわよ!!」
「ーーえッ? わッ!? それはヤダ!!」
これもまた幼さ故だろう、体も心もまだ未成熟なのでエキドナの言葉に翻弄されてしまっている。
無敵の肉体と力を持っているラシュリーであるが、彼女の一番の弱点はその未成熟な部分であり、そこを貫ける唯一の武器は牙でも爪でも鋼でもなく、言葉ということなのだろう。
実際にエキドナの言葉も間違いではないのだ、今日始めて握った剣を完璧に使いこなせと言うのは難しく、確かにキャラバンの仲間を巻き込んでしまう危険性があるのも否定できない。
剣はラシュリーの心に引っ張られるように鈍くなってしまった、その好機をエキドナは見逃すことなく大空へと飛翔していく。
その姿を雲に隠して、彼女たちは逃走に成功したのだった。
「……ごめんなさい」
それを見送ったラシュリーはそう言って項垂れてしまう、ここにいない誰かに謝罪しているかのようだ、瞳には涙が溜まっており今にも泣きだしてしまいそうな雰囲気であったが、そんな彼女の耳元でラシュリーにしか聞こえない声で神々は囁く。
気にする必要はない、だから泣かないで……そんな言葉で彼女を慰めるのだ、まるで親が我が子の涙を止めようとするかのような慌ただしさがそこにはあった。
ラシュリーはそんな神々の言葉になんとか涙を引っ込める、そして手に持っていた天剣を大地に突き刺す。
「えっと……この剣は、これで良いんだよね?」
彼女は耳元の囁きに従っていた、彼女にしか聞こえない神々の声に。
「そっか、契約?……うん? もう終わってるの? じゃあ大丈夫だね」
剣を元々の位置に刺し直してからラシュリーは一仕事終えたかのように額を拭う、そして体中に広がった虚脱感に苛まれながらその場を後にする。
向かう先は最奥の門の向こう、そこにはキャラバンの仲間たちが今もボロボロの状態で倒れている、聖騎士たちも同様であった。
ラシュリーがエキドナの視線を掻い潜って最奥の門へと滑り込む隙間を、無自覚のまま作っていた英雄たちがそこにいる。
そんな彼ら彼女らを救う為に、ラシュリーは大きく深呼吸をしてこう叫ぶ。
「誰かぁぁぁぁあ!! 助けてくださああああああい!!」
その救援要請が、戦いの終わりを告げるのだった。