商人と冒険者と娼婦 作:にやまな
「そんじゃあ毎度あり、幾らか貰っていくからな」
その言葉を聞いて洗脳されていた男たちはようやく解放されることになった、度重なる強制的な射精によって腰と股間はただ痛みだけを訴えており、一歩たりとも歩くことができないだろう。
心に刻まれた傷も深い、例え無意識の状態であったとしてもトラウマとなっており二度と立ち直れない可能性すらあった。
唯一、エミリーによって意識を残したままであった男は更に深い傷を残したことだろう、見たものされたこともしっかりと記憶されているのだから完全なトラウマとなっているのは間違いない。
実際に、シャルルの一言によって解放されるのだと理解した彼は涙を流して崩れ落ちた、自由と平和を噛みしめるかのように泣き出してしまい、自ら財布を取り出して献上するかのように差し出した。
「どうか! どうか! これで許してください!!」
「おいおい、まるでワタシらがカツアゲしてるみたいじゃないか。お前らはワタシらを買った、それだけの関係で娼婦と男の契約でしかない……だから憲兵や守衛が出てくるようなことはない、そうだろ?」
「は、はい勿論です!! 何も問題はありません!!」
「……なんか悪いことした気分になるな」
「ん……でも、そういう契約だから」
キャロルは男が差し出した財布を受け取って中身を確認する、探索者としては優秀なのかそれなりに太った財布の中から報酬を受け取ってここに契約は完了するのだった。
このボロボロの長屋で行われていたのは娼婦と男の情事であり、どこにでも溢れている光景でしかない、つまり憲兵や守衛が出て来るような事態にはならない。
娼婦は春を売って、男は金を払う、それだけの時間であって何も問題は無い、そういうことである。
三人が男たちから報酬を受け取った時点でそれが確定した、男たちは生気の無い瞳で崩れ落ちて財布を差し出す形ではあるが、犯罪ではないので問題はない。
財布の中にあった大銀貨を三十枚ほど受け取って三人で分け合う、そして崩れ落ちている男たちを背にしてから彼女たちは長屋を後にする。
いざ外にでようとするのだが、ドアノブに触れる前に扉が衝撃を受けたかのように揺れ動き、木製のそれは簡単に打ち砕かれてしまうのだった。
「よし、連中はどうせ酔っぱらってるだろうからさっさと制圧すんぞ。ここがハズレなら次は連中の息がかかった酒場だ」
砕けた扉の向こうにいたのはメイスを握ったバッカニアであり、その向こうには物騒にも松明を握ったリンダの姿も確認できる。
彼女はその炎を何に使うつもりなのだろうか、空いた手には油の入った瓶のような物も握られており、明らかに近づいてはいけない類の表情で松明の明かりを眺めていた。
「リンダに、バッカニアじゃないか、こんな所で何してんだよ?」
「シャルル!? よかった、無事だったか!!」
「そりゃ無事だけど、二人はどうしてここに……て、探しに来てくれたのか」
「そうだよ、若い三人の娘がチンピラ連中に囲まれてたって私らの店の従業員が言っててさ……そんであれだ、潰して回ってたんだ」
そうして男たちの拠点を襲撃してこの長屋まで辿り着いたのだろう、リンダが手に持った松明と油もどこかで活躍させるつもりだったのかもしれない。
だとしたら恐ろしいことである、何事も無く素早く三人が見つかってよかったのかもしれない、放火まがいの事態になれば守衛が介入してきてキャラバンに迷惑がかかったことだろう。
この二人はその辺りに関して一切の躊躇がなさそうなので、やると決めたからには必ずやった筈だ。
「三人とも無事みたいですわね……それで、あのチンピラ連中はどこでしょう? しっかりと焼き入れしないとですわ」
「その松明は必要ありませんよ、あの方たちはただ私たちを買っただけですので心配ありません、報酬もしっかりと頂きました」
「報酬ぅ? あのケチでせこいチンピラが?」
「私たちの知り合いの娼婦たちは何度も暴行を受けているんですの、本当にちゃんとした契約ですの?」
