※この作品はR-18です。

商人と冒険者と娼婦   作:にやまな

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第二十話 星の降る夜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一体なんだってんだ!?」

 

 

 

 無限城を揺るがすほどの激震を感じてバッカニアがそう叫ぶ。

 

 

 

「地震……なんてことは無限城ではありえませんわね」

 

 

 

 空に浮かぶ無限城に大地の営みなど関係がない、なのでこの揺れの原因が地震でないことは明らかである。

 

 

 

「ん……凄く揺れてる」

 

 

 

「おぉ、何かぶつかったか?」

 

 

 

 エミリーの救出の為に歪んだ空間に踏み込んだ四人はすぐに合流することができたのだが、普段とは異なる無限城の様子になかなか足を進めずにいた。

 

 

 

 道も壁も空間も全てが歪んでしまっている、引き延ばされていたり丸められていたりと様々であり、場所によっては重力が存在しないような場所もあったので捜索は難航しているらしい。

 

 

 

 こんな状況では地図も経験も意味がなく完全に手探りで進むしかないのだが、エミリーが引きずられていったと思われる僅かな痕跡を辿ることによって緩やかにだか目的に近づいていった。

 

 

 

 空中に漂う僅かな匂い、それを神性を得て感覚が鋭くなったキャロルの鼻が嗅ぎ取る、何もかもが変わってしまった無限城でエミリーを捜索するにはそれだけが頼りなのだろう。

 

 

 

 やがて彼女たち四人は歪んだ空間を抜けて美しい結晶で作られた場所に飛び出るのだが、そのタイミングで立っていられない程の激震である、体幹を崩した彼女たちは壁を支えにしながら揺れが収まるのを待つしかない。

 

 

 

「野生のドラゴンでも突っ込んできたのかしら、でもそんなことありえませんわよね」

 

 

 

「仮にそうだったとしても揺れるもんか、羽虫みたいに落ちてくだけだ」

 

 

 

 バッカニアとリンダも初めての衝撃なのだろう、探索業の長い経験があってもこんな揺れは感じ取ったことがないらしい。

 

 

 

「……台風?」

 

 

 

「あぁ、そう言えば酒場の店主がそんなこと言ってたっけか……凄い勢いがあるとかなんとか」

 

 

 

 キャロルの言葉に納得したようにシャルルは頷いた。

 

 

 

「だとしても妙ですわね、私たちは以前に天候の関係で無限城の内部で一泊したことがありますが、その時も台風でしたけどここまで揺れはしなかったもの」

 

 

 

 それに、とリンダは思い返す、自分たちが飛竜にぶら下がって無限城に来た時は雲一つない晴天であり風も穏やかであった、もし台風が近づいていたのなら飛竜にぶら下がっていれば遠くに曇天を確認できたはずである。

 

 

 

 規格外の台風が常識を無視した速度で接近してこない限りは、このような状況にはならないだろう。

 

 

 

「まぁ、外の状況なんてなんだって構いませんわ、今はエミリーさんの救出を優先すべきですわね」

 

 

 

「あぁ、リンダの言う通りだ……キャロル、まだ匂いは辿れるか?」

 

 

 

「ん……問題ない、凄く近くなった」

 

 

 

「じゃぁ私は周囲の警戒をしとくよ」

 

 

 

 シャルルがそう言ってキャロルの背後を固める、そしてバッカニアとリンダも左右を固めた。

 

 

 

 頼みの綱であるキャロルの嗅覚を邪魔することはできない、この美しい結晶の空間にも予期せぬ敵がいても不思議ではないだろう、不意打ちを受けて怪我でもさせようものなら途端に捜索が難しくなってしまう。

 

 

 

 だがそんな三人の警戒も杞憂に終わる、スンスンと鼻を鳴らしていたキャロルが何かを察知したかのようにとある方向を指さしたからだ。

 

 

 

「……エミリーが近づいて来る」

 

 

 

「おッ、見つかったのか?」

 

 

 

 指さした方向は結晶の通路の突き当りであった、左右に道が分かれておりそこまで行けばどちらに進むのか決断しなければならなかったのだが、どうやらその必要はないらしい。

 

 

