商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
薄暗い空間で粘液と肉のぶつかる音が絶え間なく響く、周囲を見渡せば広がっているのは肉の牢獄であり、それは無数の蛇やミミズが一塊になったかのような触手群であった。
幾層にも重なった触手によって外の様子はうかがえない、そもそもこの場所は人間が当たり前としている世界の一部ではなく、コインの裏側のように重なりながらも別の世界なのだ、どこを探そうともこの肉の牢獄はどこにも存在しない。
正しい手順と、正しい鍵が無ければたどり着けない異空間、それがこの場所であった。
そんな触手群に囲まれたこの場所では甘い痺れに震えるかのような喘ぎ声が人知れず響いているようだ、声の主は鏡合わせの様にそっくりでありながら反転した姿を持つ二人の少女……エキドナの姿が確認できる。
「あッ、あッ、お、お姉さま……もっと、もっと突いてぇ!」
「んッ、わかってるわよ……おッ、おッ、痛いくらいの方が……おッ、好き、なのよね?」
エキドナとエキドナは抱き合いながら交わっていた、押し倒す側は股間から男性器を生やして激しくを腰を打ち付けて、押し倒される側は体をくねらせながら蕩けた表情をうかべているようだ。
「んッ、んむッ、ちゅ……ちゅ、ちゅる」
「んんんんッ!? んッ、んんッ……うむッ!」
腰を振りながらエキドナは妹の頬を引き寄せて唇を奪い舌をねじ込む、そして激しく唾液を絡ませながら高まっていく絶頂の予感に腰を震わせていく。
ストレスが溜まっていたこともあってか普段よりも乱暴で激しいセックスとなっている、その自覚は彼女にもあるのだが憎き勇者の顔や邪魔者たちの姿を思い出す度に腰使いが雑になってしまう。
だがそんな交わりであっても受け入れる側のエキドナは歓喜の声をあげている、凌辱されるような雑さであっても相手が自分自身ならばただただ心地いい。
舌を絡ませながら膣内でビクビクと震える肉棒に、絶頂と射精の予感を感じ取り、その予感にエキドナは最高潮に高ぶっていく。
「ーーー~~~ッッんんんんんッ!!」
「んむ、ちゅ……んッ、んッ、んんんんんッ!!」
吐き出された精液は一瞬で子宮を埋め尽くす、それだけに留まらずエキドナの腹部を大きく膨らましながら孕ませてしまったようだ。
一瞬で受精してさらに瞬きする間に成長してしまう、これが彼女たちが魔獣母と呼ばれ恐れられている理由なのだろう、自らの腹で強力な戦力を生み出すことがエキドナという悪魔の本質であり根源なのだ。
殴り合いや魔法の打ち合いであっても巨大な力を振るうのだが、それは彼女の力の中ではおまけにすぎない、正面からの戦いは苦手であると言っても過言ではないだろう。
それでも他者を圧倒できるからこそ、彼女は魔王なのだった。
「はぁ……はぁ……ちゃんと、定着できたかしら」
エキドナは自らの腹部を優しく撫でる、そこにいる命を慈しむかのように。
「うん、大丈夫だと思う……素体となる肉体は最高の物を選んだし、魂の定着も問題なかった。すぐに産みなおせるわよ……一先ずはこの子が優先ね」
「……もっと大量の魔力があれば他の子たちも復活できるのに」
「どうしようもないわよ、今ある資源じゃ一体が限界だもの……他の子たちは後回しになってしまうわね」
「なら、新しい魔力源を探さなければならないわね……それも大量に」
「そうね、チマチマ人間たちから集めても非効率ですもの」
エキドナは抱き合いながらこれからのことを夢想する、栄光に満たされた道のりを思うのだが勇者の顔がチラついてしまい徐々に不機嫌になってしまう。
「……ねぇお姉さま、勇者がついに誕生してしまいましたわね」
「ええ、あんな奇跡の塊がそうそう生まれる筈がないと油断していた……いいえ、関係ないか、アレは簡単に運命を捻じ曲げてくる、私たちがどれだけ努力しようと必ず立ちふさがったことでしょう。例え別の日に襲撃したとしても結果は変わらなかったはずよ」
