商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
灰色の瞳が目の前に積まれた美しい本を注意深く見定めていく、瞳が淡い輝きを宿しているので何らかの魔術を行使しているのだろう。
全ての本を目利きすると今度は指先で表紙に付けられた宝石を慎重になぞった、その手つきは化石を壊さないように掘り出すかの如く丁寧だ。
当然のことである、正体不明の魔術書など危険の塊なのだから。
炎の魔術師にして神殿を預かる神官であるエミーリアであってもそれは変わらないということだろう、石橋を叩くかのように検品しながら数十分、彼女の指先がようやく魔術書を開くのだった。
無限城から帰還してからエミリーのお勧めで師匠であるエミーリアの工房に戦利品を持ってきた五人は、この地の主である魔術師の前に立って結果を待つばかりである。
「うん……ふむ……ほう」
そんな呟きが工房に響く度にバッカニアとリンダの体が緊張でこわばってしまう、三人娘からしてみればどうしてそこまで固くなるのかと疑問に思うのだが、探索者として働く彼女たちにとって炎の派閥に属する魔女は破壊の象徴とも言えるので仕方がないのだろう。
敵を殲滅する時は烈火の如く、攻めればマグマのように、その怒りは噴火と大差がない、そんな認識を二人は持っているのだった。
「あの、師匠……どんな内容なのでしょうか?」
緊張と沈黙が広がる工房でエミリーがそう尋ねた、しかしエミーリアには届かないのか彼女のページを捲る動きは淀みなく続いている。
集中状態に入ってしまったようだ、愛弟子の言葉が届いていない。
「師匠!! お客様の前なんですからしっかりなさってください!!」
弟子と師匠だけの空間ならば放置しても構わないだろうが、今は探索者たちが前にいるのでそうもいかない、エミリーがエミーリアに近づいて行って耳元で叫ぶのだった。
「あぁ、聞こえているよ、敢えて無視したんだ……ちゃんと聞こえていたとも」
「それならばなお悪いです……もう、しっかりなされてください」
「うむ、わかっているとも……さて、この本の査定に関してだな」
エミーリアはそう言って机の下に姿を隠す、ガサゴソといった音が聞こえてくるので何かを探しているかのようだ。
「単純に表紙の装飾や埋め込まれた宝石だけでもかなりの価値がありそうだ、特に宝石というのはただそれだけで魔術の触媒になるのであって困るような物ではない。これだけでも金貨五十枚は出しても構わないさ」
机の下から彼女が引っ張り出したのはどっしりとした革袋であった、机の上に置かれた瞬間に金貨の澄んだ音が室内に響く、当然ながら中に詰まっているのは黄金の輝きだ。
「ん……全部で?」
「ああ、二十五冊で金貨五十枚だ。一冊で金貨二枚の計算になるね」
おお、と五人は瞳を輝かす、一日の稼ぎとしては破格も破格、銀貨ではなく金貨なので数カ月は遊んで暮らせる額となるので興奮も納得できてしまう。
全ての本で金貨十枚と言われても受け入れられるくらいの報酬なのだ、それくらいにはなるだろうと想像していたのだが想定を遥かに超える報酬を渡されると聞かされて五人は期待に胸を膨らませるのだった。
「問題なのは内容だね……全てを確かめた訳ではないのだが、なかなか興味深い内容が書かれているようだ、そちらに関してはしっかりと調べた上で査定させてもらおうかな。一先ず、今日は本と宝石の値段だけを渡しておく」
ジャラ、と音を立てて革袋がひっくり返された、すると大量の金貨が零れ落ちてきて蝋燭の輝きを反射していく。
銅貨とも銀貨とも違う、人を惑わせる黄金の輝きを嫌いな人間はおそらくいないだろう、当然ながら五人も大好きである。
仕分けされていく金貨はきっちりと五十枚、庶民ならば数年分の収入であるのだがそれをあっさりと渡すことができる工房主の資金力には驚くしかない。
金はある所にはあるものなのだ、場末の酒場でああでもないこうでもないと呻きながら傭兵という刹那的な生き方をする人種には決してわからない存在だろう。
事業を広め、資金を生み出し、商会を傘下に従えて、それらの利益を研究につぎ込む工房の魔術師は、いつ死ぬかわからない傭兵とは真逆の存在なのかもしれない。