 

「エミリー!? 良かった無事だったのか!」

 

 

 

 分かれ道から小走りで姿を現したのは見慣れた法衣を身に纏ったエミリーの姿であり、無事な姿を見つけることができてシャルルは歓声をあげている。

 

 

 

 エミリーも仲間の姿を発見して笑顔を浮かべており、そして四人の近くへと走って来ると勢いよく頭を下げるのだった。

 

 

 

「心配させてしまってごめんなさい! もっと早く合流したかったんですが、色々と説明しづらい状況に巻き込まれていまして……」

 

 

 

「そんなことはどうでも良いっての、それよりも怪我とかないよな?」

 

 

 

「ん……無事ならそれでいい」

 

 

 

 友人の言葉にエミリーは微笑む、同時に心配させてしまったことを申し訳なく思う。

 

 

 

「バッカニアさんもリンダさんも巻き込んでしまい……」

 

 

 

 全てを言い終える前にバッカニアの手がエミリーの頭に置かれた。

 

 

 

「気にするな、私たちはチームなんだ……長所も短所も、利益も迷惑も分かち合ってこそさ」

 

 

 

「えぇ、だから謝る必要なんてありませんわ」

 

 

 

 くしゃりと髪を撫でられその感触にエミリーは少しだけ顔を赤くする、迷惑をかけてしまった申し訳なさもそうだが照れくさくもあったのだろう。

 

 

 

「よし、予想よりも楽にエミリーと合流できたんだ、こんな所に長居は無用さ」

 

 

 

「ですわね、さっさと地上に帰りましょう」

 

 

 

 大きな戦いも出血もなく誘拐された仲間と合流できた、覚悟を決めて突入した為に肩透かし気味ではあったがこれ以上の状況はない、面倒ごとに巻き込まれる前に撤退すべきだというバッカニアの言葉に全員が頷く。

 

 

 

 だが彼女たちが思う面倒ごとに、既に巻き込まれている状況だとは気が付いていないらしい。

 

 

 

「あのそれなんですが、始祖様……あ、ええっと……始まりの魔女に出会いまして、その方が言うにはこの無限城に悪魔が近づいているようなんです」

 

 

 

 エミリーを除く四人からしてみれば色々と突っ込みたい言葉がふんだんに盛り込まれていたのだが、その中でも聞き捨てならない悪魔という単語にバッカニアが大きな反応を見せた。

 

 

 

「悪魔だって!?」

 

 

 

「聖都でも暴れまわったと聞きますが、こちらにまで猛威が迫るとは……最悪ですわね」

 

 

 

 一般的には悪魔の脅威など台風や地震等といった災害と大差がないと考えられている、聖都を半壊にまで追い込んだ結果を見ればその評価は間違っていないだろう。

 

 

 

 そんな怪物が近くにいると聞かされてバッカニアの判断は早かった、こんな場所から尻尾を向けて逃げ帰ることが最善であると。

 

 

 

「そんな連中に関わってられるかい、さっさと逃げるよ!」

 

 

 

 リンダは勿論のこと三人娘も異論はない、聖都で遭遇した時は逃げ場が前にしかなかったから戦ったが別に良い思い出ではなく、その経験があるからこそ二度と遭遇したくないと思うものだ。

 

 

 

 勇者でも英雄でもないのに、悪魔と戦っていられないというのが彼女たちの本音であった。

 

 

 

 だがそれは彼女たちの認識でしかなく、神々は……或いは時代はそう思ってはいないらしい。

 

 

 

 例えどれだけ本人たちが否定しようともそこに英雄の輝きは確かに存在しており、そしてそんな光に群がるように厄介ごとは引き寄せられるものである。

 

 

 

 かつて歴史に名を残した英雄たちの悉くがそうであったように、試練や困難は運命に結ばれたかのように立ちふさがるものであった。

 

 

 

「ッ……何か来る!」

 

 

 

 キャロルの耳と鼻、そしてざわつく肌が危険を訴える、揺れに足をとられながらも出口へ向かって五人の前に脅威が立ち塞がったからだ。

 

 

 