「ん……チップも少しだけ多めに貰った」
貰った、という表現は少しだけ長屋の状況と異なるのだが、娼婦に相手をして貰う代わりに報酬を払うという形は間違いなく整えられている。
「まぁ、怪我も無いようなので安心しましたが……それで、あの連中はどちらにいますの?」
「奥で転がってるぞ、全裸で」
二人はそれを確かめるように長屋の奥に進んでリビングの状況を確かめる、そこには泡を吹いて倒れる全裸の男たちが転がっており、唯一意識を残している男は項垂れたまま光の無い瞳で床を見つめている光景が広がっていた。
精魂尽き果てた有様に驚くしかない、武装して襲撃しに来た彼女たちは、仇敵の情けない姿に呆れるしかないのか大きな溜息を吐いている。
彼女たちが知る姿よりも少し老けたかのようにも思えた、ここで行われた行為が何なのかハッキリとはわからないが、こうなるまでの地獄を見たのかもしれない。
魂が抜けたかのように呆ける男にメイスを振り下ろす気分にならなかったのか、バッカニアとリンダは同情するかのように大きな溜息を吐いてその場を後にするのだった。
「三人が無事でよかったよ、そんでお前たちはアイツらに何をしたんだ」
「娼婦として相手しただけですよ……魔力の備蓄に不安があったので少しばかり吸いすぎてしまいましたが」
「少し、ねぇ……」
「房中術、というやつですわね。大きな派閥を形成できるほどに歴史ある魔術だと聞きますが……こうも凶悪なものだとは思いませんわよ」
凶悪、という表現に三人は納得できないのか首を傾げていた、そんな彼女たちの反応にリンダは恐ろしい者でも見たかのように表情を歪めてしまう。
「まだ若いのに、何と言いますか……末恐ろしいですわね」
「ああ、こんな簡単に男を転がしちまうんだから将来有望だ」
「へへへ、褒められたな……うん? 褒められた?」
「うん……褒められた」
「ああ、間違いなく褒めてるよ……いつか国でも傾けそうだなぁと思ってるけどさ」
そんなバッカニアの評価にやはり納得できない三人であった。
長屋の外に出ると昇ったばかりの朝日が全員の視界に刺さる、気が付けば朝になっており無限城が街を食らうかのように影を作っている様子がわかった。
三人娘は男を貪っている間に、リンダとバッカニアは傭兵たちの拠点を潰しまわっている間に朝になってしまったのだろう。
「はぁ、なんか色々あったけど朝になってるな……今日はどうする?」
「私は別に疲労はありませんわ、三人はどうなさいますの?」
「ワタシらはすこぶる好調だぞ」
「ええ、寝ていませんが全く問題ありません、活力が漲っていますとも」
「ん……お腹一杯」
確かに三人の体には男たちから奪った生命力が満ち溢れている、長屋で湯浴みを済ませた彼女たちの肌も髪もいつも以上の艶があり、今ならば飲まず食わずな上に眠らないまま数日は活動できるだろう。
代わりに彼女たちに貪られた男たちは数日の間はまともに動くことはできない、腰痛と精神力の摩耗によって眠ることしかできない状態である。
「なら今日も探索に行くとするか」
「今日もあの図書館に行きますの?」
「そりゃ金目のものが沢山あるから外せないだろ、でも今日はもう少し深部まで進んでも問題はないかもな」
「あそこは競争率も高そうですものね」
彼女たちが見つけた図書館だが別に所有権などは存在しない、おそらく他の探索者も早々に発見して甘味を見つけた蟻のように群がることは間違いない。
あれだけの蔵書量があっても空になるのはあっという間だろう、それまでに稼げるだけ稼ぎ、ついでに新しい区画も調査したいというのがバッカニアとリンダの考えであった。
あの図書館は広く深い、探せば別区画の入口くらいはあるだろうと探索者としての予感がある、つまりまだ見ぬ金脈が広がっているということだ、それを誰よりも早く見つけることが稼ぎの大きさにも繋がるだろう。
「探索に向かう前に酒場に顔を出そう、色々と情報交換をしときたいんだ」
「新区画が解放されて暫く経ちますものね、揃っているかもしれませんわ」