五人に渡された金貨の数は多い、分割しても一人当たり十枚になる、人々を魅了して止まない輝きに全員が上機嫌になったことだろう。
「内容は精査するのにもう少し時間が必要だな、だがこういった本は大変興味深いので幾らあっても構わないよ、また持ってきてくれるのならば追加の報酬を支払おうじゃないか」
「勿論ですわ!! 何冊だって持ってまいりますとも!!」
金払いの良い工房主に鼻息荒く返事をするのはリンダであった、おそらく五人の中で最も金貨を欲しており魅了されているであろう彼女だ、金貨を積み上げられればやる気は高まっていく。
黄金の輝きに酔いしれるのは傭兵の性である、リンダほどではないがバッカニアも三人娘もそれは同様であった。
これからも魔術書を持ってくるという契約を交わすことができたのは僥倖と言えるだろう、あの図書館にはそれこそ山のように物があるのだ、他の探索者に持っていかれる分を差し引いたとしてもまだまだ残っている筈だ。
寧ろ心配なのは同業者との競争よりもエミーリアの資産の方かもしれない、それだけあそこの蔵書量は凄まじいのだから。
「それならば、これからもよろしく頼むよ」
そんなエミーリアの言葉に背中を押された五人は、心と体を弾ませながら工房を後にするのだった。
探索を終えた後にやるべきことは金貨を眺めながら涎を垂らすことだけではない、大きく分けるとその報酬を片手に酒場に向かって酔っぱらう者や、客引きの娼婦を引っ掻けて自慢するように報酬をまき散らす者だろう。
家に帰って家族と穏やかに暮らす者などいない、そんな安定的で安心な時間を好む人物はそもそも傭兵などという刹那的な生き方は選ばないのだ。
五人は命があったこと、探索が成功したことを祝って酒場に訪れたらしい、相変わらず下品な言葉と喧騒が広がる店内を進んでカウンター席を五人で占拠する。
ステージの上では半裸の踊り子が華麗な動きで男たちの劣情を煽っており、そんな空間から離れたカウンターではバッカニアが代表して乾杯の音頭をとっていた。
「えぇ~……まぁ上手い言葉が見つからないけど、探索を終えて無事帰ってこられたことを祝って、乾杯!!」
「乾杯、ですわ!!」
「ん……乾杯」
「乾杯!! まぁこっちは酒じゃないけど」
「お酒でなくと問題はありませんよ、コップをぶつければそれで乾杯なのですから」
甘口の酒を好む三人娘は酒場で飲みたいものがなかったからなのか、それぞれ舌に合う飲み物を持参してきたらしい。
山賊の頭と間違われてしまうようなバーテンはあまりいい顔をしなかったが、酒のつまみはしっかり金を払ってくれたのでなんとか不満を飲み込んで持ち込みを黙認したようだ。
「お前ら、どうやら上手く探索を終えたようだな」
「ああそうさ、この子たちが想像以上に動けたからね、ゴーレム相手でもだいぶ楽だったよ」
「ええ、良い人材を紹介していただいて感謝いたしますわ。おかげで新区画の探索にも乗り出せそうです」
炎の番人との戦いで彼女たちを含む多くの探索者チームが半壊状態になり、中には完全に消滅した集団もあった、生き残った者たちはこれを機に分裂や統合を繰り返し、引退した者や稼ぎを纏めて新天地を目指した者も多い。
有望そうな新人に声をかけたり、他所の街を拠点にしている傭兵をスカウトしたり、半壊したチーム同士で新しい徒党を組んだりと、今現在はそれなりの混乱の中にあるのだ。
当然ながら二人にも影響がある、新区画が解放されたというのに戦力不足でなかなか踏み出せずにいたのだから、そんな時に現れた三人娘を紹介して預けてくれた判断には感謝しかない。
「そうかい、まぁ他に候補もいなかったからな……小綺麗な嬢ちゃんたちだ、男連中に預けても面倒ごとにしかならないだろ」
「それは間違いありませんわね」
「あそこで盛ってる連中に預けたくないっていうのは賛成だ」
バッカニアとリンダの瞳が映すのは、ステージで踊る娼婦に汚いヤジを叫ぶ酒場の客たちだ、おそらく彼らも探索者なのだと装備で推測できる。
おひねりを舞台に投げつけて薄着を脱げと興奮しながら要求する彼らは……残念なことにどれだけ言葉を取り繕うとも下品としか言いようがない、きっと三人が彼らの輪に組み込まれればそのまま拠点に引きずり込まれていただろう。
傭兵とは、良くも悪くも欲望に素直な生き物なのだ、目先の欲に忠実なのである。
