商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
キャロルの矢が牽制とばかりに風を切りながら放たれる、鋼鉄の騎士が相手では小枝のような細さの矢では致命傷を与えることは難しいだろう。
まず重さが違う、全身鎧は分厚く強固であり使われている鋼は膨大である、固く重たい装甲を貫通するには人力の弓では難しいと断言できる。
キャロル自身もそう思っており、敵対しているゴーレムもそう判断したことは間違いない。
脅威度、低……優先順位、変更。
空っぽのゴーレムに脳はない、だが彼はそんな思考をしているのかもしれない、五人の中で最も脅威だと判断したのは隊列の中心にいるエミリーなのだった。
しかしその判断が誤りであったことをすぐに知らされる、脅威にならないと判断した小枝のような矢が装甲に命中した瞬間に。
鉄兜の中心、人間で言えば眉間の位置、そこにキャロルの放った矢が当たると、想定を遥かに超える衝撃が鋼鉄の体に広がった。
その音と衝撃は矢が命中したにしてはあまりにも重い、分厚い鉄兜はつるはしで殴られたかのように陥没しており、その威力を物語っている。
ゴーレムの体幹がグラついた、突進途中に突然頭を殴られたようなものなので仕方がないだろう、しかし相手は人間ではないので脳震盪や怯えとは無縁であった、多少なりとも体制が崩れようとも関係がないとばかりに接近してくるのだ。
「前に出るぞ、エミリーに近づかせるな!!」
それを迎え撃つのはバッカニアである、彼女の手には先端に無数のスパイクが並んだ凶悪なメイスが握られており、それを突っ込んでくるゴーレムに振り下ろしたのだ。
女性とは思えない程に鍛えられた二の腕はとてつもない重さと速度を棘付きメイスに付与したことだろう、体幹を崩して前のめりでこちらに向かってくる鎧騎士にそれを避ける術がない。
だがそれでよかった、相手は人間ではないので殴られることも矢で射られることも躊躇しないのだ。
メイスが肩に叩きつけられる、それでもやはりゴーレムは躊躇しない、そのままバッカニアを切りつけようと腰の剣に手を伸ばしていく。
鞘から抜き放たれたのは錆びついた剣である、切れ味は皆無であると一目でわかるが人間を殺す鈍器としては十分だろう。
だが振り上げられた剣は一瞬で取り上げられてしまう、手首に巻き付いた革紐らしき物がゴーレムの腕を引っ張り上げるとそのまま錆びた剣を捨てさせてしまったらしい。
「させませんわよ!!」
その犯人はリンダであった、長い鞭を手の延長のように自在に操りながらゴーレムを上手く翻弄しているようだ。
矢と同様に鞭ではゴーレム相手に効果は薄い、どうやら彼女はバッカニアの背後からの援護に徹しているらしい、右手に鞭を持ち左手には丸盾を構えている。
バッカニアと違って殴り合いに自信がないのかもしれない、鞭と盾以外にも腰には短弓や短剣といった獲物が幾つもぶら下がっており、状況に応じて使い分けているのだろう。
今回は鞭だ、そして接近された時に備えての盾だった。
手首に巻き付いた鞭をゴーレムは強引に引っ張るのだが、しなやかなそれは僅かに引き延ばされるだけでリンダの細い体を引きずるまでには至らない。
綱引きのような状態になったゴーレムの眉間にまた矢が命中した、そして崩れた体幹を隙と判断したのかバッカニアがまたメイスを振り下ろす。
そのメイスもまた先程と同じ場所に命中した、どうやら彼女はゴーレムの肩をもぎ取るつもりらしい。
「戦神よ、手伝ってくれ!!」
相変わらず雑で投げやりな祈りと共に剣を振り下ろしたのはシャルルである、彼女はゴーレムの背後に回って体重を乗せた上段切りを相手の肩へと落とす。
それはバッカニアの棘付きメイスが食い込んだ場所と全く同じである、同じ場所に攻撃を重ねたようだ。
メイスに二度殴られたゴーレムの肩は既にひしゃげており腕はぶら下がっているだけの状態であった、そこにトドメを刺すかのように剣が命中することになる。
鋼を切り裂く程の力も技術もないシャルルの一撃だが、錆びついている上に陥没してひしゃげていたゴーレムの肩を落とすには十分だったのだろう。
