商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
街のはずれには隣接するように広がる大きな草原がある、そこは柵で囲われており春を味わうかのように豚や羊が草を食べている光景が広がっていた。
従業員と思われる者たちが牛の乳を搾っており犬が羊を上手く誘導しており、それだけみればどこにでもある牧場なのだが、少し視線を上げてみると幾匹かの飛竜が空を飛んでおり、牧場の中心にある塔に吸い込まれては放出されてを繰り返している。
どうやらこの牧場では飛竜を飼育しているらしい、それらを探索者に貸し与えることで利益を得ているようだ。
バッカニアとリンダの二人は何度もここに足を運んでいるので従業員たちとも顔見知りであり、軽く手を挙げて挨拶するとそのまま飛竜の飼育小屋でもある塔へと進んでいく。
「おぉ~、あれが飛竜か……思ってたよりも小さいな」
「竜より……鳥?」
「羽毛も生えてるし、小さい竜っていうよりはでっかい鳥って感じか」
塔に入って三人の視界に飛び込んできたのは鼠色の羽毛が目立つ飛竜であった、空を飛んでいる姿はこの街に来たならば珍しくないが、目の前という距離は探索者でないとなかなか体験できないだろう。
「この子たちはとてもよく躾けられていますから危険はありませんの、とてもいい子たちなんですよ」
リンダの手には土産なのか鶏肉が握られている、それを贔屓の飛竜にふんわりと投げ飛ばすと相手は上手く口でキャッチして咀嚼していく。
美味なのか飛竜はねだるかのように「クエエエッ!」と叫び声をあげた、そんな飛竜に手を伸ばして頭や顎先にある羽毛を撫でていくと、更に嬉しそうに声をあげるのだった。
「こいつらの足首に革紐が結ばれてるだろう? その先の輪っかにまずは足を引っ掻ける、そんで手は革紐をしっかりと掴む、そんで後はこいつらにお任せだ」
見本を示すかのようにバッカニアは革紐の先にある輪っかにつま先を固定する、そして手は飛竜の足首から垂れる革紐を握った。
これで問題なし、そう主張するかのように見せつけて来るのだが、それで空を飛ぼうとするのは一般人からしてみれば危険過ぎるだろう。
「なるほど、死人が出るのも納得だ」
うんうん、と頷きながらなにやら納得しているシャルル、キャロルもまた相槌をしていた。
「あの、命綱とかはないんでしょうか?」
「ないねぇ、付けてる奴もいるらしいけど、それが必要になるのって飛竜が暴れた時くらいだしさ」
「そうなったら結局、地面に落ちてしまいますわねぇ」
だから意味がない、そう感じる二人にとってはこれで空を飛ぶのが日常なので恐怖感が既に薄れているのかもしれない。
「ん……どうやって操縦するの?」
「必要ないさ、この子たちはよく躾けられているから、一度飛んだら後は無限城まで勝手に連れて行ってくれるからね」
二人は革紐の先にある輪っかに足を固定し、掌はしっかりと革紐を握りしめて見せる、そして飛竜の足首をポンっと叩くとそれを合図に二匹の竜は空へと飛び立っていく。
「ほら、ビビってないでお前らも来い!!」
「ここを越えなければ無限城の探索なんて夢のまた夢ですわよぉぉ!!」
残された三人はどうしようかと互いに視線を重ねた、だがどれだけ悩もうとも立ち止まっているだけでは意味がないとこれまでの旅で理解しているので、最後には革紐の先にある輪っかへと足を固定するのだった。
そして見よう見まねで飛竜の足首を叩く、すると馬の尻に鞭をうったかのように体を飛び上がらせて空へと飛翔する。
正直に言えば恐ろしかった、もっと言えば逃げ出したかった、無限城の探索をしたいという本音は空という領域に踏み込む恐怖で掻き消えてしまったのだろう。
三人はギュッと瞼を閉じて体中に感じる風を受け止める、想像していたよりもずっと強いそれは少しでも握力を緩めれば簡単に投げ出されてしまうような衝撃であった。
なるほど、毎年何名かの死者が出ることもこれならば納得だ、しっかりと革紐を握れと指示されていたので体勢は大きく崩れなかったが、油断すれば落ちてしまうこともありえる……酔っ払いならば尚更だろう。
「わわわ……わわ……あばばばばばッ!」
シャルルは普段の活発な雰囲気がどこかに消えて奇妙な言葉を繰り返しながら叫び。
「……」
キャロルは無言である、だが恐怖に負けずに僅かに瞼を開いて世界を眺めているようだ。
「む、無理です……これはダメです……よく空を飛ぼうなんて思いましたね? 人は陸上生物だというのに、そもそも三次元的な動きなど無理な話で……生物的に向いていないのに空だなんて、だからあの派閥の方たちは頭がおかしいと言われるんです! バカバカバカ!! ひやああああぁぁ!?」