 どす黒い無数の触手が五人の前に現れる、それはミミズや蛇の集合体のようであり悍ましい姿をした生物だった、触手と滴る粘液の向こうには深紅の輝きを宿した大きな眼球が僅かに垣間見えている。

 

 

 

「ひッ!」

 

 

 

 触手を束ねる眼球に睨まれてリンダが口元を抑えて悲鳴をあげた、精神をガリガリと削って正気を失わせる怪物は本能的な恐怖を呼び起こすのだろう。

 

 

 

「うわ、またこいつかよ!」

 

 

 

「シャルル! アンタはこいつを知ってんのかい?」

 

 

 

「聖都で暴れた悪魔の仲間だ!」

 

 

 

「対処法は!?」

 

 

 

 バッカニアのそんな言葉にシャルルはニヤッと不敵に笑ってこう言うのだった。

 

 

 

「ビビらず戦うだけさ!」

 

 

 

 間違いではない、恐怖を増幅させて正気を奪う相手なので臆さないことは重要だろう、それを証明するかのようにシャルルは駆け出して剣を抜き放つ。

 

 

 

 臆せば死ぬ、聖都での戦いでそれを理解した三人娘の行動は素早い、精神に干渉して魔力を奪ってもくるので相手に何もさせずに一気果敢に攻め立てることが最善だと前に出ていく。

 

 

 

 まずはシャルルが壁役となって聖剣で伸ばされた触手を繰り落とす、そうやって剣の結界を作りながら押し留めている間にキャロルが矢を放ち重傷を与え、トドメがエミリーの魔術であった。

 

 

 

 三人で行動して戦っている間に培われた経験による陣形であり、彼女たちにとってこれ以上ない役割分担である。

 

 

 

「……後ろからも来る」

 

 

 

 だがそれで全てが跳ねのけられる訳ではない、向かい合う形ならば最善の陣形であっても後ろから崩されれば脆いと言わざるを得ないだろう。

 

 

 

「そっちは私とリンダで受け持つ……おい、呆けてないで戦うぞ!!」

 

 

 

 魔眼に恐怖を増幅させられていたリンダの頭をバッカニアが勢いよく叩く、それによって精神干渉が解かれたのか彼女も正気を取り戻したようだ。

 

 

 

「シャルルが言っていた通りだ、心を強く持て!! ビビったら負けるぞ!」

 

 

 

「は、はい!! もう大丈夫ですわ!」

 

 

 

 引くのではなく足をその場に留める、三人娘と背中合わせの状態もあるが言葉の通り相手の雰囲気に呑まれないという意思があるからだろう、バッカニアは伸ばされた触手をメイスで叩き落として、リンダが一歩引いた位置で遠距離迎撃に徹する。

 

 

 

 長い探索業で培った連携は、エミリーたちにも負けていないようだ。

 

 

 

 初見の敵だというのに特に危なげなく退けることができたのだが触手群の魔獣は今も染み出るように姿を現している、どうやら無限城全体がこの異質な魔獣に襲われているようだと気が付いたのは、彼女たちが複数の触手群を打ち倒した頃であった。

 

 

 

 一体を倒して少し前に進み、新たに立ちふさがった魔獣をまた叩き伏せる、背後からの奇襲を凌ぎきりまだ進むのだが、魔獣の群れが立ち塞がってしまう。

 

 

 

 思うように進めない、それに加えて無限城全体を揺るがせる振動は今も大きくなっているようだ。

 

 

 

 やがてそれは戦闘にも致命的なまでに影響を及ぼしてしまう、剣を振るおうとしてもまともに体幹を維持することができず、魔術を行使しようとしても集中できない、当然ながら弓を扱うこともままならない。

 

 

 

 魔獣も同様であることは幸いとなった、小舟で嵐の大海原に出たかのように右へ左へ揺さぶられているのでそもそも戦いが成立しなくなっている。

 

 

 

 ぐらっと一際大きく無限城が揺れた、すると五人と魔獣たちは結晶の通路に縫われるかのように体を押し付けられてしまう。

 

 

 

 この振動下では戦いどころではないだろう、巨大な虫かごに囚われてこれまた巨大な手で振り回されるようなものである、中にいる彼女たちにできるのはただ耐えることしかできない。

