商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
無限城の探索するにあたって必要なことが二つある、一つは探索者のチームに加わることでありそれはエミーリアから貰った紹介状があれば問題はないだろう。
もう一つは彼女たちが所属しているキャラバンの代表者であるキララの許可だ、そちらに関しては想定していたよりも簡単に事が進んだ。
「公演や娼館の天幕も組み立てていないし、この街には物資の補給目的で来ているから貴女たちは暇になってしまうわね……でも無限城の探索ねぇ」
代表者であるキララと補佐役であるローレライは三人娘から受け取った大店への紹介状を眺めながら考え込む、他の団員たちは物資補給の目途がたつまで暇を持て余すしかないので両手が開いている。
「団長、許可を出しても問題ないのでは?」
ローレライは問題ないと判断したようだ。
「そう? まぁ物資が揃うまで団員たちには休暇を与えるつもりだったけど……うん、良いでしょう、三人だけでなく探索者のチームに加わるのならね」
「それに関しては傭兵組合に斡旋してもらうつもりなので問題ないかと」
エミリーの言葉にキララは小さく頷いた、そして三人を送り出すように検分していた紹介状を返す。
「キャラバンの一員として恥ずかしくない振る舞いを心掛けなさい、くれぐれも先方に迷惑をかけないように……まぁ、今更三人に言うべきことでもないか」
その辺りの心配はそこまでしていない、三人はもう見習ではなく団員の一員であるのだからキララとしては安心して送り出せた。
「お任せください、決して恥ずかしい真似はいたしません」
「ええ、心配はしていないわ」
許可を取ることができたので三人は意気揚々と退出していく、そんな彼女たちを見送ってからキララとローレライは机の上に置かれている物資補給に必要な発注書の作成へと視線を落とした。
「あの三人は逞しくなりましたね……ふぅ、なんだか新人だった頃が懐かしく感じます」
「懐かしい、か……貴女にとってはほんの数年前のことなんて瞬きするような時間でしょう?」
「えぇ、長く生きていますから……団長が先代に拾われて今に至るまでの時間ですら、昼寝感覚です」
「長命であるということも考えものね……私には理解できない感覚よ」
「それで問題ありません、理解なんて同じエルフであっても難しいでしょうから……長く生きれば生きるほどに人間性が欠けていき、他者との距離感も空いていくことになる……私は定期的に記憶の消去を行っているのでまだ人間的ではありますが、完全な不老不死ともなればどこか壊れていますしね……植物の様にただそこにあるだけになってしまいます」
そう言ったローレライの瞳は、中央車両のガラス窓に向いてその先にある無限城を見つめた。
「……あの方だけは特別だったけど」
どこか懐かしむかのように彼女は呟く、何度記憶を消しても色あせることなく残り続けている思い出の一つ、中でも一際輝きを放つ人物の顔を思い浮かべながら。
傭兵組合の受付は街の中心部にある大きな酒場兼宿屋にあった、傭兵のたまり場である為に品のよろしくない空間であるのだが、酒場なんて場所は古今東西どこに行っても似たような雰囲気なので驚きはない。
扉を開けた瞬間に三人娘に向かって酒瓶が飛んできた、狙って投げられた訳ではなく酒場の中心で取っ組み合いをしている集団から飛んできたようだ。
その酒瓶はシャルルが受け止める、器用に割れないように瓶底を掴み取るとその場に投げ捨てるのだった。
「酒場ってどこも騒がしい場所だなぁ」
「ん……だからこそとも言える」
「キグナスさんの仕切っていた場所はもう少し落ち着きがあったと思うのですが……」
確かにエミリーの言う通りあの街の歓楽街にある酒場は品が良かった、この酒場のようにむさくるしい男たちが刃物をチラつかせながら喧嘩もしていないし、仮にも公共の場だというのに娼婦と客が他の客に見せびらかすかのようにステージで交わってもいなかった。
半裸の娼婦がテーブルの上で艶めかしく踊っている様子からストリップ小屋でもあるのだろう、踊り子を気に入ったらそのまま二階の客室に連れ込むことが当たり前となっているらしい。
酒場兼娼館にありがちな喧騒と喘ぎ声が響く店内を進み、傭兵たちの下卑た笑いや品の無い煽りを無視しながら三人が辿り着いたのは大量の酒瓶が並べられたカウンターである、そこでは筋骨隆々の男が待ち構えており鋭い瞳でこちらを睨んでくるのだった。
