※この作品はR-18です。

商人と冒険者と娼婦   作:にやまな

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第二十六話 残された問題

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖都を震撼させた戦いはようやく終わりを告げた、しかし冒涜的な魔獣が闊歩した都市は未だに混乱の中にあった。

 

 

 

 壊れた建築物や崩壊した道路に物言わぬ死者たち、お世辞にも最小の被害であると言えない有様だ、当然ながらそれらの問題を解決するにも大きな課題が立ち塞がっている。

 

 

 

 壊れた物は直すしかない、死者は弔い、被害の全容を確認する、そして資源を振り分けていく。

 

 

 

 簡単なことではないだろう、だが人間の事情や涙など関係なく夜は来るし朝もやって来るのだ、どれだけ嘆こうともそれでも進まなければならない。

 

 

 

 特に政治代表者たちは誰よりも早く立ち直って関係各所へと指示を出す必要があるだろう、そして聖都においてその立場にあるのは各神殿の代表者たちであった、彼ら彼女らは未だに混乱渦巻く聖都の再建に向けて集まっていた。

 

 

 

 大神殿が吹き飛んでしまったので神殿長たちが集まったのはその跡地であった、罅の入った円卓の周りにこれまたボロボロの椅子を並べて会議を行っているようだ、中には椅子が足りなかったのか瓦礫に腰を下ろしている神殿長もいる。

 

 

 

 彼らの前に山積しているのは大量の書類、円卓の周りを忙しそうに動き回るのは副官たちのようだ。

 

 

 

「生命神の神殿だけでは全てのケガ人を受け入れることができないとのことなので、広場の一角を臨時の病院とします、キャラバンの方たちには退去金を幾らか握らせましょう」

 

 

 

「彼らからも物資の購入を検討したほうがいいでしょうね、薬に食糧に……足りない物が多すぎる」

 

 

 

「ベッドに毛布に天幕に……癒し手の数は?」

 

 

 

「近隣の街や都市に応援を要請しました、明日には来るでしょう」

 

 

 

 話し合うべきことは多い、被害状況が確認できる度に頭を悩ませて限りある資源をなんとか割り振って、これまた限りある人材を送る、それの繰り返しであった。

 

 

 

 神殿長たちは復興に向けての会話をしながらも視線は書類に向いており、手はペンを握って止まることなくサインをしており、それは円卓に置かれた大量の書類が無くなるまで続くのだろう。

 

 

 

「商人組合からの報告者によると、ランタンが足りなくなっているようです。夜警に備えて守備隊や聖騎士団で使おうと思っていたんですがこのままでは数が揃いません」

 

 

 

「この状況で需要が増えたということでしょうか?」

 

 

 

「ええ、どうやら住民の多くが購入しているようです。事情を聴いた所、暗闇が怖いからだと……」

 

 

 

「……ふぅ、そう言われると提供してくれと伝えづらいですね」

 

 

 

 冒涜的な魔獣たちは聖都から姿を消した、しかしその恐怖と存在感は今でも住民たちの心に刻み残されており、不安はいつまで経っても消えることはない。

 

 

 

 これによって聖都は暫くの間、夜であっても常に明かりが窓から零れる様子が続くことになり、眠れない都市と揶揄されるようになる。

 

 

 

「……必要物資の不足もそうだが、住民の不安を払拭することも重要だな」

 

 

 

「アントニウス団長が警邏を続けてくれています、彼は半神となったとのこと……暫くは続けて貰いましょう」

 

 

 

「あぁ、彼は人気があるからな……後は被害状況の全容解明か」

 

 

 

 やるべきことは文字通り山のように積み重なっている、まさに今も副官の一人が新たな書類を円卓に積み重ねていた。

 

 

 

 そんな中でもう一つ、無視することのできない案件を神殿長の一人が議題を提示する。

 

 

 

「住人の一部が悪魔の呪いに侵されたままです……理性を失い、まるでゾンビのよう、今は拘束して聖騎士団屯所に隔離していますが……対処に困っています」

 

 

 

「解呪は難しいと?」

 

 

 

