※この作品はR-18です。

商人と冒険者と娼婦   作:にやまな

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第十二話 討伐隊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 探索者たちの拠点であり様々な後押しをしてくれる酒場は静かな熱気と鋭い静寂に満たされていた。

 

 

 

 噂の段階でしかなかったドラゴンの存在が確かなものとなり、それに対する様々な議論を行う為に集められた探索者たち雰囲気はやはり重たい、普段は艶やかにステージで舞い踊る半裸の踊り子や娼婦もそんな空気にあてられたのか今夜は姿が見えないようだ。

 

 

 

 酒場にいるのは二百人ほどだろうか、誰もが真剣な表情でその時を待っており、非常にピリピリとした緊張感だけが酒場を満たしている。

 

 

 

 一触即発とは少し違うのだが、多少の刺激で破裂してしまいそうな時間だけがすぎていた。

 

 

 

 仲間内で方針を語り合う者、情報の真偽を確かめようと積極的に他のチームに話しかける者、特に慌てた様子もなく酒を舐める者、おとなしく給仕を行う娼婦や踊り子の尻を撫でようとする者、時間の潰し方は人それぞれだが誰もが普段とは違う時間を過ごしているのは間違いない。

 

 

 

 以前、無限城の番人である炎の騎士と戦う前に行われた作戦会議でも似たような状況になった、いや……緊張感だけで言えばあの時以上だろう。

 

 

 

 バッカニアたちのチームもまたそんな探索者たちの中の一つであった、リーダーでありドラゴンと接敵したバッカニアは他の探索者たちから様々な質問をされており、それが酒場の静寂を唯一壊しているようだ。

 

 

 

 緊張感が支配する酒場の空気を入れ替えたのは、入口から姿を現した魔術師たちの登場によってだった。

 

 

 

「すまない、遅れてしまったようだ」

 

 

 

 その先頭にいたのはエミリーの師匠であり至高神の神殿長でもあるエミーリアであり、彼女が顔を出した瞬間に探索者の一人が戦慄しながら「あれが火滅の魔女か……」と呟く、普段より静かな酒場はその声を嫌に広げてしまい、彼は慌てて入口から視線を逸らす。

 

 

 

 そんな呟きに彼女は微笑みを返してから、背後の魔術師たちを連れて酒場の椅子に座るのだった。

 

 

 

「さて、遅れてきてこう言うのも悪いんだけど、会議を初めて貰おうか……なんでもドラゴンを発見したとかなんとか」

 

 

 

「そうだとも、確かなんだろうね? 間違いだなんてことはごめんだよ!!」

 

 

 

 エミーリアに連れられていた年老いた魔術師がそう叫ぶ、興奮と希望と冷静さが交じり合った言葉には強い意志が込められており、真に力ある魔術師のそんな声には物理的な圧力が備わるものだ、実際に迫力に影響されたのか一部の探索者が頭痛を感じたかのように眉間に皺を寄せている。

 

 

 

「師匠、どうか冷静に。力がこもり過ぎております」

 

 

 

 老婆の魔術師の弟子なのか、若い女が興奮する師匠の背を撫でながら窘めた。

 

 

 

「これが落ち着いていられるかバカ弟子め!! ドラゴンだよドラゴン、ポーション作りに邁進して七十年、どれだけ探し回っても見つけられなかったあん畜生がようやく姿を現したんだ!! 帝国の連中はカムラーンが殺したドラゴンをまるまる持っていきやがったから手に入れることが出来なかったんだよ、今度こそ邪魔はさせない!!」

 

 

 

「ご老公、貴女の熱意は存じておりますとも……ですが今はまだ確実とは言えません、一先ず遭遇した探索者の話を聞きましょう」

 

 

 

 エミーリアにそう言われて老婆は興奮を沈めて椅子に座りなおした、そして魔術師たちの視線が一斉にバッカニアへと向かう。

 

 

 

「バッカニア殿のチームが遭遇したそうですね、報告をお願いできますか?」

 

 

 

「あ、あぁ……えっと、私たちがドラゴンと遭遇したのはーーー」

 

 

 

 それからバッカニアの報告を聞かされた探索者と魔術師たちは揃って渋面を作る、大きさや特徴、腐っていたことや移動方法など、実際に頭に思い浮かべているようだ、特に体全体が腐っており強烈な腐臭をまき散らすことに関して魔術師たちの反応は大きい。

 

 

 

「腐ったドラゴン……腐竜と呼ぶべきか。ふむ、アンデットか?」

 

 

 