この男もまたお世辞にも穏やかな容姿をしていない、体中に傷跡が残されており歴戦を物語っているかのようだ。
酒場の受付よりどこかの山賊の頭といった風貌である、道端で邂逅すればシャルルは剣を抜いていたかもしれない。
「……見ねえ顔だな、注文は?」
「なんか甘い奴が良い」
「……ミルク」
「私は紅茶をお願いします」
「ここは酒場だ、ちゃんと酒を注文しやがれ……ガキの飲み物は置いてねぇんだよ」
「ワタシらはあれだよ、探索者志望、ここって傭兵の紹介とかもしてるんだろ?」
「探索者志望だぁ? お前らみたいに品の良いガキに務まるような仕事じゃねえ、何を夢見てんのか知らねえがもっとまともな職を探すんだな」
男の視線は更に鋭くなる、敢えて相手を怯えさせるかのように恐ろしい顔つきだ。
「ん……紹介状がある」
「……ああん? ちょっと見せてみろ」
カウンターの上にエミーリアの紹介状が置かれた、それを受け取っていかついバーテンダーは更に険しい顔つきで書かれている内容を吟味していく。
「炎の派閥か……あの何でもかんでも焼いて解決する頭のおかしい連中からの紹介状かよ……ううん……まぁ、それならば……だが三人では厳しいぞ? チームの当てはあるのか?」
「ないよ、だからここで紹介してもらおうと思ってさ」
バーテンダーはシャルルの言葉に深く考え込む、そして三人を観察するように眺めながら更に悩んだかのように低く唸った。
傭兵連中に似つかわしくない三人の少女だ、紹介状を作った相手が特別に危険な存在なので雑に扱うこともできない、へたに男の集まりに混ぜたらろくでもないことになるのは簡単に想像できるので彼も悩んでいるらしい。
暫く悩んでいると、彼は酒場の中心で今も喧嘩を続けている集団に声を掛ける。
「バッカニアとリンダ!! ちょっとこっちに来い!!」
バーテンダーの言葉は喧騒の中心には届かない、今も武器を握りながら大喧嘩を繰り返す集団の片方である二人の女性を呼ぶのだが、彼女たちは目の前の男たちと取っ組み合いを続けており完全に無視されてしまっている。
そうなるであろうことはバーテンダーもわかっていたのか、彼は受付の下からやけに使い込まれた手斧を取り出すと、一切の躊躇なく集団へと投擲するのだった。
きっと何度もそうやって使われてきたのだろう、もしかしたらこの男は腕利きの傭兵であったのかもしれない、手斧を扱う動作に雑さがなく洗練されている。
投げられた手斧は争い合う二つの集団を真っ二つにするかのようにテーブルに突き刺さった、よく見ればその木製のテーブルにはこれまでにも似たようなことがあったからなのか、幾つもの傷が残されているようだ。
「もう一度言うぞ、バッカニアとリンダはこっちに来い!!」
静かになった店内にバーテンダーの言葉が響く、それでようやく騒ぎが収まって喧嘩をしていた集団は舌打ちをしてからそれぞれ距離を取る。
バッカニアとリンダ、そう呼ばれた二人の女性はボロボロの状態で不満そうにカウンターへと近づいて来ると、受付に銀貨を置いてこう言った。
「マスター、消毒用のきっつい酒をくれ……アイタタタ、奥歯がグラついてやがる」
「こっちも同じものをくださいな」
「酔っぱらう前にまずは自己紹介をしておけ、こっちの三人は新入りだ……お前らの班は人手が足りないって話だったろ、都合よく見つかったぞ」
「あらあら、可愛らしいお嬢さんだこと、こういってはなんですが戦力になるのかしら? 探索や傭兵なんてやくざな仕事に向いているようには思えないのだけど」
三人を下から上まで眺めてそう評したのはリンダであった、取り繕ったかのような上品な仕草なのだがどこか演技じみており、まるで品よく振る舞おうと演じているかのような違和感がある。
どれだけ上品であろうとしても、男の股間を蹴り上げようとしていた時点で台無しであることには気が付いていないらしい。
「確かに三人ともなんか小綺麗だな、スレてないっていうか……傭兵よりも舞台役者って感じの綺麗な面してやがる」
男性的で、荒々しい雰囲気そのままにバッカニアは三人をそう評価する、彼女はリンダとは対照的に背が高く髪もざっくりと切っており、遠くからみれば男性と間違われてしまうような雰囲気を持っている凛々しい女性であった。
中性的な雰囲気はシャルルに少しだけ似ている部分もある、少年らしさと大人らしさという違いはあるだろうが。
