商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
城の中に広がっている見渡すほどの湖と花の群生に三人はまたも言葉を無くしてしまう。
当たり前だ、常識的に考えれば城の中に大自然が広がっているなど普通は考えない、絢爛豪華な調度品に満たされた高級な空間を誰もが想像するだろう。
しかしそんな思いを裏切るかのように門を潜れば広がっているのは自然である、言葉を失うことも納得だ。
「今月の正面玄関は湖区画か、まぁこの面子での初めての探索なんだし悪くはないか」
「そうですわね、いきなり砂漠地帯とかでなくて幸運と言えるでしょう」
先輩探索者の二人に驚きはない、見慣れた光景なのだろう。
「いやいや、幸運とかそんな話じゃなくて……あれ、夢でも見てるのか?」
「ん……現実」
「そう、ですよね、これは夢ではありません……とんでもない規模の魔術です、部屋という空間を引き延ばして巨大な空洞を作り、そこに様々な環境を構築しているのかと……おそらくですが」
「それにしたって滅茶苦茶だろ、明らかに城の大きさよりもこの湖の方が広そうなんだけど、魔術って万能じゃないんだろ……」
少し呆れたようにシャルルはそう言った、目の前の光景が信じられないらしい。
「そうですよ、万能ではありません……万能ではないんですが……うう~ん」
魔術師であるが故にだろう、エミリーは城内の様子が余計に納得できないようだ、彼女にとっての魔術は手足の延長でありそれ以上でもそれ以下でもない、どんな形にも変化してどこまでも伸びるような力はないという認識であり、だからこそ規格外という言葉すら当てはまらない規模の力の行使に頭を悩ませていた。
これまで積み上げて来た常識が音を立てながら崩れていく、まだ無限城の入口だというのに疲れさえ感じ始めているようだ。
「……今月はってことは、他の月は違う?」
あるがままに受け入れて、受け流していたキャロルがそんなことをバッカニアに尋ねる。
「あぁ、この無限城は魔術師連中が言うには色んな空間が繋がって入り混じってるとかでな、しかもそれが一定でなくてある程度の時間が経つと入れ替わるらしい。だから探索中は気を付けるんだぞ、不用意に扉を開けたら向こうは海の底でしたとかあり得るらしいから」
「なんだってそんな城を作ったんだろうな、住むには不便だろ」
「さてね、それこそ始まりの魔術師にでも聞いてみないことにはわかりゃしないさ」
「ん……でも神代の頃の人」
「ええ、とっくに亡くなっていると考えるのが普通です、でも魔術師の方たちはこの無限城に今も始まりの魔術師が住んでいると信じているらしいですわよ」
それは一種の願望であり祈りなのかもしれない、その姿を見ることが出来たならば魔術師からしてみれば神の邂逅にも近いのだろう。
だから願う、彼女が残した足跡だけでなく、遠くでも良いからその背中を見たいと。
「まぁ、こんな城を作る奴なんだから不老不死でも不思議はないか……エミリーもやっぱり会いたいと思うのか?」
「それは勿論です、私たち魔術師の原点であり頂点ですからね」
不調がどこかに吹き飛んだのかエミリーのやる気が高まっている、そんな彼女を見てシャルルはクスっと笑ってこう言うのだった。
「なら頑張んないとな、一週間しかないんだしさ」
「はい、頑張りましょう!!」
「……お宝も忘れない」
ここには人探しではなく宝さがしに来ている、知的好奇心を満たすのも構わないが当初の目的を忘れないようにとキャロルに指南されてしまう、ただ彼女自身も始まりの魔女に興味があるのかやる気は大きくなっているらしい。
鼻息荒く進もうとする三人に、水を差したのは先輩探索者である。
「そんな楽なもんでもないんだけどな、始まりの魔女を探すといっても無限城はとんでもなく広いし、今でも全体の一割くらいしか解明できていないそうだ」
「危険も多いですわぁ、この湖区画はまだ穏やかなものですけど深部に進むに連れてゴーレムだったり巣くっている獣なんかもわんさかと」
「ゴーレムはまだなんとなくわかるけど獣もいるのか」
「……放し飼い?」