耳障りな破砕音が図書室に響き渡った、メイスと剣によってゴーレムの肩だ外れた音である。
「やるじゃないか、ガキ扱いして悪かったね!」
「ふふん! これでもそれなりに戦ってきたからな!」
悪魔や半神と戦って生き残っているのだから戦士の経験は十分過ぎるとさえ言えるだろう、あれらの脅威に比べればゴーレムはまだ可愛いとさえ思えてしまった。
「喋っていないで戦いに集中してくださいませ、ちょっとした油断が命取りになりますわよ! エミリーさん、あとどれくらい必要ですか?」
「あと三十秒ほどです!」
「ならそれまでは時間を稼ごうかね!」
片腕を失いながらも鉄の装甲を前へ前へと進ませようとするゴーレムは、健在の腕を伸ばしてバッカニアの喉を目指す。
人間の柔らかい喉元など簡単にむしり取れるのだろう、しかしそんな真っすぐな攻撃は探索者として経験を積んで同型のゴーレムと何度も戦ったことのあるバッカニアには届かない。
彼女は腰の鞘に納められていた短剣を抜き放つと、それを伸ばされた鎧騎士の肘に差し込んだ。
関節の部分にはほんの僅かな隙間が存在している、短剣はそこを綺麗に穿って反対側にある隙間にまで先端が刺さった。
「まだ終わりじゃないよ!」
短剣が差し込まれたのは肘だけではない、新たな短剣を取り出したバッカニアは鎧騎士の股下に滑り込むと今度は膝裏の隙間へと進入する。
やはり先端は反対側の隙間まで届く、これによってゴーレムの手と足は短剣という芯が出来上がったのだ。
膝と肘を曲げることができない、即ち歩くことも殴りつけることも難しいということであり、機動力が大幅に下がることになる。
そして片腕は失った状態だ、つまりこの時点でゴーレムは敗北したも同然と断言できた。
「おぉ! 短剣を刺して拘束したのか!」
バッカニアの技巧にシャルルは驚いたようだ、探索者としてゴーレムとの戦闘経験の差がよくわかる。
ただ殴るだけではない、ただ刺すだけでは足りない、そのどちらも鋼鉄の騎士には効果が薄い。
なので彼女はこういった方法を編み出して実戦で使える領域まで磨いたのだろう、針の孔ほどの隙間を穿つかのように繊細な技術が求められたはずだ。
鋼のゴーレムは差し込まれた短剣を無視して体を動かそうとするのだが、金属が擦れる嫌な音を生み出すだけで上手くはいかない。
戦いにおいて重要なのは相手に何もさせないことである、備え、合わせ、見計らい、準備を怠らず、果敢に攻め立てて反撃させない。
一方的な戦いを進められればそれが理想だろう、五人の戦いはまさにその理想の形であった。
「準備が整いました、放出します!!」
手足を拘束されて思うように動けないゴーレムは、燃え上がる炎を認識することになる。
エミリーの掛け声を聞いてゴーレムを囲んでいた前衛組が一斉に飛びのいた、両者の合間に障害物はなく鋼鉄の騎士の動きは鈍い、つまり不可避の一撃であった。
熱線が一瞬で空間を駆け抜けていく、分厚い装甲など存在しないとばかりに貫通するとゴーレムを砕くのではなく焼き穿つ。
鎧騎士の上半身には大きな穴が……いや、完全に蒸発してしまったのか下半身だけを残して消失するのだった。
「炎の魔術か、何度見てもとんでもない威力だね」
「ええ、恐ろしいとしか言いようがありませんわ」
熱線の威力にバッカニアとリンダは戦慄していた、自分たちに向けられる心配ないとわかっていても恐れを感じてしまうのだろう。
炎の魔術師に限らず、傭兵たちの間では魔術師を怒らせてはならないという暗黙の了解がある、剣を持って戦う彼らにとって魔術とは見えざる武器のようなものであり、その威力も相まって進んで争いたいとは思わない。
実際に魔術師を舐めてかかる相手がいたとしても、先程のエミリーが放った熱線を見せれば黙るしかない。
人間はゴーレムほど頑丈ではないのだ、そしてそのゴーレムですら今の一撃を耐えきれない。
上半身を失って倒れ込んだゴーレムをシャルルが剣先で突きまわす、体の半分を失ってもまだ立ち上がるのではという疑いがあったのだろう。