エミリーは不満が絶えず口から零れている、彼女にしては珍しく他者を貶すかのような言葉を使うあたり余裕がないのだろう。
「シャル姉……エミリー……周りを見て」
少しだけ余裕があったキャロルが革紐に捕まってガタガタと震えている二人にそう言った、彼女の指先は空から世界へと向けられている。
空を目指した魔術師の派閥があり、そこに所属している魔術師たちはきっとこの光景を見たかったのだろう。
世界を俯瞰する、そんな高い山にでも登らなければ難しいだろう特殊な世界が、三人の前に広がっていた。
「あわわ……あッ……お? おおおぉぉ!」
シャルルの恐怖は簡単に吹き飛んだ、人間には本来辿り着けない場所なのだ、丘や山すら下にあるという視覚情報が恐れよりも興奮を大きくさせてくれたのだろう。
「高い、高いですッ!! やっぱり人は大地で生きるべきなんです!!」
エミリーはあまり変わらなかった、どれだけ落ち着こうとしても焦りが消えることなく、革紐を引きちぎらんばかりに握りしめながら涙さえ流してしまっている。
「ははッ……なんか凄いな、ずっと旅してたけどこんな光景は初めて見たよ」
「ん……広い」
「だなぁ、なんかキャラバンで働いて昔よりも世界を知った気になってたけど……うん、ちっぽけだったな」
「……凄く高い」
「あぁ……あ~……なんだか酔ってきました、吐きそうです」
エミリーだけは感動どころではない、恐怖と混乱は落ち着いたようだが顔を青くしながら大地を未練がましく求めているようだ。
そんな彼女に苦笑いを浮かべながら、キャロルとシャルルは世界を眺めるのだった。
飛竜の足首にぶら下がって十分ほど、地上より寒さが少しだけ厳しくなってくるとようやく無限城と同じ高さまで辿り着くことになる、既に到着していたバッカニアとリンダが手を振って出迎えてくれる。
「空の旅はどうだった?」
「凄かった!! なんか凄かった!! 上手く言えないけど凄かったぞ!」
「ん……大興奮」
「うぅ、気分が悪くて……トイレはどこでしょうか?」
「宿屋じゃないのですからそんな気の利いた場所がありませんわよ……いえ、あるにはあるんですが城内はゴーレムがうろついているのでなかなかたどり着けないかと」
「飲み込みな、それか下に吐いたらいい」
「いえ、さすがにそれは……下の街に迷惑がかかりますので……うぅ、なんとか我慢します」
口元を抑えて震えているエミリーを見てバッカニアとリンダはクスクスと笑ってみせる、どこか懐かしむかのような雰囲気があるのはこの二人もかつては似たような経験があったからなのかもしれない。
「さて! 三人とも恐怖に負けずにここまでよく辿り着いた、私たちがこういうのもアレなんだけどーー」
そこで探索者は三人にこう言うのだった。
「「ようこそ無限城へ、試練と栄光の道のりへ!!」」
広がった光景は俯瞰世界にすら負けない程に衝撃が大きい、大きな城であることはわかっていたがまじかで見るとやはり圧倒されてしまう。
そしてただ大きなだけではない、支柱の一つが、タイルの一枚が、壁画の一つが、丁寧に作りこまれており、細部に至るまで芸術品のように洗練されている。
物質だけではない、美しい庭園は色とりどりの花で満たされ中には季節外れの植物まで生えて群生しているようだ。
流行という言葉がある、その時代によって人の認識や好みが変わって同時に価値もまた変動することがあるのだが、この城にはまさにその流行が無数に……いや、全てにおいて流行りによって構築されているのだろう。
美しさというものは普遍的なものではない、老いもあるし劣化もある、そして時代によってもまた美しさの定義は幾らでも変化する、変わることのない絶対的な「美しさ」や「綺麗さ」というものは存在しない。
当たり前のことだ、そんな普遍的な物があるのならば流行なんてものはそもそも存在しないのだから。
だがこの場所はどうだろうか、唯一絶対の美しさなど存在しないというのに、この場所だけはそんなことは無いとばかりに唯一の輝きを放っているのだ。
美しさの頂き、美しさの数値化、美しさを形にした世界を、黄金律の結晶化、ここはそんな場所だった。
「「「……」」」
三人は言葉を無くしてしまったらしい、この城を構成する全てが美しさという情報となって視覚から脳へと突き刺さって来る……そして思考は麻痺してしまう。
例えば神殿が一つの異空間を作り出すかのように、この城もまた異空間を形成しているのだろう、柱の一つが、タイルの一枚が、壁画の一つが、無数の数式でありそれらを積み上げていって城となっている。