「あの酒場では地図なども売ってらっしゃるのですか?」
エミリーの問いにバッカニアは頷く。
「地図もそうだけど脅威になる相手とかの情報も欲しいな、歩いてたらバッタリなんてごめんだろ」
「新区画が解放されたら何かしら新種の敵が発見されますわ、そろそろ誰かしら遭遇しているでしょうね」
そういった情報が集まるのがあの酒場ということだろう、何も仕事を斡旋するだけでなくちゃんと探索者を支援する場所でもあるということだ。
「だなぁ、そいつが厄介な相手なら徒党を組んで戦うしかない、番人型のゴーレムとかなら初見で勝つのはまず無理だろう」
そんな初見殺しの情報を求めて彼女たちは探索者の集う酒場へと足を運んでいく、まだ朝日が昇ったばかりなので店はやっていないが扉は開け放たれている、無遠慮に中へ入ると山賊の頭のようないかついバーテンダーが開店準備に追われていた。
「なんだお前たち、こんな朝早くから……まだ店はやっていないぞ」
「情報を買いに来ましたわ、何かしらありますわよね。あ、水を頂けませんか」
「銅貨を寄こせ……そんで、どんな情報が欲しい」
「新区画のことならどんなことでも知りたいな、解放されてからどんな感じだよ」
「そこそこの情報は入っているがお前らの方はどうなんだよ」
そこでバッカニアたちは図書館の情報を教えることにした、正確には自分たちの持つ情報を売って購入分の代金を帳消しにしたいらしい。
図書館とそこに内包された蔵書量を聞かされた酒場の店主は興味深そうに耳を傾ける、金目の物に溢れている場所は探索者にとって情景そのもの、垂涎の価値があるのでこの情報は高い価値があるだろう。
代わりに仕入れるのは彼女たちの知らない新区画の情報である、扉の向こうに山や谷や砂漠が広がるような空間なのでどんな情報であっても無駄にはならない。
一歩踏み出したら奈落へ落ちる、冗談でもなんでもなく無限城ならばあり得てしまうのだ、情報収集を怠っていればすぐに死ぬことになるのは間違いない。
「ふん、図書館なぁ、そんな場所ならば魔術師連中は目の色変えて飛びつくだろうな」
「あぁ、実際にあそこの魔術書は金貨に変わった、ありがたいことにね」
「悪くない情報だ、代わりと言っちゃなんだが凄く悪い情報がある……聞きたいか?」
「変にもったいぶるな、どんな情報でも無駄にならないのが無限城って場所だろ」
バッカニアの言葉に店主は違いないと苦笑いを作る。
彼は受け取った銅貨の代わりに水の入ったコップをカウンターに差し出して、極めて深刻な表情を作ると念を押すかのようにこう言った。
「あくまで噂の段階を出ないが……新区画を漁ってた探索者の一人が巨大な咆哮を聞いたって話だ」
「咆哮、ですの?」
「あぁ、耳がおかしくなるんじゃないかって程のバカみてえに大きな咆哮らしい」
「カバが吠えたんじゃないのか?」
「そんなぬるい規模じゃないそうだ……でだ、そいつ曰、その咆哮はドラゴンのものらしい」
ドラゴン、竜、それはこの世界における最強の称号であり、まさに頂点捕食者の名前であった。
その牙は石塔を噛み砕き、その翼は嵐を巻き起こす、身に纏う鱗はあらゆる武器を弾き返し、長く生きて古竜と称されるようになれば魔術すら行使するとされる。
まさに災害であり、天災そのもの、そんな生態系の頂点が無限城の中にいると言うのだ。
「そいつは恐ろしくなってすぐに逃げ帰ったから直接見た訳でもないらしいが……間違いないって断言してやがったぞ」
「自分の目で確かめたんじゃないんだろ? なんで断言したんだよ」
「なんでも奴は、あのカムラーンと古竜の戦ってる所を見たことがあるらしいんだ、雇われた傭兵団の一人だったらしくてな、ロクに働けなかったがドラゴンとかの大戦士の戦いを羨ましいことに拝んだそうだ」
「カムラーンって、あの竜殺しのカムラーンか!?」
「そのカムラーンだ、だからまぁそいつの言葉もあながち嘘とは言い切れん、ドラゴンの咆哮を聞いたことがある訳だからな……それに無限城のことだ、あそこは何が出てこようとも不思議じゃない」