しかしゴーレムは起き上がらない、完全に物言わぬガラクタと化してしまっているようだ。
「手ごわかったけど、危なくはなかったな」
「ん……でもエミリーがいないともっと苦戦したと思う」
鋼に鋼をぶつけても効果は薄いのだ、そうなれば出血も覚悟しながらズルズルと長期戦にもつれ込んだかもしれない。
「だからこそ魔術師は探索の要ですの、チームには必ずと言って良い程に魔術師が加わっていますわね」
「それに加えて番人型じゃなかったことも大きいな、もしソイツだったらもっと大勢で袋叩きにしないと戦いにもならないからね」
その番人型のゴーレムの姿を思い出したのか、バッカニアは気がめいったかのような表情を作る。
「その、番人型……というのはそれほど強力なのでしょうか?」
エミリーの質問に先輩冒険者は大きく頷いた。
「滅茶苦茶さ、この区画を開放する戦いに私らも参加したんだけど、散々な目にあったね」
「はい、遠征隊が三度敗北してようやくですわ、たった一体のゴーレム相手に大勢を揃えて手前に拠点を作って、まるで攻城戦のように攻め続けて……損害も大きかったので二度とごめんですわね」
その結果、新しい区画を開放することが出来たのだが、彼女たちのチームは半壊にまで追い詰められたということだろう。
「まぁ、過ぎた話はいいさ、それよりも今はこれからのことだ……このチームで初めての探索、初めての戦闘だったけど、想像以上に三人は動けるみたいだな」
「確かにそうですわね。三人とも出過ぎたこともせず、かといって引っ込むこともなく、とても落ち着いていられましたわ」
「……合格?」
「ああ、短い間みたいだけど、それでも私たちにはありがたい戦力だ」
「改めて、よろしくお願いしますわね」
自分たちの力を認められて三人は笑顔になった、この瞬間に五人はお試しではなくチームとなったのだ。
「さてさて、ゴーレムも倒したことだしお宝探索といこうじゃないか」
目の前に広がる無数の本棚を眺めてバッカニアは舌なめずりをする獣のように獰猛な顔になる、つり上がった口角をなんとか正そうとしているようだが笑みが消えることはない。
改めて見てもこの図書室の蔵書量はとてつもない、連なる本棚は部屋の端まで続いていることはわかるが、その最果てが肉眼では確認できないほどに遠い、まるで薄暗い穴に本棚が吸い込まれているかのように果てなく続いている。
この空間にある本をひっくり返せば山となるのではないか、そんなことを考えてしまうほどに本で溢れていた。
「狙いはどうしますの?」
「やっぱり魔術書だろうなぁ、それも禁書みたいな危ない奴、他の本でも良いけどあんまり大量に持って帰ろうとすると飛竜が落ちちまうから……まぁとりあえず高そうな本を狙おう」
高価であるということと、危険であるということはこの場では同じ意味になる、本を開けた瞬間に呪いを貰ってしまうような魔術書があっても何ら不思議ではない、ここはそういう場所であった。
「そんな訳でだ、全員ねらい目はなんか危なそうな本ってことでよろしく頼む……あぁ、一応言っておくけど見つけても触るなよ、魔術師が鑑定して調べてからにするんだ」
「エミリーさん、お願いいたしますわね?」
「はい、お任せください!」
そんな方針で五人は広い図書室で危険そうな本を探すことになった、すると想像を超えてそういった疑いのある本を発見することになる。
バッカニアは鎖が巻きつけられた本を捜索から数分で見つけ、同じ頃にシャルルも鍵付きの本を発見してしまう、エミリーは魔術的な結界に守られた本を、リンダは視界に入れた瞬間に形容できない悍ましさを感じる巻物を、キャロルは宝石が表紙に埋め込まれた分厚い書物を見つけたらしい。
エミリーは次々に呼ばれてそれらの本を調べていく、危険はないのか、あったとしてどれほどのものなのか、炎の魔術師である彼女には慣れない作業であるので額にはたまの汗が流れていた。
しかも一冊二冊では終わらない、価値があるであろうと目星をつけた本は積み上げれば壁となるくらいはあっただろう、それら全てが金貨に代わることはないのだが中には見た目以上の値段になるのかもしれない。