「聖女様に応援を要請しましたが、魂の深い場所に寄生した呪いらしく祝福が届きません……色々と試してみますが、あまり時間をかけては彼らも徐々に衰弱していきます……知恵を募りたい」

 

 

 

「魂への寄生か……表面的なものならばともかく、それでは祝福も無意味か……聖水を飲ましてみるのも効果がないだろうな」

 

 

 

「ええ、それは既に試しました」

 

 

 

「となると……大規模な儀式が必要か」

 

 

 

 それでしたら、と声を上げたのは娼婦と男娼の神殿の代表者であった。

 

 

 

「こちらで引き受けましょう。丁度、解呪をおこなう過去再現の準備を行っていた所です。祝祭に合わせてお客様を迎え入れる為の形だけの儀式でしたが、この状況ならば本物にしてしまいましょう」

 

 

 

「確か性儀式の一つでしたか?」

 

 

 

「ええ、過去を真似て結果を再現する儀式です……模倣とはいえ形だけはしっかり整えていました、それに歴史の再現ですから結果も約束されていると言えるでしょう」

 

 

 

 娼婦と男娼の神を祭る神殿長はそう言って周囲の様子を伺った、特に反対意見も無いようなので彼女の提案はそのまま受け入れられることになる。

 

 

 

 神殿長は自らが信奉する神の名の下にある女性たちの顔を思い浮かべ、どれだけ集められるだろうかと考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てやああああああ!!」

 

 

 

 傷跡の深い聖都の中、多くのキャラバンたちが拠点にしている広場の中心でラシュリーが迫力の無い雄叫びを上げながら突進している姿が確認できる。

 

 

 

 右手には剣、左手には丸盾、そんな状態で駆け出して向かう先には同じように武装したシャルルのようだ。

 

 

 

「ほらほら、体幹がグラついてるぞ、もっとバランスを意識するんだ」

 

 

 

 技術も経験もない一撃をシャルルは簡単に弾いてしまう、するとラシュリーは言葉の通り体幹を崩して尻もちをついてしまうのだった。

 

 

 

「剣も盾も体に合ってないんだろうな、もっと小っちゃい方が良いんだろうけど……ん~、これより小さいとなるとおもちゃみたいな物しかないしなぁ」

 

 

 

 二人がこうして訓練をしているのは復興途中の聖都では他にやることもないからであり、同時にラシュリーが訓練してくれと願ったからである。

 

 

 

 聖都の現状に何かを思ったのか、それとも単純に個人的な興味があったからなのか、どちらにせよキャラバンの団員たちは自衛手段を基礎学習を終えたら覚えさせられるので遅いか早いかの違いでしかない、そしてその教師役に選ばれたのがシャルルなのだろう。

 

 

 

 そんな二人をキャロルやエミリー、そしてミカエラも応援するように眺めていた。

 

 

 

「ん……剣より弓の方が良い」

 

 

 

「いえいえ、きっとラシュリーさんはミカエラさんと同じように魔術の方が適性がありますよ」

 

 

 

「そ、そうですか? 適正とか才能とか、ボクにはまだわからなくて」

 

 

 

 どうやらミカエラはミカエラで自衛手段を教わっているらしい、剣を持たせてみた所、一目で才能なしと判断されてしまい、そのまま涙目でエミリーの下に教わりに行ったようだ。

 

 

 

 幸いにもそちらの才能はあったらしく、エミリーの部屋に連れ込まれて肌を重ね合わせた結果、二人の距離はやけに近くなっている。

 

 

 

 今も向かい合って両手を合わせ、互いの魔力の相互循環を繰り返していた。

 

 

 

 ミカエラは魔術を学んでいるが、同期のラシュリーは剣を学んでいる、小さな体で鋼のショートソードを持ちながらなんとか踏ん張るのだが、心身ともに未成熟な彼女では自在に扱うことはできない。

 

 

 

 技術も経験もシャルルにはまだ届かないので、突っ込んでは弾き返されるを繰り返しているようだ。

 

 

 

「う~ん……私には才能ないのかなぁ」

 

 

 