立ち上がった状態であれば三人よりも頭一つ分は高い、そんな彼女に見下ろされれば圧力を感じてしまうだろう。
「まぁお前らの言う通り普段なら向いてないと追い返す所なんだが……あれだ、炎の魔術師の派閥からの紹介状があってな」
「「あぁ……あの頭のおかしい」」
リンダとバッカニアの声がぴったり重なった、どうやら炎を柱とする魔術師たちは他者からそう思われる傾向があるらしい。
「紹介状があるということは腕が保証されていますわね……これまではどちらで仕事をしていたのかしら?」
「私たちはキャラバンの一員として旅をしておりました。この街には物資の補給に立ち寄ったんですが、一週間ほどの時間が必要になりまして、その間の仕事を探しているんです」
代表としてエミリーが自分たちの立場を説明していく、こういった状況では弁の立つ彼女が前に出ることが多い、初対面の相手ならばなおさら他の二人の出番はないだろう。
「へぇ、キャラバンの!! つまり色んな所を旅してた訳だ、見た目はまだ幼いけど経験は豊富ってことかい」
キャラバンという単語にバッカニアは興味をそそられたようだ、空いていた椅子に座って受け取った酒瓶を片手に持ちながら、興味深そうに三人を見つめて来る。
「はい、と言い切ってしまうのもアレなのですが……良き旅を続けてきました」
「ほう、なんて名前のキャラバンだい?」
「春風です、春風のキャラバンと言います」
「……う~ん、春風ねぇ、私は聞いたことないな、リンダはどうだい?」
「なんとなく聞き覚えがありますわね……詳しくは知りませんけど噂では珍しい獣が車両を引っ張てるとかなんとか」
ダーボのことだろうと三人は思った、巨体に長い鼻に大きな耳といったとても目立つ姿をしているので、噂の一つや二つは生まれるだろうし、吟遊詩人が歌にしても不思議ではない。
「ちゃんと実践の経験があるのならチームを組んでもいいかもね、身柄もハッキリしてるから受け入れやすいし、問題ないんじゃないか?」
「私はバッカニアの判断に従いますわ、リーダーは貴女なのですから」
「それなら慣らしがてらこの面子で無限城に行ってみるかね、ダメならさっさと逃げ帰れば良いしさ」
二人は椅子から立ち上がってエミリーたちと向かい合って姿勢を正す。
「なら改めて自己紹介をしとこうか……私はバッカニアだ、気軽に呼び捨てしてくれ」
酒瓶片手に朗らかに笑いながら彼女はそう言った、そして次の瞬間に痛む奥歯に顔をしかめるのだった。
「私はリンダ、今は苗字のない卑しい身分ですがどうかよしなに」
そしてリンダはやはり演技じみた動きで一礼する、ドレスを僅かに持ち上げるかのような姿勢をとるのだが彼女が着ているのは皮鎧なのでどうにもしっくりこない。
「ご丁寧にありがとうございます、私はエミリーという名を師より頂きました。どうかお見知りおきをお願いします」
「ワタシはシャルル、ただのシャルルだ、よろしくお願いするよ」
「ん……キャロル、よろしく」
エミリーを除いた二人の言葉は気楽なものだが全員が共通して動作が洗練されている、背筋を伸ばして僅かに頭を下げて顎を引き、掌は胸の位置にくる姿勢は、何度も繰り返して教育を受けた者だけにしかできない品があるのだ。
そんな三人の様子にバッカニアは感心したように頷き、リンダはどこか悔しそうに「むむ」と唸る。
「あれだね、この三人はやっぱり小綺麗だ……取り繕ってツギハギだらけのアンタとは根っこから違うよ」
「そ、そんなことはありませんわ! 私だってこれくらいできます!」
「どうだか……まぁキャラバン育ちな訳だし教育やらなんやらはちゃんとしてるだろうしねぇ、読み書きとか計算なんかもできるんだろ?」
「はい、一通りは教わっています」
「そ、そんな……私より年下っぽいのに、読み書きや計算まで!?」
「な?」
「……同意を求めるのはやめてくださらないかしら、心が折れそうなんです」
地を這うような気分になっているのかリンダの表情は暗い、彼女の中にある価値観や誇りが揺らいでしまっているようだ。
「まぁこいつはあれだ、バカが背伸びしてるとでも思ってくれ、これでも腕は確かだから探索での心配は必要ないよ」
暗い表情のリンダを笑い飛ばしながらバッカニアは新しく出来上がったチームを率いて酒場の外へとつま先を向ける。
扉の先、大通りに出て顔を上げると、そこには巨大な城が宙を漂っているのだった。
「さて、じゃあ行こうか、お宝目指して空へとさ!」