彫刻は一つ一つ見ればただ美しいというだけであり単体で見ればそれだけなのだが、城という全体図を見れば魔術陣を形成しているのだろう、つまりこの城は一つの魔術を作り出していた。
普遍的な美しさ、というありえない魔術なのだ。
「はぁ~……凄い場所です、結界でしょうか? 神殿と同じく一つの異空間を構築して、視覚からの魅了……いえ、ここまでいくと洗脳ですね」
魔術師だからこそわかる視点で城を観察しているエミリーは、無限城が放つ雰囲気を洗脳と評価する。
間違いではない、房中術による魂の繋がりで相手を操作して操るように、視覚情報によって相手を操っているのだ。
「ここまで来ると凄いとしか言いようがないよなぁ、あの柱とか引っこ抜いて売れば儲かりそうじゃないか?」
「ん……でも下ろせない」
「そんなことできませんからね!? ここまで精密に組み上げられた魔術的な芸術を崩すだなんて、神への冒涜に匹敵します!! あまりにも不敬です!!」
シャルルの発言をエミリーは鼻息荒く否定する、ご神体を汚そうとする不届きものを誅さんとする神殿騎士のように城と彼女の間に立ちふさがった。
「しないっての、あの飛竜じゃ運べないだろうしさ……それに、なんか勿体ないし」
「ん……綺麗」
この美しさを汚せない、そう思わせる魔術でもあるのだろう。
「やっぱり誰が見てもそう思うんですのね、私たちも始めて来た時は同じように思いましたのよ」
「触れがたい感じがあるよな……まぁ、持って帰れないってのもあるけどさ」
この美しい魔術をわざわざ壊そうと考えるのはそれこそ芸術を理解することのできない獣くらいだろう、知性ある全ての者が一歩引いた距離から眺めていたいと思うものだ。
それでも中に眠っている技術や物に関してはちゃっかりと持っていく辺り、人間とは本当に強欲な生き物だと三人は思うのだった。
美しさだけではお腹が膨れない、芸術も良いが金貨の美しさもまた良いものだ、それが探索者の行動原理なのかもしれない。
「よし、それじゃぁ探索を始めるか! この面子では初めてだから少しずつ慣らしていくぞ」
「この面子ではってことは、前は別のチームを組んでたんだよな?」
「ええ、そうですわ。でも新区画の開放で探索者チームに大勢脱落者が出てしまったの、私たちが以前に組んでいたチームもこれを機に引退した方たちがいましてね……ですのであの酒場のマスターに人員の紹介を頼んでいましたのよ」
エミーリアの話によると、番人である炎の騎士を倒すまでに三回ほどの作戦失敗があったらしい、その傷跡が彼女たちのチームにも残っているのだろう。
「拙い連携は各々を危険に晒す、無理せず無茶せず、互いの呼吸を合わせることを意識しろ。先頭は私、一つ後ろにシャルルとリンダ、次に魔術師のエミリー、そんで最後尾が弓持ちのキャロルだ」
「ん……どう動く?」
「最後尾のキャロルは全体の観測と援護だな、手が足り無さそうな所を弓で助けてやってくれ、前衛の私とリンダとシャルルはいわば壁役だから難しく考える必要はないさ」
「真ん中のエミリーさんは何よりも魔術の行使を優先してください、私たちは貴女を中心に動いていくと考えれば問題ありませんわ」
その陣形は三人で戦っているいつも通りのやりかたであった、そこに二人が加わると考えれば動きやすいだろう。
今日会ったばかりなので互いの癖や呼吸もわからない、難しく複雑な作戦や行動を要求されても上手く回らない、なので多少の余裕を持たせた雑な動きの方が噛み合うだろう。
後は本番の中で細かなズレを合わせていくしかない、完璧な連携などこの面子にはそもそも不可能だった。
「互いの距離を常に意識しろ、弓兵の射線を遮るな、魔術を行使する時は必ず声をかけること、まぁ基本を忘れんなってことだ」
バッカニアがそう締めくくって五人はエミリーを中心とした列を作る、人数がいつもより増えている分、どちらにとっても分厚い陣形となっているようだ。
五人は全方位に視線を張り巡らしながら無限城の中へと進んでいく、神殿の入口を彷彿とさせる連なった柱を抜けて全てを飲み込まんかとばかりに開かれた門を潜っていく。
「三人は探索が初めてだから驚くかもな」
「ええ、間違いなく」
先輩探索者は意地の悪い笑みを浮かべてそういった。
「なんの話だよ?」
シャルルの疑問に二人はやはり意地悪な笑顔でこう答える。
「ここが無限城と呼ばれる理由さ」
「天空城ではなく、無限の城と呼ばれる所以ですわ」
二人が指差す方向は城の内部であり、そこに広がっているのは当たり前のことなのだが城内だろう。
だがそんな当然を吹き飛ばすかのように三人には爽やかな花の香りが届く。
門を超えて城内に侵入した五人の目の前には、見渡すほどの湖と花畑が広がっているのだった。