「興味深いな、ドラゴンのアンデットなどそう見かけることはない。生きたドラゴンでさえ人里に降りてくることは稀なのだから」

 

 

 

「……私はドラゴンよりもその空間の環境の方が気になりますね。カビというのは最近の研究で極めて有用な効果がーーー」

 

 

 

「この報告にあるキノコは食用なのかしら?」

 

 

 

「せっかくのドラゴンが腐ってるだって? だったら血を採取してもポーションの材料に出来ないじゃないかッ!」

 

 

 

「師匠、どうか落ち着いてください、まだそうだと決まった訳ではありません。例え腐っていても有用かもしれませんし、研究次第では浄化できる可能性もあるかと」

 

 

 

「生きている個体はいないのか? 卵なんかがあれば是非とも手に入れたいんだが」

 

 

 

「そんなものを手に入れてどうするのよ?」

 

 

 

「生態研究に決まっているだろう、古竜ともなれば魔法も行使すると聞く、ならば幼生の時から調教と訓練を繰り返せばどうなるのか興味があるのだよ」

 

 

 

 魔術師たちはそんなことを言い合いながら議論を進めていく、探索者たちは完全に蚊帳の外である。

 

 

 

「なんかアレだな、ちょっと理解できない世界だよな」

 

 

 

 熱く議論を交わす魔術師たちを眺めながら、シャルルが呆れたようにそんなことを言った。

 

 

 

「仕方がありませんよ、魔術は探求の道なのですから」

 

 

 

 どちらかと言えばあちら側のエミリーはやんわりと友人を窘める、知識と想像と経験と好奇心によって未知を征服していくことが魔道だと考えているからだ。

 

 

 

 行き過ぎれば深淵に落ちることはわかっていても探求の道を進むのが魔術師なのだから、夜通し議論を重ねて朝を迎えることなど珍しくもない。

 

 

 

「でも何だかんだ言いながらもみんな興味深々みたいだな、これならやっぱりドラゴンと戦うことになりそうだ」

 

 

 

「ん……次は負けない」

 

 

 

 咆哮を受けて気を失ってしまったキャロルもやる気をだしている、対策として耳栓を付けることを考えているようだ。

 

 

 

「魔術師連中ばかりにやる気を出されてもね、探索者がどれだけ集まるかってのも重要なんだ」

 

 

 

「ですわねぇ、あのドラゴンを相手にするのならば大規模な討伐隊を結成する必要がありますもの、でも相手が相手ですわ、どれだけ集まることやら……」

 

 

 

 当然ながらドラゴンを相手にしようとすれば大きな危険が伴う、そのリスクを受け入れてまで戦うのならば相応の利益を欲するだろう、様子を伺うように魔術師たちを眺める探索者の中でも迷いがあるのかもしれない。

 

 

 

 この討伐隊に乗るべきか、それとも見送るべきか、自己責任が全ての傭兵にとって悩みどころである。

 

 

 

 竜殺しは英雄に付き物であり剣を握るのならば誰もが一度は自分もと妄想するだろう、それがただの無謀であり蛮勇であると理解して一人前になっていくのだ、しかしそんな妄想の産物でしかなかった英雄譚に加われる機会に恵まれた……欲望に目を曇らせている者が何名か発見できた。

 

 

 

 逆に慎重な者もいる、危険と利益が釣り合うのかしっかりと見定めようと鋭い瞳を魔術師たちに向けているようだ。

 

 

 

 そして多数派を埋めるのが栄光でも慎重さでもなく金を求める探索者たちである、名誉はそこまで必要でもなく、かといって退屈な人生など望んではいない、生と死をほどほどに感じながら豪華に暮らしたいという、刹那的な生き方を好む傭兵らしい傭兵と表現できるだろう。

 

 

 

 彼らが求めるのはやはり報酬である、探索業とは別に得られる収入を欲しているのだ、ドラゴンが相手ならばその危険性も相まって莫大な金が動くことになる。

 

 

 

 この場合のスポンサーは魔術師たちだろう、工房を構えていたり派閥を統括する立場の魔術師たちは大きな収入を持っているので金払いがいいのだ。

 

 

 

「ようよう魔術師さんよ! 熱い議論も構わないがそろそろ実務の話に移ろうじゃないか!」

 

 

 

 傭兵の一人が酒瓶片手にそう叫ぶ、それに続くように他の探索者たちもまくし立てた。

 

 

 

「金だ金!! 何をするにしたってまずはそこだろう、相手が相手なんだから炎の騎士以上の報酬を俺たちは要求するぜ!」

 

 

 

「ふむ、報酬か……当然だな」

 

 