 何度も尻もちをついていればそんなことを思ってしまうのも仕方がない、しかしラシュリー本人の評価とは別にシャルルの評価は高かった。

 

 

 

「いや、ラシュリー、そうでもないぞ。ワタシもキャラバンに入ってすぐに剣を握ったけど、最初は怖くてまともに振り回せなかったからな」

 

 

 

「そうなんですか?」

 

 

 

「おう、それに比べればお前は上手くやれてると思うぞ。まだ体も小っちゃいから技術とか型とか教えてもあんまり意味がないしさ、今は剣を握って振り回す感覚を覚えてればそれでいいんだ、後は沢山食べて体を作る、細かい技術とか技なんてある程度体が出来上がってからの方が良い……まぁ、これは前に団長からそう言われたんだ」

 

 

 

「そうなんだ……じゃあお腹一杯ご飯を食べなきゃ駄目ですね!!」

 

 

 

「うん、でっかくならなきゃな!」

 

 

 

「ん……弓なら体格はあんまり関係ない」

 

 

 

「キャロルはそう言ってるけど、ラシュリーはどう思う?」

 

 

 

「剣の方がカッコいいです!!」

 

 

 

 その言葉にキャロルは静かに落ち込んだ、そして彼女の視線はエミリーと魔力循環を行っているミカエラへと向けられた。

 

 

 

「ミカエラは……どう?」

 

 

 

「えっと、どうなんでしょうか……弓も簡単ではないと思いますし……ボクとしては、色々手を出して疎かになるよりは、その、一つに絞ったほうが良いかと……す、すいません」

 

 

 

「ええ、ミカエラさんの言う通りです。魔術は広く深い、人の一生では覚えきれない程の知識が必要になります、しっかりと腰を落ち着けて学ぶべきでしょう」

 

 

 

「す、すいません、キャロルさん」

 

 

 

「……そう」

 

 

 

 一人だけ教師役ができなかったことを不満に思ったのか、キャロルは落ち込んだまま自らの弓を握る、少しだけ見せつけるようにしているのは相手の気が変わることを期待しているのかもしれない。

 

 

 

 こんな形で彼女たちは日々を暮らしている、聖都は復興に向けて忙しくも騒がしい時間が流れているが、そんな喧騒の外にいるらしい。

 

 

 

 聖都の門が魔獣に押しつぶされた結果、瓦礫が除去されるまで外に出ることも難しい、そして現状では交易も公演も難しいだろう。

 

 

 

 なので暇なのだ、キララやローレライはキャラバンを代表して聖都の上層部と何やら話し合っている、あちら側から物資の提供を求められており、今はその交渉中である。

 

 

 

 団員たちは混乱が落ち着いてキャラバンの移動が可能になるまで思い思いに過ごしているのだ、この訓練もまた暇潰しの一つでもあった。

 

 

 

 そんな彼女たちに声をかける者が現れる、法衣を纏って首に生命神の聖印をぶら下げた神官、聖女と称されるマリーである。

 

 

 

「皆様、ここにいらっしゃいましたか」

 

 

 

「マリー様、どうしてこちらに?」

 

 

 

 エミリーの問いかけに彼女はこう答えた。

 

 

 

「キャラバンの団長様に尋ねた所、こちらで訓練されていると聞きまして……実は娼婦の神殿より縁のあるお三方に協力の要請をしてくるようにと……今は、大丈夫でしょうか?」

 

 

 

「訓練の途中だけど、なんか手が必要なのか?」

 

 

 

「ん……魔獣の残党でもいた?」

 

 

 

「いえ、治安は大丈夫です……ただーーー」

 

 

 

 マリーの口から紡がれた言葉に、三人娘は顔を見合わせてから結んだ契約のことを思い出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亡者の群れが広がっている、その光景を見た者はそんなことを思うだろう。

 

 

 

 実際に間違いではない、理性のない人の群れは亡者と大差がないのだから。

 

 

 

「この方たちは呪いに侵されて理性を失っています、幾つか試してみたのですが効果が薄く、大規模な儀式が必要だろうという結論に至りました」

 

 

 

「なるほど、それで過去再現の儀式を行うことになったんですね」

 

 

 