「行くのは良いけど空に浮かんでる城なんだしさ、そこまでどうやって行くんだよ? やっぱり魔術で空を飛んでいくのか?」
シャルルとしてはそこが疑問なのだろう、彼女の頭の中では魔術で空を飛んでいる姿が妄想されているようだ、しかしそんなことは不可能だとバッカニアは笑ってみせる。
「ははは、空を飛んでいくっていうのは間違いないね。でも魔術師連中に言わせれば空を飛ぶのは難しいらしい」
「え、そうなのか?」
「ああ、なんでって聞いてもよくわかんなかったけどな、アイツらはなんか難しいことをずっと説明してくれたけど、何のことだかさっぱりわからなかったよ。唯一理解できたのは魔術は万能じゃないってことさ、その辺のことは私よりもそっちのお嬢さんが詳しいんじゃないのかい? 君は魔術師なんだろう?」
「そう言えばエミリーが空を飛んでるのは見たことないな」
「当然です、空を飛ぶのは言葉にするほど簡単ではありませんから、運動力学と航空力学をしっかりと学んでようやく浮ける程度のものです、飛翔ともなればもっと難しい領域になりますね」
「な? 訳わかんないだろ?」
魔術師ではない者にはエミリーの説明を理解することができない、航空力学を離されても「なにそれ?」という言葉しか思い浮かばないだろう。
バッカニアとリンダ、そしてシャルルとキャロルもまた同様である、エミリーの言葉は遠い世界のものでしかない。
「ん……魔術で飛べないなら、どうするの?」
「そいつは飛竜を使うのさ。ほら、空に何匹か今も飛んでるしね」
「おぉ~……あれかぁ……えッ、本当にあれに乗るのかよ?」
「乗るのではなくぶら下がる、が正しいですわね」
リンダの補足にシャルルとキャロルは首を傾げる、エミリーだけは地元の命知らずな常識を知っているので苦笑いを浮かべているようだ。
「あの飛竜はそこまで大きくない種類だからね、せいぜい一人をぶら下げるのが限界なのさ。背中に乗るのも難しいから足首に革紐をぶら下げて、その先にある輪っかに足を引っ掻けて飛んでく訳だ」
「ここの探索者はいつもそうやって無限城に行ってんのな……」
「……命知らず」
「そうですよね、私も昔からそう思っていました……確か毎年何人か落下して亡くなっていると聞いたことが」
修業時代のことを思い出したのかエミリーがそう説明する、師匠のエミーリアは探索で無限城に潜ることもあったのだが見習の彼女は踏み入ったことがない、それでも飛竜から落下したという噂が一年に数回は届くので珍しくないことなのだろう。
「確かに偶に落ちる奴がいるな、間抜けなことに」
「でも酔っ払いとかそういう方が殆どですわね、後は強風の時に強引に飛ぼうとして落ちたとか……ですがあの飛竜たちはよく訓練されていますので、余程の無茶をしなければ問題ありませんわよ」
「でも何人かは落ちてるんだろ?」
「ははは、まぁ毎年数件な」
バッカニアとリンダは慣れているのか特に気負った様子はない、大してこれからその飛竜に初めてぶら下がることになる三人は地を這うような雰囲気のまま項垂れてしまっている。
それでも行くと決めたからには進むしかない、飛竜を借り受けられるという場所まで歩こうとするのだが、そんな彼女たちの背中に大きな舌打ちの音が届く。
振り返ってみるとそこにいたのは、先程までバッカニアとリンダの二人を相手に大喧嘩をしていた男たちの集団だった。
店主に手斧を投げつけられて一時は解散したのだが、遺恨は今でも残っているのだろう。
「はんッ、ガキのおもりとは大変だなぁ、なんだったら手伝ってやろうか?」
言葉は気遣うかのような雰囲気があるが、表情はどこか蔑むかのようなものだ、バッカニアとリンダはわかりやすく怒りを露わにしながらも男たちから離れるように歩き出す。
関わり合いになりたくない、そう背中が語っているかのようだ。
「さっきも喧嘩してたけど、あの連中はなんなんだよ?」
「傭兵さ、ごろつき寄りのね」
「私たちが女の身であることから舐めてかかって来ますの、最初は股を開けと下品に迫って来た挙句、拒否したら色々と難癖つけて私たちの事業を妨害してきまして……はぁ、面倒な方達ですわね」
そんな愚痴を零す二人の背中には、今も男たちによる粘つく視線がこびり付いている。
だがそれに気が付くことなく……いや、気が付いていながら敢えて無視して、五人は飛竜を借りる為に酒場から離れていく。
目指す場所は街のはずれ、飛竜を飼育している牧場である。