それでも全体の一パーセントにも満たない量であった、探せばまだまだ存在することは間違いない。
可能ならば全てを持って帰りたいのだが飛竜が飛べる重さにも限界がある、なので小山となった本の中からこれぞというものを各々手に取って持って帰ることになった。
エミリーの調べによるとどれも強力な封印が施された魔術書らしい、手にとっても危険はないとのことなので五人は持てるだけの本を回収することにした。
人気があったのは宝石が皮張りの表紙に埋め込まれた類の本だろう、中にどのような内容が書かれており、それを魔術師がどれほどの価値を見出すのかわからないので、中身がスカだった時に備えてということだろう。
最悪、宝石分の価値があるのは間違いない、くだらない内容であっても宝石だけ取り外せばそれだけで儲けになるのは間違いなるということだ。
「他にも表紙に宝石が付いた本が幾つもあるけど、ここでほじくり出してポケットとかに入れて持って帰ればいいんじゃないか?」
「う~ん……魔術書ですからあまりお勧めはできません。宝石が本の一部であり魔術の一部である場合もありますので、それをすると価値が損なわれてしまう可能性もあります、それに不用意に魔術を崩すのは危険ですから」
宝石を取り外した瞬間に術式が崩れて大爆発、そんな状況も想像できてしまう。
魔術師であるエミリーにそう言われてシャルルは顔を青くして引き下がる、少し丁寧な手つきになって宝石が表紙に埋め込まれた本を棚へと戻すのだった。
「魔術師連中がどれだけ金貨を出すのかわからないけど、こればっかりは実際に持っていかないとわからないからねぇ」
「すいません、もう少し詳しく調べられたらよかったのですが」
「エミリーが謝る必要なんてないさ、こうして手に持って大丈夫なことがわかっただけでも十分だよ」
「そうですわね、街に降りて魔術師を派遣してもらって……そんな手間が無いのですから、とても有意義な働きですわ」
エミリーの鑑定のおかげで、一番乗りで最も良い物を誰よりも早く持って帰れるのだ、探索者にとってこれ以上の展開はないと先輩冒険者は思っていた。
「後は誰に持っていくか、だね」
「ん……誰がお金持ち?」
「工房を持っているような魔術師なら懐も厚いけど、本は内容次第って所もあるからなぁ」
「それでしたら私の師匠の下に持っていきませんか?」
「エミリーの師匠ってことは炎の派閥ってことだよね、するとあの至高神の神官か……」
「そう言えばなんか見つけたら持ってきてくれって言ってたよなあの人、高く買ってくれるかな?」
シャルルの疑問にエミリーは力強く頷いた。
「顔が広く様々な事業を傘下に収められている方なので資金力という点は心配ないかと、それに炎の魔術を柱としてらっしゃいますが、知識に貪欲な人ですのでこういった魔術書ならばきっと内容がどうであれ買い取ってくれますよ」
弟子らしい視点に他の四人は納得したらしい、地上に降りた時の納品先は決まったようだ。
「んじゃ、持てるだけ持って帰るとするか」
「ん……ちょっともったいない」
キャロルは名残惜しそうに小山になった魔術書を見つめている、あれらも価値がありそうなので残していくことに後ろ髪を引かれてしまうのだろう。
「そりゃね、ただ量が多すぎるし飛竜にも限界がある。それにこの図書館は宝の山だ、他の連中が持って行ってもまだまだ金目のものが残ってるだろうさ」
「そうですわね、明日もまた来れば良いんですから、その時はこの広い図書館の深部まで進んでみましょう」
時間はまだある、宝も掴み切れない程に広がっている、だから焦る必要はない、そんな言い訳でどうにか納得して五人は広い図書館を後にして歩き出す。
ここに至るまでの道中を戻るのは大変だが、行きと違って帰り道にはずっしりとした確かな充実感があった。
この重さにはどれくらいの価値があるだろうか? そんなことを考えながらの帰り道は、やはり楽しいものということだろう、五人の足取りは疲れを感じさせない軽いものである。
探索は厳しくもあるが、それ以上に楽しくもある。
今回が初参加の三人は、そんなことを思うのであった。