砂漠に湖といった大自然を内包する城なのだ、そこには食物連鎖のピラミッドが存在しておりならば頂点捕食者がいても不思議ではない。
しかし信じられないという感想を抱くのも仕方がなかった、そもそもドラゴンという種族は人里に姿を現すことは殆どないからだ……殆どというだけで必ずではないのだが、少なくとも彼女たちはドラゴンをその目で見たことは一度もない。
邪悪なドラゴンが国を滅ぼした、それを英雄が打ち払った、そんな歌を酒場で聞くことはあってもそれは誇張された耳障りのいい物語でしかなく実際にそれを経験した者など彼女たちは出会ったことがない。
その力と猛威は広く知られていても、物語の中にしか存在しないドラゴン、それが無限城にいるのだとしたら脅威でしかないだろう。
「なぁなぁ、もしかしてワタシらはドラゴンと戦えるのか?」
「もう、ドラゴンですよ、どうしてシャルルは楽しそうなんですか?」
「だってドラゴンっていったら英雄の入口みたいなもんじゃないか、キャラバンでやってる劇でもよくドラゴンを倒してるし、ちょっと憧れてたんだよな」
「ん……素材とか価値がありそう」
「歌に聞く帝国の三騎士はドラゴンの鱗で作った鎧とか身に纏ってるんだろ? そんなの着れたら凄くカッコいいじゃないか」
名誉と金、傭兵らしい理由でやる気を出した友人をエミリーは窘める。
「良いですか二人とも、もし本当にドラゴンと遭遇したら戦うことなく逃げ出しますからね、勝てるはずがないんですから……竜殺しの英雄なんて舞台の中にしか存在しないんですよ」
カムラーンという例外がいるが、あれは存在そのものが人の枠に収まっていないのでだからこそ例外である、人の形をしているだけの怪物なので人類という言葉の中にいないのだ。
英雄に竜殺しは付き物ではあるが、その頂に手が伸ばせるのはごく一握りの者しかいない、勇敢と蛮勇を間違えればドラゴンの腹に落ちる未来しか掴めないだろう。
「そうだな、そっちの法衣の嬢ちゃんの言う通りだ、遭遇したとしてもまず勝てん」
酒場の店主の言葉に納得しそうになるが、バッカニアとリンダは探索者として生きており避けては通れない問題なのでつい考え込んでしまう。
「仮にドラゴンが探索に立ちふさがったとしたら……どうする?」
「逃げるしかありませんわ……もし戦うのだとしたら遠征隊を結成してしっかりと準備を整えなければ話になりませんわね」
「それで勝てるかどうかも怪しいがな、番人型のゴーレムよりも手ごわいかもしれん」
「遭遇しないことを祈るしかありませんわね」
先輩探索者は嫌な情報に溜息しか出てこないようだ、図書館という宝の山を見つけても喜んでばかりはいられないらしい。
「まぁドラゴンのことはわかったよ、他には何かないのか?」
「地図ならあるぞ、完全ではないけどな。噂のドラゴンらしき咆哮が聞こえた場所には印をつけておこう、後は目新しい情報はないな……いや、待て、無限城とは関係ないんだが探索に向かうんなら頭に入れておいた方が良いかもしれん」
「何か問題でもありますの?」
「西の方で台風が発生してるらしい、かなりのろくて大きいらしくてな……酒を降ろしてくれる業者が物流が滞ってるって愚痴っていたよ」
「台風か、なら無限城に行くときは気を付けないとな、風が強ければ飛竜も飛べないだろうし」
「降りることも難しいだろう。最悪、無限城で台風が消えるまで寝起きしなきゃならん」
不可能なことではない、バッカニアもリンダも探索が長引いた時は城内で寝起きしたことがある、しかしその時にカバの群れに追い掛け回されたので軽いトラウマになっていた、二度と経験しないと二人は誓っているのだ。
「台風はどの辺にあるんだよ?」
「帝国の近くらしいぞ、あの辺は大雨らしい」
「ならまだ遠くだな、今日明日って話でもないか」
「まぁな、だが自然の猛威は神々と同じく気まぐれだ、気を付けておけ」
そんな言葉と共に五人は送り出されるのだった。