「放し飼い……とは少し違いますわね。ほら、この湖を見ればわかる通り無限城は広い上に様々な環境が備わっていますの、自然環境だけでなく生物なども同様ですわ。あの湖にも魚だったり色々繁殖していますもの」
つまり、この無限城にはしっかりと食物連鎖のピラミッドが存在しているということだ、この城自体が一つの世界なのでそこに生物が営みを繰り広げているのだろう。
城の中に獣が放し飼いされているというのは間違いだ、彼らは飼われている訳でもなければ放されている訳でもない、ただ自然環境の中を普通に暮らしているだけなのだった。
城内に広がる湖区画に五人は一塊になって踏み込んでいく、すると仮にも城の中だというのに春風に運ばれて花の香りが鼻孔を擽る。
湖の波打ち際を歩きながらも視線は揺れ動いており、三人の瞳は水の中を優雅に泳ぐ魚や水浴びをしている大きな獣などに釘付けであった。
本当に城の中とは思えない大自然である、湖に青空が反射している光景はいっそ神々しさすら感じられてしまう。
「はぁ~……凄く綺麗ですね」
「ん……それに、なんか大きな獣が見える」
「確かにデカいな、でもなんか間抜けな顔してるぞ」
シャルルの言葉に、バッカニアが反応した。
「カバのことかい? 確かに顔はなんだか愛嬌がある感じだけど、見た目ほど穏やかな連中じゃないよ。大きい上に頑丈だし、顎の力が凄いから鎧なんて簡単に噛み潰すからね……特に群れとなると厄介なんだ」
「カバに殺された探索者の話とか聞きますわね」
「へぇ、二人は戦ったことがあるのか?」
「新人の頃に一度……もう二度とごめんさ」
「カバは縄張り意識も強い生物なので注意が必要ですわ、だけど縄張りにさえ入らなければ危険もすくないんですの……遠くから眺めているだけなら問題ないでしょう」
そんなカバの群れを筆頭に様々な生物が生きる湖区画はまだ安全な部類らしい、本当に危険な区画は砂漠区画らしく、環境と生物の危険性も相まってよく死亡者がでるらしい。
城内で遭難する、二人が言うにはそんなことも珍しくないそうだ。
「まぁ今回は慣らす目的だからカバの群れとなんて戦う予定はないさ、この湖を南に進んでいくと神殿があるからそこの扉から新区画に進もう」
チームリーダであるバッカニアの指示に従って五人は穏やかな雰囲気の流れる湖の波打ち際を進んでいく、それから五キロほどを争うことなく歩いたあたりで彼女たちの視界に神殿らしき建築物が入って来るのだった。
小神殿といった規模であり煌びやかさも神々しさもない、外壁には蔦やコケがこびり付いており年季を感じさせる佇まいであり、そんな神殿の錆びついた門を潜って中に入ると、そこには飾り気のない扉だけが彼女たちを待ち受けているだけである。
「南神殿の扉は新区画に繋がっているんだ、この前まで炎の騎士が立ち塞がって碌に調査できなかった場所だね」
「ん……ここからが本番?」
「う~ん……警戒は必要だろうさ、新しく開放された区画はまだ謎も多いからね。正直なことを言わせてもらうと危険かどうかすらもわからない状態なんだ、ただまぁ他のチームが先行して怪我無く帰って来たから即死するなんてことはないと思うけど」
「どんな場所でも注意は必要ですわね、何でも起こるのが無限城ですもの」
無限の危険と、無限の栄光が両立する場所なのだろう、どれだけ警戒しようとも未知が相手なので足りないのかもしれない。
「そんな訳だからここから先は今まで以上に警戒を頼む、状況によっては戦闘も考えなきゃならないからさ」
そう言ってバッカニアは扉の取っ手を握って緩やかに回していく、すると扉を起点に別の空間へと繋がることになる。
立て付けが悪いのかギギギと鈍い音が小神殿に響く、そして扉の向こうに広がっていた光景が五人の前に露わになった。
正面玄関の先に湖と草原が広がっているような場所なので次は何が出てくるのかと身構えていたのだが、彼女たちを待っていたのはどこかの建物の内部であると推測される石畳と壁であり驚くような光景ではない。
少しだけ拍子抜けしてしまったが、いきなり危険な相手と鉢合わせするよりはマシと考えるべきなのだろう。
「この扉は別の空間にある神殿に繋がっているんだが、そこの唯一の出入り口がこれまで炎の騎士が守っていたんだ」