「……運命に守られ、導かれているものね」
最悪最強の相手だ、それも戦術や戦力や質やタイミングといったこざかしさを全て無視する圧倒的な異分子、異常にして本来は生まれる筈のない存在、特大のバグのようなものだ。
「……はぁ、アレが邪魔したせいで、天剣に奪われた魂も全て回収することができなかったわ」
「触れられたのが一瞬だけだったもの、四体分だけでも十分よ……あれ以上欲張ってたら間違いなく死んでいたと思う」
それを理解しながらも後悔は大きい、勇者さえいなければと思わずにはいられないのだ。
「……勇者だけじゃない、その守り手らしき連中もいたわね」
「あの大神殿で邪魔してきた連中ね……はぁ、運命神の導きって奴かぁ」
かつての勇者のように、その身を守って導く聖騎士や魔術師や戦士が既に新しい勇者の下に集っていた、運命神の差配によるものだろうとエキドナは考える。
「……どうしましょうか?」
「戦力が整わないうちに仕掛けても返り討ちになるだけよ……今はこの子たちを産むことを優先しましょ」
「なら大量の魔力が必要になるわね……どこかの国でも落として魔獣の餌にする?」
「目立って勇者とかち合うのは嫌よ……う~ん、とはいえ目立たずに餌を集めるのもねぇ」
「なら、あの忌々しい魔女の城はどうですか?」
「あぁ、無限城の……確かにあの場所なら大量の魔力や素体となる資源も豊富かもしれないわね」
「この子の慣らしにも使えるかもね」
そう言ってエキドナは膨らんだ腹を撫でる、もう一人のエキドナも同じように掌で腹部に触れていく。
そして我が子の復活を祝福するかのように耳を当てて、命の鼓動を楽しむのだった。
聖都は魔獣との戦いで多くの建築物が崩壊してしまった、住居や公共物は勿論のこと都市を囲み壁なども同様である。
そんな状態なのでキャラバンは出入りができない状態が暫く続いていたのだが、大量の男手を投入してようやく外への道が開かれることになった。
復興に必要な資材や人材を乗せた荷馬車が大量に外から入って来る、そして待ちわびたとばかりに都市内で立ち往生していた車両が出ていく、ここに物流が復活したということだ。
春風のキャラバンもまた同様であった、聖都の復興にボランティアで参加していた彼女たちだが、ようやく外への出入りが可能になったことで荷物を纏めて次の街へと移動することになったらしい。
天幕と荷物を片付けて、必要な物資を車両に詰め込む、世話になった人々に挨拶をして、牽引ようの鎖で繋がった車両をダーボにくっ付ける。
他のキャラバンも似たような状況であり、都市の大通りは大量の荷馬車や車両が一列に並んで巨大な蛇のように連なっていた。
人が歩く速度よりも遅くゆったりと進んでいく車両の屋上で、春風のキャラバンの団員たちは深い傷跡が残る聖都の街並みを眺めているようだ。
「もう少し手伝いたかったんですが……」
エミリーがそう愚痴る、昨日まで復興を手伝っていたのだがそれも今日で終わってしまった、しかし納得できていないのか後ろ髪を引かれるかのような思いがあるらしい。
「そういうけどさ、いつまでもいられないだろ?」
「ん……商売も公演もできないから資金だけが減っていく」
「キャロルの言う通りだな、呪いの解除とか瓦礫の運搬とかやれるだけのことはやったんだ、それだけでも十分だって」
「そうですね……そうだと理解してはいるんですけど、せっかくできた友人を残していくのがなんだか申し訳なくて」
「それって例の聖女さんか?」
「はい、また来年と伝えたんですが……なんだか寂しいです」
「ん……どうしようもない」
「まぁまた来年だな、その頃にはもっと復興も進んでるだろうから気楽に再会できるって」
何も永遠の別れではない、そんな風に慰められてエミリーは僅かな後悔を振り払う。
「シャルルも良かったんですか? 先程、聖騎士団の方たちと話していらっしゃいましたが」