 

 

 

「こ、このまま無限城が落ちたりしたら……」

 

 

 

「エミリー!! 怖いこと言うなっての!」

 

 

 

「ん……冗談にならない」

 

 

 

 巨大な、という表現すらまだ足りない規模の建築物なのだ、もし地上に落ちれば下の街くらいは簡単に滅ぼしてしまうだろう、当然ながら中にいる彼女たちも無事で済むはずがない。

 

 

 

 だがそんな危険な想像をしてしまう程に揺れが激しいのだ、一歩を踏み出すことすら困難である。

 

 

 

「……変な音がする」

 

 

 

 キャロルの耳に引っかかったのは振動だけでなく巨大な何かが軋む音であった、大木をなぎ倒すかのようにメリメリと嫌な音が徐々に大きくなっていき、それは今も大きくなっている。

 

 

 

 音と、振動、それが最大限に大きくなった時、彼女たち五人が感じ取ったのは室内にあるまじき暴風であった。

 

 

 

「うわッ! なんだよこの突風は!?」

 

 

 

「シャルル、身を低くしてください!! これはただの風ではありません、魔術的な力の流れを感じます!」

 

 

 

 吹き抜けた風が振動に耐えていた五人を揺るがす、あまりにも強力なそれは軽装であり特に華奢なキャロルの体をふわりと巻き上げてしまう。

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

「キャロル、手を伸ばせ!」

 

 

 

 風に弄ばれようとしていたキャロルにシャルルが手を伸ばした、左手で結晶の壁にあった僅かな意匠の突起を掴み固定すると、利き手である右手は妹の手と繋がる。

 

 

 

 だが膠着は一瞬であった、うねりながら無限城を蹂躙する突風はキャロルだけでなくシャルルの身体すら巻き上げてしまうのだった。

 

 

 

 二人が風に流されて壁に激突しながら転がっていく、それを心配するよりも早くエミリーの体も流されてしまう。

 

 

 

 何もかもを押し流す暴風にまともな抵抗を出来る者はこの場にいない、悉くが押し流されていくだけである。

 

 

 

「きゃぁあああああ!?」

 

 

 

「エミリー! キャロル! シャルル! クソ、何なんだよこの風は!?」

 

 

 

「バッカニア! このままじゃ私たちも流されてしまいますわ……きゃ!?」

 

 

 

 リンダの忠告の通り二人の体も暴風の流れに押し流されてしまうのだった、右に左にと弄ばれて前後や上下の感覚もわからないまま何度も壁に叩きつけられる五人は鈍い痛みに耐えることしかできない。

 

 

 

 そんな状態でどれだけの距離を流されただろうか、打撲によって意識を飛ばしかけていた彼女たちに予期せぬ浮遊感が襲い掛かった。

 

 

 

「……ッ」

 

 

 

 キャロルが浮遊感の中で見上げたのは、無数の残骸が重力を無視して風に流される光景であり。

 

 

 

「……うおッ! 落ち、落ちる!?」

 

 

 

 シャルルの視界に広がったのは渦巻く雲が広がる曇天であった。

 

 

 

「……あッ」

 

 

 

 エミリーの瞳に映ったのは半壊した無限城の残骸であり、そして壁や足場を失ったことに顔を青ざめさせる。

 

 

 

 自分たちが支えも足場もない空間に放り出されたことに気が付いた瞬間に、脳裏にチラついたのは死神の持つ鋭い鎌である。

 

 

 

 この浮遊感は死を近く感じさせるのだろう、飛竜にぶら下がっている時とは全く異なる種類のものだ。

 

 

 

 翼もなく空を飛ぶ魔術も知らない者がこの落下を乗り越えられる筈もなく、彼女たちはとてつもない暴風に弄ばれながら無限城の残骸と共に空中を吹き飛ぶだけであった。

 

 

 

 世界が回る、意識も回る、それでも手を仲間へと伸ばそうとするのは、せめてもの抵抗なのかもしれない。

 

 

 

 しかしこの暴風の中、彼女たちの手が結ばれることはなかった。

 

 

 

 

 

 その日、世界中で数えきれないほどの流れ星が観測されたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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