「はい、かつて行われた大規模な解呪儀式ですから、その再現なら結果も約束されているので無駄足にはならないかと……それに、毎年行われていることですから、娼婦の方たちは手順や祝詞なども慣れ親しんだものです、慌てて覚える必要もありません」

 

 

 

 神殿長の女性にそう説明されながら、三人娘は両手を背中で結ばれて神殿の広間に集められている聖都の住民たちを見つめる。

 

 

 

 誰もが理性を無くしてうめき声を上げ、血走った目で周囲を睨んでいる様子だ、拘束を解いたらすぐに襲い掛かって来るだろう。

 

 

 

「呪いに蝕まれた方は多い、こちらも人手が必要です」

 

 

 

「我々は契約を結んだ身です、もちろん協力させていただきましょう。こちらの二人にも儀式の工程は教えていますので問題ないかと」

 

 

 

「それは良かった……皆さんの献身と信仰に感謝を贈ります」

 

 

 

 神殿長の女性から送られた祈りに三人娘も祈りを返す、そして彼女たちは改めて娼婦の神殿の大広間を眺めた。

 

 

 

「なんか大変なことになってんな」

 

 

 

「ん……みんな理性を失ってる」

 

 

 

「これは放置できませんね」

 

 

 

「あぁ、この呪いを祓う為に儀式再現するってのはわかるけど、それってあくまで形だけだったんだよな? 看板を借りて娼館の客寄せイベントみたいな感じにしてる……それを今になって本物の儀式にするなんて、ワタシらでちゃんとできるのかな?」

 

 

 

「演者は教えた通りの舞と祝詞を繰り返すだけですから、大きなミスさえしなければ問題ないかと……魔術的、儀式的な流れに関しては神官の方達が担当してくれるそうですからあまり気にする必要はないと思いますが」

 

 

 

「……自然体が一番?」

 

 

 

「はい、緊張せずにいきましょう」

 

 

 

 三人を含めて神殿には大勢の娼婦が集まっている、この聖都の状況では全ての娼婦を集めることはできなかったがそれでも五十人ほどは集まっており、彼女たちとそう年齢が変わらない娘もいれば三十歳ほどの女性も見受けられた、彼女たちの大半がこの聖都で働く娼婦でありこの神殿の庇護下にあるので首から聖印をぶら下げている。

 

 

 

 しかし完全な神官という訳ではない、身寄りのない孤児や未亡人が多い、中には気が向いた時だけ娼婦として働く自由民もいた。

 

 

 

 娼婦の信仰を集め、その身分や権利を守護する神殿という特色があるからだろう、完全な神官でなくとも聖印を与えられるらしい。

 

 

 

「こちらを首に、聖印となります」

 

 

 

 手伝いに来ていたマリーから三人にも聖印が渡された、そして娼婦たちが案内されたのは神殿の奥にある大浴場である。

 

 

 

「うわぁ、広い風呂だな」

 

 

 

 シャルルがそう言ってしまうのも無理はない、一人二人が入れば窮屈さを感じてしまうような風呂ではなく、まさに大浴場と言うに相応しい広さであったからだ。

 

 

 

 そして水風呂ではない、しっかりと湯気が籠っている、また湯には幾つかのハーブや香りのある果実が浮いており清涼感のある匂いが立ち込めている。

 

 

 

「はぁ……なんとも贅沢ですね」

 

 

 

 エミリーも感嘆の声をあげていた、そして掌で湯を救って温度を確かめるとあることに気が付く。

 

 

 

「あ、このお湯、聖水が含まれていますね」

 

 

 

「ん……そうなの?」

 

 

 

「はい、そうそう味わう機会も無いので、しっかりと身を清めましょうね」

 

 

 

 彼女たちの首には聖印がぶら下がっている、一時的にとはいえ神殿娼婦となった彼女たちはその体を清める為に桶から掬った湯をかけていく。

 

 

 

 そして他の娼婦たちと同じように湯に浸かって、贅沢な時間に一様に力の抜けた表情を浮かべる。

 

 

 

 滅多に味わえない贅沢だ、表情が緩むのも仕方がないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

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