「う~ん、ワタシは騎士って柄でもないからなぁ……キャラバンとの契約が残ってるのもそうだけど、ここにはキャロルもエミリーもいるからな、他所で働くのは今のところは考えてないって」
彼女は聖騎士団に勧誘されていた、ただでさえ人手不足な上に今回の戦いで何名か殉職者が出てしまったことで聖騎士団は苦しい状況に立たされている、新しく天剣に認められて聖騎士となった彼女に声をかけるのは当然だろう。
聖都の首脳部とキララとの間で話し合いが行われ、最終判断を本人に任せるという投げやりな形になった結果、シャルルはキャラバンに残ることを選んだらしい。
もしどこかで行く当てがなくなったらそちらでの就職も考えているようだが、今は世界を旅することを望んだのだろう。
「あのおっちゃんや、勇者になった女の人とかも、気が向いたらこっちで働いてくれって言ってしさ、そんな時が来たら世話になろうかな」
そう言ってシャルルは、両手を隣にいたエミリーとキャロルの肩に伸ばす。
「まぁ、今はそんなことを考えてない、ここにはエミリーもキャロルもいるからさ」
「ん……それでいいと思う、シャル姉に騎士は務まらないと思うから」
「そうですね、シャルルはもっと自由に生きる方が似合っています」
純白のマントと鎧を身に纏った友人の姿を思い浮かべる、見た目だけなら凛々しくて似合っているのだが、エミリーやキャロルからしてみればどこか違和感があった。
やはりキャラバンの一員として隣に立っている方が似合っている、二人はそんなことを思う。
「だろ? ワタシもその方が似合ってると思ってさ」
キャラバンの車両はようやく砕けた城門を抜けて外へと進んでいく、聖都は徐々に遠ざかっていく。
それほど長い間、あそこで暮らしていた訳ではないのだが、色々なことがあったので馴染み深い場所となってしまっている。
また来年に来ることになるだろう、その時は安心安全であってくれと祈りながら三人は聖都から視線を逸らして車両の進行方向を見つめた。
「また来年に来れたらいいな」
「そうですね、マリー様ともまた会いたいです」
「ん……神殿の儀式、楽しかったからまた参加したい」
「はい、縁もできましたから来年も参加できるかもしれませんね」
神殿で受け取った聖印は今も彼女たちの下にある、それは娼婦としての格を上げる物になるだろう。
「次の目的地はどこなんだろうな、団長はなんか言ってたか?」
「このまま夏になる頃まで大陸の中央を走るようですよ。順調ならそのまま端まで行って、海沿いを進むそうです」
「……このままの進路だと、帝国方面?」
「その前にアレがありますよ」
「アレ? アレってなんだよ」
「ここからでも天気次第では見えるかもしれませんね……ええっと、ほらあそこです」
車両の通行先、大量の車両で強引に整地されたどこまでも続く道の果てに、それはうっすらとだが確認することができる。
僅かに雲に隠れてしまっている小さな粒、この場所からは拳大に見えるのだが、近くでみればまさに巨大の一言だろう、なのでその建築物は遠く離れたこの場所からでも発見することができてしまう。
「あぁ、あれが無限城なのか、初めて見たな」
「……確かエミリーの故郷?」
「はい、正確にはあの空飛ぶ城の下にある都市ですね」
久々の里帰りです、そう言ってエミリーは微笑む。
「魔術師と、探求者の街ってやつだな、楽しみだ」
「ん……楽しみ」
「私も、久しぶりに師匠に挨拶することができそうです」
次の目的地には何が待っているのか、そんなことも思いながら三人は笑う。
困難もあるだろう、苦難も待ち受けている筈だ、楽な旅などありはしないのだから。
それでもキャラバンの車両は進んでいく、寄る辺なき彼女たちは移ろいながら進んでいくしかない。
その先にどんな壁が立ちふさがっているかなど、誰にもわからないだろう。
例えこの時代が、後に最悪の時代と呼ばれることになったとしても、三人にそれを知るすべはない。
道を進み、丘を越え、その先にある城を目指してキャラバンは進んでいくのだった。