「そこから先は完全に未知ですわ、冒険のしがいがありますわね」
神殿の扉を潜って唯一の出入り口へと五人は歩いていく、真新しい焦げ跡と戦闘跡が残る広間に辿り着いてその先にある門の外へ出るとようやく新区画の全貌が広がるのだった。
「おぉ、情報収集はしていたけど、やっぱり城内に繋がっているんだな」
「本当に正しい意味での城内ですわね」
門の先には広い廊下と深紅の絨毯が待ち受けていた、湖でもなければ海でもない、当然ながら砂漠でもなく深淵でもない、窓ガラスの向こうには山の頂が確認できるのでおそらく無限城のどこかにある廊下の一つだろう。
扉の一つ一つが別空間に広がっているような場所なので廊下に一定間隔で存在している扉にも気軽に触れることが出来ない、しかし彼女たちにはそう言った危険性を排除する手段がある。
「よし、ここから先は魔術師の出番だな」
バッカニアがエミリーの背後に回ると細い肩に手を置いてずいっと背中を押す、彼女の前にはどこに繋がっているのかわからない扉の一つがあった。
「探索者のチームに加わる魔術師は戦闘の要でもあるけど、探索の要でもあるんだ。よくわからない物だったり場所だったりはまず魔術師に調べて貰う必要がある」
「わかりました調べてみますね、でも透視は専門ではないので少しだけ時間をください」
「へぇ、エミリーってそんなこともできるんだな」
友人の思わぬ特技にシャルルは少しだけ驚いているようだ、しかし彼女と違ってキャロルだけは納得とばかりにうんうんと頷いていた。
「ん……着替えの時、偶にカーテンの向こうから視線を感じる」
「エミリー……お前って奴は……」
「は、はて……い、いったい何のことやら、さっわりわかりません」
エミリーは冷や汗をかきながら視線を逸らす、まさか気が付かれているとは思っていなかったのか首が折れるのではないかと思う程に勢いよく首が傾いている。
そして二人の友人からの冷たい眼差しから逃げるように魔術師としての仕事を行っていく、瞼を閉じて深く集中していき、魔力を瞳に溜めながら術式を構築していく。
二分ほどそうしていただろうか、透視の魔術が完成したのかエミリーは瞼を開いて扉の向こうへと視線を向けた。
淡い輝きを宿した瞳が映しだしたのは、隙あらば覗いている友人の着替え模様ではなく、果てしなく続く無数の本棚とそこに収められた本である。
そして彼女が視界に捉えたのは本棚だけでなく、その図書室の通路を練り歩く鋼鉄の騎士の姿であった。
「これは……図書室ですね。それにゴーレムらしき姿も確認できます」
「おぉ、それは素晴らしいですわね!! 本は高く売れますわ!!」
本は高価なものであり、庶民が日常的に手を取って扱うようなものではない、書物を欲するのは神殿関係者や商人、或いは貴族といった一定以上の階級に存在するものだろう。
教科書であったり、日々の帳簿であったり、知的好奇心の為であったり、歴史の研究やもしくは芸術的な価値を求めていたりと需要は様々であるが、この城にある本ならば先ずは魔術師たちが飛びつくことは間違いない。
始まりの魔女が作って残したのかもしれない本、下の街で研究と探索に生きる魔術師にとっては垂涎の価値がある。
それを求めて殺し合いが起こっても不思議ではない、この図書室はそんな場所であった。
「金目のものがあるのはありがたいけど、ゴーレムも一緒か……相手の成り形はどんなもんだ?」
「うぅん……騎士、でしょうか? 身長は二メートルほどで、武器は剣を持っていますね」
「炎を宿していたり、冷気を発していたり、みたいな感じじゃないんだな?」
バッカニアの言葉にエミリーはコクっと頷いた、その瞬間に慣れない魔術に疲れが出たのか、術式が乱れて透視の魔術が崩れてしまったらしい、パチパチと何度か瞬きを繰り返していると疲労と魔術の反動からなのか僅かに涙が溜まっていた。
「だとしたら一般的な巡回兵タイプのゴーレムですわね」
「要所要所に配置されてる番人型の奴ならとんずら一択だけど、それなら行けそうだな……う~ん、でもこの面子では初めての探索だからなぁ」
「ワタシたちのことは心配する必要ないぞ、足を引っ張らないように全力を尽くすからさ」
「……頑張る」
「はい、お任せください」