 

 飾らない傭兵たちの言葉にエミーリアは特に気分を害した様子もなく頷く、そして頭の中で金勘定をしながら視線を他の魔術師たちへ向けるのだった。

 

 

 

「ドラゴンは滅多に現れない相手だ、腐っていてもそれは変わらない。諸君らの要求はどうだろうか?」

 

 

 

「血が欲しいねぇ……まぁ腐っていても構わない、あるだけ寄こしな」

 

 

 

「研究用にこちらにも融通してもらいたい、竜の血は万病を払いのけると聞く、ポーション以外にも応用できるだろう」

 

 

 

「……心臓と瞳を欲する」

 

 

 

「私はペニス……なければ子宮が欲しい……ふふ、ドラゴンにもあるのかな?」

 

 

 

「牙と爪を少々」

 

 

 

「骨格標本を作りたいので全身の骨を頂けたら満足です」

 

 

 

 魔術師たちはそれぞれの立場と目標で要求が異なる、様々な意見を聞き入れてそれを懐から取り出した羊皮紙に書き込んでいくのがエミーリアである。

 

 

 

「あれは……契約神の力が宿った高位の羊皮紙ですね」

 

 

 

 エミリーは自らの師が手に持つ羊皮紙に神聖な力が宿っていることに気が付いた、滅多に使われることの無い契約神の力が介入したそれは単純な契約にはならない。

 

 

 

 今は久しく見ることはなくなった契約方法であり、国家間の契約や条約などを決める時、或いは家臣が決して裏切らぬと誓いを立てる時に使われる場合がある、しかしそれらは昔の話であって今となっては目にする機会は殆ど存在しないと言える。

 

 

 

 神の力が介入する契約には、慎重であるべきと多くの者が思うからだ。

 

 

 

 この羊皮紙はかなり高い神格が宿っている、契約を破れば相応の覚悟をしなければならないだろう。

 

 

 

 かつて塩の海賊が主君に嘘偽りの無い忠誠を誓う証として、最高にして最重の契約書を作ってそこに名前を刻んだ……それを破った結果がアレである。

 

 

 

 エミーリアが手にしている契約書はそこまで徹底的に神の力が込められている訳ではないようだが、一般人ならばまずその羊皮紙に触れようとは思えないくらいの力が宿っているのだ。

 

 

 

 魔術師は特に契約に拘る、異なる派閥同士で争うことも珍しくはないので曖昧さというものを残さないのだった、ドラゴンを解体して誰がどれだけどの程度を分配するのかしっかりと記載していく。

 

 

 

 その為に必要な支度金も当然ながら契約書に記載する、提供額によって貰える量が変動するので惜しむ者はいない。

 

 

 

 そこで積み上げられた金が傭兵たちの懐へと入っていくのだ、こちらも功績によって貰える額は変動するのだが前金で纏まった額を入手することができる、後は功績しだいである。

 

 

 

 しかし前金だけでもかなりの額である、それこそ慎ましく暮らせば十年は穏やかに暮らせるだろう収入になる……傭兵たちにそんな生き方は無理なのだが、一般人からしてみればそんな額であった。

 

 

 

 前金を受け取る……討伐隊に参加すると決めた探索者はエミーリアの契約書に名前を書き込んでいく、その時点で極めて強い契約の下に魂が縛られるので逃げ出すこともできなくなるだろう。

 

 

 

 深く思案する者、迷わず契約書に名前を書く者、勝ち目はないとばかりに酒場を後にする者、バッカニアたちのチームもそんな中にある。

 

 

 

「それで、私たちはどうされますの?」

 

 

 

「……考え中だ、今回ばかりは慎重にいきたい」

 

 

 

「あら、意外ですわね、炎の騎士の時は迷わずサインされましたのに」

 

 

 

「私とリンダだけなら参加しただろうけど……今回は新入りもいるからな」

 

 

 

 バッカニアは三人娘を眺める、決して弱くなく今更その実力を疑うつもりはないのだが、彼女とリンダからしてみればこの三人は借り物でありどうしても躊躇が生まれてしまうのだろう。

 

 

 

 完全に探索者として生き、自分たちの仲間として進むのならば危険に巻き込むことも厭わなかっただろう、だが彼女たちには彼女たちの帰る場所があるので預かる立場の者としてはそこに返す義務がある。

 

 

 

 多少の危険ならばチームで乗り越えられる、しかし度が過ぎれば簡単に死んでしまうので線引きが重要であった。

 

 

 

 この一線を越えるべきか留まるべきか、そんなリーダーとしての葛藤を断ち切ったのは三人娘の言葉である。

 