「嬢ちゃんたちも見た目よりもずっと荒事に慣れてるってことかね、キャラバン育ちも伊達じゃないってことか」
いかついバーテンダーの言葉に三人は鼻を高くした、紹介状がなければ見た目だけで酒場から放り出されていたような評価を覆すことができたということだ。
「へへん! これでもそれなりの修羅場を潜って来たってことさ」
特にシャルルは嬉しそうである、エミリーとキャロルも追随するようにコクコクと頷いていた。
「見た目も服装もスレてなくて傭兵らしさのない子供な上に首から聖印をぶら下げているんだ、完全に別世界の住人だって思うだろ」
好奇心で傭兵業を行って無知ゆえに心構えも無く死んでいく、そんな未来を想像してしまったのも三人の少女らしい容姿を見れば否定することもできないだろう。
一目見て追い返そうとしたのは、この男なりの優しさなのかもしれない。
「聖印? そう言われると三人の首には確かにぶら下がってるね。どこかの神殿で働いていたのかい?」
「ん……聖都で」
「娼婦と男娼の神殿です、そちらで大儀式に参加した時に賜りました」
「それはすごいですわね、娼婦の神殿は比較的に女性を受け入れやすい場所とはいえ、聖印まで与えられることは稀ですもの」
「確かになぁ、娼婦の身分を守るって方針の神殿だから他の神殿よりも女に渡すこともあるだろうけど、それでもだれかれ構わず渡すほど安いもんでもないし、軽いもんでもない」
「これってそんなに凄いもんなのか? なんかくれたからとりあえず付けてるんだけど」
シャルルはそう言って首にぶら下がっていた聖印を指先で摘まみ上げる、胸元から飛び出て来た細い鎖の先端には娼婦の神殿で与えられた聖印が存在している。
エミリーに肌身離さず身に着けておくべきだと主張されたそれはシャルルもキャロルも首からぶら下げていた、鈍色の輝きではなく銀色の特徴的な輝きはよく目立つので、注意深く観察すれば聖印そのものが服に隠れていても首にある細い鎖だけでそれが神殿に関係するものだと察することができるだろう。
とても価値があり、当然ながら見た目ほど軽いものではない、物理的にも歴史的にもだ。
「そいつをぶら下げるってことは娼婦の神の眷属であるってことで、つまり神殿の関係者ですって主張するようなもんだ」
「単純に神殿に庇護を求める権利があることは勿論のこと、それに加えて娼婦としての価値も大きく跳ね上がることは間違いありませんわね」
「なにせ娼婦の神が認めた女ってことだからな、男ならそれだけで目の色を変えるだろうさ」
先輩冒険者は興味深そうに聖印を眺めている、それだけでなくどこか羨ましそうな表情なのは、彼女たち自身も娼婦としての価値を求めているからなのかもしれない。
「あの、もしかしたお二人も娼婦として働いていらっしゃるのですか?」
だから聖印を羨ましがる、そう推測して尋ねたエミリーの言葉に二人は同時に頷いた。
「そうだよ、娼婦として働いてもいるけど、娼館の経営なんかもやってるのさ」
「私とバッカニアが共同でお金を出し合って運営していますの、娼館だけでなく他にも色々と事業を拡げていますわ」
「上手く行かなくて潰した店もあるけどね」
「今思えばもったいないことをしましたわねぇ、駆け出しの頃は勢いだけで突っ走って資金繰りの基本も知らずにどれだけ大損したことか」
「借金しそうになった時は、いよいよ沼に沈む覚悟をしたっけか? 懐かしいもんだなぁ」
「笑いごとで済んで本当に良かったですわね……えぇ、本当に良かったですわ」
これまでの苦労を思い出したのか二人は苦笑いのまま酒を飲み干していく、失敗の苦みを酒で押し流そうとしているかのようだ。
「……探索が本業じゃない?」
「そっちも真剣にやってることは間違いないんだけど、店とか立てたり土地を買ったりする為の資金源って感じだな。私とリンダは探索で得た収入を色んな事業に投資してるって訳だ、傭兵なんていつまでも続けていられるなんてことはないし、どこかで必ず死ぬ時が来る……そうなる前に真っ当な稼ぎを見つけてさ、それを大きくして贅沢したいんだ」
「ふふふ、いつかは大地主や大商会になることを目指していますわ、そんな風に呼ばれる時が来れば爵位なんかも手に入りますし」