三人娘の頼もしい言葉に先輩探索者のバッカニアとリンダは視線を重ね合わせてから、よしとばかりに頷いた、ここで立ち止まっていても意味がないこともあるのだが、扉の向こうにお宝の山があるのならば引くという判断が難しい。
探索を続けるのならば何れは実戦を経験することになる、結局は早いか遅いかの違いでしかないのだ。
栄光は、立ち止まる者ではなく突き進む者だけに訪れる、探索者の間で常識とされる認識が彼女たちの背中を押す。
「よし、エミリーを中心に隊列を組み直せ、呼吸を合わせて踏み込むぞ」
「巡回タイプのゴーレムは無限城でよく見かけるタイプですわ、侵入者を発見したら問答無用で襲い掛かってきますの」
「なにか注意事項は?」
シャルルは装備の金具や丸盾の取っ手を再点検しながらそう尋ねた、集中力が高まって来たからなのか少しだけ祝福の力が漏れ出ているようだ。
「見た目通りの騎士ですわね、番人型と違って特別な攻撃はしてきませんわ。ただ全身鎧なので当然ながら固い……そして中身が空なので想像よりも動きが速いですわ」
「ん……早くて固い、理解した」
「魔術の通りはどうでしょうか?」
「中に人が入っている訳ではないので怯んだり怖がったりはしませんわね、へたに牽制するよりは大火力で粉砕する方向が宜しいかと」
「後はあれだな、腕とか足とか吹き飛ばしても真っすぐ突っ込んでくるから、人間を相手にしてるって考えならやめておけ、かな」
注意事項は共有できた、装備の点検と心構えも整っている、最後にバッカニアが全員を注意深く眺めてから扉の取っ手を握りしめていく。
少しだけドアノブを傾けると、異なる空間が繋がり合ったかのような奇妙な手ごたえを感じられた、探索者をしていれば何度も味わう未知への挑戦だ、心地よい心臓の高まりはどれだけ経験しても慣れない。
みぞおちの奥がキュッと引き締まる、そんな緊張感と共に五人は扉の向こうへと踏み入った。
透視で見定めた結果の通り、背の高い本棚がどこまでも並んで広がっているような空間が立ち塞がる、あまりにも広くて深いその場所は数えきれないほどの蔵書を誇っており、まるで城壁のように本棚が行くてを阻む。
本棚が規則正しく並んでいるという訳ではない、ある本棚は何故か宙に浮いており、またある本棚はこれまた何故か吐き出すように本を放出している。
地面を滑って他の本棚を押し出す本棚もあった、ぶつかった本棚は氷の上を滑るかのように移動して遠く薄暗い中へと姿を消していく。
そして不思議なのは棚だけではない、本来ならば静かに収められていることが自然な本ですら、まるで蝶のように羽ばたきながらそれぞれ移動を繰り返しているのだ。
全ての本がそうだという訳ではないのだが、視線を僅かに上げると鳥のように空を駆ける本が見つけられる光景である。
だが、それはまだ問題ない、本や棚が勝手に移動するくらいは空飛ぶ城に比べれば些末なことである、そんなことよりも目の前の脅威に力を注ぐべきだろう。
五人が図書室に踏み入った瞬間に鎧騎士のゴーレムが激しく反応を返してくる、錆びついているからなのかギギギという金属が擦れるような音を響かせながら跳躍したのだ。
そう、鋼鉄の騎士は高く飛び上がった、見た目に似合わない敏捷を披露するかのように。
「受け止めようなんて思うなよ!!」
バッカニアが落ちて来る鎧騎士を迎え撃とうとしていたシャルルにそう叫ぶ、例え丸盾で受け止めようとも腕が粉砕されるであろうことは予想できてしまう。
シャルルにもそれがわかったのだろう、騎士を見上げながら丸盾を構えて踏ん張ろうとしていた体が急速に緩まっていく、そしていつも通りのしなやかさを取り戻すと落下してきた鋼鉄の塊を回避した。
ゴーレムに視線というものがあるのかはわからないが、それでも五人は鉄兜の向こうにある暗闇にそれを感じ取ったのだろう。
鋼鉄の騎士に観察されたことで五人の背筋が緊張と興奮で震えあがる、互いが互いの出方を見逃しはしないと注意深く見つめ合いながら武器を構えていく。
出来上がるのは僅かな静寂、それを踏み砕くかのように、鋼鉄の騎士は錆びついた音を響かせながら一歩踏み込む。
錆びついた音を耳障りに思いながら、互いの鋼はぶつかり合う。