 

 

「ワタシたちのことなら気にすることはないぞ」

 

 

 

「ん……寧ろ参加しないのは困る」

 

 

 

 キャロルとシャルルの姉妹はやる気に満ち溢れているようだ、特にドラゴン相手に簡単に気絶してしまったキャロルが復讐心に燃えており参加欲が顕著であった。

 

 

 

「それにほら、相手がアンデットだから祝福の力が役に立つじゃん、ワタシもアイツともう一回戦いたいんだ」

 

 

 

 確かにシャルルの体に宿る祝福は腐竜に有効であった、討伐隊には欠かせない戦力になることは間違いない。

 

 

 

「二人の意見はわかったよ……エミリーはどうなんだい?」

 

 

 

「シャルルとキャロルが参加するのならば私も当然ながらご一緒しますよ、炎の魔術ならば腐竜にも効果的ですから」

 

 

 

「……と、いうことらしいですわよ?」

 

 

 

 リンダも報酬目当てで参加するつもりなので最終判断はバッカニアに委ねられることになった、そして暫く悩んだ末に、バッカニアは苦笑いと共に契約書に向かうことになるのだった。

 

 

 

 彼女の予想よりも参加者が多い、報酬と竜殺しの栄光を求めた者の名前が羊皮紙には書き連なっておりバッカニアの名前もその中に一つである。

 

 

 

 エミーリアはもう参加者が現れないことを確認すると限界まで署名が記された羊皮紙を丸めて懐にしまう、後は契約が果たされるまで大事に保管するだけであった。

 

 

 

 そして総括するように酒場に残った探索者と魔術師に、やはり男性的な口調でこう伝えて来る。

 

 

 

「相手はアンデットのドラゴン、腐竜である……ならば祝福と炎の力は不可欠となるだろう。そのどちらも私から諸君らに提供することができる。神殿の倉庫を開放するので参加者は祝福の宿った武器を取りに来て欲しい……勿論のことだが、横流しなどは考えないように、理由は教える必要はないだろう?」

 

 

 

 警告は忘れない、それをすれば最後、炎の派閥と神殿を敵に回すことになるので飛びぬけた愚か者でもない限りはそんなことをしない筈だ……ただ情勢や戦力差を読めない相手はどこにでもいるので絶対はない。

 

 

 

 なので念入りな忠告が必要である、それが終われば今度は作戦会議へと移っていく。

 

 

 

「バッカニア殿から説明があったように今回の相手は通常の個体とは言い難い、移動方法や攻撃方法などを頭に叩き込むように……探索者の諸君は前衛を任せることになるだろうからね。後は何かあったかな……」

 

 

 

 エミーリアの最後の呟きに答えるように、探索者の一人がこう言った。

 

 

 

「腐竜も厄介だが奴が過ごしている環境も酷いらしいな、どんくらい臭いんだよ?」

 

 

 

 その疑問に答えたのは実際に経験したバッカニアである。

 

 

 

「とんでもないね、まだ下水道の方がマシなくらいだ、少しでも気を抜けば吐き出すのは間違いない。突入前には食事をしないほうが良いかもね」

 

 

 

「後は咆哮も厄介ですわね、こちらも強い意識を持たなければ眩暈と耳鳴りで動けなくなりますもの」

 

 

 

「ドラゴン以外の脅威は?」

 

 

 

「動く相手はあの場では確認できなかったさ、環境を考えると他に生物がいるとは考えられないけど……後は足場だね、腐葉土が積み重なっていて少し踏ん張りづらいかな」

 

 

 

「それに加えて丸裸になった木々がよく目立ちますわ、障害物と捉えるか壁と考えるかは意見がわかれるでしょうけど」

 

 

 

 情報の共有は重要である、それを怠ったことで炎の騎士の時は無駄な被害がでてしまったのだ、探索者たちも魔術師たちもバッカニアとリンダの報告に耳を傾けながら、頭の中では彼女たちが経験した状況を組み立てて想像していく。

 

 

 

 結局は想像であり妄想でしかないのだが、そうしておくだけで実際に目にした時に衝撃と迫力を抑えることはできるだろう。

 

 

 

 様々な意見が飛び交い、多くの議論を重ねながら彼らの夜は更けていく。

 

 

 

 それぞれが納得できる作戦や行動指針ができるまで酒場の明かりは消えることなく灯される、それはこの街が出来て探索者たちが生まれてからというもの、数えきれない程に繰り返されてきた出来事なのだろう。

 

 

 

 それは、この街の歴史そのものと言えるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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