金で立場を買うということだろう、確かに大商人とも呼ばれるような立場の者はへたな貴族よりもずっと巨大な資金力があり、そういった者が最後に求めるのは金や女よりも栄光と誇りなのかもしれない。
どれだけ力を蓄えようとも、清い生まれと血だけはどうしようもない、だから金の力で購入するのだ。
荒唐無稽と笑うことはできない、実際にそうやって爵位を手にした商人がおり、その経営手腕と資金力を背景に一国を左右できるほどの存在にまでなった男の歌なんて酒場で吟遊詩人が歌う定番なのだから。
金の力というものは、国くらい簡単に動かせるということなのだろう。
二人が目指しているのはそんな頂であった、傭兵として無限城を探索するのはその山頂へと至る最初の一歩でしかない。
「爵位が手に入ればやっぱり格が高くなって商売もやりやすくなるし、ゆくゆくは領地なんかも欲しいよなぁ」
「ですわねぇ、そして豪邸で優雅にくらしますの」
だんだんと想像が膨らんできたのか、先輩冒険者はだらしない顔で輝かしい将来を夢想する。
最果てに辿り着けるのはごく一握りの者だけである、それを理解していながらも進んでいくのだ、茨の道であると理解しながらも進んでいく決意があるのだから天晴としか言いようがない、夢を見るくらいは許されるだろう。
「二人は貴族になりたいのか?」
「いや、私は別にそこまで高望みはしないけど、でもなれるんならなりたいな……まぁ立場よりも安定的に稼げるのなら何でもいいや、路地裏でひっそりと死んでいくような人生だけはごめんだからね。ただリンダはーー」
バッカニアがリンダを見つめる、言って良いのか迷っているかのような間が生まれた。
「私は貴族になりたい……いえ、ならなければいけませんの」
「こいつはアレなんだよ、没落貴族っていうのか? 実家が取り潰されてんのさ」
「へぇ、じゃあリンダは元貴族ってことなのか」
三人娘の視線が興味深そうにリンダに集まった、しかしバッカニアがケラケラとした笑い声が響く。
「元、なんて付けるほど最近の話じゃないさ、リンダの爺の時代の話でこいつは産まれてもいない、だろ?」
つまり父親と母親は完全な庶民ということだろう、確かに元貴族と評するには苦しいのかもしれない。
「そんでずっと親と爺から貴族がどうのとか誇りがどうのとか言われて育ったらしい、だから今でも貴族に返り咲こうと頑張ってんのさ」
「あら、私の目標に父や祖父は関係ありませんわ……と、言うのは難しいですが、貴族を目指すのは私自身の望みでもありますのよ、バッカニアが言ったように路地裏で人知れず死ぬなんて最後はごめんですもの」
リンダは追加注文した酒を臓腑に落とす。
「お金を稼ぐのも、立場を求めるのも、全ては幸福の為……それは誰もが当たり前に欲している未来なのですから。確かに目標はとてつもなく高いものですが、最初から底辺を這うような軽い意思の者に神々は微笑みませんわ。夢はでっかく、ですわね」
「そうそう、水みたいなお粥を啜りながらギリギリで生きるなんて嫌だからね、這い上がらなきゃ生まれた意味がないだろ」
立身出世は誰もが望む未来、バッカニアとリンダは勿論そうだが三人娘だってそれは変わらないだろう。
「今よりも事業を大きくしようと思えば、やっぱり娼婦神の聖印は羨ましいですわねぇ……それを娼館の看板と一緒に掲げられたらそれだけでオーナーとしてデカい顔ができますもの」
「そうなったら面倒な客からしてみれば入りづらいだろうな、娼婦にいちゃもんつけてくる奴も減るだろうし」
「聖都にある本殿に申請されれば……いえ、既にされていますよね」
エミリーは胸元の聖印を握ってそう言った、バッカニアの言葉の通りこの聖印は軽くはない、申請すれば必ず貰える物ではないのだ、三人は大儀式に参加した証と礼として運よく手に入れられたが、本来ならば厳格かつ公平な審査が必要であり、安く首にかけられるような代物ではない。
「そりゃね、娼館を建てた次の日には申請したさ……そしたら業務実績とか帳簿とか色々と必要だって言われてね。しかも働いてる娼婦との面会もしたいらしくて、それが全部終わっても結論が出るのは一年は必要らしい」
「まぁ、こればかりは仕方はないとしか言えませんわね。私たちの店は出来たばかりですし、娼婦神の神殿には世界中から申請があるでしょうからこちらだけを優先することもできませんわ……聖都から調査官が来るまで待つしかありませんわよ」
「でも聖都ではなんか悪魔が暴れたらしいしなぁ……もしかしたらもっと先になるかもしれない」
「それまでは私たちで店を守ればいいですわ、そうしていれば審査にも好印象を残せるかもしれませんもの」
娼婦の神殿が行っている娼婦の権利と立場の守護、当然ながら神殿の公認を得られるような娼館はその絶対の規則を守っている、女を奴隷の様に扱ったり酷い職場環境で働かせているような店に聖印が与えられることはなく、あまりにも目に余るようならば物理的に「取り潰し」されることになる。
神の威光を持って、苛烈かつ徹底的な粛正が行われるだろう。
ある日突然、評判の悪い娼館が人知れず消えてなくなれば、つまりそういうことなのだと民衆は受け止めるのだ。
店のオーナーと従業員の娼婦がどこにいったのかはわからない、だがおそらく男女で天国と地獄に分けられたであろうことは想像に難くない。
聖印をぶら下げるということは神殿が持つ力の庇護下にあることを主張する意味があり、だからこそバッカニアとリンダもそれを求めるのだった。
何もかもを自分たちで排除できるほど、世の中は優しくはないということだろう。
そんな話をしていると、三人娘の頭の中には自分たちが所属しているキャラバンの看板が思い浮かぶ、そしてその隣には商売神と娼婦神の聖印が掲げられていることを思い出したのだ。
おそらく申請が通ったのはずっと昔の話だ、少なくとも三人がキャラバンに入団した頃からそれは掲げられていたと記憶している。
そう考えれば、娼館で働いている時に面倒な客が来なかったのはその聖印のおかげなのかもしれない。
神の印の下で狼藉を働くような者は、神に喧嘩を売る大バカ者であるので良い線引きとなったことだろう。
ありがたがるように首にぶら下がった聖印を眺めるバッカニアとリンダに、三人娘は彼女たちにもいち早く神殿の庇護下に入れるようにと祈るのだった。
「……ふん」
ワイワイと楽し気な五人の背中を粘つくような視線が舐めまわしていたことに、酔っぱらっていた二人は気が付いていないらしい。
カウンター席を占拠する五人の女を見つめるのは複数の男たちであり、彼らはどこか不機嫌そうに鼻を鳴らしていた。
そして酒の力も手伝ったことで、リーダー格の男がこんなことを口走る。
「おい、あの新人の娘……俺たちに挨拶無しとは教育がなってないと思わないか?」
「違いねぇ、先ずは先輩への挨拶が基本だろうな」
「へへ、確かに……こいつはしっかりと躾が必要らしい」
少し前にバッカニアの拳で奥歯を砕かれた男は、その身に消すことのできない憤怒を抱えているらしい。
そして彼らの視線の先にいるのは忌々しい同業者の二人であり、その周囲には如何にも弱そうな少女が三人。
何れは報復するつもりであった男たちは、三人の少女らしい華奢な体に下卑た笑みを作って見せる。
そして、やはり酔っぱらった思考でこんなことを言うのだった。
「あのガキどもを拠点に連れ込んじまおう、たっぷりと教育してやんなきゃな」
残念なことに反対する者はいない……おそらく素面であったとしても結果は変わらなかったことだろう。
まだ女になりきれていない少女だ、攫うことは容易いだろうと彼らは考える。
よく見れば三人の少女は舞台役者のように整った容姿をしており、肉付きは薄いがこれならば楽しめると男たちは股間を熱くしていく。
暫くは飽きないだろう、上手くやれば稼ぎにも繋がる、もしかしたら自分たちの情婦にも出来るだろう……そんな皮算用を頭の中でしながら彼らは酒場を出ていくのだった。
帰り道にでも襲撃するつもりなのかもしれない、三人の少女を攫うことなど無限城の探索に比べれば容易いことであり、失敗しようのない相手である。
実際にその認識は間違いではない、男の集団が取り囲めば少女など簡単に拉致できてしまうのだから。
ただ一つ、成功を確信している彼らに誤算があるとするならば……獲物と見定めた三人の少女が、男たちの予想を遥かに超えていたという点だ。
力と技術ということではない……いや、それもあるのだが最大の誤算はやはり――。
三人の少女の性欲が、男たちの予想を遥かに超えていることだろう。
彼らはまだ気が付いていない、今から敵に回そうとしているのは少女の姿をしている淫魔であるということを。